淫魔の名前
目が覚めると身体の節々が痛く、ちょっと肌寒かった。
んーっと伸びをして、昨日のことを思い出す。うん、仕方ない。あのままの勢いだと何かしら過ちが起きてしまいそうな気がしたし。
「んー……」
と、考え事に耽っているとヘルさんもどうやら目を覚ましたようだ。
「あれ? 何で私……」
ヘルさんはどうやら昨晩のことはうろ覚えらしい。
それはよかった……思い出したら自己嫌悪でまた無限ループに入りそうだし。俺としては別にドンと来いだが。
さて、そういえば昨日、ヘルさんの本名聞いたんだよな、と。どうなんだろう。この世界の礼儀に明るくないが、正式名の方がいいんではないだろうか、と。軽く考えて
「ヘルミーディア……」
「!?!??」
「……さ、ん…………?」
呼んで、みたのだが……様子がおかしい。ビクン、と身体が硬直してしまった。
「りゅ、隆斗、さま……ソレ、イッタイ、ダレカラ?」
終いにはカタコトである。
「う…………うわあああああああああああああああああああああんんんん!!! 違うんです違うんです違うんですううううううう」
そしてそのまま大慌てで部屋から飛び出していってしまった。
※※※
「ということがあったんだが」
「マジかよ」
ゴブゾウに事の次第を説明した結果、帰ってきたのは思いの外、重いリアクションだった。
一応、俺が呼んだヘルさんの本名とかは伏せておいたんだが、それはマズイことなんだろうか。
「まあお前をこの件で責めるのも酷か。一応説明してやろう。考えてもみろ。ディーヴェルシア様はともかく、俺みたいな下っ端やレベッカ嬢みたいなご令嬢が何で本名じゃなく愛称で呼んでるんだと思う?」
「ヘルさんが自分を卑下してるからじゃないのか?」
「違うさ。淫魔ってえのは多情でな。誰にでも愛想よく振る舞うようで実は明確な線引きってぇのがあんのさ。それを明確に示すのが名前だ。淫魔って種族は自分の本名をみだりにさらしたりしねえのさ」
なるほど。源氏名みたいなものか……ん?
「ヘル様の本名はディーヴェルシア様も知らねえんじゃねえかな」
「いやーでもあれだ。酒の勢いでついうっかりとかあるんじゃねえかな」
「これは魂レベルでの本能みたいなもんだからな。そんなヘマは娼館働きの雑魚淫魔でもしねえよ……まあ、勢いを借りるってこたァ、あるだろうがな」
マジか。
「こ、ここは責任とかとるべきなん……だろうか」
「そいつァどうかねェ」
おっと、予想に反してゴブゾウの反応は冷ややかなものだった。
「ホントに手籠めにする気があんならあの方ならどうとでも出来るだろうよ。そうしてねえってこたァまあ、覚悟が固まってねェんだろう。ならそれに甘えてたって罰は当たらねェだろ。優柔不断なヘル様だって悪い」
「そんなもんか」
「んなもんだよ。俺も男だからなァ。お前の気持ちの方が分かるってのがあるが、まあ間違っちゃねえと思うぞ」
そうかね。そう言われると救われるような気もする。
「ああそうだ。名前……て知られるとまずかったりする、んだろうか。名前で存在を支配されたりだとかそういう戦力的な面で」
別に悪用するつもりなど全くないが、仮にヘルさんを狙う何者かが俺の心を読んだりそういうことをされると困るし。
「そういうのはねえけどな……ぜっっっっっっっったいに漏らすなよ。漏らしたら漏らした相手が殺されるからな。地獄まで追いかけて魂までも滅する勢いで」
声のトーンがマジだった。




