これがホントの
それから。十分なプロデュース期間を設け、とうとう俺はレベッカに連れられ、このダンジョンの外に出ることとなった。
「……いい? ちゃんと帰って来なさいよね」
やけにしおらしいな。不安か? だったらもうちっと普段の態度を……それはそれであれだな。うん、まあしゃーない。俺はにまりと軽く笑いかけながら、大丈夫だという意思を伝える。
「分かってるって。お土産は……買えるような甲斐性は無いけど」
そもそも何かあるならレベッカに言えばいいわけだけど。
「いえ。無事に帰ってくることが私たちの一番の望みですから。最近は不穏な噂も耳にしましたし」
ヘルさんは祈るように指を組んで俺の無事を祈ってくれる。ありがたいことだ。
「ハハハ。まあそうだな。お前さんにとっちゃァ人間社会の方が居心地いいかもしれんが、もうちっとばかり俺らに付き合ってくれると助かる。ちィっと分かりづらくて面倒かもしれんが、これでもディーヴェルシア様もお前のこと気に入ってんだぜ」
「ちょ、ゴブゾウ、余計なこと言わないでってば」
「それではリュートさん、行きますわよ」
レベッカに呼ばれて、俺は口論を始めたゴブゾウとディーヴェルシアを尻目に出発した。
大丈夫だよな? ゴブゾウ。
レベッカに従って、所々転移陣を使いながらダンジョン内を移動する。
少し、明るくなってきたように感じたところで、階段を見つけた。その上の方を見てみると、扉が上面を塞ぐように設置されている。
「この扉を開けると外に出ますが、太陽の光が入ってきますので慣れていないと少しくらっとすると思いますから、お気を付け下さい」
そう言った通り、レベッカが扉に手を掛けて、漏れ出る眩しい光に思わず手で覆った。
「んー……」
伸びをする。んー、人間の身体ってのは太陽の光ってのを本能的に欲しがっているのか、どこか不思議と活力が湧いているような気がする。
周りを見渡すと……どうやら荒野の真ん中にポツンと佇んでいるようで、活気があふれているとも言い難かった。
俺はふと後ろを見る。
「どうかなさいまして?」
「あー……いや、このダンジョンって、地下迷宮だったんだなって」
まあ、最下層にディーヴェルシア達が陣取っていたんだからさもあり何って感じだが。
「それで、何かあるんですの?」
「いや、何でもない」
ただふと思っただけだ。
ああ、これがホントの地下アイドルってやつか、と。
物音がして振り向くと、壮年の身なりのいい紳士服の男が馬車を引いてやって来た。
「お嬢様、お出迎えに参りました」
男は馬車から降りて、レベッカをエスコートしてレベッカもそれに応える。
「ご苦労様です。さあ、参りましょうか。リュート」
呼び捨てる。打ち合わせ通りだ。俺も共に馬車に乗り込み、御者の男も素知らぬ顔で馬車を走らせ始めた。
レベッカの立場上、見慣れない人物と親しげに隣を歩くことは体面上よくない。
よって、俺はその場でレベッカに雇われたチンピラ……の、ような立場として振る舞うことになった。服装もこの世界に合うものと変えてある。
「んー、やはりここは語尾にゲスとでもつけて、背筋を丸めながら歩き、卑屈な笑いでも浮かべておきましょうか」
「んなこと付け焼刃でやっても怪しまれるだろうって結論出したじゃんか」
それと、偽名を名乗ったりしないというのもその一環だ。いざという時、偽名に不自然な反応を示してしまうと余計に怪しまれる。
嘘を吐く時、一番大事なことは嘘を吐かないことである。必要のない嘘を吐いてしまうとその嘘を誤魔化すためにまた新たな嘘を吐く必要がある。だから、巧みに真実を散りばめ辻褄を合わせることが肝要だと。
そんな心得を話したのは他ならぬレベッカだったはずだったが。
「ふふ、そんなことを言わないでくださいませ。ただの暇つぶしですもの。女には得てしてこういう他愛もない会話が恋しくなることがあるのだと、殿方は知っておくべきだというのは世界を越えた摂理、というわけではありませんのかしら」
「……レベッカって結構、悪戯好きなんだな」
「そうなのでしょうか。自覚は無いのですけれど」
その言葉に嘘は無いようで、首を傾げている。しかし、同時にくすくすと笑うその笑顔は何とも様になっている。
俺はその笑顔にアイドルとしての可能性をやはり確信する。そして俺達は、馬車の中で今後のことや、そして取り留めのない話をしながら到着を待った。




