彼と彼女の脅迫状2
×××
翌日。改札を通って、俺は電車を待っていた。
昨日は、睡眠時とヨウとセイとの会話と佐藤さんの謎のメール以外で思考を止めることはなかった。結構止めてるな。
だが、昨日は手紙を見たばかりで動揺していたが、冷静になって考えてみて、分かる事なんて特に無いという事が分かった。いや、あるにはあるが、それは犯人がどんな人物であるが、というだけだ。それが分かったとしても、犯人がいると思われるクラスメートの人間を、俺は誰一人としてどんな人間がいるのか知らないから、考えても無駄なのだ。
それに、別れるにせよ別れないにせよ、現状で何かする必要はない。元々、表面上は他人を装っているのだから変化はない。でも、現状することがないからこのままで良いというだけで、解決にはなっていない。まぁ、そのうち解決方法も考えないと。
「…………眠い」
あー帰りてぇ。
だって、俺の事を良く思ってない奴が教室に俺と同じ空間で同じ空気を吸ってるんだよ?嫌だなぁ、行きたくないなぁ。
そんなマイナスな事を思いながら、電車に乗って、空いてた一人分のスペースに座ろうとした。
だが、前から制服を着た女の子が乗ってきた。小学生くらいの女の子。制服を着てる辺り、多分私立の小学生だろう。
こんな朝早くに、親のブランドのために電車に乗って私立の小学校に行かなきゃいけないなんて……。私立の小学校なんかに行ったって、己の自尊心を育てるだけだというのに(偏見)。
哀れに見えたので、譲る事にした。無言で座るスペースの前で突っ立ってると、女の子は座ろうとした。
だが、俺の脇から、学生がザザッと走って来て、アメフトのタッチダウン並みの飛び込みで席に座った。学生というか、俺と同じ学校の高校生だった。
そいつは、座るなり俺を見て満足そうな顔でドヤ顔した。なんだこいつ?てか誰だよこいつ。そこまでして座りたいか?ほらぁ、小学生の女の子驚いてるじゃん。
この辺の私立の小学校といったら、うちの学校の最寄駅の反対側出口にある小学校だけだ。つまり、少なくとも目の前のアホ高校生は、この女の子が降りるまで席から退くつもりはない。
「……………」
可哀想だが、今から俺にできることは何もない。とりあえず、俺の近くの席が空いたら女の子に譲ってあげようと決めて、とりあえず暇なのでスマホゲームを始めた。
ボーッとゲームをしてると、学校の駅に到着したので、俺は電車を降りた。ちなみに、目の前のアホんだらは、俺を押しのけて先に降りて行った。ほんま殺したろかあのカス。
俺はのんびりと一番最後に降りて、改札を出て学校まで歩いて向かう。その途中、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、松崎先生が立っていた。
「やっ、おはよう。佐川」
「あ、どうも。先生、電車通勤だったんですか?」
「うん。君より前からずっと電車に乗ってたよ」
へぇ、ていうかこっちの方なんだ。
松崎先生と並んで歩くのは初めてだけど、俺と身長はほとんど変わらない。女子に体育を教えてる間は大きく見えたけど、実際に並んで歩くと意外と身長小さいんだな。ついでに胸も。
チラッと先生を見てると、先生がなぜかニヤニヤしているのに気づいた。
「………何?」
「いや、佐川も優しいところあるんだなと思ってね」
「は?………あー、先生の胸が小さいと分かってても口にしないとこ?」
先生の足刀が俺の脛を横から蹴った。
「痛っ⁉︎」
「次は玉蹴るから」
到底、教育者とは思えない台詞である。この人本当に女教師かよ。
「私が言ってるのは、女の子に席を譲ってあげようとしてたでしょ?って事」
「あー、はい。よく分かりましたね」
いや本当によく分かったな。あれ、周りから見たら完全に座ろうとしたところを他の奴に取られた鈍臭い奴に見えると思うんだけど。
「それくらい分かるよ。これでも、教師だからね」
しかし、分かられたとなると、それなら尚更恥ずかしいな………。譲ろうとしたら他の奴に取られるとかダサいにも程があるだろ。
「取られちゃいましたけどね……」
こういう時は、からかわれる前に自虐してネタにしちまうのが一番だ。そう思って、頬を掻きながら呟いてみた。
「ね。しかも、金田にね」
「誰?」
「昨日、教えたばかりじゃん………。同じクラスの」
「ああ」
佐藤さんのストーカーの恐れがあるあの子な。性格悪そうだし、マジでストーカーしてんじゃねぇの?
「アレがカナダか……」
「金田だよ。アメリカに挟まれてないから」
「あいつ本当にロクでもないのな」
「教師の立場にいる以上、あまり生徒の陰口は感心しないよ」
「あ、スイマセン」
「それに、アレで良い所あるんだよ。学校休んだ友達のために、自分からプリント届けるって言い出したり」
「へぇ、そんな事してたんスか」
「帰りのホームルームの時だから、普通は佐川も知ってるはずなんだけどね」
うわあ……露骨な佐藤さんへの「俺良い奴アピール」じゃん………。
「いや、俺ホームルームは基本聞いてないんで。いつも帰宅のタイミング伺ってますから」
「どんだけ帰りたがってんの……」
「や、妹とかがお腹空いたってメールめっちゃ送って来るから、早く帰ってやらないとあいつら飯前におやつ食べちゃうんですよ」
俺はポケットのスマホを取り出し、メッセージアプリを取り出して、家族のグループの画面を出して先生にスマホの画面を渡した。
「ほら」
YO!『お兄ちゃん。学校終わった?』
SAY!『腹減った、飯』
YO!『お腹空きすぎて死にそう』
SAY!『何時ごろに帰って来るの?』
YO!『早くしないとおかし食べちゃうよ。のり塩』
SAY!『授業サボれよ』
その画面を見るなり、先生は苦笑いを浮かべた。
「か、完全になめられてるね……」
「怖がられるよりマシですよ」
「………っていうか、トークルーム少な過ぎない?家族と佐藤さんのしか無いじゃん」
「ちょっ、勝手に見るなよ。良いんだよ、他に友達なんていないんだし」
すると、先生はしばらく俺に哀れみの視線を向けた後に、自分のスマホを取り出して、QRコードを読み取らせた。で、無言でスマホを返して来た。
画面を確認すると、友だちに「まっつぁん」が増えていた。
「ひ、暇な時はメールして来ていいからね!仕事中以外は相手してあげるから!」
「お、おう………」
なんで教師の連絡先手に入れてんだ俺……。や、別にいいけどよ。松崎先生は正直、俺の中では一番学校で仲良い人だし、持ってて損はないかもしれないけど。でもなんか嬉しくない。
そんな話をしてると、学校の付近まで来てしまった。
「じゃ、私はそろそろ先に行くね」
「? 目的地同じですよね?」
「教師と生徒が一緒に登校なんてマズイでしょ」
あ、確かに。納得してると、「じゃ、教室でね!」と先生は早歩きで学校に向かって行った。俺はスマホをポケットにしまうと、イヤホンをつけてのんびりと学校に向かった。
○○○
私は改札を出ると、学校に向けて歩き出した。
昨日の金田君のメールが頭から離れなかった。なんでバレたのか、これは佐川君に伝えるべきなのか。考えれば考えるほど、学校に向かう足取りは重くなった。さっき、電車から金田君が出て行く所が見えた時は、思わず背筋がゾッとした。
「………はぁ」
思わずため息をつくと、後ろから肩を叩かれた。
「よーっす、佐藤」
「おはよ」
八木くんと村木くんだった。この二人が金田くん抜きで私に声かけて来るなんて珍しいなぁ。
「あ、うん。おはよ」
「どした?なんか元気なくね?」
「ううん。平気」
マズイな、元気出さないと。表に元気がないことを出してはならない。
「いやー、昨日眠れなくてさぁ……」
「へぇ、なんかしてたん?」
「うん。ちょっと勉強」
「うわっ、佐藤って勉強とかするんだ」
「おーい、それどういう意味?」
いや、実際してないんだけど、その反応は失礼だと思う。
「ていうか、二人こそ勉強とかするように見えないけど?」
「だってしないもん」
「なんで定期テスト前に勉強しなくちゃいけないのか分からん」
ダメだなー、この人たち。呆れてると、八木君が話題をすり替えた。
「それよりさ、佐藤に聞きたいんだけど、金田ってあいつどうしたん?」
「どゆこと?」
「いや、なんか最近目が怖いから」
「な。殺気が尋常じゃないよな」
おお、クラスの男子たちも感じてたのか。確かにヤバイ。しかし、だとするとなんか逆に可哀想だなぁ。普段から仲が良い二人にまでそう言われるなんて。
「いや、二人が知らない金田君情報を私が知るわけがないじゃん」
「いやー、あいつクラスの中でも佐藤へのアタック人一倍執拗だし、なんか分かったりしない?」
お、おう……やっぱそうだったのか……。金田君は自分を持ち上げる話を絶対私の近くでやるし、私の見てる前だけ人に優しかったりするし、何となく私の事好きなのは気付いてたけど……。
でも、私だって金田君の変化は目の前の二人くらいのことしか知らない。それと、私に送られてきた「佐川と付き合ってんの?」というメールの事だけ。この事は二人には話せない。
「まぁ、金田君の事だし、いつか元に戻るでしょう」
テキトーにも程がある返しをしてしまった。
すると、八木君が思い出したように呟いた。
「あー、いや待てよ。そういえば佐藤さんさ、佐川って誰だか知ってる?」
「…………はっ?」
ヤバい、と言った表情になるのをギリギリで止めた。なんで、八木君まで佐川君の名前を……?佐川君って、実は有名人だったの?
「いや、金田がたまに『佐川、ヌッ殺……』とか呟いてるから気になって」
か、金田君……。もう完全に気付いてるのに昨日、私にメールしてきたのか……。
いや、呑気な事言ってる場合じゃない。バレたんだ。ああもう、定期落とすわ誰かにバレるわで、最近すごくツイてない……。
っと、落胆してる場合じゃないでしょ。誤魔化さないと。
「佐川って何?急便?」
「いや違くて。何その返し方?」
あれ、なんか今の返しどっかの誰かに似てたような……。思考回路が移ってきてる?これかなり深刻な問題な気がする。
別の事でショックを受けてると、八木くんが聞き直した。
「佐川っていう名前の人の事を聞いてんの。村木は知ってる?」
「や、知らんけど。誰それ」
いや、なんていうか……本当にクラスで知名度皆無なんだなぁ、佐川君……。
「その、佐川が何なの?金田が呟いてたってだけ?」
「金田が呟いてたってだけ」
「ふーん……。案外、金田の恋敵だったりしてな。ケラケラケラ」
「あ、それあるかも」
二人はニヤニヤしながら私を見た。うん、それある所か真実です。
「あ、あははー、どうだろうねー(棒読み)」
私は目を逸らしながら返した。すると、「おー?」と二人の間だけで盛り上がり始める。私、本当に嘘のセンスないな……。今度、佐川君と嘘の練習しよう。
って、だからそんな場合じゃないって!隠さないと!
「おおお⁉︎当たりじゃねこれ⁉︎」
「来たなこれ」
「や、ち、違うから!ていうか佐川って誰⁉︎知らないから私!」
「いやいやいや、佐川だなこれ」
「ほぼほぼ佐川だこれ」
「あんたら佐川知ってんの⁉︎」
「「いや知らんけど。でも佐川だろ」」
「そのロングフレーズがよくハモるね⁉︎」
や、やばいやばいやばい!このままだとクラスの男子全員による佐川君イジメが始まる………!それだけは阻止しないと。
だけど、これ以上嘘をつこうとしても、この二人には通じないだろう。どうしよう、佐川君ならどうするかな……。口封じに二人を殺すとか言い出しそう。あの男本当に使えない。
………仕方ない、これしかないか。私は二人の手を取って、上目遣いで言った。
「………こ、この事は、誰にも言わないで欲しいな……」
すると、二人は頬を赤く染めて顔を見合わせた。で、お互いに別々の方向に目を逸らして、後頭部と頬を掻きながら言った。
「わ、わかった……」
「ジュース一本で許してやるよ」
村木君は足元見るなー。まぁ、それくらいで佐川君の命が救われるなら安いものか。
「おい、それよりさっさと行こうぜ」
「そ、そうだね」
「おう」
八木君が学校を親指で指して、私と村木君は急ぎ足で学校に向かった。
とりあえず、お母さん。私を美形に産んでくれてありがとう。