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ダンジョンマスター、アイドル始めました  作者: 山崎世界
第一章:ダンジョンマスターアイドル始めました
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ニナ・セイクリッド

 しかし世知辛いな。ニナみたいな女の子が困ってたら手を差し伸べる紳士やおばちゃんがいてもいいだろうに。俺がびくびくしながらも声を掛けるって相当だぞ。これが現代社会の闇ってやつか


「ふふ、いえ。みなさんに悪気はないのです。ただ……みなさん気後れしてしまうのでしょう」


「そっか……ニナは可愛いもんな」


「……それは、関係ない、と思う、の、ですが……」


 え? 何だって?


「みなさん、わたしに期待を寄せてくれているんです。だから、わたしがこんなつまらないことにつまずいているなんて考えたりもしません。みなさんは悪くありません。ただ、わたしが期待に応えられないだけです。まだまだです」


「そんな気構えなくたっていいんじゃないかって思うけどな。いいじゃん。オフの日があったってさ」


「……オフ?」


 おっとしまった。


「まああれだよ。たまにはただの一人の女の子に戻ったって罰は当たんないって話だよ」


「でも……わたしは」


「その証拠にニナ、さっきから俺に自分の正体隠してるだろ」


 さっきから色々と言葉を選んでいることくらいは分かるのだ。


「……気付かれていましたか」


「いや、別に責めるつもりはないんだ」


 俺だって人のことは言えんしな。


「たださ。俺の前で肩ひじ張らなくっていいってなら、それで少しは楽になるんならそれでいいんじゃねえかってそんだけ」


 これもアイドルみたいなものだ。


 アイドルだってスポットライトが当たるのはその人生の極一部で、大半は見せない努力の過程なんかがある。ファンのイメージを損ねないように、そういうところをおくびにも出さないように振る舞いながら足掻いてるんだ。


 それを支える側の人間に多少なりとも近づいているのなら、嬉しい。


「そうして、明日また頑張ればいいさ」


 そしてニナが何者かは分からないが、抱えている何かをニナ自身後悔してるわけでもないし誇らしいって思ってるのも分かった。


「……変な人、ですね。リュートさんは」


 ニナがじいっと上目遣いで見つめてくる。純粋な瞳。不思議に色めく十字の紋様がやはり目を引いた。


「で。ニナを女の子と見込んで聞きたいんだけどさ」


「はい。何でしょうか」


「歌と踊りは好きだろうか」


 唐突な問いに気分を害することも無く、ニナはんーっと考え込んで


「……よく分かりません。あまり、そういうことに関心をもっていなかったので」


「そっかぁ。でもいいもんだと思うんだ。アイドルに憧れて、将来の夢持って、歌って踊って……そういうのが憚られない世界ってのは」


 忙しなくて夢が見られないのも。憧れるような存在が無いのも。


 それはきっと悲しい。キラキラして、憧れて。そういうのが幸せってことなんじゃないのかなって思う。


 何てな。


「リュートさん……そう、ですね。素敵だと思います。わたしに出来るか分かりませんが、そういう世界になるように、わたしも頑張りたいなって思います」


 どういうことだ? と疑問をもったところで、


「あ、やーっと見つけた」


 声がどこかからかかって、一瞬、ニナの身体がビクッと震えたのが分かった。


 その声の主は……何と上から降ってきた。


「トリッシュさん……」


 ニナは驚いた様子もなく、声の主……トリッシュに返事をする。


 革装備の軽装ながらも隙のない身のこなし。大き目のポニーテイルが目立つ小柄な少女だった。


「ニナさま、一人になりたいだろうってのは分かるけどもうちょっと周りを考えてよ。ボクだって一人でクリスの相手したくないんだからさ」


「……すみません」


「ま、いいけどね。目を離しちゃったボクの落ち度もあったし」


 そこでようやっと俺に目を向けるトリッシュ。


「ひょっとしてお邪魔だった?」


「そんなことは……ありません」


「そっかぁ。なら、いいんだけどね。メンドーが増えるし」


 ニナの返事を聞いて、くるりと背中を向けるトリッシュ。


「それでは、リュートさん……さようなら」


 ニナが背中を向ける。その表情は見えなかった。けれど、その背中はどこか寂しそうだった。


「ちょっと待った!」


 ニナは振り返ることも無く、立ち止まる。


「……何? しつこい男は嫌われるよ? それとも、何か恩でも着せる気? あいにく残念でした。ボクの目が黒いうちはそんなことさせないよ」


「トリッシュ!」


 ニナがトリッシュを咎めるように呼び、その強い口調に目をぱちくりさせている。


 て、そんなことはどうでもいい。俺はきょろきょろと辺りを見回して、ちょうど露店の店主と目があった。


「これいくら?」


「銀貨三枚だねぇ」


「じゃあこれくれ」


「……あぁ、まいど」


 露店からネックレスを買う。ろくすっぽ見ずに選んでしまったが、とにかく急いでニナの元に行く。


「これ、受け取ってほしいんだ。今日の記念ってか、なんかあれば、これ見て今日のこと思い出してくれれば、って思う」


「どうでもいいけどこれで何かしらの便宜でも図ってくれること期待してるんなら筋違いだからね」


「分かってる」


 トリッシュがジト目で言ったことに対して一も二もなく頷いた。


 そんなことは分かってる。俺はどうでもいい。ただ、ニナのことがちょっと心配になっただけだ。俺の取り越し苦労なら、別にいい。


「リュートさん……」


 振り返ったニナの顔は、能面のようだった。無感情を装って、そこにある感情を隠しているような。そんな、辛い顔をしていた。


「ありがとう、ございます。大切にします」


 手の内に収めて、笑った。


 ニナは今度こそ背中を向けて去っていった。今度は大丈夫だろうと思った。


※※※


「これ安物だね。銀貨三枚? あの店主、ボったくりもいいとこだね。それに騙されるあの男の子も大概だよ」


「そうなんですか?」


「ま、別にいいんだけどねー。ニナさまが……『勇者』さまがいいってんならそれで」


「……」


「それで、この近くのダンジョンのことだけど……」



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