この世界のどこにもないモノを
『ディーヴェルシア……? おっかしいな。このダンジョンのダンジョンマスターって確か地獄送りのヘルだったはずなんだけど……てか何そのカッコ』
トリッシュが首を傾げる。
ディーヴェルシアは連日通りのアイドル特訓中で衣装そのままだった。
『ふっ、情報が遅いわね。ダメよそんなんじゃ。女の子なら流行には敏感でなくっちゃ』
原宿系女子かこの異世界かぶれが!
『何やってんだ大将! すっこんでろ! こんなところに出張ってわざわざ地の利を棄てるダンジョンマスターがいるかこのバカが!』
『何言ってんのゴブゾウ。アンタを死なすわけにはいかないじゃないの。アンタはわらわの大事な……スタッフなんだから!』
『………………スタッフ?』
この大事な場面でゴブゾウに今一つ伝わってないぞ。
『そう、アイドルはスタッフと一体となって、より良いパフォーマンスを提供していかないといけないの! スタッフを蔑ろにするアイドルなんて言語道断だわ!』
『お、おう……』
とうとう無難に相槌を打ち始めた。
『……ダンジョンマスター。あなたがその地位に就く者だというのであれば、お尋ねします。あなたは一体何を考えてこんな……』
『古いわ!』
開いていた口をあんぐりと開けたまま、言葉を失うニナ。
『切った張ったでその先に在るのは何? アンタ、勇者なんでしょ? そんな辛そーな顔して、それでアンタみたいになりたいって奴が出てくるとでも思ってるの? ましてや女の子で。そんなの、アンタが一番分かってるはずじゃないの』
ダンジョンマスターは絵空事など語っていない。
ニナの目をしかりと見て、否定し、現実を語っている。
『まー仕方ないわね。相も変わらず、頭の固いバカばっか。なら、わらわが救ってあげるしかないわね。この世界を。それに、アンタも』
救い難い。
こともあろうかこいつは目の前で剣を向ける勇者に対しても、ファンの一人にしようという心づもりなのだ。
『さ……さっきから黙って聞いていれば、何ですの!?』
ニナの連れの魔法使いが杖を構えたところで、
『下がっていてくださいクリスさん。トリッシュさんも』
ニナが、いや、勇者が剣でそれを制した。その声は、今まで聞いたどれよりも低く響いた。
『ふっ、わらわは別に三人相手だってかまわないわよ』
『……』
勇者は応えず、黙って一つ、不機嫌そうに剣を振り上げた。
勇者が目を閉じて、かっと再び目を見開くと、その身体から光が迸るのが見えた。
『その減らず口がどこまで続くのか…………少しだけ、楽しみです』
無表情のままにそう言い放ち、ゆったりとその足を進める。
すると、その足元から草花が芽生える。剣を振るうと、爽やかなそよ風が吹く。
「奇跡――勇者が神から振るうことを許されるスキル。自らの力の及ぶ範囲を清浄化させる……実際に目にするのは初めてですが」
横でヘルさんが説明してくれる。
その表情は険しい。一見すると派手でもなく大したことないような力に見える……が、違う。
この奇跡の本質はその所持者――勇者の望む形で世界に介入することである。例えば、足を踏み入れることすらできない毒沼であろうと触れればたちどころに浄化する。反面、勇者と敵対する存在である魔物や魔族にとってはこの勇者の与える聖なる力は毒となる。
少しずつ。少しずつであるが、魔族の領域を侵略していくのだ。そして、この存在がダンジョンマスターと格段に相性が悪い。
『ぐっ!?』
勇者の剣が腕を掠めて、ディーヴェルシアから苦悶の声が漏れた。その腕からは血とともに、燃え散るように煙が漏れる。
ダンジョンマスター、この戦場の支配者。このダンジョン内での支配を確立させることで、様々な補正を受けることができるが勇者はそれを断ち切り自らに有利に戦況を運ぶことが出来る。
『既にこの部屋においてという話であれば、掌握したと言っていいでしょう。逃がしはしません』
ディーヴェルシアが腕を庇いながら、後ろに下がろうとする……が、そこには壁があるだけで、寄りかかるので精いっぱいだ。
「ヘルさん!」
「落ち着いてください……ディーヴェルシア様が敵わないのであれば、それ以外のどのような戦力を投入しても時間稼ぎにもなりはしません」
ヘルさんは唇を噛みしめ、握り締めた手からは血が出ている。
「……自分に何があっても、隆斗さまを守ってやって、と私は言われていて、だから……」
「……ごめん」
自分の身も守れやしないくせに、俺は何を口走ろうとしたのか。
『さて、ディーヴェルシアさん、と言いましたか。どうですか? あなたはまだ、夢想を口走るおつもりですか? わたしを、まだ救うだなんて言うつもりですか』
『ハッ、あったりまえじゃないの』
ダンジョンマスターは――アイドルは、不敵に笑った。
『そうですか。はっきりと言いますが、わたしはあなたのような方が大嫌いです』
『へぇ、いいじゃないの。ようやく感情らしいものが見えてきたわ。そうやって素直なあんたの方が、わらわの好みよ』
『……わたしが』
怯んだ? 勇者は何かに衝撃を受けたようで、顔に手を当てて、仰け反った。
『今のアンタは全然輝いてないじゃない。そんなの勿体ないじゃない。それだけよ。わらわはね、そんな世界を変えたいの。辛気臭い顔して戦うより、みんなで盛り上がって笑い合いたいわらわは見たの。こことは違う世界で、それを実現してる姿を。そう、アイドルを!』
『夢物語です』
『ええ。そうね。確かにそうよ。けどね、それでいいのよ。アイドルってのはそういうものなのよ。偶像。本当はこの世界のどこにもないかもしれないモノを、みんなの心の中に作り上げて、一つになって、完成させるの。すごいでしょ? 奇跡なんて目じゃないわ』
『何を言って……』
『ゴブゾウだって、ヘルだって、レベッカだって、みんな……みんなみんな、笑顔でいられるようになってるの。少しずつ、このダンジョンで。だから、わらわはそれを、守りたい! それが、ダンジョンマスターってもんでしょ!』
劣勢でも、たとえ死んだとしてもその魂を穢しはしない。
この世界のどこにもないかも知れなくても、それでも夢描いて、笑って、足掻いて……求める姿を、守る。
確信した。これが、ディーヴェルシアの求めるべきアイドルとしての理想像だ。それをディーヴェルシアは、当たり前すぎて、魂と近すぎて気付かなかった。生まれながらのアイドルの気質だ。
「……ヘルさん、頼みがあるんだ」
プロデューサーとしての勘。これで何が起こるのか分からなくても、アイドルの為にこの衝動に突き進む。




