彼と彼女の休日2
○○○
その後、服屋やら雑貨屋に連れ回され、俺は両手に紙袋を持って、佐藤さんの後ろについて周っていた。あれ?俺、何してんの?
「………ねぇ、なんでお前こんなに金持ってんの?これ何着買ったの?」
「いいじゃん。なんか良い洋服いっぱいあったんだもん。今日は荷物持ちもいる事だしね」
「俺は佐藤ヒカリ専用荷物持ちアンドロイドかよ」
「じゃ、次行こ次」
服屋→雑貨屋→服屋→服屋→雑貨屋→服屋とどこぞの太鼓ゲームみたいな流れで店を回った。ドンッカッドンドンカッドンッみたいな。次はドンッとカッ、どっちかな。
「次は、ここ!」
到着したのは、いわゆるランジェリーショップというものだった。ぶっちゃければ、下着売り場。
「まさかのドンッ(大)⁉︎」
「何意味わかんない事言ってんの?」
「待て待て待て。意味わかんねーのはお前だよクソビッチ」
「誰がビッチよ!」
「普通、好きでもない男をこの中に連れてくかお前⁉︎」
「彼氏でしょあんた一応!」
「愛のない交際だろうが!」
「だからこそだよ。最近、胸の辺りがキツくなってきたし、佐川君なら他の男子と接点ないからそういう面で周りに情報ばら撒かれる事ないし」
相変わらず、俺への信頼を伝えるたびに心を抉って来る奴だ。
「俺を連れて行くなよ。外で待っててやるから行ってこい」
「だって一人で待ってるのは暇でしょ?」
「慣れてるよ。妹は弟と下着売り場に入るのは許可する癖に俺と入るのは不可なんだ」
「………ふーん。じゃ、外で待ってて。でも良いの?クラスで私のブラのサイズ知らないの佐川君だけだよ?」
「や、お前がそれで良いの?女として」
それもそっか、と言って佐藤さんはお店に入って行った。俺はここにいるわけにもいかず、店の近くのベンチに座って、スマホゲームを始めた。
レディースの店の紙袋を合計4袋持って、自分の両側に置いてる時点で相当やばい奴に見えるかもしれないが、こういう時は周りの視線に敏感になり過ぎずにボンヤリしていれば問題ない。
で、ゲームをピコピコと初めて数十分が経過した。
「お待たせ、佐川君」
よし、これで上限解放終わり。
「おーい、佐川くーん?」
最近、SSR当たらねんだよなぁ。なんか見えない何かに避けられてる気がする。
「佐川君ってば。聞いてる?」
まぁ、仕方ないか。全ては夏に賭けよう。金も何もかも。
「佐川君?怒るよ?」
さて、もう一回共闘クエストでも行くか。リヴァイアブッ殺祭り開催。
「………ムカついた」
共闘クエストに行こうとした直後、脳天にズビシッとチョップを喰らった。それによって頭が下がり、スマホを持つ手に直撃し、スマホを落とした。
「リヴァイアーーー‼︎」
「リヴァイアじゃないよ‼︎」
上から怒鳴り声が聞こえ、見ると佐藤さんが立っていた。お前か、お前が俺のリヴァイア……じゃないや、スマホを……!
「ちょっと、何シカトしてんの?」
「佐藤さん、いつの間に?」
「さっきからだよ!買い物終わったから声掛けたのにまるで応答無しなんだもん!」
「悪い、ちょっと集中してた」
スマホを拾ってポケットにしまうと、右手に紙袋を持ち、左手を佐藤さんに差し出した。
「ん?」
「?」
「それも持つよ」
なぜか躊躇う佐藤さん。なんだよ、私は佐藤ヒカリ専用荷物持ちアンドロイドですよ?
すると、佐藤さんは少し引き気味に言った。
「いや、流石に自分の下着は……」
「あ、し、下着か……」
「ちょっと急に照れないでよ」
「悪かったよ。まさか、佐藤さんが女の子らしい理由で俺からドン引きすると思わなかった」
「どういう意味だ⁉︎」
ズビシッとまたチョップすると、佐藤さんは歩き出した。俺は両手に荷物を持ってその後を続く。
「で、次はどこ行くんだよ」
「んー、どこ行こっかな」
決めてから歩き出せや。計画性皆無か。
しばらく考えながら歩く佐藤さん。よく、考えながら目的地もなく歩けるもんだと感心してると、「あっ」と声を漏らした。何か思いついたらしい。
「よし、ゲーセン行こう」
「真逆じゃねぇか……」
だから決めてから歩けっつったんだよ。いや、発声はしてなかったわ。
×××
ゲーセン。私はここでお金を使ったことがない。今まで男子たちと来たときは、みんなお金を出してくれたからだ。頼んでもいないのに出してくれるとか、今にして思えばおかしな話だよなぁ。
「ゲーセンか……」
「良く来るんでしょ?」
「店が売れ残りのフィギュアをメチャクチャ取りやすく設定したクレーンゲームをやりにな」
「うわあ………」
本当この人はどこまでも卑屈というか卑怯というか……。悪い事をしてるわけではないから、攻めることが出来ないのがまたズルイ。
「ていうか、フィギュアとか取るんだ?」
「ああ。好きなキャラは男女問わずな。けど、基本的に俺の好きなアニメは美少女が多く出るからか、男キャラのフィギュアは出ないんだよ。美少女アニメに出て来る男キャラこそ良いキャラをしてるというのに……」
「いや、知らないし」
「まぁ、普通に女の子も可愛くて良いキャラしてるの多いからフィギュア取るんだけどね」
普通、彼女の前でそういう話しないでしょ、と思ったけどこの人にそういう注意しても無駄だろうな。だから、別のことを聞いてみることにした。
「参考までに聞くけど、どんなキャラが好きなの?」
「ぶっ飛んでるキャラ」
「は?」
何言ってんのこの人?
「おい、バカを見る目で見るな。言い方が悪かったよ」
「で、どんな子?」
「どこかしら頭おかしい子だな。夜戦バカとか、爆裂厨とか、霊感半端ない子とか」
うーん……なんか良くわかんないんだけど……アレかな。オタクじゃなきゃ理解できない世界なのかな。
「佐藤さんもアニメ見れば分かるよ。あ、この子可愛いなーっていうのが」
「ふーん、という事は、私もどこかしらおかしいって事?」
「や、それ以前に俺別にお前の事好きじゃねーし」
「ひどくないっ⁉︎」
「バッカお前嫌いとも言ってないだろ」
「はっ?それって……」
顔を若干赤らめて目を逸らす佐川君。………ああ、なんだろう。そういう顔見せられると、
「照れるくらいなら言わなきゃいいのに」
「るせーよ」
いじりたくなる。あー、この人たまに可愛いんだから本当に困る。
佐川君は誤魔化すように続けた。
「つーかな、そもそも2次元と3次元は違うから。実際に夜戦バカとか爆裂厨が周りにいたら多分俺そいつの事、マジで嫌うと思うし。あの辺は2次元だからこそ可愛いんだよ」
「いや、そんなに語られても……」
「例えばさ、月9のムカつくイケメンドラマの主人公がやるような告白をお前の取り巻きの男達にされたらどう思うよ」
言われて、私は想像してみた。まずは金田君。
『お前が好きだ。ずっとそばにいてやる』
………なんていうか、布団の中でっていう意味に感じる。あの人の視線、たまに胸に来るし。
続いて、村木君。
『お前が好きだ。ずっとそばにいてやる』
村木君、声が高過ぎてギャグにしか聞こえなさそう。
はい、八木君。
『お前がしゅきだ。じゅっとそばにいてやる』
噛んだ、アウトー。
うん、無理だ。他の男子達もこういう台詞が言えそうなやつはいないし、確かに2次元と3次元は違う。
………佐川君の場合はどうなんだろう。ふと、佐川君の顔を見上げて、眼鏡と帽子なしで想像してみた。
『お前が好きだ。ずっとそばにいてやる』
………悪くないかも。や、そういう事言うキャラじゃないからこそっていうか……。他人に興味関心がない分、惚れた女性に対する告白はストレートそうというか……。
「…………」
「佐藤さん」
「…………悪くないかも」
「佐藤さーん?」
「ふぇっ⁉︎な、何⁉︎」
「う○こしたいからトイレ行こう」
「……………」
やっぱ、ああいう台詞は2次元じゃなきゃありえないよね。
私のときめきを返せ。
佐川君と一度、トイレに行って、再びゲーセンに戻って来た。
「で、何したいんだよ」
「プリクラ」
「なんでプリクラだよ……」
「決まってんじゃん。デートのお土産話の時に、一番低コストでデートっぽい事してるのを他人に見せられるお土産だからだよ」
「そんな計算は聞きたくなかった……」
佐川君は肩を落としてため息をつくと、「ま、いっか」と呟いた。
「じゃあ行くか」
「意外と抵抗ないんだ?」
「妹がプリクラ大好きだからな。もう慣れた」
そういえば、私も初めてプリクラ撮ったのは小学生の時だったなぁ。ああいうのに興味出るのって、意外と早いんだよなー、女の子は。
「じゃあ、落書きとかしっかりやれる?」
「ああ。最初にやった時以来、妹に『隣に座らないで』って言われるくらい自信あるぞ」
「なら、私の時も隣に座らないでね」
「う、うん……」
佐川君とプリクラ機の中へ。
お金を入れようとすると、佐川君が先に入れてしまった。
「あっ……」
「あとで150円返せよ」
「そこは奢るって言ってよ……」
本当に上げて下げるスタイルだなぁ、この人は。フレームとかは全部私がテキトーに選び、ようやく撮影タイムだ。
「えっと、これどうすれば良いの?立ってれば良いの?」
「過去に撮った事あるんじゃないの?」
「ずっと棒立ちしてた」
「妹さん可哀想……。何でもいいからポーズして!」
「え?えーっと……シェア!」
「アホか!」
隣のバカは奇声を上げると、光の巨人の必殺光線みたいなポーズをしたので、私は後ろから彼の両手を掴んで無理矢理広げさせた。
その直後にパシャッとシャッター音がして、まるで私が佐川君におんぶしてもらってるような写真が撮れてしまった。
「おい、撮っちまったぞ」
「もう少し高校生らしいポーズして!」
「高校生らしいポーズってなんだよ……」
「ほらほら二枚目!」
私は佐川君の腕に抱きついた。すると、若干キョドりながらもカメラを無表情で見る佐川君。なんだろ、この人ほんとになんか可愛いな。
そのままさらに2枚ほど撮り、残り1枚。
「ね、佐川君」
「なんだよ。最後の一枚は、眼鏡と帽子取らない?」
「あ?他の奴らのお土産話用なんだろ?取ったら俺の冥土の土産にされちゃうんだけど」
「見せるのはスマホに貼る一枚だけだから。ダメ?」
「別にそれならいいけどよ……」
よし、決定。仮のカップルとはいえ、初デートで素顔晒さずにプリクラはなんか嫌だもん。
佐川君は眼鏡と帽子を取った。
「これ、どうしよ」
「ちょっ、ちょっと!もう時間ないよ」
「あとで着けるんだし、その辺に投げとくのはなんか嫌だし……あー、マジでどうしよ」
「いいから早くカメラ見て!」
「え?か、カメラ?」
「ああもう!」
私は無理矢理、佐川君の肩を掴むと、自分の方に抱き寄せた。頬と頬をくっ付け、抱き寄せた手をそのまま肩に乗せて、ピースした。佐川君も、若干困惑気味になりながらも、なんとなくでピースしていた。
なんか、なんだかんだで一番恋人っぽい一枚になった。
○○○
あの後、「こんなに荷物あったら持てなーい」だそうで、佐藤さんを家に送ってから、ようやく帰宅した。あの女マジで覚えてろ……。
あー、肩痛い。腰痛い。足痛い。荷物待ち疲れた。まぁ、別にいいんだけどよ。まぁ、俺はあとは妹と弟に晩飯を作ってやるだけだ。
「ただいまー。お土産買ってきたぞー」
玄関を開けて軟式ボールが入ってるビニールを玄関に置いた直後、目の前にボールが迫ってきていた。それを俺はキャッチする。
「第一次砲撃命中!突撃部隊、続け!」
弟、セイの声が聞こえる。さらに、後からドタバタと足音が聞こえてか。
「突撃部隊、突撃‼︎」
アホで可愛らしい妹、ヨウがアホな声と共に突っ込んで来た。俺はそこでボールを握っている手を降ろした。
「!砲撃支援部隊!第一次砲撃は塞がれているぞ‼︎」
「何ぃっ⁉︎」
俺はボールをその辺に転がすと、ヨウを見下ろしてニヤリと邪悪にほくそ笑んだ。
「フハハハハッ‼︎甘いな、我が愚妹達よ!あの程度の砲撃は俺の目眩しになると思うてか‼︎」
「た、退避!突貫部隊は退避しろ!」
「おい、名前変わってんぞ。その辺しっかりしようや」
この二人は双子で、ヨウが姉でセイが弟だ。弟はともかく、姉は男勝りで、小学校の野球チームのエースをしている。弟はキャッチャーで最強クラスのバッテリーだ。
俺が小学生の時と違って、監督ともしっかりうまくやってる。
「バスターキック!」
「効かぬわ!」
「〜〜〜ッ⁉︎」
突然、蹴り上げてきたヨウの脛を俺は拳でガードした。弁慶の泣き所をガードされたヨウは、涙目で脛を抑えて蹲るが、それを無視して俺はヨウの襟首を掴んで持ち上げた。
「ふはははは!この俺にその程度の不意打ちが通じるとでも思っ」
「脚痛いんだけど……降ろしてくんない」
「お、おう……」
涙目の真顔と驚くほど冷めた声にビビって、俺は思わず下ろしてしまった。セイがとててとヨウの元に歩き、手を差し伸べた。
「ヨウ、大丈夫か?」
「うん……」
「あいつ大人気ねーよな」
「うん……」
言いながら二人は歩いてリビングに向かった。
俺はその後ろをついて行った。なんで絡まれて、構ってあげた俺の方が気まずくならなきゃいけねんだよ……。
リビングで二人がワーワーと騒いでる間、俺は二人の晩飯を作る。うちは両親が共働きなので、俺が作っている。妹が作る、なんて2次元的なことが、あのアホな妹で起きるはずもなく、俺が作るしか無くなっているのが悲しい。
なんか怒らせちゃったみたいだし、二人の好きなレンコンのはさみ揚げ作るか。なんか趣味渋いなあいつら……。
そんな事を思いながら料理し、完成。バカ二人は何してるか知らんが、なんかやけに静かだ。いつもなら調理中に浣腸してきてアイアンクロー食らわせてやるのに。
「おい、出来たから食器運べ」
「「はーい」」
素直な返事とともにこっちに来た。
「お、なになに?レンコン?」
「ハサミギロチン?」
「はさみ揚げだよ。どんな間違い方してんの」
セイが箸や牛乳を運び、ヨウは白米をお茶碗によそって、それを運ぶ。俺はレンコンのはさみ揚げを皿に盛り付け、その周りにレタスやトマトを添えた。うし、完璧。
「写メ、写メ」
「お兄ちゃんって変なとこ女々しいよね」
「母親が作った晩飯写真に撮れってうるせーんだよ」
あの母親は野球をやってる二人の姿が大好きだからな。健康に色々と気を使わなければならないんだよ。
写真を撮ってから、今日のメインを食卓に運んだ。二人はすでに席についている。
「じゃ、いただきます」
「「いただきまーす!」」
二人は早速、メインに手をつける。ガブリュっとかぶり付いた。
「おおー!美味い!」
「セイ、顎に肉ついてる」
「んっ………」
ヨウがセイの顎をティッシュで拭く。こうして見ると、ヨウもちゃんとお姉さんしてるんだよなぁ。………ヨウの顎にも食べカスが付いてるところを除けば。つーか、食べカス付くの早過ぎだろお前ら。どこぞの美食屋かよ。
すると、ヨウが思い出したように俺を見た。
「あ、そういえばお兄ちゃん」
「あん?」
「今日はどこ行ってたの?休日に出かけるなんて珍しいことして」
「人を引きこもりみたいに言うな。デートだよ、デー……あっ」
そこで俺は自分の失言に気がついた。ヨウもセイも、困惑した表情で俺を見ている。あ、病気の人を見る顔になった。
「………ヨウ、118番」
「いや、もし本当なら110番の方がいいんじゃ……」
「おい、別に病気でも誘拐でも脅迫でも恐喝でもねぇぞ」
「………110番のバリエーションの方が多い」
「多分、本当に……」
「大丈夫!あたしはお兄ちゃんが何しても、お兄ちゃんの妹だから!」
「ああ、俺も三人でキャッチボールした日々は忘れないぜ!」
「お前ら話聞けマジで。ていうか普段俺のことどう思ってんの?」
どんだけ信用ねえんだよ俺。いくら弟妹でも張っ倒したい。
しかし、ああいう高校の暗部をこいつらに話していいのだろうか。いや、良くないよね。
「まぁ、彼女だよ。色々あって出来たんだよ」
本当に色々あってな……。
「色々って、パソコン?スマホ?あ、抱き枕カバーとか?」
「セイ、どんだけ信用してねーんだよお前。あと色々って物的な意味じゃねーから。複雑な事情って事だから」
「あ、もしかして今流行りのVRって奴?」
「あとで覚えてろよお前」
ふへへ、と微笑みながらレンコンのはさみ揚げにかぶりつくセイ。クッソ、ホント腹立つなこいつ。
「だって、彼女どころか友達すらお兄ちゃんいないじゃん。そりゃ妹として心配になるよ。騙されてるんじゃないのそれ?」
「本当に色々事情があったんだよ。でも、安心しろ。お互いに愛のあるお付き合いじゃない」
「「ああ、なら安心」」
だろ?いや、だろ?じゃねぇけど。
「でも、兄貴に彼女かー。どんな事情があっても、付き合ってるなら本当に惚れさせちゃえば?」
「バッカ、セイ。お前俺を誰だと思ってんの?自己中プレーで試合に勝って監督に徹底的に嫌われてチームから追い出されたゴミカスだぜ?無理に決まってんだろ」
「お、おう。そんな自慢げに言われても……」
や、ホントあの時はマジで死ぬかと思ったわ。俺のお陰で勝って悪かったなコンチクショウ。あー、やなこと思い出しちゃったよ。もう、今日は飯いいわ。
「ご馳走様」
「もういいの?」
「ああ。風呂入って来る。食器片せよ」
俺は自分の食器を片してリビングを出た。さて、とりあえず後ろのアホ達にバレないようにプリクラは隠しておくか。