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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第1章 懐かしき『コーラル』
18/44

第15話 病と呪い


====================


 かつて激動の時代があった。その始まりは魔王の台頭にあったという。


 当時の魔王は、その名はベルデルウルス・ユグレンスカ。後世では『支配』の魔王と呼ばれる者である。


「人間どもよ、我らに従え。この地上は我ら魔人族のものだ」


 魔王は人類への侵略を開始した。徐々に、しかし確実に人類の領域は侵され支配されていったのである。

 これを受けて、当時の大国であったフィライト王国の国王は自身の第3王女を呼び寄せた。


「姫よ、この窮地を理解しているな?」


「はい、勿論です王よ。この苦難、必ずや乗り切ってみせましょう」


 かの姫はとみに魔法の才能に恵まれていたという。彼女はかつて遺跡から発見した古代の消失魔法ロストマジックを研究、復元した。


「この魔法に成功すれば、必ずや世界の救世主が現れることでしょう。しかしこの魔法を扱うには私だけでは魔力が足りません。皆様、どうか我らに力を!」


 姫は世界中に呼び掛けた。人々はその雄姿に感動し、多くの者が力を貸した。


「ああ、これで足りる。どうか、どうか。『コーラル』をお救い下さいませ」


 姫が復元し使った魔法、それが【異世界召喚】である。異世界から英雄を呼び出す魔法だった。




 そして同じ頃。とある村に1人の少年が暮らしていた。少年は憂いていた。


「あぁ、最近は魔王の侵略が激しさを増しているという。この辺りは平和だが、それもいつまで持つか……いや、何より今こうしている間にも魔王は人々を苦しめているのだ。俺に何か出来ない事か……」


 少年は清く強い心を持った美少年であった。田舎の小さな村に生まれ、そこで平和に過ごしてきた。


「街に出てみようか。例え猫の手程度でも、何かが成せるやも……む?」


 村の近くの泉にて、少年は見付けた。否、出会った。


「お前は誰だ? 見ない顔だな?」


「……………………」


 そこでは1人の少年がいた。声を掛けられても返事を発しない、酷く寡黙な少年であった。


 美少年の名はアルフィ。

 寡黙な少年の名はトーマス。


 後に勇者とその相棒たる大賢者となる2人は、こうして出会ったという。



 アルフィに保護され村へと連れて行かれたトーマスは、言葉少なながらに自身の身の上を語った。彼は異世界の国『ニッポン』からこちらへやって来たのだと言う。


「寄る辺なき身は心細かろう。今はこの『コーラル』も平和とは言い難い。故郷に帰れるよう、手段を探そう」


 トーマスの身を案じたアルフィは、彼と共に旅に出た。それは英雄たちの第一歩であった。



 小さいが平和な村にいた頃は噂でしか聞き及ばなかった魔王の侵略による惨状を、旅に出たアルフィはその目で見ることとなった。

 そして同時に知る。とある国の姫が世界を救う救世主を呼び出すための魔法を行使していたということを。


「トーマス、もしや君がこの世界に来たのは姫の魔法によるものかもしれない。君はこの世界を救う者として選ばれたのやも」


「かもしれん。俺とて、この惨状は見逃せん」


 トーマスは寡黙ではあったが、その内は思慮深い性質であった。2人は決意した。共に世界を救うことを。

 しかし、平和な村で育った少年と争いが無いという異世界から来た少年の力は、酷く頼りないものであった。


「ああ、何故我らは弱い。これでは到底人々を救うことなど出来ない」


 嘆く2人の前に、ある男が現れる。筋骨隆々の逞しい体躯を持った男であった。


「貴様らが真に人々の助けとなりたいと願うならば、俺が力を貸してやろう。強くしてやろう」


 男の名をクリスといった。後に『聖騎士』と呼ばれる者である。

 アルフィとトーマはクリスの提案を飲み、修行を開始した。そして修了した2人は己を鍛え上げたクリスを同志とし、活動を始める。


「なぁ、我らでパーティを組まないか? 共に人々を助け、世界を救おう」


「良かろう。この力、主らの元で存分に発揮させてもらう」


「……パーティ名を俺が付けても構わないだろうか?」


 寡黙なトーマスの珍しい発言を、アルフィとクリスが促す。


「我らは魔王を倒すために出会った。それはこの『コーラル』という世界の運命さだめ……故に『Destiny Of The World』。略して『DOW』でどうだろうか?」


 トーマスの提案に、アルフィとクリスの否は無い。


 こうして後の勇者一行、パーティ名『世界の運命(DTW)』は始まったのである。




 そしてこの場面を見て。


「ぐっはぁ!」


 1人の少年が、観客席の最前列で悶絶した。



====================


 

 え、ちょ、何なのコレ……。


「トーマ!? どうしたの、大丈夫?」


 胸元を抑えて思いっきり悶絶してしまった俺に、隣に座っているレベッカが心配そうな顔をしている。正直全然大丈夫じゃないけど、彼女に心配をかけるのは本意では無い。


「大丈夫ってことにしといて。ただ……俺は昔ちょっと患っていて、しかも拗らせてしまっていてね。今でも時々、その後遺症に苦しめられているんだ」


「患っていた? 今は大丈夫なのか?」


 レベッカの向こうに座るアランもまた、心配げな表情である。


「まぁ……不治の病と言われることもあるけど、発作が出ることはもう無い。少なくとも自覚症状は無いよ」


「不治の病!? 何て言う病気なの?」


「うん、厨二病っていうんだ」


 ふ、と遠い目になってしまう。


「チューニ病?」


「俺の故郷では割と有名な病気なんだ。とはいえ、これで肉体的に死ぬ人は滅多にいないから、心配はしなくても大丈夫」


 ただし後々、後遺症……即ち黒歴史に苦しめられることになるけど。


 


 解放祭当日の今日、俺はギルド前の広場に設営された簡易舞台で旅芸人の一座による勇者一校を題材とした演劇が行われることを知った。ソースは朝食時に『猫の目亭』の食堂で出くわしたリース兄妹である。

 それ自体はどうとも思わなかった。解放祭の日にそれにちなんだ出し物があるのは何も可笑しなことでは無い。七夕の日に織姫と彦星の話をやったり、年末に忠臣蔵やったりするようなモンだろ?

 ただ、この時代に勇者一行の伝説がそのような形で残っているのかは気になった。そりゃあ演劇なのだから色々と脚色はされているだろうけど、傾向ぐらいは掴めるのではないか。そう思い、俺は観劇することを決めた。元々観劇するつもりだったらしいリース兄妹とも行動を共にして。


 結果はご覧の有様である。



「何で『世界の運命』なんてパーティ名を持ち出して来るんだよ……勇者一行でいいじゃん」


「しょうがないじゃない、この頃はまだ勇者一行なんて呼ばれてなかったんだから。そもそも演目が『世界の運命に導かれ』なんだし」


 うん、その演目を聞いた時点で嫌な予感はしてたよ。


 そもそも、ツッコミ所は満載である。


 正義感が強く熱い心を秘めた美少年、『勇者』アルフィ……何だそれは。あいつの何所が正義感が強くて熱い心を秘めていたっていうんだ。むしろあいつは凄まじくマイペースなド天然で、そのくせ時々腹黒かった。

 というか、そこまで内実が捻じ曲がって伝わってるなら、美少年の部分も捻じ曲がれよ。役者までわざわざキラッキラしたイケメンをキャスティングしやがって。爆ぜろ。


 寡黙だが思慮深い異世界から来た『大賢者』トーマス……誰だお前。確かに俺は『コーラル』に来た当初は口数が少なかったが、それは単に言葉が解らなかっただけだ。しかも内面は思慮深い所かバリバリの厨二真っただ中だった。

 そして今回、トーマス役の役者もイケメンがキャスティングされている。そんなつもりは無いんだろうが、嫌味に感じる。


 道を知り道を教える『聖騎士』クリス……面影すら無い。悪人だなんて欠片も思わないが、あれは決して善人でも無い。ただの脳筋でバトルジャンキーな狂戦士パーサーカーだ。そして鬼教官だ。

 役者は筋骨隆々なスキンヘッドのおっさん。似せる努力をする気も無いのか。クリスは俺よりも年下で、しかも小柄な方だったっての。


 つまり勇者一行の前身、パーティ『世界の運命』は後の『勇者』・『大賢者』・『聖騎士』の3人で結成したものだというのは間違っていないが、その実態は天然・厨二・脳筋という中々にアレな構成だったのだ。


 しかもこのパーティ名、劇中のようにかっこいい理由で付けられたわけじゃない。



 『折角だからパーティを組むか?』


 『いーんじゃね?』


 『名前何にする?』


 『かっこいいのがいいな! こう、横文字でキラキラッと! そう、『世界の運命』とかどうよ!?』


 『なぁクリス。やっぱりトーマ、苛酷な修行のせいで頭のネジが飛んだんじゃない?』


 『どうでもいい。戦えれば』


 『よっし、決定!』


 『ま、いっか』


 『よし行くぞ、さっさと討伐依頼へ。やっと久しぶりに戦える』



 こんな感じで、かる~く決まったからな。今になって思うと、ツッコミ不在の恐怖がそこにあった。

 俺は当時13才、日本で言えばリアル中二なお年頃だった。しかも鬼教官の超スパルタ式修行がやっと終わったってことで、嬉しくてハイになってた。


 後に再会した姉貴は俺たちのパーティ名を聞き、真っ青な顔でこう言った。


 『藤真! 悪いことは言わないわ、その名前は変えなさい! いつかきっと後悔するわよ! 黒歴史っていう古傷をズタズタにされるんだから!』


 拝啓姉上、貴女は正しかった。俺は今、身を以て実感しています。敬具。


 しかし過去を変えることは出来ないので、甘んじて受け入れるしかないのが現状である。


 それにしても、かなり事実とズレてるなぁ。俺たちの人物像がブレブレなのは仕方が無いにしても、時間軸すらあやふやとは。


 そもそも俺たちが召喚されたのは救世主を求めてのことでは無い。それ所か、その時点では魔王の侵略も表面化していなかった。


 それでは何故【異世界召喚】が行われたのかというと、その理由はかなりえげつない。

 当時フィライト王国という国が存在したのも、時の王の第3王女が魔法に長けていたのも、その彼女が【異世界召喚】を行った首謀者であるのも事実だ。

 けれどそれは救世主を求めての事ではない。彼らが求めていたのは奴隷だったのだ。


 古代の遺跡で【異世界召喚】魔法の痕跡を見付けたフィライト王国は、魔法に長けていた第3王女を中心としてその魔法を研究、復元させた。そしてそれにより、異世界から奴隷とするべき人間を召喚するつもりで行使した。それに成功すれば、その先いくらでも異世界から奴隷を補充できると考えたらしい。

 しかしそれは【異世界召喚】が抱えていた欠点によって図らずも頓挫することとなる。その上【異世界召喚】の発動には彼女たちの想定を遥かに超えた魔力を必要とし、幾度も行うには非常に効率が悪かった。そのため、フィライト王国の『異世界から奴隷を集めよう計画』は白紙に戻ったという経緯がある。


 だというのに、それをその数年後に起こった『支配』の魔王の侵略と関連付けることで美談風に仕立てている。この劇中での設定のみなのか、世界中でそう認識されているのかは気になる所だ。

 とっくに滅んだ国――『厄災』が最初に滅ぼしたのがこのフィライト王国だった――だが、あんな事をしておきながら後世ではこうして讃えられているのを見ると奇妙な気分になる。


「パーティを組んだ3人は、世界を救うためにあちこちを飛び回りました。そして各地で仲間を集めて行ったのです」


 俺の心情など関係無くナレーターの声は響き、劇は粛々と進む。劇中では、勇者一行の仲間がどんどん増えていく。


『大魔導』リリアナ。

『錬金王』ダイゴ。

『聖女』アイリス。

『獣王』ウルクスト。

『竜王』ドラグネス。

『竜妃』ナナエス。

『賢人』パク。


「他にも彼らの旅路を支えた豪商などがいたとされています。そして彼らの最大の後ろ盾は、勿論フィライト王国でした」


 いえ、違います。確かにスポンサーになってくれてた商人はいましたが、フィライト王国からの支援は一切受けていません。むしろ俺たち……特に【異世界召喚】に巻き込まれた面子はフィライト王国のことなんて一切信用出来なかったから、接触があっても逃げてたぐらいだ。

 けどまぁ……異世界から英雄を召喚したのがフィライト王国ってことになってる以上は、そう推測されるのも無理ないんだろうなぁ。史実でも、フィライト王国が俺たちを召喚したこと自体は間違いないわけだし。


「そして幾多の苦難を乗り越え、遂に彼らは魔王の本拠地へと乗り込みます。強大なる魔王。しかし彼らは負けじと戦い、ついに勇者の剣が魔王の胸を貫いいたのです」


「グワァァァァァァァァァァァ!!」


 ナレーションに合わせ、舞台上でも役者が演じる。当時の戦いを。


「しかし魔王もただでは転びません。死に際の置き土産として、勇者に呪いをかけようとしたのです。しかし」


「勇者よ、危ない!」


「勇者を庇い、その身に呪いを受けたのは大賢者でした」


 ……うん、そうだね。


「魔王がこの時に放った呪いが何だったのかは伝わっていません。しかし憎き勇者に向けた呪いゆえ、命を削る呪いだったのでは、と言われています」


 命を削る呪い。もしそうだったら、むしろどれだけ良かったか。


「魔王を倒しても、彼らは心からは喜べませんでした」


「相棒よ、俺を庇うとは何事だ」


「何、呪いを解く方法ぐらい見付ければ良いのさ」


「世界が魔王が斃れたことを言祝ぐ中、肝心の勇者一行の旅は終わりません。今度は呪いを解くための旅です」


 そう、探した。呪いを解く方法を、探して探して探して探して。けど見付からなくて、最終的には自力で解くしかないと研究を始めた。俺には、それをするだけの時間はたっぷりとあったのだ。皮肉にも、その呪いのせいで。


「しかし歓びもありました。大賢者様と聖女様が結ばれ、子宝にも恵まれたのです」


「…………ファッ!?」


 え、ちょ、何それ!? あり得ない!!


「ちょっとトーマ、どうしたのよ急に」


「いやだって、何で大賢者と聖女が結ばれたことになってるの!?」


 あ、あり得ない……本当にあり得ない。もしもこんな話をあいつに聞かれたらどうなることか……。


「トーマ。しっかりしろよ」


「ひゃっ!」


 アランに肩を叩かれ、ついつい情けない声が出てしまう。落ち着け俺、こいつは違う。いくら顔が同じでも、こいつはアランであってアルじゃない。


「お前、本当に大丈夫か? ……一説としてはあるだろ? あくまでも一説だが」


 リース兄妹と顔を寄せ合い、ひそひそと話し合う。


「一説? あり得ないっての。もしも世界に男と女が『大賢者』と『聖女』しかいなかったとしても、そんなことにはならないね!」


「何でそう言い切れるの?」


「え……いや、それは……」


 何が悲しくて、実の姉弟でにゃんにゃんして子孫繁栄せにゃならんのだ! それぐらいならいっそ滅びの道を選ぶっての!


 そう、『聖女』アイリス。『大賢者』トーマスと同じく後世には誤って伝わっている名前で、実際のフルネームはアイリ・スズシロ。その正体は俺の姉、鈴代愛莉なのである。


 しかし、諸事情によりその事実は言えない状態だ。なので。


「……『聖女』の相手といえば、『勇者』だろ?」


 無難なことを言って誤魔化すしかない。しかしその反応は芳しくなかった。


「聞かない組み合わせじゃないけど……でも、お伽話とかだと勇者と結ばれるのってお姫さまの方が多くない?」


 確かに、と逆に納得しかけてしまった。


「だよな。とはいえ、勇者一行には王女様は参加してないようだし、ちょっと微妙か」


 実を言うと、勇者一行にも王女様はいたりする。正確には、追放された元王女様、だったけど。しかし『勇者』とその『元王女様』の組み合わせもあり得ない。あってたまるか。


「まぁ、落ち着けよ。予想は出来てた」


 アランは肩を竦めると、いっそう声を潜ませた。


「あの旅芸人一座。イントネーションの付け方からして、多分青大陸の出身だ。『大賢者』様と『聖女』様が結ばれたってのはあくまでも一説に過ぎないけど、青大陸は特にその説を推してるからな。一座がこの説を取り入れているのも、それを広めるためだろう」


「? 何で青大陸だとその説が根強いんだ?」


「現状、青大陸で最も強大なのはアトラ帝国だから。領土域もさることながら、国力も年々増加の一途を辿っている。そしてそのアトラ帝国の皇室は、『大賢者』様と『聖女』様の末裔を自称している」


「………………」


 開いた口が塞がらなかった。

 権力者が自身の血筋に箔を付けたがるのはよくある話だけど、ダシに使われた方は堪ったもんじゃない。

 俺には子孫なんていないし、『聖女』……姉貴の末裔はアトラ皇室では無く、そいつらに滅ぼされたというウィステリア王家の方だ。

 しかもアランは、続けて別の情報も提供してくれた。


「この説って、トーマス教が言い出したことらしいぜ。神託にそんな話があったって。それでトーマス教の人達が見付けて保護した末裔ってのが、後のアトラ帝国初代皇帝。そのおかげで今じゃあアトラ帝国こそがトーマス教の最大の庇護者になってるし、トーマス教はアトラ帝国の国教だ」


「何それ酷い」


 こんなに酷い持ちつ持たれつは初めて見た。


「それって、リリアナ……様はなんて言ってたんだ?」


「何も。だってこれ、リリアナ様が亡くなった後に出て来た話だし」


 むしろ、リリアナが死んだからそんな事を言い出したのかもしれない。信憑性のある否定を出来る奴がいなくなったから。

 まさかとは思うが、アトラ帝国はトーマス教の傀儡だなんてことないだろうな?


「しかし平和も束の間、新たな魔王が現れました」


 俺たちのヒソヒソ話の合間にも、劇は順調に進んでいたらしい。


「次いで現れた魔王は世界を破壊せんと暴れ回りました。その頃には既に『勇者』様が流行病によって亡くなられていたため、一行の中心に立ったのは『大賢者』様でした」


 流行病……か。


「流行病で亡くなったのは『勇者』様だけではなく、『聖女』様もでした。しかし『大賢者』様は挫けません。新たな魔王を討つ覚悟を決めました」


「人々は新たな魔王を『厄災』と呼び、それに伴って先の魔王を『支配』と呼ぶようになりました。世界を守るため、『大賢者』様は『厄災』の魔王に戦いを挑むのです」


「『厄災』の魔王との最終決戦の地は黒大陸。死闘は三日三晩に及んだと言われています。そしてその間に黒大陸はすっかり様変わりしてしまい、死の大陸と呼ばれるようになりました」


「2人の対決は『大賢者』様の勝利で終わりました。しかし『厄災』もまた魔王、ただで斃れてはくれません。忌々しき『大賢者』様に向けて最後の魔法を放ち、その身を封印せしめてしまったのです」


「お仲間たちは嘆き悲しみました。しかしどうすることも出来ず、『大賢者』様の身をお隠しになったのです。そして祈りました。いつの日か『大賢者』様の封印が解かれ、その身に受けた呪いも解かれる日が来ることを」


「『大賢者』様と『聖女』様の末裔は後に誓いました。先祖のために尽くすことを」


「ああ、これぞ現代の『世界の運命』。いつの日か、いつの日か」


 終幕となり、観客からは拍手が巻き起こる。俺やリース兄妹と同じようにパラパラと拍手をする、あくまでも観劇の礼儀としての域を出ない者も多い。しかし熱心に拍手する者も多かった。恐らくそういう人たちはトーマス教の信者なんだろう。


 終わってみれば、何とも言えない内容だった。


 大筋としては間違っていない。勇者一行が出会い、2度に渡って魔王を打倒する。

 しかしその肉付けは、トーマス教やアトラ帝国に非常に都合よくされていた。これでは現代の伝説の傾向を掴むどころでは無い。しかも俺は、『世界の運命』の名を出されて無意味にダメージを受けた。


 ただし解ったこともある。取りあえず、トーマス教とアトラ帝国には要注意だ。色々と怪しい。


 そしてそいつらに言ってやりたい。

 俺……『大賢者』は封印されてなんかいないし、呪いだってとっくに解けてますよ、と。


 俺が受けた呪い。それは死に通じる呪いなんかじゃ無かった。むしろその逆だ。


 その名も、不老不死の呪い。


 初めは解らなかった。『支配』がアルに向けて呪いを放ったのに気付き、俺は咄嗟に庇った。後で滅茶苦茶怒られた。

 しかしこの時は呪いの詳細は解らず、後になって調べて判明したのである。何故『支配』がそんなものをアルにかけようとしたのか、それは未だに不明だ。


 当時の俺は、17才だった。そして不老不死の呪いを受けた後、600年以上をその姿で過ごした。


 時が経つことに恐怖は増して行った。何しろ周囲の人間は成長・老化して行く中で、俺だけが憎たらしいぐらいに変わらないのだから。


 日本に帰るための【異世界転移】を開発するのは、実はそれほど難しいことでは無かった。いや、それでも数十年は掛かったのだから、大変ではあったのだけど。

 しかし本当に大変だったのは、この呪いを解く方だったのである。こっちには何百年も掛かった。

 そうしてようやく呪いが解けたのが、新暦595年。『厄災』の魔王を倒してから、600年近くが経っていた。その後【年齢操作】でこちらに召喚された当時の12才の姿に戻り、【異世界転移】で日本に帰った。そしてそのまま日本で生きて行こうとして、しかし今はご覧の通り。


 今の俺の外見年齢は14才。12才の姿よりも幾らか成長した。実年齢が625才だからはっきり言ってショタジジイ以外の何者でも無いけど、それでも経年と共に齎される変化がどれほど嬉しいことか。

 

 だから、余計なことはするな。何を企んでるのかは知らないけど、人をダシにするんじゃねぇ。

 そしてもしもお前らが【異世界召喚】に関わっているのなら、容赦はしない。なぁに、お前らも敬愛する『大賢者』に引導を渡されるとなれば、泣いて喜んで従ってくれるだろう?


 パチパチとおざなりな拍手をしながら、まだ見ぬ国と教団に思いを馳せた。

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