ただより高いものはありませんのよ
苦しい……何だ。新手のス○ンド攻撃か。
何だろか、妙に柔らかい何かに包まれている? おかしいな。ヘルさんがついている以上、滅多なことが起こるわけもないんだが……。
「ぶっ!?」
目を開けて状況を確認して思わずびっくりした。
おっぱいだった。
おっと、こんらんしているようだ。何でかは分からないがヘルさんが俺をがっちりと抱き締められているようでおっぱいだった。
細腕のように見えるが力がハンパなくておっぱいで抜けられない。
「んー! んー!」
鼻息を荒くしているわけでは無い。断じて。強いて言うならプロレスのギブアップである。ぽんぽんとヘルさんの腕を叩いているだけだ。
ああそうだ。そういえば二の腕とおっぱいの柔らかさは同じだとか……てバカ!
「んふふー、だめでしゅよーりゅーとしゃまー」
しかしどうしたことか。全くビクともしない。それどころか笑顔である。
弄ばれている……だと!?
それでもこのままだと不可抗力とはいえ色々とまずいと考えて何とか這い出ようと努力していたところで……ぱちりとヘルさんと目があった。
「あ……」
「い……い……」
う?
「いやぁあああああああああああああああ!!!」
※※※
それから、二人で昨日と同じようにアイドル事業を進めるために部屋を出る。言葉は少ない。
「本当に、申し訳ありません」
ヘルさんもまあ誤解なく状況を理解してくれたようではあったが、故にというべきか気まずい。
「どうしたんだ、お二人さんよぉ何かあったか?」
そこで声を掛けてきたのはゴブゾウだった。うん、正直、気が紛れるというか助かる。
「で、どうすんだ? 今日もまたおーでぃしょん? だかやんのか。まあコネはそれなりにはあるが所詮下級魔族だからな。色々やりにくいとこはあんだが」
そうだな、実は昨日もヘルさんに代わってゴブゾウが仲介役を買って出た時もその辺の事情があって色々難航してたみたいだし。
けどまあ今日はその必要はない。
「はい。というわけでスタッフの厳正なる審査の結果、第一回ダンジョンオーディションに選ばれたヘルさんです」
「ちょ、ちょっと隆斗さま、止めてください」
「つうわけでさ。ゴブゾウ、ちょっとレベッカと連絡取れないだろうか」
「あら、ワタクシがどうかなさいましたか」
おっと。
「レベッカ様。連日、お越しとは珍しいですね」
ヘルさんは多少驚いた様子で応対している。
「レベッカ、さっそくで悪いんだが」
「ああ、それよりリュートさん、こちらをご覧くださいませ」
何だ? とレベッカは取り出したものを見ると……それは衣装だった。
それも昨日、レベッカと話していたアイドルの衣装そのもの。夜の闇のような藍色を基調としたミニスカート調のアイドル衣装。
「どうでしょうか? ヘルさんにとてもよくお似合いだと思うのですけれど……」
「……お前、どこまで?」
俺が頼もうとしていたのはまさにこれだ。
「クスッ、いえ。ただの商人の……いえ、女の勘、ですわ」
悪戯に微笑み戯れる令嬢。半端ねえな。
「で、代金は」
「結構ですわ。元々、ワタクシの趣味で作らせていただいただけですもの」
趣味!? レベッカが作ったのかコレ。
「そうですわ。ワタクシ、女性はもっと輝くべきだと常日頃思っていまして。時間があればもっと豪奢なドレスも仕立てられるのですけれど……まあ、今回の品であればこれで十分、というのはいささか失礼でしょうか?」
「そんなことはないけどな」
よく見れば細かな金糸の刺繍が袖口に入っていたりして、腕の動きなんかが目立つような気配りがされていたりする。
昨日、話をした内容だけじゃなく。熱意を以て仕事をしてくれたのがよく分かる。
「あ、あの……ほん、とうにこれを……着る、んですか……? 私が?」
冗談でしょう? とでも言いたげなヘルさんの掠れ声。
んーでも、その声からして、その奥底には興味の色があると見た。ここはもう一押しと行きたいところだが……
「あー残念ですわ。せっかく好意で譲ってさしあげたいというのに、日の目を見ないなどということになってわ。世界の損失というものですわね」
大げさに胸に手を当てて、嘆くレベッカ。
「う、うぅ……」
「見てみたいですわね。ヘルさんの晴れ姿」
「わ、分かりました。分かりました……その、ちょっと着替えてきます」
ヘルさんは恥ずかしげに、衣装を胸に抱えてどこかに消えて行った。
「レベッカ。お主も悪よのう」
「クスッ、ただより高いものはありませんのよ?」
「……お前ら何かすげえ悪い顔してんぞ」
俺とレベッカが笑い合う姿に、ゴブゾウは呆れたように呟いた。
次回からはちょっと更新頻度が下がるかと思います




