第7話 冒険者ギルド ①
門番をしていた兵士に冒険者ギルドの場所を聞いてみると、すぐそこの大通りをしばらく真っ直ぐ行けば見付かると教えてくれた。同時に、俺が今通過した西門はウサの外壁にある門の中でも1番ギルドに近い門だから運が良いな、とカラリと笑われた。軽く礼を述べて言われた通りに進んでみる。大きな街だけあって道幅は広く地面も舗装もされていて、歩きやすい。
ウサはレベッカがリンユウ王国で王都に次ぐ規模だと言っていただけあり、本当に大きな街だった。俺は今西側の外壁のすぐそこにいるわけだけど、反対がわの東側の外壁が見えない。レンガ造りの整然とした街並みが広がっている。
ただ、街の中央辺りに城が建っているのは見えた。あの大きさは館じゃなくて城だよな……城壁にも囲まれてるみたいだし。もしかしなくても、王族か有力貴族がこの街を治めているんだろう。
解放祭の本番は明後日だけれど、街中には既に祭り特有の浮き足立った空気が流れていた。大通りの両端にはいくつもの出店が軒を連ね、非常に活気に満ちている。
俺は普段のウサを知らないから比較は出来ないけど、人通りも増えているんじゃなかろうか。道行く人々はごく普通の住人っぽい人から妙な仮装をした祭りを楽しもうとしている人まで様々だった。
そしてただ歩いてるだけでも、アクセサリーを売ってる露店や焼いた肉を販売している屋台の店員に声を掛けられた。腹は減っていたので屋台には心惹かれたけれど、今はまず目的を果たすのが第一だ。なので後ろ髪を惹かれつつも大通りを進む。
大通りを真っ直ぐ歩いて行くと広場に出た。俺が今歩いて来た大通り以外からもいくつかの道がここに通じているらしい。
円形の広々とした広場は中央に噴水、脇にいくつものベンチが並んでいるため、普段は住人達の憩いの場なのだろう。けれど今はそこで大勢の人々が作業を行っていた。どうやら舞台を設置しているらしい。祭りに合わせて、芝居やら歌やら芸やらの出し物をするんだろう。
そして恐らく、この街の規模から考えると広場の類はここだけじゃないはずだから、他の場所でも似たようなことをするのかもしれない。
今日でも十分賑わっているように見えるが、祭り当日……明後日にはもっと賑やかになるんだろうなぁ。祭りのテンションに乗りきれないと人に酔いそうだ。
おっといけない、目的目的。
広場をぐるっと見渡してみると、抜けて来た大通りの端にある3階建ての建物に、剣と杖を掲げた看板がぶら下がっているのに気付いた。ギルドマークを付けているということは、ここが冒険者ギルドでいいんだろう。
木製の扉を押し開いてギルドに入ってみるが……そこはギルドというより、飯屋だった。
大部屋にはいくつものイスと机が並び、そこでは色んな意味で多種多様な人々――エルフの魔法使いとか、獣人の戦士とか、ヒューマンの剣士とか、ドワーフの斧使いとか――が食事に勤しんでいる。
ウエィトレスやウェイターと思しき人達は目まぐるしくその間を駆け回る。そっか、時間的に昼食時だもんな。そりゃ忙しいはずだ。
「これ、坊ちゃん。入り口に突っ立っていたら邪魔になるよ」
急に声を掛けられ、咄嗟に飛び退く坊ちゃんと呼ばれた俺(実年齢625才)。
確かにこの調子なら人は引っ切り無しに訪れるだろうから、扉の前でボケッとしていてはいけない。そしてその言葉通り、すぐに扉が開いて3人組の男たち――恐らく冒険者――が入って来た。
俺に声を掛けて来たのは、扉のすぐ横に備え付けられたカウンターに座っている70才ぐらいの柔和な笑顔を浮かべた女性だった。
「坊や、ギルドに来るのは初めてかい?」
「はい。あの、登録したいんですけど……」
「それなら2階に行きなさいな。1階は見ての通り、食堂になってるからね」
そして夜には恐らく、酒場になるんだろう。
「ありがとうございます、えっと」
「あぁ、敬語はお止め。私はサマンサ。ここで案内役をしているよ。と言っても、案内が必要なのは坊やのような初心者ぐらいだから、殆どお情けで雇ってもらってるようなものだけどねぇ」
言っておっとりと笑う老女・サマンサだが、例えお情けでも雇われている以上、何かしらあるんだろう。背筋がピシッと伸びた姿勢の良い姿から見ても、鍛えてそうだし……昔有名な冒険者だったとか、その辺かな?
「ありがとう、サマンサ。それじゃ」
互いに手を振り、俺は2階へと向かう。階段はサマンサが座っているカウンターのすぐ前にあった。
2階に上がると、そこには俺の記憶にある『冒険者ギルド』そのままの光景が広がっていた。
階段からフロアに出た正面にはいくつかのカウンターが並び、両隣の壁のボードには大量の依頼書が張り付けられていた。昼食時だからかカウンターに並んでいる人は少なく、待たずに手続きが出来そうだ。
適当に選んだカウンターにいたギルド職員は、相当美人な金髪碧眼エルフだった。美人はいいね、眼福だ。
「ようこそ、冒険者ギルド・ウサ支部へ。私は受け付けのソフィ・マルクです。冒険者ギルドは初めてですか?」
「……はい、初めてです」
嘘です、本当は1400年ぐらい前に1度登録しました。そして800年ぐらい前まではちょくちょく出入りしてました……なんて、言えるわけが無い。なのでその真実は綺麗に押し隠す。
「冒険者として登録したいんです。この受付で大丈夫ですか?」
訊くとソフィはニッコリと笑った。それは明らかに、初心者の少年を見る微笑ましげな目だった。
「はい、大丈夫ですよ。それではまず、こちらに必要事項を記入してください」
言われ、用紙と羽ペンを渡される……入門手続きの時と同じやり取りだ。しょうがないけど。
あ、そうだ。その前に。
「あの、俺今、手持ちが少なくて。ギルドの登録っていくらぐらいかかりますか?」
現在の所持金は、銀貨1枚・鋼貨7枚・銅貨5枚。約800年前は冒険者ギルドへ登録するのに合計で銀貨2枚ぐらいだって聞いたことがある。
ついでに言うと、昔俺が最初に登録した頃は銀貨1枚でお釣りが来た。あの当時はギルドカードが存在しなかったから、発行料もかからなくて……あれ? 登録にかかる金が増えたのって俺のせい?
「ギルドへの登録料、手数料、ギルドカードの発行料、初心者保険料で合わせて銀貨5枚になります」
「ファッ!?」
俺の疑問に淀みなく答える当たり、ソフィはこの質問に答え慣れているらしい。良く聞かれるんだろう。
いやそれよりも、銀貨5枚って何!?
ステータスカードが値上がりしてたからこっちも値上がりしてるだろうとは思ってたけど、上がり過ぎだろ。ってか初心者保険料って何だ?
……落ち着け俺。驚きはしたけど法外な値段ってほどじゃないし、払えないわけでもないだろ。
「あの、薬草や薬の買い取りってしてもらえます?」
そう、【収納】によって大量にストックした薬草や薬を売れば工面するのは難しくない。良かった、これらは持って来といて。
「はい、それでしたらあちらの買い取りカウンターで取引させて頂いてます」
あちら、と手で示された方を見ると、片眼鏡を付けた中年の男性が座るカウンターがあった。あそこか。
まずは先立つものを手に入れようと思って、少し待っていて欲しいと告げようとしたら、ソフィの方から提案があった。
「あの、もしよろしければ仮登録なさいませんか?」
「仮登録?」
何ぞそれ? 疑問が表情に現れていたようで、続けて説明される。
「仮登録とは、初めこちらの方で初期費用を立て替える制度です。期限は1ヶ月。それまでに返済が成されない場合は登録を抹消し除名、他にもいくつかの制裁が科されるなどの処分がございますが、そういったことは滅多に起こりませんし、事情によっては猶予も与えられます」
つまり、ギルドに借金をする形ってことか。
「事情っていうと……例えば、大怪我して長いこと働けなかったり治療費が嵩んだりしたせいで、返済の意思はあるのに出来なかった場合とか?」
「そうですね。そのような場合なら療養期間を返済期限から免除したり、返済の代わりに労働をしてもらうなどの措置が取られます」
優しくなったな、冒険者ギルド……昔は登録したら後は規律を破って制裁をする時以外はほったらかしだったのに。
でも。
「俺はいいですよ、一応必要な金額は作れそうですし」
そうなのだ。だから辞退しようと思ったのだが、ソフィが仮登録制度を勧めてきたのは金銭的な理由からじゃ無かったらしい。
「はい、薬草や薬品を売買なさるのですよね? ただ、ギルドに登録していなくても売買は受け付けておりますが、登録した上で売買なさればそれでクエスト達成とみなさせていただくことが出来ますよ」
「うん?」
「薬草や薬品は常に需要がありますので、常時依頼のクエストが出ています。仮登録も仮とはいえれっきとした登録なので、それでクエストを成功させれば達成報酬と昇格に必要なポイントが与えられます」
成る程、確かにその方がお得かもしれない。
「……ちなみに、その場合仮登録料に利子とかが付いたりは」
「いたしません」
お得だ。
「じゃあお願いします。どうすればいいんですか?」
「先ほどお渡しした用紙に記入して頂ければ、後はこちらで処理しますよ」
よし、じゃあ書こう。
えーっと、名前・年齢・性別・種族……こっちはレベルも必須なのか。それに魔法適性の有無、得意な武器など……こっちは必須じゃないな。とりあえず年齢とレベルは詐称して、魔法適性は有るって書いとこ。
「よし。これでいいですか?」
提出した用紙を確認し、ソフィは頷いた。
「はい、大丈夫です。ではステータスカードを確認させて下さい」
最終確認ってことだね。よし来た。
無言で提示すると、用紙に記入された内容と照らし合わせて再確認される。
「はい、承りました。それではこちらで手続きをしておきますので、その間に買い取りカウンターへとどうぞ。ギルドカードは後ほど手渡せてて頂きますね」
促され、買い取りカウンターへと向かった。それにしてもソフィ、俺とのやりとりの間1度も笑顔が崩れなかったな。まさしくプロの受付嬢だ。
冒険者ギルドでのあれこれ。続きます。