第14話 昇格
初心者講習が終わって解散となった。役目を終えたオスカーと冒険者活動は祭りが終わってからにするつもりらしいリース兄妹はすぐに上に戻って行ったが、俺は彼らとはこの場で別れてまず武器庫を覗いてみた。
武器庫の中にあったのはごく一般的で無難な品ばかりだった。それなりに丈夫そうではあるが飛び抜けて質の良い物は無く、魔法効果が付与されている物も少ない。その数少ない魔法効果付きの品も、ほんのちょっと強度や切れ味を増させる程度の効き目だろう。
武器の後には防具の方も確認してみたが、置いてある品の傾向はほぼ同じ。最後に見てみた他の装備品も、だ。
結論を言えば、ここにある品々はみな、可も無く不可も無いレベル。一時的に借りて使うには申し分ないがずっと使い続けたいという程の物では無い。
ふむ……これじゃあこの時代の装備品の基準は解らないなぁ。やっぱりイストルと明後日の約束をしたのは正解だったか。
そもそも俺がこの時代の装備品の質を知りたがってるのは、家に1度行くかどうかを決めるためだ。市場に出回ってるレベルの装備品でも俺が扱っても問題無いなら、あんなめんどくさい手順を踏んでまでわざわざ行く必要なんて無い。
鍵は家に置いてあるから1度赴けば後は楽になるんだけど、その1度がね。マジで面倒。
装備品の質って何気に重要なんだよ。俺の力に耐えられる装備品が無いと困る。主に防具……というか衣類の面で。
鍵無しで俺ん家に入る唯一の手段。それはテンザン大迷宮の最奥に作った扉を使う事。そしてそこに行くには、自力でテンザン大迷宮を踏破しなければならない。
『コーラル』には様々な迷宮が有るが、大迷宮と呼ばれるのは各大陸に1つずつ、計5つ。その中でも青大陸のカルハル大迷宮と白大陸のテンザン大迷宮は最も過酷と言われ、踏破したのはかつての勇者一行だけとされている。
そしてそんな、俺たちは行くことが出来るけれど他の人は来られない場所だからこそ、そこに扉を設置していたのだ。大迷宮が有る意味で最大の番人になってくれていた。
俺個人に言わせれば、今となっては最も踏破が難しいのは黒大陸のオーム大迷宮だと思うけど。だって黒大陸は『厄災』と大賢者のガチバトル以来、死の大陸と呼ばれるほど苛酷な土地になってしまった。だからオーム大迷宮に挑もうと思ったら、その前にまず黒大陸を攻略しなきゃいけないのだ。
とにかく、だ。テンザン大迷宮の攻略は俺なら出来ることだから、家に行くのは不可能では無い。しかしやはり、あの大迷宮を攻略するのは面倒くさい。
「武器はこの際、諦めてもいいんだけどね……俺には魔法が有るし、拳で戦えない事も無いし。けどやっぱり、防具がネックなんだよなぁ」
一通り倉庫を見て回ってから、今後を思案しつつ地下を後にする。相変わらず賑やかな1階の食堂は素通りし、2階のカウンターへ。昇格手続きのためだ。
いつの間にやら随分と時間が経っていたようで、時刻はもうすぐ夕刻と言っても良い時間帯だった。
「こんにちわ。昇格手続きお願いします」
「こんにちわ、トーマさん。昇格手続きですね? 承りました。ギルドカードをこちらへ」
やって来た2階のカウンター。そこには昨日も会ったソフィがいて、俺はまた彼女の待つカウンターに行く。特に深い意味は無い。単に知り合いの方が気が楽だったというだけだ。
相変わらずの完璧な営業スマイルを見せる彼女にギルドカードを手渡す。ソフィはそれを用いてカウンターの下で何やらちょちょいと作業をすると、すぐにこちらに返してきた。
「お待たせしました。これよりトーマさんはFランクに昇格です! 今後も頑張ってください」
受け取ったギルドカードを一応確認してみる。
[ギルドカード]
名前:トーマ・スズシロ
ランク:F (12/100)
討伐モンスター:無し
Fランクへの昇格に必要なポイントは100か。どうせ金を作るのに薬草類を色々と売るんだし、折角だからこのままEランクに昇格させてしまおうか。ここならまだ、ポイントさえ溜めれば受験は必要じゃないしね。
買い取りカウンターには昨日のおっちゃんはおらず、代わりにそこにいたのはまだ若い……10代後半ぐらいの女の子だった。まだまだ見習いの様で査定は少し拙く時間も掛かったが、取引自体は問題無く済んだ。
ちなみに本日の査定結果は。
・薬草
①ヒーラ草(良)……10枚 銀貨3枚 (鋼貨3枚×10)
②シビ草(良)……10枚 銀貨3枚 (鋼貨3枚×10)
③キナナ草(良)……10枚 銀貨4枚 (鋼貨4枚×10)
④ツキダケ(良)……10個 銀貨5枚 (鋼貨5枚×10)
・薬品
①気付け薬……10本 銀貨5枚 (鋼貨5枚×10)
②麻痺回復薬……10本 銀貨5枚 (鋼貨5枚×10)
――――合計金額 金貨2枚・銀貨5枚
である。今回は取引の前にクエストボードの依頼書を確認したので、全てが俺が受注可能なクエストに含まれている。ちなみに内訳は。
[Fランク 常時依頼]
・キナナ草の採取……キナナ草(傷薬の材料)の採取。5枚で銀貨1枚。
[Fランク 常時依頼]
・ツキダケの採取……ツキダケ(眠り薬の材料)の採取。5個で銀貨2枚。
[Fランク 常時依頼]
・気付け薬求む……気付け薬5本で銀貨1枚。
[Fランク 常時依頼]
・麻痺回復薬求む……麻痺回復薬5本で銀貨1枚。
ヒーラ草とシビ草については昨日も提出したから、わざわざ言う必要も無いか。それにしても、こういう時は常時依頼って便利である。
そして買い取りカウンターで貰った査定表を持って、再度ソフィに提出する。
「えぇと……こちら、全て常時依頼にある品ですね。少々お待ちください」
ソフィはカウンターの上でゴソゴソとしていたが、少々と言うだけあり、すぐにまた向き直った。
「それではGランクの常時依頼を4回、Fランクの常時依頼8回分のクリアとなりますが……それですと、ポイント上限に達してしまいます。なのでEランクへの昇格手続きを経てから残りのクエストもクリアという形になりますが、よろしいでしょうか?」
「えっと、それってつまり……?」
「トーマさんは現在、Fランクで12ポイントを持っています。ここにまずGランク常時依頼を4回達成したことにより、36ポイントが加算されます。合計で48ポイントです」
そりゃそうだ。
「次に、Fランクの常時依頼を8回達成したことで本来なら80ポイントが加算されるのですが……残念ながら、Eランクへの昇格に必要なのは残り52ポイントです。なので8回分では無く6回分、60ポイントを加算して、必要ポイントを溜めたことで昇格。その後EランクとしてFランク常時依頼を2回分クリアとして18ポイントを加算、という形になります。通常はクエストは1度に1つか2つ程度しか請負いませんので、このようなことは滅多に有りませんが……」
「あぁ。俺、一気に12回分のクエストを達成したことになるんだよね、これ。そっか、流石に常時依頼とは言っても少し珍しかったかな?」
ちょっと欲張り過ぎただろうか、と頭を振った。
「でも、仕方ないですよね? それでお願いします」
再びギルドカードを差し出しながら頼むと、ソフィは頷いた。
「はい、かしこまりました。それでは……おめでとうございます! これよりトーマさんはEランクに昇格です! 今後も頑張ってください」
ついさっきもその定型文を聞いたな、と思いながら返してもらったギルドカードを確認する。
[ギルドカード]
名前:トーマ・スズシロ
ランク:E (26/500)
討伐モンスター:無し
GランクからFランクへの昇格に必要だったのが50ポイント、FランクからEランクへの昇格に必要だったのが100ポイントと考えると、EランクからDランクへ昇格するために必要なポイントは大幅に増えている。
「ふーん」
成る程、そういうことね。
「そしてこちらが、今回のクエストの達成報酬になります。合計で金貨1枚と銀貨4枚です」
売った時の金額と合わせて、金貨3枚と銀貨9枚。これだけあれば、『猫の目亭』で連泊しても大丈夫そうだ。今夜は浴場も使わせてもらおうかな?
「お、トーマ。どうした、早速仕事か?」
不意に声を掛けられた方を見てみると、3階からオスカーが降りて来る所だった。そういえば、3階はスタッフルームだったっけ。
「仕事、と言えば仕事かな? 今ちょっと、懐が寂しくてさ。【収納】空間にストックしてある薬草類を売って先立つものを手に入れて、ついでにポイントも稼いでおこうかなって」
「あぁ、そういやお前、【転移】を失敗したっつってたな。ってことは、この辺の奴じゃねぇのか」
「そ。我が家は白大陸にあるよ」
白大陸、とオスカーは目を丸くした。
「遠いな。そりゃまた、難儀なこった」
カウンターのソフィと軽く別れの挨拶を交わし、俺はオスカーと並んで1階まで降りる。特に用が有ったわけじゃないが、雑談ぐらいはしようという空気だった。
「でもな、お前さんのそういう事情を聞いてると金が必要だってのも解るから強くは言えねぇが……そのやり方はあまり良い事じゃねぇぞ」
「だろうね。手持ちの品を売った所で、大した経験値にはならないから」
解ってたのか、という顔でこちらを見るオスカーに、俺は苦笑するしかない。
「GランクからFランク、FランクからEランクへの昇格に必要なポイントと、EランクからDランクへの昇格に必要なポイントには明らかに大きな差があった。そもそも昔は冒険者のランクはEからだったことも併せて考えると、GランクやFランクってのは新米というよりもむしろ見習いなんだろ?」
「そうだ」
降り立ったガヤガヤと騒がしい食堂の椅子に腰かけ、オスカーは酒を注文する。俺はこの雑談が終わったら早々に『猫の目亭』に戻るつもりなので、何も頼まない。
「冒険者の間じゃ、SSSが伝説、SSとSが超一流、Aが一流でBが二流、CとDが中堅どころでEが新人。それ以上が一端の冒険者でFとGはお前の言う通り、見習いって認識だ。そしてこの見習い期間の内に最低限の経験を積む。だが、な」
「俺は経験を積んでいない。だから心配……って顔してるね」
くつくつと笑うと、オスカーは不満そうな顔をした。笑いごとじゃないぞ、と顔に書いてある。この人は、何だかんだで解り易いから面白い。そして普通に良い人だ。
「大丈夫、自覚はしてる。俺のやり方は効率は良いけど、お勧めできるものじゃない。ちゃんとこれからやってくよ。色々と」
「ならいいが、な」
言ってとっくに配されていた酒を一気に煽るオスカー。どうやらビールらしい。
「飲んでていいの? 新婚なんだろ? さっさと帰った方が良いんじゃない?」
「一杯引っかけるぐらいどうってこと無ぇよ。あいつだって気にしやしねぇさ。第一、女房が怖くて酒が飲めるかってんだ」
「……女房って、ある意味世界一怖い存在だと思うけどねぇ」
まだまだ甘々なんだろう新婚さんに、乾いた笑いが出る。しかしオスカーは磊落に笑うだけだった。
「ガキが一丁前に言いやがる! 何だ、お前の両親も父ちゃんは母ちゃんに頭が上がらなかったか?」
「そうだね、どちらかと言うと。まぁ両親よりもむしろ、姉夫婦の方がそうだったかな。尤もあの2人の場合は、義兄が姉貴にベタ惚れだったから好き好んで尻に敷かれてた感じだったけど」
こうやって話してると、昔を思い出す。もう随分と昔の事だってのに、あの頃のことは記憶に焼き付いていて色褪せることがない。あの頃が『コーラル』の召喚されてからこっち、姉貴が最も幸せだった時期だろう……義兄や俺にとっても。
「オスカー本人が大丈夫って言うなら、俺はもう何も言わないよ。じゃ、機会が有ったらまたね」
俺には俺の目的が有り、それは恐らくこの街に永住しながら果たせることでは無い。なので近い内にこの街を出て行くだろう。それまでの間にオスカーとまた会うことがあるかどうかは解らないため、偉そうな説教が出来る立場じゃない。
ヒラヒラと手を振りながらその場を後にすると、オスカーもおぅと手を振って別れの挨拶を示した。何だかんだ言ったが、それほど問題は無いだろう。いくら元冒険者で女戦士の嫁とはいえ、少し羽目を外したぐらいで旦那を細切れにするようなことは無いはずだ。
ガチで世界一怖いと言える、超戦士の如くな嫁なんてそうそういるものじゃないのだ……たまーにいるけど。たまーに。
ギルドから出て街を歩いてみると、やはり祭り前夜だけあって賑わいは増していた。前夜祭、と言ってもいいほどの勢いだ。そこにいる人々の顔は明るい。誰も彼もが祭りを楽しみにしている。
街並みを歩きながら、あぁそうか、と不意に気付く。
どうにも昔を思い出す機会が多いと思ったけど、それは単にこの世界が懐かしかっただけじゃなく、解放祭が近いからってのもあるかもしれない。
解放祭当日……7月7日は、俺にとっても色んな意味で特別な日だった。何の因果か、7月7日は妙な巡り合わせに見舞われるのだ。『支配』の魔王を倒した日、『厄災』の魔王を殺した日……それに姉貴の命日も7月7日だった。
特別な日ではある。しかし他の皆のように祝う気には、俺は到底なれない。
ふぅ、と溜息を吐き、気持ちを切り替える。
しかし折角の祭りなのだ。祝うとまでは言わずとも、賑やかな雰囲気を楽しんだ方が得である。余計なことは考えず、無駄な感傷に浸るのもほどほどに。
自分で自分を律しなければいけない。もう、いつまでグジグジしているんだと喝を入れてくれる奴もいないのだから。
そのまま『猫の目亭』に向かい、数日分の宿泊代を支払うと夕食を摂り、風呂に入って早々に寝た。ハンナを見て癒されたかったが、生憎今日はあの子はいなかった。残念。
さぁ、明日はいよいよ解放祭だ。