令嬢だってアイドルがしたい!
「お待たせいたしました。リュート」
お小遣いも使い果たしてしまったし、手持無沙汰にしばらくぼーっとしているとレベッカが合流してきた。
別れた地点から移動していたんだがどうやって俺のところまで来たんだろうな……まあ、この街はレベッカの庭みたいなもの、ということなのだろう。精神衛生上あんまり深く考えない方がいいと見た。
「そっちは大丈夫だったのか」
「ええ。どうにも近頃、無許可で質の悪い商いをするものが増えているようで……たとえば、そうですわね。そこの行商の方が売っているものなど、値段相応とはとてもとても」
そう言うレベッカの視線は……げっあの店って
「まあ、見た目からして質の悪いのが見て取れますから、軽い注意喚起だけで十分なのですけれどね。ただ放っておいておいても治安の問題が……どうかなさいまして?」
「イヤナンデモナイデス」
やっちまったなぁ……。給料の三か月分とかそういうのではないがニナにガラクタ押し付けちゃったか。
それにレベッカに対しても合わせる顔が無い。レベッカが渡した金は俺がどう扱うのか見るために授けたというのに結果がこの体たらくでは。慌てていたとか言い訳にしても苦しい。
ニナのことについて聞きたい気持ちもあったけど……うん。ここはシラを切りとおすことにしよう!
「さあ気を取り直してプロデューサーのお仕事に戻ろうかな!」
「ちょ、どうしたのですかリュート」
わざとらしく声を張り上げて、意識を切り替えるのだった。
※※※
シャイナンダーク商会……レベッカの支援により広間を利用してゲリラライブの準備が密かに行われていた。
そして俺はそれを人ごみに紛れながら見守る。
本来ならアイドルオタクとしての正装以外でアイドルを出迎えるのは流儀に反するのだが、サクラを演じる手前、準備万端で出迎えるのも不自然過ぎる。
「おーほっほっほっほ!」
高笑いが響き、何事かと周囲の視線が集まる。
そして次に、コツンコツンとヒールの甲高い音が周囲を圧する。
現れ出でたのは否が応にも目を引く真っ赤な派手なドレス。令嬢としておよそ完璧な肢体を浮かび上がらせる。そしてその正体を隠す仮面に彩られながらも、垣間見える瞳の輝きは人々を魅了する。
「ごきげんよう……下民の皆さまがた」
強い言葉はしかし、反感よりも快感をまず呼ぶ。ぞくぞくとするほど冷たくて痛い。人の中の被支配欲を掻き立てる。
「愚かなるあなた方はまだ知らないでしょう。ワタクシが何者であるかを」
「何者だっていうんだ!」
俺は声を張り上げる。にこりと、妖しい笑みを浮かべて、その声に答えを示す。
「ワタクシは、アイドル! そう、この世界を変える存在。
蒙昧なるあなた達にはまだ分からないでしょう。アイドルがこの世界を席巻し、その運命すらも変えるその未来を。
ですから、ワタクシが教えてさしあげます」
「アイ、ドル……」
俺はその名を恍惚を込めて呼ぶ。その声は周囲に響き、この世界はアイドルと言う呼称を得る。
周囲から音楽が鳴り響く。レベッカの用意した音楽隊。その音に合わせて、レベッカは歌い、踊る。
さながら舞踏会のように。されどその手を取って踊る者はいない。誰にも触れさせはしない。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
狂おしいほどに。その手を伸ばし、振り上げる。その声に負けじと、くすりと笑いながら、レベッカの歌唱と舞踊もさらに激しく。
さあ、手を伸ばせ。その方法は示したぞ。
周囲も俺に倣って、その手を振り上げ、声を上げ。盛り上がっていき、熱に浮かされていく。
しばらくして、歌も終わりレベッカは一つお辞儀をして、背中を向ける。
「それでは皆さま、ごきげんよう」
「待ってくれ! アンタは……次はあるのか!」
俺が声を張り上げて、その答えを待つために周囲は沈黙し、固唾を飲んで見守る。
「何故、ワタクシがそれに答えなくてはなりませんの? あなたたちは黙って、ワタクシを待っていればよいのです」
理不尽である。しかしそれに文句を言う者はいない。
ただ、それでも求めてしまう、行き場のない感情があるだけだ。
「ただ……そうですわね。ワタクシがアイドルというのを知ったのは、とあるダンジョンでした」
「ダンジョン……?」
「そう、全ての答えはそこにあるのです。もしもあなたたちの魂が、アイドルを求めるのならばそこを目指しなさい」
レベッカは一度振り向き、ドレスの裾を持ち上げて、ぺこりと挨拶をする。
「それではみなさま、ごきげんよう」
瞬間、煙幕が噴き上げて、レベッカの身体を隠す。
打ち合わせ通り……いや、それ以上か。レベッカは見事にライブを成し遂げたのだった。




