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ボッチとビッチ  作者: カルロス藤崎
古川弓華さん
17/29

彼と彼女の野球大会



○○○



 夜中。私はコンビニで買ってきた弁当を食べ終えた。家には誰もいない。両親とも、多分仕事の後に夜中まで飲んで帰って来るんだろう。いつもの事だ。

 でも、こんな食生活をしていたら、いつか体調を崩す。


「…………佐川君に教わろうかなぁ」


 うん、そうしよう。どうせあの人暇だし。

 明日の午前中にでも約束取り付けておこう。スマホを取り出して、佐川君に電話を掛けた。


「もしもし?」


『はいはーい?ひかりちゃん?』


「え?よ、ヨウちゃん?」


『うん、ヨウちゃんだよー。お兄ちゃん、今セイと風呂入ってる』


 ラッキー。彼女に頼めば絶対許可してもらえる。


「へ?セイくんと?仲良いねー」


『いやー、セイっていつも泥だらけで帰って来る癖に面倒臭がって体洗わないんだよー。だから、毎回私かお兄ちゃんが洗ってる』


「よ、ヨウちゃんも一緒に入ったりするんだ……恥ずかしかったりしないの?」


『しないよー。家族だもん。……あーいや、でも、お兄ちゃんとは少し、恥ずかしいかな……』


 お?ブラコンかな?これは攻め所を見出してしまったのでは?


『お兄ちゃん、裸の私を見ると、性的な目をしてるから………』


 あの人は……。シスコンもそこまでいくと気持ち悪いどころか性犯罪者な気がする。


「そ、そっか……」


『それで、なんで電話してきたの?』


「ああ、そうだった。明日って佐川君空いてるのかな?」


『え?あ、あー……ど、どうだろう……』


 なんか歯切れ悪いな……。ヨウちゃんにしては珍しい。


「何かあるの?」


『………にゃっ、無いよ?』


「あるんだ?」


 兄妹揃って嘘が下手で助かる。


『………じ、実はさ、明日野球の親子大会、なんだよね……』


「親子大会?」


『う、うん。それで、お兄ちゃんがお父さん達の代わりに出てくれることになってるんだ』


「何それ気になる。私も行きたい」


 …………あ、口が滑った。


『………ほほう?それはつまり、お兄ちゃんの野球してる姿が見たいと?そういうこと?』


「………も、黙秘権を行使します」


『お兄ちゃんのこと、本当に好きになっちゃった?』


「あ、うん。それはないかな」


 妹に欲情する人はちょっと無理かな、うん。


『でも、見たいなら来てもいいよ。私もセイもひかりちゃんに来てもらえれば、それはそれで嬉しいし』


「んー……やめとくよ。見たいけど、流石に周り知らない人ばっかだし」


『そっかー。分かった』


「明後日は平気なの?」


『明後日はお兄ちゃんニートだよ』


 すごい言い方したな………。


「じゃあ、明後日にさ。佐川君に料理教えてって伝えてくれる?」


『料理?』


「うん。諸事情があってね………」


『お兄ちゃんに作ってあげたいとか⁉︎』


「や、それはないかな。自分で作った方が美味いとか言いそうだし」


『それ、私言われた。まぁ、それでも私作って食べさせたけど』


「ほんと、デリカシー皆無だなぁ。で、どうなったの?」


『毎朝俺に味噌汁作ってくれって言われた』


 …………冗談抜きで気持ち悪い。


『まぁ、そういうことなら分かった。伝えとくね』


「うん。お願い。またね」


『親子大会は半年に一回くらいのペースであるから、次は来てねー』


 そこで通話は切れた。まぁ、約束は取り付けられたし、いっか。



×××



 翌日、俺は野球大会のために、ヨウとセイを連れて地元の小学校に来ていた。いや、どちらかというと連れてるのはヨウとセイの方で、俺は連行された形だ。

 いやだなぁ………。あのクソみたいな監督とまた顔を合わせるのかぁ……。でも、ヨウとセイの頼みだし………仕方ない。

 ぼんやりと準備運動しながら、子供達のキャッチボールを見てると、監督が声をかけてきた。


「よう、佐川」


「はい?………あ、か、監督……」


「久し振りだな」


 うわあ………嫌な奴に見つかったな。


「ど、どうも。ヨウとセイがお世話になってます」


 一応、二人は俺と違って可愛がってもらってるので、挨拶しておいた。


「いやいや、こちらこそだ。あいつらのお陰で勝ててるトコあるからな」


 ハハハッと笑い飛ばす監督。お前、よく俺の前でそういう話できるな。


「で、今日はどうしたんだ?珍しいじゃん」


「あーいや、妹達に試合に出てくれってお願いされましてね」


「へぇー、じゃあやりたいポジションでやらせてやるよ。どこがいい?」


 なんだ?やけに優しいなこの人。………ああ、ヨウとセイのまえだから、あからさまに俺のこと嫌いオーラ出せないのか。


「じゃあピッチャーで」


 なので、思いっきりワガママオーラを出してみた。うわあ、監督超嫌そうな顔した。


「…………手加減しろよ?」


「分かってますよ。とりあえず、球種はストレートとカーブとフォークにしときます」


「ストレートだけにしろよ!」


「冗談ですって。打順は好きな順番に入れていただいて結構ですので」


 俺はそう言うと、ストレッチをしながら壁当てを始めた。

 子供達のアップが終わり、いよいよ試合。試合前のノックが始まった。監督は当然、子供達チームの監督。何の権限があって俺をピッチャーに出来たのか分からないが、父兄の話し合いで俺はピッチャーになっていた。

 子供チームのシートノックが終わり、挨拶の時間。先行は子供チームだ。俺は何故か一番前に並んでいた。

 俺の向かいでは、セイがニコニコして俺を見ていた。


「うぃーっす、兄ちゃん」


「うぃーっす、じゃねぇよ。何、試合前にニコニコしてんだ」


「いやぁ、なんだかんだ兄ちゃんと試合すんの初めてじゃん?」


「初めてじゃねーよ。お前は鶏か。俺が中学の時に、帰宅中の俺を捕まえて放課後の遊びの試合に無理矢理参加させただろうが」


「鶏じゃねぇよ。てかなんで鶏?」


「バカの代名詞」


「兄ちゃんにバカとか言われたくないんだけど⁉︎」


「いやお前はバカだろ。全身全霊全力投球のバカだろ」


「おい、試合始めるぞ」


 審判のコーチに言われて、俺はハッとなった。気が付けば、周りのメンバーはみんな俺とセイを見てて、クスクスと笑っていた。ヨウに至っては完全に他人のふりである。


「……………」


 痛烈に恥ずかしい思いをしてしまったが、とりあえず挨拶した。

 投球練習である。投げる前に、キャッチャーの方と打ち合わせをした。マウンドに面を外しながらキャッチャーの方が歩いてきた。


「どうも。古川大河の姉で………」


 ………古川さんだった。


「…………え、なんで?」


「………こっちの台詞よ」


「………野球、やってたんだ?」


「小学生の頃に少し……。それと、今もソフト部よ」


「へぇ、意外」


 そう言えば、古川さんの髪型は甘栗色にボーイッシュな感じのショートヘア、ソフト部に見えなくもない。

 ま、しかし少し助かった気もする。ベンチに知らないおっさんばかりなのは何となく気まずい。

 古川さんが質問してきた。


「………あんたも弟が?」


「あそこの生意気そうな男の子とめちゃくちゃ可愛い女の子」


「へぇ、双子なの?」


「ああ、似てるだろ」


「あんたにも少し似てるわね」


「え、そ、そうか?」


「そうよ」


 聞いといてあれだけど初めて言われたわ。


「でも、キャッチャーなんて大丈夫か?」


「平気よ。小学生の頃からずっとキャッチャーやってるんだから」


「じゃあ、投球練習は3、5、7割と投げていくから、どのくらいがちょうど良いか教えてくれ」


「全力で来なさいよ」


「そしたら子供達が打てないだろ」


 古川さんは「確かに……」と、呟くと、面をつけて元の位置に戻ってしゃがんだ。

 投球演習を終えて、いよいよ一番バッター。意外と古川さんは取れていたので、7割で投げさせてもらうことにした。


「プレイボール」


 俺は一投目を振りかぶった。



〜5分後〜



 三人、ショートゴロとセカンドゴロ二本で抑え、チェンジ。

 ベンチに座って、俺は汗を拭った。


「お疲れ様」


 古川さんが俺の隣に座った。


「いやいや、そっちこそ」


「偉いのね、ちゃんと手加減して打たせてあげて。男の子って自分が活躍したがるだけだと思ってたわ」


「打たせるに決まってんだろ。でも、悪かったな。二番の古川さんの弟を打ち取っちまって」


「良いのよ。まだまだ練習が足りない証拠なんだし」


「………けど、次は簡単には打たせないけどな」


「次?」


「俺の弟と妹」


「へぇ、あんたはてっきり弟や妹を活躍させたがるのかと思ったわ」


「いやいや、あいつらが英検とか取ろうものなら、窓の外から答えを見せるくらいするけど、野球の時はガチだから」


「………き、気持ち悪っ」


 おい、なんでだよ。気持ち悪くはないだろ。

 そんな話をしてると、一番バッターがアウトになった。次の次が俺の打順である。ピッチャーで三番にして来るとか、あの監督マジ鬼畜。どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。

 ヘルメットを被って、バットを担いでネクストバッターズボックスでしゃがんだ。

 当然、ピッチャーはうちの妹、ヨウ。そしてキャッチャーは弟のセイだ。

 ヨウが投げる球を、二番バッターの人は空振りした。


「………良い球投げるわね」


 俺の後ろで古川さんが、腕を組んで呟いた。


「ああ、まぁあんなもんじゃねぇの」


「もっと早く投げれるの?」


「さぁ?」


「何それテキトー過ぎでしょ……」


 そんな事話してる間に、二番バッターの人はライトフライで倒れた。

 俺はバットを担いでバッターボックスへ。ヨウは俺の打順になるなり、すごい好戦的な笑みを浮かべて、俺を睨んだ。

 打ち取る気満々って顔だな。なら、こっちもこっちだ。


 二本、大ファールの後に空振りして三振を取らせてやろう!


 え?さっきと言ってる事違う?知るか!俺は妹が悔しくて泣きそうになる顔なんて見たくないからな。何より、妹に恥なんてかかせられるか。

 俺はバットを構えて、ヨウを見据えた。


「最後に俺達と兄ちゃんが対決したのっていつだっけ?」


 セイが後ろから声をかけてきた。


「去年の夏休みじゃなかったか?」


「あの時とは比べ物にならないから」


「へぇ、そりゃ楽しみだ」


 三振してやりますけどね!

 ヨウは大きく振りかぶって、球を投げた。中々、速く難しいコースだ。俺は初球からバットを振り下ろした。

 そして………、


 俺の振り下ろしたバットの真芯がボールを見事に捉えた。


 へぶらりんッとボールは飛び、学校の校舎の壁に直撃した。しかも、フェアである。

 ミスを悟るのに、そう時間は掛からなかった。


「あっ………」


「えっ………?」


 世界が、静止した。

 誰も何も喋らない。しまった、こんなつもりじゃ………!引っ張りが足りなかったか…!

 ヨウを見た。悔しさのあまり、膝を地面に着いて泣きそうになっていた。

 セイを見た。マスクを取って立ち上がる事も忘れ、呆然としていた。

 古川さんを見た。「あちゃー」と言った様子でおでこを抑えていた。

 監督を見た。ゴミを見る目で俺を見ていた。

 チームメイトの親御さんたちを見た。軽く引いていた。


「………………」


 とりあえず、俺はベースを回り始めた。こんなに嬉しくないホームランは初めてだった。




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