ごえつどうしゅー
トリッシュがゴブゾウ達の手によって速やかに身柄を拘束され、ディーヴェルシアの元に送られるのを俺は黙って見ているしかなかった。
「こらー! どこ触ってんのさ! スケベ! スケベゴブリン!」
「あぁ!? ざけんなよ貧乳チビがテメエの身体なんぞ興味ねえんじゃボケェ」
「おう嬢ちゃん、あんまり俺らを刺激しない方がいいぞ。こっちだってなあ! 本当なら今ごろゴブリン突撃部隊のライブをなぁ……ライブをなぁ……!!」
「泣くなゴブタロウ……これも仕事だ」
「……えーっと、何かゴメン」
手足の膝、肘、くるぶしの関節ごとに縄で拘束され、指にも皮袋を被せられている。
ここまで徹底する必要あるのか? とゴブゾウに尋ねてみたんだが
『例えば魔法使い相手なら魔法を使わせなければいいとかそういう封印施しときゃいいが、相手は縄抜け罠抜け何でもありのスカウトだからな……本来なら手足の一つや二つ切り落としておきたいところなんだが……』
さすがにそれはということで妥協済みなのである。
そうしてそのまま、まるで引越し屋の兄ちゃんたちがタンスでも運ぶみたいにディーヴェルシアの元に運ばれた。
「ふっふっふ、わらわの城に再び足を踏み入れるなんていい度胸ね!」
「ばーかばーか!」
トリッシュは武器になりそうなものがとりあえず言葉しかないのか思いっきり可愛い暴言を吐いてる。
おう、もっと言ってやれ……と思ったのは俺だけではないだろう。
「ぶーぶー。大体さぁこっちが油断してたタイミングでだまし討ちってちょっとひどくない?」
「捕虜にしては随分と余裕があるみたいですね」
ヘルさんが俺を胸元に抱き寄せてトリッシュから遠ざけようとする。
まあ何だ。整理してみると奇妙なんだが、どうにもちょいとばかり行き違いがあったらしい。
そもそも、全員だまし討ちなんてするつもりは全く無かったのだ。
まず、トリッシュの変装は完璧でゴブゾウ並びにヘルさんはまさか勇者パーティの人間がダンジョン内に侵入しているなど露も知らなかったのだ。
そして俺はというと……実は最初から気づいていた。
「いやいやいや気付いていて招き入れるとかあり得ねえだろ。凡百の冒険者なら俺も別に止めんがさすがにこの前こっぴどくプライド砕いてやった勇者パーティが相手とあっちゃ俺たちも止めざるを得ねえよ」
そうなのだ。
俺としてはゴブゾウ達も勇者パーティにアイドルを紹介するのも吝かではないと判断を下したものだと思っていたのだが……どうやら違ったのだ。
「だけど何で隆斗さんはトリッシュさんの変装を見抜けたんですか?」
「あ、それわらわも気になる」
「ふっ、俺はアイドルプロデューサーだぜ? 名刺交換しなくてもお得意様や取引先の顔と名前を覚えるくらいは必須スキルさ」
「あっ何か嘘くさい」
「おう、嬢ちゃんも感じたか。なあリュートよォ何隠してんのか知らんが正直に話しちまった方が身のためだぜ」
くそう、ちょっとカッコいいポーズまでして誤魔化そうとしてたというのにこいつら。
「ええっとだな……アイドルオタクを志すうえで、誰もが一度は憧れたシチュエーションってあると思うんだ。即ち……アイドルのプライベートにばったり出くわして意外な一面を発見! みたいな」
「何言ってんのかちょいとばかし分からんがまあ続けてくれ」
ゴブゾウ……実は俺、心折れそうなんだ。
「だからな……アイドルってプライベートで変装するもんなんだ。だからどんな格好しててもアイドルの正体を見抜けるようにさ。色々やってたんだ。それで、発見談のあった店とか巡ってみて……」
声に力を失っていくのを聞いて、どうやら聞いてはいけないことを聞いているのだとようやく察してくれた模様。
まあ、言ってることの内容がほぼ分かってないだろうということが救いと言えば救い。
「……虚しいプライベートね」
ディーヴェルシアを除いて。ほっとけや!
「まあでも、判断はリュートが正しいわ! いざとなったらわらわがやっつけてあげるし……何より! わらわの貴重なリピーターになってくれたのかもしれないじゃないの! リピーターになってくれたかもしれないじゃないの!」
ディーヴェルシアに褒められても全然嬉しくないのは何故だろう。そして大事なことなので二回言ったか。
「全くいい根性してるね~お二人さんは」
トリッシュが呆れながら呟くが、ディーヴェルシアは笑顔である。
「ふっそうね。リュートはニッポンていう不思議な国から来ててね。この国にはこんなコトワザがあるの、そう……呉越同舟!」
「中国だよ!」
大体合ってそうだが色々アバウトすぎるわ。あと異世界あるあるやめろ俺ら以外ポカンとしちゃってるだろうが。
「リピーターねぇ……まァつっても俺ら譲らねえけどな。参考までに聞くがお嬢ちゃんよォ。今回このダンジョンに入り込んだ目的ってのは何だ」
「決まってるじゃないの! わらわのファンになったからよ!」
はいちょっと黙ろうかダンジョンマスター。
「いや~、プロデューサーってのがこのダンジョンに来てからにわかに活気づいてきたみたいじゃん? そのプロデューサーってのをとっ捕まえれば前回敗けた敗因も分かるかなーってさ」
「アウト! アウトです!」
ヘルさんが俺をまたぐぐぐっと抱き寄せてくる。
ちょっとおっぱいがいっぱいです。
「わらわじゃなかったの!?」
違うだろー!
「意外だな。もうちったァ適当にはぐらかすかと踏んでたんだが……どういう風の吹き回しだ? くっ殺せって騎士の真似事かい?」
「……べっつにぃ。ボクはいつだって素直な女の子だよ」
トリッシュ……?
「で、どうするよディーヴェルシア様。大将が相手なら確かに万の一つもねェだろうが、コイツの目的ときたらプロデューサーの方と来てる。しかもいつどんなことをしでかすか分からねえスカウトだ。生かしたままってのはちょいとばかりリスクが高いんじゃないかねェ」
さすがのディーヴェルシアにも迷いが生じた。
「頼むディーヴェルシア」
「……リュート」
「しばらく、トリッシュと話をする時間が欲しい」
「話してどうする気だ? 手籠めにでもする気か」
「正直分からねえ。悪いとも思う……けど、きっと必要な過程だと思うんだ。ディーヴェルシアの掲げる理想を叶えるために」
半分くらいは口から出まかせだ。
でも、元はと言えば俺のせいな部分もあるし、それに……それに。
『……べっつにぃ。ボクはいつだって素直な女の子だよ』
引っかかっちまったんだ。
『……わたしに声を掛けているのですか?』
あの時の、紛れもないただの女の子の姿を思い出して。
「分かったわ。じゃあリュート! きっちりと勇者パーティにアイドルのイロハを叩きこんであげなさい。あとできればわらわのファンになるように誘導しておいてね」
せこいわ。
「……あ、怪しい動きを見せたらただじゃおきませんからね、分かりましたか?」
ヘルさんが俺の腕をおっぱいに埋めながら、きっとトリッシュを睨みつけ、トリッシュはあんぐりと口を開けたまま俺を見ていた。




