アイドル×理想像
ヘルさん、そしてレベッカのおかげで冒険者たちがこのダンジョンを訪れて問答無用で襲い掛かってくるという事態は少なくなった。
「待たせたな!」
「ええ! 待ったわ!」
というわけでそろそろディーヴェルシアを表に出してもいい頃合いだろう。ゴブゾウたちとやっていた拷問はカウントしないことにして、ディーヴェルシアというアイドルの初ライブに向けて、歌と踊りの練習に勤しんでいた。
しかし……実際のところあんまり上手く行っているとは言い難かった。
「ねえ、リュート」
「ん? 何だ?」
「率直に言ってくれて構わないんだけど……ヘルやレベッカに比べて、その……どうなのかしら?」
いつもの傍若無人ぶりも見る影無く、やけに弱気にディーヴェルシアは尋ねてくる。
「うん。何ていうかお前……アイドルに向いてないな!」
「きぃーーー!!!」
ぽかぽかと俺を叩いてくるディーヴェルシア。自分で聞いてきたくせに理不尽だなコイツ……と思いながらも受け入れた。
本気で叩いてるなら俺の胸元には今頃ぽっかりと穴が開いてることだろう。八つ当たりとはいえじゃれつきに過ぎないのだ。ならそれくらいは受け入れなきゃならないだろう……あ、痛い。ちょっとその辺で止めて。
「……わらわにも分かってるもん。ヘルとかレベッカとか。キレイで可愛くって輝いてていいなあ……って」
ディーヴェルシアの場合は……端的に言ってしまえば『向いてない』のだ。身体も動くし声質も悪くは無いんだが。
その理由を推察するならば……ディーヴェルシアにはアイドルとしての理想像が
欠けているからだ。
歌と踊りが上手いところでただそれだけだ。人を魅了することなどできはしない。そこに魂が入り込まないと、偶像が成立しないのだ。
レベッカには幼い頃に憧れた悪役令嬢、という明確なイメージがあった。ヘルさんの場合は淫魔として生まれた本能に沿えばいいだけだ。だが、ディーヴェルシアにはアイドルとして輝く自分自身を掴めていない。
「なあディーヴェルシア。確認したいんだが、お前、アイドルになりたいんだよな」
「もちろんよ」
半ば怒りの感情も交えた即答だ。ふむ、その言葉に嘘は無いんだろう。ただ、漠然としすぎている。
思えば、最初にゴブゾウ達と組んでやってた拷問の時、妙に気持ちの悪い演技がかったキャラづくりしてたな。アレは今思えば、目指すべきアイドル像が無いディーヴェルシアが何かの真似事をしていたと考えればしっくり来る。
「……やっぱりわらわ、向いてないのかな……」
「向いてなかったらどうだっていうんだ? 諦めるのか? 世界の運命を変えるためにアイドルを始めるって言ってた奴が? とんだお笑い草だな」
笑ってやる。大丈夫だ。こいつは、ディーヴェルシアはそんな弱いやつじゃない。
「考えてもみろよ。アイドルに向いてなくたって、アイドルになれるんだってことを証明すればいいんだ。不可能を可能にする。そんな姿にこそ、心惹かれるってなもんだろう」
何か反論しようとしたディーヴェルシアは間抜けに口を開けたまま呆けた。
「リュート……」
「ん? 何だ?」
「……分かってるじゃない! そうよ、当然だわ。わらわはダンジョンマスターなのよ。みんなを引っ張っていく存在。そのわらわがこんなところで挫けてなんかいられない!」
笑う。その笑顔には力が宿っている。
まだまだ課題は多いものの、その笑顔の輝きがあるうちは大丈夫だと。根拠もなく信じられるくらいには。
「さあ! まだまだ行くわよ!」
とはいえ、ディーヴェルシアのアイドルとしての理想像。それを見出すことが出来ていないのも事実だ。果たしてそれがどんな形で見つかるのか、それは未だに分からなかった。




