アイドル問答
それから、トリッシュはダンジョン内にある留置場に閉じ込められることとなった。
そしてゴブゾウの部下たちの厳重な監視の元で俺はトリッシュと話をすることにした。
「……たく、何て言うかアレだよね。調子狂うよ。リュートは」
大した抵抗もなく、力無く乾いた笑いを浮かべるトリッシュ。
「一応言っておくけどさ、ボクをどうこうしたってニナ様を引きずり出すとかそういうの期待しても無駄だよ」
「何でだ?」
「何でって……」
やっぱりだ。
「そもそもお前、ここに何しに来たんだ?」
「言ったじゃん。プロデューサー捕まえに来たってさ」
「じゃあ何で今、絶好の機会だってのに諦めてんだよ」
もちろん、それが叶う状況下と言えばそれは否だろう。
それでも、もがこうとしてるかどうかなんてのは見れば分かるのだ。今のトリッシュにはそれがない。燃え尽きた様な、魂が抜け落ちた様なそんな諦観があるだけだ。
「いいんだよもう別にどうだって。ボクがいない方がニナ様だって困らないだろうし」
「……何でそんなこと言うんだよ」
ボソッと口を突いて出てしまった。
そんなわけはないって思ったんだ。
『みなさん、わたしに期待を寄せてくれているんです。だから、わたしがこんなつまらないことにつまずいているなんて考えたりもしません。みなさんは悪くありません。ただ、わたしが期待に応えられないだけです。まだまだです』
ニナは勇者としての自分で、踏ん張ってしまう。優しくて強すぎる。いつか倒れてしまうんじゃないかって不安になる。
だから、ニナには仲間が必要なんだろうって思う。一人でも多く。理解して、支えてくれる人間が。だから、不必要なんてそんなことあるわけない。
「リュートこそ、ボクの……ボクたちの何が分かるっていうのさ!」
トリッシュは声を荒げて、何事かと監視役たちが覗きこんできたのを俺は制する。
腹が立ってるってことはそれだけ大事だってことだ。なら、俺はそこから知らなくちゃならないって思う。
じっと目を逸らさずにいる俺に、トリッシュは一つ溜息を吐き、続けた。
「元々、ニナ様の旅に同行するのはボクじゃなくって団長の筈だったってのは知ってるかな?」
そうだな。そんな話をレベッカから聞いたな……確か、青狸、とか言ったか。
「何でかって言えば、そりゃあ単純な話だよ。団長は団にとっていなくちゃならない存在で、ボクは……別にいなくていい存在だったからだ」
弱々しい声の告白に、何かを言い出しそうになりながらも留めて、耳を傾ける。
「それでもさ、ボクなりに頑張ったつもりだったんだ。けど……どうにもならないんだ。隣に立って戦えるほど強くないし。気の利いた作戦の一つも立てられないし……で、最後くらいは、って賭けたんだ。それがこのザマさ。ホントはさ、ニナ様の役に立つために、リュートのこと、どうにかして騙したり、無理矢理にでも連れて行って、アイドルのこと吐かせて……て、そうすべきだって分かってるのに、でも……出来ないんだ。足踏みしちゃうんだ。調子が狂うんだよ。それじゃあもう、勇者パーティ失格じゃない?」
「……トリッシュ……」
そうか。話をして、アイドルを見て、そうして、トリッシュは少なからず心を動かしてくれた。でも、そのせいで本来あるべき姿を見失った。だから、これは俺のせいでもあったんだ。
俺が、出来ることって何だろうか……と、俺も答えを出せずにいた。
「……ねえ、リュート……アイドルって、何なのかな」
ふと、聞こえてきた呟き。
アイドル。
それは、この世界の人間を惑わして、混乱の渦に叩きこんだ魔性の存在。
そしてそれは、異世界の人間である俺にとっての……答えだった。
そうだ。俺はプロデューサーなのだ。答えなんて、いつだってアイドルの中にしかないじゃないか。
「さあな。それは俺にもよく分からん」
「は、はぁ? 分からないのに、そんな、ボクたちを巻き込んでいったっての?」
「まあ聞けよ」
うん。そうだな。どこから始めればいいのか。
「アイドルってのはさ。元々、不完全な存在なんだ。歌手になりたい、女優になりたい、あるいは幸せな結婚をしたいとか。そんな夢の途中の存在をアイドルって言ったんだ。夢がアイドルなんじゃなくって、アイドルが夢なんだ。だからアイドル目指すってのもまあおかしな話だったりするわけで。それがまあ時代も変わり変わって、今では紅白の司会を務めたり無人島を開拓したり……」
おっと脱線した。
「とにかくだ。そりゃまあ、最初からうまく出来るわけはないさ。でも諦めないで自分の中のアイドルを信じて、ファンと一緒に成長していく。そんな過程で、世界を少しだけ明るくしていく。そういう存在が、遠い遠い世界にいるんだよ」
「……それが、アイドル?」
「ああ、そうだ」
まあ、実際、青狸とやらの思惑は分からない。だけど、こうして等身大に悩んで苦しんで、そういうトリッシュの姿にだって意味があるんだって思う。
いや、たとえトリッシュの言う通りだったとしても、トリッシュが体よく放り出されただけだったとしても俺が、その意味を与えてやりたい。
「……アイドル、か」
トリッシュはんー……と考え込んで
「やっぱ、よく分かんないや」
首を傾げた。けれど、その顔にはふふっと笑みが浮かんで、顔を紅潮させている。
「だから、ちょっと教えてよ。プロデューサー様」




