ゆうしゃからはにげられない!
「よう、勇者のお嬢さんたち」
「青狸さん!」
ニナたちの待機していた、宿屋の広間。おっちゃんの挨拶に対して、ニナはすぐさま立ち上がり、応対する。
「トリッシュさんは……?」
「ああ。安心しな。無事さ。多分、身体もまだ綺麗なままだと思うぞ」
「……?」
「そんなことはどうでもよろしいですわ!」
「どうでもいいってのはちょっと……もうちょっと気遣ってくれてもいいんじゃないかなって思うんだけど」
魔法使いのクリス・ブリリアント、だったか。が声高に叫んでいる中、トリッシュが物陰から姿を見せる。ニナとクリスの視線を浴びながら、気まずそうに身体を縮ませている。
「トリッシュさん……」
ニナが名前を呼んで、トリッシュは身体をびくっと震わせるが、それ以上のやり取りは続かず、沈黙が走った。
「まあ団員の不始末だ。傭兵団としてもその穴埋めくらいはさせてもらうつもりだよ。その一環ってわけじゃないんだが、プロデューサー? とか言ったか。そいつを捕まえてきたんだ」
ニナとクリスは驚いて目を見張る。
「つうわけでホイよっと」
おっちゃんは俺達の方に歩いていき、俺の首根っこを掴んでニナ達の元に引き摺り下ろした。
これも打ち合わせ通りだ。実際はどうであれ、今の俺はダンジョンから捕虜として引っ立てられたに過ぎないので扱いはぞんざいで然るべきだ。
「……リュート、さん……?」
ニナは信じられないものを見るように、俺を見ている。
「あん? 知り合いかい? あー……実はトリッシュも随分と手厚く扱ってもらったみたいでな。ならこっちも手荒な真似をしようもんなら恥を晒すことになる。その辺はよろしく頼むぜ」
一応、保険をかけてもらって、おっちゃんはそのままのらりくらりと宿屋を去っていった。
まだ事後処理やら何やらがあるらしい。
※※※
お話があります。部屋まで来てください。言葉少なく、ニナに促された。
ゆうしゃからはにげられない!
「……」
「……」
気まずい。ただ、ニナの中から、少なくとも表面上は怒りの感情を感じ取れない。ニナとしても距離やらタイミングやら計りかねているようだ。
「その……何だ。悪かった」
「な、何がですか」
「いや、初めて会った時にさ。渡したプレゼント……あれ、どうにも安物つかまされてたみたいだから。そんなの押し付けたのがちょっと……な」
「……」
ニナは唖然として、やがてくすくすと笑った。
「ごめんなさい……そう、そうですね」
ニナは突然、胸元を開ける。慌てて目を逸らしていると、服の下に隠されていたネックレスが姿を現した。
「リュートさんに何があったのかは分かりません。でも、わたしはリュートさんを信じたいって思います」
ネックレスの石をぎゅっと握りしめながら、ニナは十字の紋様の入った瞳で俺を見つめる。
「……あー、その、何だ。そんな簡単に信じるもんじゃあないぜ。悪い男に騙されちまう」
「わるいひと、なんですか?」
「そうじゃないけどな」
「それなら、いいですよね」
ニコニコと、ニナは笑いかける。
敵わないな、と思った。ニナは純粋で、綺麗で、可愛くて。こんなの裏切れるわけないじゃないかって思う。
と同時に……ニナ・セイクリッド。この子はひょっとしたらこの世界の誰よりも、天性のアイドルの才能を秘めているのではないか、なんてそんなことを考えた。
「リュートさん?」
思考があらぬ方向に飛んでいったのをニナの声で我に返る。
「それじゃ、また明日、な」
「はい。また明日」
どうせ逃げても無駄だが、逃げないと信頼してくれているのか。ニナは部屋から出るのを笑って見送った。
部屋から出て、一つ溜息を吐いた。憂鬱じゃない。けど、緊張の糸が切れたのか、後れて少し笑いが漏れた。
「……!」
何だ? 今、誰かの視線を感じた様な……気のせいか? 尋常じゃない何かを感じた様な……ま、まあ気のせいということにしておこう。
さて、それじゃあこれから……団長殿から話を聞くことにしますかね。




