ディーヴェルシアとヘルさんと
さて、ヘルさんのライブの結果だが、中々順調な滑り出しと言える。
『あら、また来たのですか?』
ヘルさんがくすくすと笑いながら冒険者たちを迎え入れる。その感情は隠すまでもなく嘲りであり、冒険者たちは顔を赤らめて何か強い口調でごちゃごちゃと言っているものの、そこにあるのは屈辱ではなくむしろ感謝であり、もはや形骸化している。
その証拠に、にへらにへらと頬が緩んでいるのが隠せていない。
『ヘル様……じゃなかった! ヘル! 今日こそお前を討伐するために仲間を連れて来たぞ』
その言葉通り、ぞろぞろと十人ほどの冒険者たちが連なって、対峙するが、なおもヘルさんは余裕を崩さない。
『それで?』
『……それで、とは』
『まさかとは思いますが、その程度で私をどうにか出来るとでも考えているのですか? 愚かを通り越して、実に可愛らしいことです』
しかしヘルさんも割とノリノリなんだよな見てる限りだと。挑発の言葉とか打ち合わせしてないもの。
そして冒険者たちもぞくぞくと身体を震わせている。恐れではない。いや、恐れもあるのかもしれないが、それをスパイスとした快感である。
そう、冒険者たちは既にヘルさんの虜なのだ。
※※※
「うぅ……」
当然のように今日も危なげなく戦闘を終え帰投したヘルさんはもはや恒例となりつつあるようにさめざめと落ち込んでいる。
まあでもリピーターが来たってのは大きな前進だよな。後は……そうだな。平和的にライブを見守る環境を整えていくことかな。
そうしなきゃディーヴェルシアがうっかり冒険者たちを殺しかねん。物騒なことこの上ないがこれが現実である。
そもそもの問題としてこの世界にアイドル文化が根付いていないことが大きいのだ。アイドルの楽しみ方を知らない。それを布教することが出来ればいいんだが、さてどうしたものかな。
と考えていると、
「お邪魔するわ!」
バン、と扉を開けてやって来たのは、ディーヴェルシアだった。ノックも無しか。
「ディーヴェルシア様!?」
ヘルさんが慌てて三つ指ついて出迎える。あたふたとお茶の準備でも始めようと立ち上がりかけたヘルさんを、ディーヴェルシアは制した。
何だ? 微妙に不機嫌、なような気がする。
「……ディーヴェルシア、様……?」
「ゴブゾウとレベッカから聞いたわ。アイドル活動、成果が出始めたみたいじゃない……おめでとう」
「ディーヴェルシア様……!」
「なんて言うと思った!?」
はぁ!?
「飼い犬に手を噛まれるとはこのことね! よくも出し抜いてくれたわ! 正直、悔しくてたまらなくて来ちゃったところよ!」
器ちいせえええ!!!
「大体、リュートもリュートよ! 何でわらわのプロデュースがまだなの。もっとバンバン仕事取って来てもいいじゃないの! 何のためのプロデューサーなの!」
「いやこれにはわけがあってだな」
「ディ、ディーヴェルシア様、お聞きください。実は……」
「シャラップ!」
ビシッとヘルさんに指差しする。
「もうわらわはヘルを従順な部下とは思わないわ。これからは宿敵よ。ふん、それだけを伝えに来たの! それじゃあね!」
「おい! ディーヴェルシア!」
そのまま嵐のように去って行ったディーヴェルシアを追いかける。
「……私、どこで間違ったんでしょうか……」
打ちひしがれているヘルさんに後ろ髪ひかれる思いではあったがそのためにもである。
※※※
「ディーヴェルシア。お前、何のつもりだ」
「リュート! 早速わらわにもライブの準備をしてよ」
「それは無理だ。いいか、ディーヴェルシア、ヘルさんはな、お前の為を思って……」
「よかったわ」
説教の一つでもしてやろうかと思っていたが、どこか安心するように溜息を吐いたディーヴェルシアに言葉が止まる。
「何だかんだでヘルと出会ったころにやり過ぎて牙抜いて立ち直せなくなっちゃのかなって気にしていたの。けれどそんなことは無かったみたい。わらわも負けてなんかいられないの」
その瞳は純粋に輝いていて、やる気に満ち溢れている。
悔しい、と言ったのは本音だろう。けれどそこに鬱屈としたものは無い。自分に反抗した(と思い込んでいるだけだが)ヘルさんに対して、その成長を嬉しく思っているし自らの糧としているのだ。
「そう言えば何か言いかけてなかった? リュート」
「……いや、いいや」
ここで全てはお前の為だった、って言うのもなんだか逆に悪いような気がした。願わくば、ヘルさん自身がヘルさんを好きになって、変わっていって、そうしてもう少し自然にディーヴェルシアとの関係を築いていければいいなって。そう内心願うだけだ。
「最高の舞台を用意してやる。だから、それまで待ってな」
「……約束だからね」
ああ、と後ろを振り向きながらグーサインを送った。
なお、その後、ヘルさんの部屋に戻って酔っ払いモードになっていたヘルさんをまた必死に宥めたのはまた別のお話。




