ライブスタート!
「勇者ニナ・セイクリッド。数日前からその姿が確認されていましたが目当てはこの迷宮でしたか……どうかしましたか隆斗さま」
「……いや、大丈夫だ」
そうか。
この世界における勇者というのがどういう存在か分からないが……せっかく会えたあの少女に、『敵』という立場で相対すことになってしまったのが思いの外ショックだったんだな、ということに気付いた。
『あなた方に恨みはありませんが、この世界の為、成敗させていただきます』
『おいおい勇者さまよォ。こちとらこんな薄暗い迷宮に籠ってつつましやかに暮らしてたわけだぜ。それを荒らしにきた手前で何を言うのかッてェ話だ』
『……そうですか。それもそうですね。では、罪を数えるとしましょうか』
ニナは剣を持っていた手を下げ、考え込むようにして顎に手を添えた。
こと戦場に置いてもなお、ニナはどこまでも純真で、やはり俺の出会った少女そのものだった。
『お前ら手ェ出すなよ。迂闊に出したらその瞬間死ぬぞ』
ゴブゾウは小声で部下たちに厳命する。ニナの仲間である二人もまた、動こうとしなかった。
隙だらけのように見えても紛れもなく勇者であることもまた、そこにいた全員が察していた。
『正直に言うと、この地のダンジョンには手を出す気は無かったのです。本来、ダンジョンというのは、その内部に自らの意志で入りこまない限り無害ですから。ですが……周辺の情報を聞く限り、どうやら無視できないようだと判断しました……まず、余程何か怖い思いをしたのか、このダンジョンに侵入して冒険者を引退する人がちらほらと見受けられました』
「「『……あー……』」」
ゴブゾウ、それにヘルさんと俺も思わず唸った。
納得……それと、後悔の嘆きである。
『……やはり心当たりがあるようですね』
『ああいやいや、それは俺達も悪気があったわけじゃなくてな』
『なるほど。ええそうでしょう。ただ、あなたたちにとっての生きる糧はわたしたちにとっての悪行に他
ならない。ままなりませんね』
何か壮大なこと言い出した!
『それからまた調べてみれば……今度は夢遊病のようにこのダンジョンを目指す者が出てくるといいます。奥さんのいる冒険者の方もいて、その奥方の話を聞いてみれば『何だか浮気に出かけるよう……』とのこと』
いや、アイドルを追っかけるのと夫婦間のあれやこれやは違うぞ! 多分、いやきっと恐らくもしかしたら?
『何を企んでいるかは分かりませんが、例えば魅了の術などで無理矢理にこのダンジョンに人を閉じ込め、糧にしようとでも言う腹積もりであるなら、わたしたちはそれを止めねばなりません』
んー……否定しきれないのがなー……
『まあそうだな、そりゃァアンタの立場からするならそうなンだろう』
しかし、ゴブゾウは言葉を紡ぐ。
『けどな。俺たちのボスは……それに、プロデューサーは、信じてんだ。俺にも……アンタ達にも見えてねえこの先にある未来ってやつをな。俺はただそれを信じて進むだけだ』
ゴブゾウ……。
「ゴブゾウさん」
『……あなたは』
パァアアアン!
ニナが口を開く前に、ゴブゾウとニナの間に鞭が叩きこまれ、中断される。
『アーアー! もう、そうやって余計なもんまで背負い込もうとすんのは勇者さまの悪い癖だよ!』
今まで様子を見ていた二人が動き出す。
『ここまで来たからにはどうせやることなんて変わらないよ。一々、気遣ってたらキリが無いってばさ』
『ハハッそうだな。気が合う。嬢ちゃんは多分、俺と近いんだと思うぜ』
『止めてよね。ゴブリンと一緒くたにされるなんてぞっとしないよ』
『……違いねェ』
分かってしまったのは。
ゴブゾウは、ニナたちは殺し合いをしているのだということだった。それは、珍しいことではなく、むしろ当然の、この世界の運命だ。
今までだって何度も繰り返されて、それをゴブゾウは知っている。だから……覚悟をしている。死ぬ覚悟を。せめて、一矢報いて、少しでもこの勇者一行の力を削ぐ戦いをすることを。
例えば今、ゴブゾウを庇ってあの場に飛び出せばどうなるだろうか。きっと力になれることはないんだろう。むしろただの足手まといになってしまうんだろう。
でも、それでも、と……諦めたくない一心で、心臓をバクバクとさせながら必死に頭を働かせている中で、
『待ちなさい!』
声が響いた。
「なっ!?」
ヘルさんの驚いた声が聞こえて、モニターを注視する。そして、ゴブゾウを庇うように新たな人影が出現しているのが見えた。
『なっ、大将、何してんだ』
ゴブゾウの慌てた様な声が響く。
『ふっ、決まってんじゃない。このバカな戦いを止めに来たのよ。このダンジョンの主、ディーヴェルシア・コンキスティドールが!』
不敵に笑う、ディーヴェルシアがいた。
「あいつ……!」
ホントに、ダンジョンマスターが何してんだ。と思いながらも、コイツならどうにかしてくれるんじゃないか、なんてそんなドキドキした胸の高鳴りを感じていた。




