アフターケアもお仕事のうち
多少読みにくい個所もありますがどうか
初ライブを終えたヘルさんは一足先に部屋に戻り、俺とゴブゾウとレベッカは今日の反省会に入った。
「しっかし、本当にアレでよかったのか? 何つうかアレはアレでトラウマもんだと思うんだが……」
「トラウマっつっても死ぬよりはマシだろう」
「そりゃあそうだろうがよ」
「まずは何かしらの爪痕を残していかないと話にならない。それにどうせ、死ぬよりはマシ、なんだ。今後はともかくとして、今はこれくらいやっていってもいいと思う」
吊り橋効果の一種、と言っていいんだろうか。
命の危機から助かったという感情の変動が脳内麻薬となって作用し、再びこのダンジョンに、ヘルさんの元に訪れるようになる……といいな。
「そう上手く行くのかねぇ」
「まあ、上手く行かなかったら行かなかったでまた別の方策考えればいいだけさ」
「くっハハ、それもそうだな」
ゴブゾウは笑い飛ばしてくれた。
ヘルさん以外にもアイドルが増える(というかそもそもディーヴェルシアも一応そうなんだが)ことになってもその他の雑務をこなしてもらうことになるゴブゾウの部隊はその苦労もひとしおだろうに。
うん、本当にいい奴なんだなコイツ……どうにか恩返しできればと思うんだが。
「つうわけでレベッカ。悪いんだけどアフターケアよろしくな」
レベッカには今日来た冒険者の顔を覚えてもらい、素性を調べて経過を見守ってもらうことをお願いする。場合によっては、またここに訪れるよう誘導なんかも……。
「ええ。それは構いませんけれど……」
んー、とレベッカは考え込んでいる。
「どうかしたのか」
「ああ、いえ。ただ、アイドル、ですか。思ったよりも楽しそうで、少し」
「……やってみるか?」
「うふふ、中々に魅力的な申し出ですが、こうして裏方で協力をするのもまた快いもので、悩んでしまいますわね」
それではご機嫌よう、とスカートのすそを掴んで、優雅に挨拶を交わして去って行った。
どこまでが社交辞令なのか。相変わらずその気にさせる令嬢である。
さて、それじゃあ俺もそろそろ戻るか。
「あー、リュート、ちょいと待ちな」
踵を返したところでゴブゾウから呼び止められた。何だ?
「まあ、アレだ。俺も色々下っ端なりの苦労ってのが色々あってな。それを多少なりともわかってくれるお前を俺もそれなりに気に入ってはいるんだ」
「ゴブゾウ……」
「それとは別になァ。お前も色々苦労すっことになんだろうなァと同情を禁じ得ねえわけだ」
「うん?」
「つうわけで餞別代りにこれをやる」
そう言って取り出したのは酒瓶だった……ラベルが読めねえ。
「ああ悪かったな。そいつぁ『小鬼殺し』。口当たりはいいんだが、それに反して度数がえらく高くてな。それと知らずに呷れば卒倒すること請け合いだ。それでいて悪酔いはしねえ。ゴブリンが誇る銘酒だ」
「いや、俺酒飲めねえんだけど」
「そうなのか、そいつァ残念だ。まあ一応貰っときな……必要ねえなら必要ねえに越したこたあねえがな」
何でゴブゾウが俺にこんなものを託したのか。
その理由は直ぐに知ることとなる。
※※※
ヘルさんの部屋に戻ってきてまず最初に感じたこと。それは
「酒くっさ!」
見ると、そこら中に酒瓶が転がっている。そしてその中心にいるのは……ヘルさんだった。
「あはは~、りゅうとしゃま~、おかえりなしゃいませ、なんちゃって。きゃはは」
ヘルさんだよな? 妙にテンションが高くてだらしがないけどヘルさんだよな。
アイドル衣装そのままで胸元を開けてその豊満なおっぱいだったり短いスカートでへたっと座り込んだりして目のやり場に困る。正直。
「ぐすっ……死にたい」
テンションの高低差!
「うわああん。あんなはじゅかしいすがたをまた人前にさらすことににゃるなんてええええええ!」
呂律が回ってないな。かなり出来上がってらっしゃるようで。
そしてそっかー……そこまでショックだったかー。
「すみません、ヘルさん」
「ごめんですむならダンジョンマスターはいりましぇん!」
その理屈はちょっとわかんないです。
「本当にすまないとおもうなら!」
「思うなら?」
この際、焼き土下座も辞さない覚悟である。
さて……ええっと…………どうしてこうなった?
「えへへ~……りゅうとしゃま~」
膝まくらされて、頭を撫でられている。一応俺も抵抗しようとしたのだがいつの間にかこうなっていた……な、何を言っているのか分からねえと思うg……
「えへへへ~」
何故か耳にパクついてきた。
何だこの抱き枕かぬいぐるみかという状況。完全に弄ばれている……! これが淫魔の本気……!
でも、へるさんがにへら~っと上機嫌っぽいし、このまま為すがままになるしかない、のか……? 男として大事なものを失いつつあるような気もするが。
「どうせりゅうとしゃまだって、あれでしょー? わらしのあのすがたみて、げんめつしたんでしょう? わらしだってれすねー、いやなんれすからねー、りゅうとしゃまがいうからやったんれすからねー」
またもや落ち込みかけたヘルさんの言葉で、なけなしの心が警鐘を鳴らす。
これはさすがに聞き捨てならなかった。これからの計画にだって支障をきたすだろうし……何より我慢がならなかった。
「ヘルさん。俺はヘルさんの違った魅力が垣間見えて、よかったって思ってるんだよ。たとえヘルさんが認められなくたってさ」
数日、練習に付き合って、今日もライブをこの目で見て確信した。
アレは、ヘルさんの素だ。いや、アレもって言うべきか。今こうしているだらしのないヘルさんも、いつものヘルさんも。全部ヘルさんだ。
そしてどのヘルさんも魅力的だなってそう思うんだ。そう思うファンがここにいるんだってことを、知っていてほしい。
「りゅうとしゃま……りゅうとしゃまりゅうとしゃまりゅうとしゃま~」
ヘルさんがわしゃわしゃと抱きついてきた。
「……ヘルミーディア・ヴァンドランス」
「?」
「わらしのほんみょう、です。えへへ」
そうなのか。ヘルミーディア……? やっぱりヘルさんでいいだろうか。
「りゅうとしゃま……」
何故だろうか。その甘い声はゾクリとした。強いて言うなら蜜のように。蕩けて、囚われて、溶かされてしまうような危機感を、本能的に覚えた。
「えへへ~」
何とかその身を投げ出して、逃げおおせたかと思ったが、四つん這いのままヘルさんがにじり寄ってくる。
その顔は笑顔。さながらネズミを前にした猫のような、獲物を前にした捕食者の顔である。
そこで、思い出したことがあった。
「ヘルさんこれ」
「あはは、ついでくれるんですかりゅうとしゃま、ありがとうございましゅ」
ヘルさんに追加のお酒を注いで、ヘルさんは上機嫌のまま一気に呷る。
そう、『小鬼殺し』を!
「んく、おいしい……こんなおさけいつかったかな? はれ……りゅうとしゃまがさんにん、しょんな、はいらな…………きゅ~」
へるさんはたおれた!
「……大丈夫かな?」
ヘルさんの顔色を見るが、かえって血色はよさそうで、うなされている様子もないようだ。
むしろ幸せそうな夢心地だ。
俺は、後始末を何とか済ませて、ヘルさんをベッドに運んで、そのまま地面に倒れ伏した。




