『支配』の魔王と『厄災』の魔王 (side『コーラル』)
プロローグを追加します。
【昔々ある所に、とても悪い魔王がいました。
『人間どもよ、我らに従え。この地上は我ら魔人族のものだ』
魔王は魔族を率いて侵略してきました。徐々に、しかし確実に人類の領域は侵され支配されていきました。
村は焼け、街は壊され、国は滅ぼされ、人々は殺され、従わされました。
これを受けて、当時の大国であったフィライト王国の王さまはお姫さまを呼びました。
『姫よ、この窮地を理解しているな?』
『はい、勿論です王よ。この苦難、必ずや乗り切ってみせましょう』
お姫さまは魔法が得意でした。彼女は昔の遺跡から発見した古代の消失魔法を使うことにしました。
『この魔法に成功すれば、必ずや世界の救世主が現れることでしょう。しかしこの魔法を扱うには私だけでは魔力が足りません。皆様、どうか我らに力を!』
お姫さまは世界中に呼び掛けました。人々はその雄姿に感動し、多くの者が力を貸しました。そうしてやがて、世界を救うための魔法が使えるだけの魔力が貯まったのです。
『ああ、これで足りる。どうか、どうか。『コーラル』をお救い下さいませ』
お姫さまが使った魔法、それは【異世界召喚】という魔法でした。異世界から英雄を呼び出す魔法です。
そして同じ頃。とある村に1人の少年が暮らしていました。
『あぁ、最近は魔王の侵略が激しさを増しているという。この辺りは平和だが、それもいつまで持つか……いや、何より今こうしている間にも魔王は人々を苦しめているのだ。俺に何か出来ない事か……』
彼は清く強い心を持った綺麗な少年でした。
『街に出てみようか。例え猫の手程度でも、何かが成せるやも……む?』
少年は自分の村の近くの泉にで、別の少年は見付けました。いえ、出会ったのです。
『お前は誰だ? 見ない顔だな?』
『…………………』
そこでは1人の少年がいました。声を掛けられても返事を発しない、大人しい少年です。
美少年の名はアルフィ。
大人しい少年の名はトーマス。
後に勇者とその相棒たる魔法使いとなる2人は、こうして出会いました。
アルフィに保護され村へと連れて行かれたトーマスは、自分の正体を話しました。彼は異世界の国『ニッポン』からこちらへやって来たのだそうです。
『それは大変だったな。しかし今はこの『コーラル』も平和とは言い難い。故郷に帰れるよう、手段を探そう』
トーマスの身を案じたアルフィは、彼と共に旅に出ました。それは英雄たちの第一歩です。
小さいけれど平和な村にいた頃は噂でしか聞き及ばなかった魔王の侵略による有様を、旅に出たアルフィはその目で見ることになりました。
そして知りました。とある国のお姫さまが世界を救う救世主を呼び出すための魔法を使っていたということを。
『トーマス、もしかしたら君がこの世界に来たのはお姫様の魔法が原因かもしれない。君はこの世界を救う者として選ばれたのやも』
『かもしれん。俺とて、この悲劇は見逃せない』
トーマスは大人しい少年でしたが、その内は思慮深い性格でした。2人は決めました。共に世界を救うことを。
しかし、平和な村で育った少年と争いが無いという異世界から来た少年の力は、酷く頼りないものでした。
自分たちの弱さを嘆く2人の前に、ある人物が現れました。
『お前たちが本当に人々の助けとなりたいと願うなら、私が力を貸してやろう。強くしてやろう』
その者の名をクリスといいました。後に『聖騎士』と呼ばれる方です。
アルフィとトーマスはクリスの提案を飲み、修行を開始しました。そして修了した2人は己を鍛え上げたクリスを同志とし、活動を始めます。
『なぁ、我らでパーティを組まないか? 共に人々を助け、世界を救おう』
『良かろう。この力、お前たちの元で存分に発揮させてもらう』
3人の活動が始まりました。3人は魔王を倒すため、力をつけ、仲間を増やし、人々を助けました。
『勇者』アルフィ。
『大賢者』トーマス。
『聖騎士』クリス。
『大魔導』リリアナ。
『錬金王』ダイゴ。
『聖女』アイリス。
『獣王』ウルクスト。
『竜王』ドラグネス。
『竜妃』ナナエス。
『賢人』パク。
人々は彼らを呼び始め、勇者一行として称えます。
そして魔王の城へ乗り込むのです。強大なる魔王。しかし彼らは負けじと戦い、ついに勇者の剣が魔王の胸を貫いいたのです。
『グワァァァァァァァァァァァ!!』
しかし魔王もただでは転びません。死に際の置き土産として、憎き勇者に呪いをかけようとしたのです。
けれど。
『勇者よ、危ない!』
勇者を庇い、その身に呪いを受けたのは大賢者でした。
魔王がこの時に放った呪いが何だったのかは伝わっていません。しかし憎き勇者に向けた呪いです。ならば命を削る呪いだったのでは、と言われています。
魔王を倒しても、彼らは心からは喜べませんでした。
『相棒よ、俺を庇うなんて』
『何、呪いを解く方法ぐらい見付ければ良いのさ』
魔王は倒され、世界を平和を手に入れました。
しかし肝心の勇者一行の旅は終わりません。今度は呪いを解くための旅が始まったのです。】
――コーラル新暦1000年記念発行 【英雄物語 (上) 『支配』の魔王編】
【昔々ある所に、とても悪い魔王がいました。しかしその魔王は勇者様一行により倒されました。
世界は平和になりました。けれど人々は知らなかったのです。その平和がすぐに無くなってしまうことを。
とても悪い魔王が倒された、しばらく後の事でした。ある所にとても恐ろしい魔王が現れたのです。
『この世界は不要だ。全てを消してやる』
魔王は世界中で暴れ回りました。魔王が通った跡は何も残りませんでした。
その姿は、まるで『厄災』そのものでした。人々は新たな魔王を『厄災』と呼び、それに伴って前の魔王を『支配』と呼ぶようになりました。
新たな魔王の暴虐に、かつての勇者一行が黙っているわけがありません。
『魔王討つべし。今度は俺がやろう』
その頃には既に勇者は亡くなられていたため、一行の中心に立ったのは大賢者でした。
亡くなっていたのは勇者だけではなく、聖女もでした。しかし彼らは挫けません。新たな魔王を討つ覚悟を決めました。
世界を守るため、大賢者は『厄災』の魔王に戦いを挑むのです。
『厄災』の魔王との戦いは魔王と大賢者の一騎打ちとなりました。その死闘は三日三晩に及んだと言われています。そしてその間に舞台となった黒大陸はすっかり様変わりしてしまい、死の大陸と呼ばれるようになりました。
『グワアアアァァァァァァァ!!』
2人の対決は大賢者の勝利で終わりました。しかし『厄災』もまた魔王、ただで斃れてはくれません。
『これまで……か』
大賢者は『厄災』に負わされた傷のせいで亡くなってしまいます。そう、2人は相討ちとなったのです。
ようやく訪れた真の平和に、世界の人々は喜びました。そして同時に、命を懸けて世界を2度も守った大賢者への感謝を深く心に刻みます。
『厄災』が倒された年は『コーラル』の新たな始まりの年として、暦が改められました。また、『厄災』が討たれた7月7日は後に世界中でその恐怖からの解放を祝してお祭りが行われるようになります。これが現在まで続く解放祭です。
『厄災』が倒されてから、もう新しい魔王は現れませんでした。
めでたし、めでたし。】
――コーラル新暦1000年記念発行 【英雄物語 (下) 『厄災』の魔王編】
「お兄ちゃん! ご飯出来たって、さっきから呼んでるのに……あれ? 懐かしい物を引っ張り出してるね?」
階下から呼んでも降りて来ない兄を呼びに来た少女は、兄の手元の絵本を見咎めて目を丸くした。
「ああ。そろそろ荷物の整理をしとかないとと思って片付けてたら見付けたんだ」
ついつい読み込んでしまって呼び声が聞こえなかったんだ、と少年は笑う。手に持っていた絵本をパタンと閉じ、立ち上がる。
彼が読んでいた【英雄物語】は古ぼけた絵本であり、物語であり、伝説であり、そして史実であった。
「ふぅん……でも、あたしたちだって頑張らなきゃいけないんだからね! もうすぐこの村を出るんだし、勇者一行ほどとまでは行かなくても、有名な冒険者になってお父さんに楽させてあげなきゃ!」
ふん、と握りこぶしを作って気合を入れる妹に兄は苦笑し、その頭をポンポンと叩いた。
「有名になるのは良いけど、それなら自分のことぐらい自分でやらないとな? お前、まだ自分の部屋を片付けてないだろ?」
図星を刺されたのかギクリと肩を跳ねさせた少女は、うろうろと視線を彷徨わせた。
「え、え~っと、わ、解ってるわよ? でもまだ何日かあるし! ……ってそうだ! 晩ご飯! お父さんも待ってるんだから、お兄ちゃん早く降りてきてよね!」
パッと脱兎のごとく階段を降りて行く妹に、少年はやれやれと溜息を吐いた。そして手に持っていた絵本を、机の上のもう1冊の絵本の上に放る。この2冊は上下セットなのだ。
『厄災』の魔王が倒されて平和が1000年続いた記念に――人類同士の小競り合いはあったため真の平和とは言い難いが、それはともかく――発行された絵本である。以来372年、定期的に刷新されては売られ続けており、その需要は留まる所を知らない。
かつてこの世界『コーラル』は魔王の侵略により2度、危機に瀕していた。そしてその2人の魔王を打倒したのが勇者一行でだ。
『コーラル』に住まう人はそれからおよそ1400年もの長きに渡る今日まで、彼らへの感謝と敬意を忘れたことは無い。
その中でも特に勇者と大賢者――勇者の魔法使いである――が有名であり、人気がある。
しかし、と少年はふと思う。
彼自身、勇者一行には多大な感謝を尊敬を抱いている。偉人であるのも、大英雄であるのも間違いは無い。
しかし少年の知る勇者一行は、あくまでも伝説上の存在だ。彼らが真実どのような人柄を持っていたのかは解らない。
案外、素は世俗的だったりして、と想像して吹き出した。罰当たりかもしれないが、こうして想像を膨らませるのも歴史の醍醐味というものだろう。
少年は機嫌よく、妹の後を追って階下へと降りて行く。匂いからして、今日の夕飯は父の得意料理であるウサギ肉のハーブ焼きだろう。その味を思い出して少年は喉を鳴らしたが、もうじき父の料理も味わえなくなるのかと思うと少し残念だった。
妹の言う通り、少年は数日後には彼女と共にこの生まれ育った村を出て行くことになる。予てからの夢であった冒険者になるのだ。それは胸が躍ることであるが、同時に一抹の寂しさも覚える。
(いいさ。もうじきこの平穏も終わるわけだし、今の内に謳歌しよう。そうしたら次は刺激的な冒険者生活だ)
少年は知らない。彼を待ち受ける冒険者生活は刺激的だなんて生易しいものでは無いことなど。
今は何も知らない少年の運命が動きだ出すまで、あと数日。