小話1 魔王と英雄の三日三晩クッキング ~死の大陸の作り方~
本日、いつもの時間に更新出来ないかもしれませんので、今の内に小話を1つ。
プロローグと同じく、『厄災』と『大賢者』のガチバトルの一幕です。プロローグ時点よりも後の時間軸になります。13話で出て来た、『大陸丸ごと氷漬け』に関しての場面。
ウサの街が平和すぎて、ファンタジー作品なのに戦闘描写がまだ出て来ません。なのでちょっとバトルに飢えて書きました。ショボイですが。
しまった、としか言いようが無い。まさか『厄災』をガチで見失ってしまうなんて。
奴とのタイマンをおっぱじめてからどれだけ経っただろうか。かなり長引いていることは間違いないけれど、もう時間の感覚も無いから解んないや。
『厄災』に俺が丹精込めて作った超小型超高火力爆弾――正式名称『爆ぜルンです』――の2度目の直撃を食らわせることが出来たのは良かった。
2度同じ手が通用する相手では無いから俺はもうあの手は使わない……と、こちらがそう考えるだろうと思ったからこそ、あえて同じ手を使ってみたら引っ掛かってくれたのだ。そのせいで、再び左腕をぶった切られる羽目になったが。
しかしそれで距離を取ったら、その隙にあちらまで身を隠してしまった。爆発のせいで吹き飛ばされて死んでしまった、なんてことは無いだろう。それで終わってくれるような生易しい化け物だったら、こっちはこんなに苦労してない。
不意打ちを狙っている可能性も無いでは無い。けれどそれよりもむしろ、奴は今は回復に努めているのだろうと思われる。流石の奴も、あの爆弾の直撃を2度も受けて蓄積されたダメージは決して軽くは無いはずだ。他にも少しずつダメージは与えてるし。
何所だ、何所にいる?
目視できる範囲……いない。この辺りは先ほどまでの激闘でほぼ更地になっているから、すぐに見渡すことが出来た。
【感知】の有効範囲……いない。俺の【感知】の有効範囲は相当広い。それでもダメなら、奴は【陰行】を使っているんだろう。
困った。あいつが身を隠してでもしなければならないと判断するほどの回復を必要とする状態なら、今が叩く絶好の機会なのに。
……落ち着け、考えるんだ。
俺があいつを視界から外していた時間では、恐らく【転移】は使えなかったはずだ。『厄災』の空間魔法の錬度はさほど高くない。
だとしたらそういうマジックアイテムを使ったか、【飛翔】で空に逃げたか、得意の地魔法の1つ【潜地】で地面の下に隠れたか。
何にせよ、この黒大陸からは出られないはずだ。俺はどちらかが斃れるまで決して解けないように厳重な結界を張ってから、ここに来た。その結界は今も問題無く機能している。
「…………仕方が無い。炙り出そう」
幸い……と言ってはいけないのだが、ここに送り出される前に世界各国のトップ――もう殆ど残っていなかったが――から許可は得ている。
『厄災』を討ってくれさえすれば、黒大陸は諦めることになっても何も言わない、と。
元々黒大陸は『コーラル』の5つの大陸の中では最も小さく、寒冷で作物が育ちにくい痩せた土地だ。しかも『厄災』の侵攻のせいで、世界中の人口は激減している。
中でも『厄災』の拠点がある黒大陸はそれが顕著で、今回の俺と『厄災』のタイマン前にはもうこの大陸に他の人間はいなくなっている。殆どは『厄災』に狩り尽くされ、僅かな生き残りはとっくに逃亡済みなのだ。
積極的に放棄したいわけでは当然無いが、『厄災』の脅威から逃れられるのならば黒大陸が犠牲になってもいい……それが世界のトップの意思だった。無論、世界中の人々が同じ気持ちかと言われると素直に頷けないが。
だからこそ、これまでも割と容赦なく攻撃してきた。向こうもそれに応戦してきて、結果、黒大陸は既に大幅な地図の書き換えが必要な状態になっているが……もう、地図を書き直すとかそんなレベルではない技を繰り出そう。
だってここまで来たんだ。もうここで終わらせたいんだよ。だから。
「ごめんな、黒大陸。そしてここにいる動物たち」
この大陸に既に人間は俺と『厄災』のみだが、他の動物はいたに違いない。今までの攻防でも周囲に甚大な被害を出して来たからとっくに巻き添えは出てるはずだけど、それでも運が良ければ生き延びられただろう。
しかし、これから俺がすることは違う。間違いなく、この地に住まう者全て――俺と『厄災』を除く――に平等に死を与えるだろう。
だが、それでもやる。ごめんな。
「凍ってくれ」
大量の魔力を練り上げ、魔法式を構成する。指定する範囲は、この黒大陸全土。
「【絶対零度】」
魔法の発動と同時に、俺を起点として猛烈な勢いで冷気が広がって行く。それに比例して、俺の魔力もガンガンと削られていく。やはり、大陸丸ごと1つを範囲に指定するとなると相当食われるな……。
だが、このまま凍れ。凍れ、凍れ、凍れ。
俺が最も得意とする氷魔法、その中でも神級と言われる【絶対零度】。その効果は、範囲内の全てを凍らせるという単純なもの。そして単純ゆえに恐ろしい。何しろ指定した範囲は問答無用で氷河期状態になってしまうのだから。
【絶対零度】を発動し続けること、暫く。多分漸く魔法が完成した時には、俺はもうそれだけで疲れ切っていた。
「うく……魔力切れ寸前とか久々。【収納】」
万全の状態ならまだしも、今の俺は『厄災』と死闘を繰り広げている最中だ。当然第魔法も連発しており、魔力は相当消耗していた。そんな中で神級魔法を使うのは、やはり無茶な行動だったらしい。いつ振りかも解らない魔力切れに陥りかけていた。
【収納】空間から万一の時のために持って来ておいたエリクサーを取り出し、一気に煽る。回復させねば。
大陸1つを丸ごと氷漬けに出来るのなら、最初にこれを使って不意打ちで『厄災』を凍らせれば良かったのではないか、と思うかもしれない。しかしそれは現実的では無い。
何故ならこの魔法は、不意打ちには向かないのだ。範囲内を一瞬で凍らせるのでなく、術者――この場合は俺――を中心として範囲内を冷気が覆って行くからだ。つまり、距離が開けば開くほど魔法が到達するのに時間が掛かり、『厄災』の【感知】に引っ掛からない距離を保った状態で放っても冷気の到達までに気付かれてしまう可能性が大なのである。
しかし今なら、アイツもそれなりに弱っているはず。気付かれても咄嗟の対処など、精々防御力を最大にまで引き上げて耐えるぐらいしか無いだろう。
俺が栄養ドリンクかのように最上級薬で回復を図っていると、現在地から少し離れた地点に上空から何かが落ちて来た。そして落ちて来たそれはガン、と大きな音を立ててそのまま砕け散る。
「あれは……鳥、か?」
少し気になって近付いてみると、それはカチカチに凍りついた鳥だった。恐らくは上空を飛んでいたのが【絶対零度】に巻き込まれ凍って墜落、そのまま砕けたんだろう。
「……ごめんな」
見渡すと、辺りは一面真っ白な氷の世界になっている。吐く息も白い。そして天上からは、パラパラと大小様々な氷が降ってくる。パラパラとした雪サイズ、ゴツゴツとした雹サイズ。さっきの鳥と同じように、空に浮かぶ雲が凍ってしまったから落ちて来たんだろう。その光景はいっそ幻想的で、美しかった。
しかし恐らくは大陸中で、あの鳥と同じ末路を辿った命が山のようにあるだろう。
今更、ではあるけれど、少し申し訳なく思うのも事実。だが、それでも俺は止まれない。
「さぁ、出て来い『厄災』。お前はこれぐらいじゃ死なないだろ? いや、死んでてもいいんだけど。むしろ死んでなきゃ可笑しいんだけど。でもこれでも死なないからお前は魔王、化け物と呼ばれるんだ」
氷漬けにしたぐらいで死んでくれる生易しい相手では無い。けれど【絶対零度】ならば範囲内のものは全て――使用者である俺以外――を凍らせる。そしてその氷はそう簡単に溶けない。
「それとも、出て来ないのか? それならそれでもいいぞ。その時は凍りついたお前を地道に探し出して、トドメを刺してやる……ッ! 来たか!」
ゴゴゴゴゴゴと大地が激しく鳴動した。俺は咄嗟に【飛翔】を使って空を飛ぶ。
「ははっ、やっぱり地中に潜んでたな! 神級魔法には神級魔法で対応するってか」
『厄災』の魔力の属性は土、その上位である地属性の神級魔法、【地殻変動】。今黒大陸を襲っている大地震の原因はそれだ。奴が魔法で文字通りに大地を動かしているのである。
もしも『厄災』が身を潜めていたのが物陰や空中だったなら、こんな大魔法を使う必要は無かった。何しろ俺でも【絶対零度】のせいでここまで消耗してるんだから、魔力量も魔法技術も俺に及ばない『厄災』はそれ以上のはずである。
なのに【地殻変動】を使った、使わざるを得なかったのは、地中に身を潜めていた所を氷漬けにされて出られなくなってしまったからだろう。
そして遂に大きすぎる揺れに氷は耐え切れなくなり、覆っていた大地と共に大きく裂けた。巨大なクレパスの完成である。【絶対零度】の氷は溶けにくいだけではなく相当丈夫なのだが、流石にこの揺れに耐えられるほどの強度は無かったらしい。
「とにかく氷を破壊して、脱出しようって腹積もりなんだろうけど。でもこっちも見ぃ付けた。神級魔法を使う程の魔力を練ろうと思ったら、【陰行】なんてしてられるわけないよな」
そう、見付けたのだ。ここから少し離れた位置の地中から、懐かしき『厄災』の魔力を。
【転移】でそこまで行こうかとも思ったが、俺の魔力はまだ回復途中にある。エリクサーを飲んだとはいえ、その恩恵を得るためにはもう少し時が必要だった。【転移】が出来ないわけでは無いが、俺が『厄災』に勝っているとはっきり言える魔法、それがあまり使えない状態で奴の前に出るのは避けたい。【地殻変動】を使った『厄災』の消耗は俺以上だとは思うが……。
しかし結局、【飛翔】でそこまで行くことにした。【飛翔】は魔力消費量はそれほど多くない。
「待ってろよ、すぐに……うん?」
こうしている間にも継続的に続く揺れが次々と新たなクレパスを作り上げていた。そして移動している時に、丁度その真下に出来たクレパスから異様な空気を感じ取った。何だ、クレパスの奥底が赤い……って、おい! まさか!
「ヤベッ!」
咄嗟に回避した直後、地中から吹き出したマグマが先ほどまでの俺の進行方向のド真ん前を直撃した。あのままだと直撃されるのは俺自身だった。
危なかった。流石に無防備な状態でマグマの直撃なんて受けたくない。自分の体が溶ける様なんて、誰が見たいものか。
見ると、あちこちのクレパスからマグマが噴出していた。溢れ出たマグマは氷によってすぐに冷やされて固まり、しかし次々にと留まることなく溢れ出て来るそれはまるで小川の様に流れて行った。
氷の世界の中に流れるマグマの川……何だ、この状況。それにこれだけの揺れなら、海岸の辺りは断続的に大津波に襲われてるだろうし。まるで世界の終りの様だ。
ごめん、全世界の皆。この黒大陸、本当に諦めてもらわなくちゃいけないかもしれない。
心の中で小さく謝りながら、俺は飛ぶ。
ただひたすら、『厄災』を討つために。
※今回の要約
黒大陸さん 「あんたら他所でやってくれない?」
他の4大陸及び世界中にある大小の島々の皆さん 「ちょ、こっち来んなし」
【絶対零度】さん 「あの、私の立場は……」 (←探索及び拘束の手段として使用される、攻撃手段としては全く期待されてない神級氷魔法)