第1話 自分から行くことにした
「ただいまー」
「? あんた、学校はどうしたの? 遅刻したからって、サボっちゃダメでしょ?」
「サボりじゃないって。今日は全校朝会の日だったんだけど、俺はうっかり寝坊して遅刻しちゃって。で、その間に何か、うちの学校の人達が異世界召喚に巻き込まれちゃったみたいで、誰もいなかったんだよね」
「……は?」
「というわけだから、俺もちょっと異世界に行って、皆を連れ戻して来る」
「………………体に気を付けるのよ。それと、夕飯までには帰って来なさいね」
「おっけー」
以上、俺が帰宅した直後の母との会話です。
そして母さんはとっても可哀そうなモノを見る目で俺を見つつ、しかし激励の言葉と共に送り出してくれたのだ。夕飯までには帰って来いって、それはつまり『夕飯用意しとくからちゃんと帰って来なさいね。間違っても死んじゃダメよ』ってことだろ?
さてどうしてこんな会話が成されたのかというと、時は数分前に遡る。
と言っても、特筆するようなことは特に無いんだけど。
今朝は悪夢を見たせいで寝過ごし、遅刻した。しかし遅刻しながらも慌てて学校に行ってみれば、学校には誰もいなかった。あれ、今日って日曜日だったっけ? と一瞬思ったけど、勿論そんなことは無く。
一体どうなっているんだろうと思いつつ校内を回っていると、体育館付近で失神している同級生の男子生徒Aを見付けた。顔は見覚えがあって、確か隣のクラス……3-2の生徒だったと思うのだが、残念ながら名前は知らない。故にAと仮名する。
俺は何があったのか知るためにA君(仮名)をもの凄く手加減した往復ビンタで文字通りに叩き起こし、事情を聞いた。
目を覚ました彼は恐慌状態に陥っていると言ってもいいほどに混乱していたので、冷水をぶっかけてまたもや文字通りに頭を冷まさせるという一手間を必要としたが。
そしてA君(仮名)の語る内容はこうだ。
A君(仮名)は元々真面目な生徒では無く、全校朝会も面倒だからとサボっていた。そんな時、不意に地面が緑色に光って見たことの無い文字が掛かれた円……魔法陣のようなものが現れて体育館を包み込んだらしい。そしてその光が消えた後、ふと体育館の中を覗いて見るとそこにいたはずの教員生徒全員がいなくなっていたんだとか。
それを目撃したオカルトが苦手なA君(仮名)は失神してしまったとのこと。失神すんの早ぇなお前ぇ。
その後、話している内に再び興奮してしまったA君(仮名)を落ちるかせるために彼の意識を無言の腹パンで再び刈り取った。A君(仮名)は犠牲になったのだ。
そして事情を理解した俺は小さく呻きながら天を仰いだ。
事情。そう、この学校にいた人間は異世界召喚されてしまったのだ!! ……ただし俺とA君(仮名)を除く。
あぁうん。よくあるよね集団異世界召喚。そしてそれに取り残される誰か。うん、よくあるよくある……って無ぇよ!! よくあってたまるかそんなモン!!
とんでもない理不尽さに強い憤りを覚えておもわず『全力で』地面を殴りそうになってしまい、寸前で思い直してピタッと止める。
危ない危ない、もう少しで大地を叩き割る所だった。
しかし少し冷静にはなったものの、湧き上がってきた憤りは本物である。
だって、A君(仮名)に聞いた魔法陣に記されていた見慣れぬ文字ぼ特徴を聞いて、確信したのだから。
皆が召喚されたのは、『あの世界』なのだと。
ちくしょう、こんなことになるなんて知ってたら、絶対に寝坊なんてしなかったのに! いや、例え寝坊したとしても、こっそり空間魔法で転移して登校すれば間に合ったかもしれないのに! どうせ遅刻なんだから現代日本で魔法を使うなんてリスクを犯してまで急ぐ必要は無いよねって余裕ぶっこいてたらご覧の有様だよ! 最悪だ!
過ぎたことを言ってもどうしようもない。ないけどしかし、もしも俺がその時この場にいたら異世界召喚なんて大誘拐、絶対に未然に防いでみせたのに! だって今回使われたであろう召喚魔法は、他ならぬこの俺がかつて一度は消失させたものなんだから!
……嘆いていても仕方が無い、か。過ぎたことはどうにもならないのだ。ならば、これから行動を起こすしかない。
「もう……行く気は無かったんだけどね。あの世界には」
1つ溜息を吐き、服の下にコッソリと装着していたペンダントを外す。ただの転移魔法ならまだしも、流石に異世界転移魔法、それも時間や場所まで狙い澄ましてともなると、このアイテムで能力を抑えた状態では厳しい。
このペンダントはかつての仲間であった錬金術師とその妻たる魔法使いが俺のために作ってくれたマジックアイテムだった。剣も魔法も、それどこか一定以上の争いも遠いこの現代日本で、俺が普通に生きて行けるように、と。そしてその効果も折り紙つきで、俺の能力をかなり抑えてくれていた。お陰で自分自身でちゃんと気を付けていれば、現代日本に帰還した後も生活する上で特に不便を感じたことは無い。
そしてペンダントを外した途端に感じる、己自身の中に漲る力。久方ぶりの感覚だ。
同時に感知能力も上がった……正確には取り戻したようで、微かに体育館に残っていた召喚魔法の魔力、その残滓を感じ取ることが出来た。よし、いいぞ。
まずはこの魔力から、皆が召喚された時間軸を探ろう。ついさっき起こったことでまだ時空間が乱れているだろうから、大体の目測は集中すれば難しいことじゃない。そして俺は、『その瞬間』よりも少し前を狙ってあちらへ渡るんだ…………おっ。
「見ぃ付けた……フン。どこの誰がどうやったのか知らないけど、折角人が消失させた欠陥魔法をわざわざ復元させやがって。このお礼は高く付くぜ。そして……今度こそ、誰も死なせない」
大親友だとか恩師だとか、そんな風に呼べるような相手はいなかった。けれどただただ平和で平凡な、何でも無いようなことで笑い合える、そんな連中がどれほど得難いものか。
同級生や部活の後輩はまだしも、今回召喚された彼らの内の殆どは顔も声も名前も知らない。あぁ、そんな人たちは赤の他人だとも。けどな、一方的に異世界なんて訳わかんない所に誘拐されて、そんなかつての俺たちと同じような状況に陥った人たちを、見捨てられるわけがない。
「っと、その前に1度帰って、ちょっとぐらいは準備しておこうかな。確か少しだけあっちの金もあったはずだし」
こうして俺は今度は【転移】を用いて一瞬で帰宅し、母さんと冒頭の会話を交わしたのである。
そして、わずかながらも準備を済ませ。
「発動、【異世界転移】」
最上級空間魔法である【転移】、その更に上を行き、かつ時間魔法も組み込んだ【異世界転移】。かつてこの世界に、日本に帰るために編み出した俺だけのオリジナル魔法だ。こちらに帰ってきた時点でもう2度と使うことは無いと思っていたそれを、再び発動させる。Aが話していたのと同じ緑の光が、俺を中心に溢れかえった。
それにしても、やはり世界と時間の壁を同時に超えるというのは大変だ。魔力がガリガリと削られていくのが解る。とはいえペンダントもしていない今の俺には、決して賄えない量じゃない。
「行くぞ、『コーラル』へ」
現在時刻は午前9時12分。絶対に皆を帰し、そして俺自身も帰って来るぞ、今この時へと。
けれど今は行こう。懐かしき異世界へ。
あ、そういえばまだ自己紹介してなかったっけ。ふふふ、聞いて驚け!
俺の名は鈴代藤真。かつて異世界『コーラル』を2度に渡って救った大魔法使い! 勇者の相棒である英雄、大賢者『トーマ・スズシロ』とはこの俺のことなのだ!!
……いや、あの、その、これマジだからね。決して厨二じゃないからね。だからそんな、痛々しい子を見るような目で見ないでよね?