彼と彼女の脅迫状6
×××
翌日。体育の授業はバスケだった。あくまで個人的な感想であり、中学の時から思っていたことだが、類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだ。
俺が通っていた中学では、野球部、バレー部、バスケ部の男子は基本的に体育で本気を出さない。他の生徒にパスをメインにしていて、ドリブルを仮にしたとしてもシュートまでは撃たない。
だが、サッカー部だけは別だ。サッカー部はチームメイトがミスをしたらマジギレするし、ドリブルからシュートまでの営業でパス手数料は掛からない。仲良くやれるのはサッカー部か、サッカー部と仲の良い一部の男子だけだ。
しかし、だからこそ俺にとってはサッカーはありがたい。まず、十一人というメンバーによって、一人くらいサボっていても問題ない所。それと、雑魚と判断された者にはパスを寄越さない辺りだ。だから、俺に掛かるプレッシャーはないに等しい。
だけど、バスケはどうだ?パスをくれる気持ちは嬉しいけど、ミスをした時のチームメイトの真顔ったらもう、無いよね。その癖、何も言われないのがキツイ。シュートを外した時なんかもう無理。
「はぁ………」
俺は試合の様子をコートの外から眺めていた。知ってる人はいないけど、八木と村木の様子を探るにはちょうど良かった。
しかし、この二人はちゃんと、未経験者をなるべく活躍させるようにプレイしていた。自分のやりたい放題やってるのは金田くらいだ。
こうして見ると、八木も村木もそんな悪い奴には見えない。本当、人は見かけによらないということか。いや、そもそもこの二人が犯人だと決め付けている事すら間違いなのかもしれないが。
「シュート!」
「っ!キタアアアアアアア!」
「ナイッシュー小林!」
え、今なんて言ったの?ナイッシュー?シュークリームの一種類ですか?頼むからちゃんと発音してくれよ。
しかし、今日のバスケはなんか活気があるな。みんな声とか出し合ってる。ていうかいつもより声デカくね?なんで?
俺の疑問は半分に仕切られたコートの向こう側にあった。今日は雨天によって、女子が向こうのコートでバレーをしていた。
「…………あっ、なるほど」
男子ってのは、つくづく分かりやすい生き物だなぁ。
コートの外で休んでる男子の何人かは、向こうの女子のバレーの乳揺れを眺めていた。
「お前ら………」
俺にも見せて!これは不可抗力だから!仕方ないよね!
バレーのコートでバレーボールと女子のボールが揺れる中、コートの中でボールを持たない女子が飛び跳ねた。
「っ!」
バンシィィィ……ンッ、という黒い二号機のような効果音と共にスパイクを放ち、コートの端にボールは向かっていった。
ちょっ、お前の飛び跳ねた胸なんか興味ないんだっつーの、他の子を飛ばせろよ。なんて思ってその子を見ると、佐藤さんだった。
「………………」
佐藤さんすごいな……。運動神経も良かったのか……。いや、色んな部活の男子達と遊んでて、そういう技量が身に付いたんだなとすぐに推測できた。昨日もボーリング行ってみたいだし。
しかし、佐藤さんが点を取っても、他の女子達は誰一人として何も言わないんだな。やっぱり、女子の中でも浮いてるのか。
「…………」
ぼんやりとその様子を見てると、佐藤さんが俺に気付いた。
やべっ、見過ぎてたか?後で殺される……と思ったら、俺にすごい笑顔でピースした。直後、コートの外だけじゃなく、中の男子からも歓声が上がった。
バッカお前、そんな目立つ真似したら他の女子からもっと白い目で見られるだろ。
………いや、もうやっちまったもんは仕方ないか。俺は三回くらい拍手して見せると、佐藤さんは満足気に試合に戻った。
「…………なんかうちの妹みてぇだな」
そっくりだ、活躍すると褒めて欲しそうにする辺りとか。
しかし、あいつ金田から狙われなくなったからって、少し油断し過ぎなんじゃねぇの?昨日も誰かと遊びに行ってたみたいだし、あの様子だと女子とは遊べないんだろ?
とにかく後で佐藤さんに忠告しておこう。
ボンヤリと引き続き女子の乳揺れと村木と八木の観察を並行して行ってると、女子側のコートの右端の方に、一人の女子が佐藤さんを睨んでるのが見えた。
…………待てよ。あの子、確か少し前に購買でチョコクロワッサン譲ったら、わざわざ屋上に来て半分くれた子じゃね?名前は知らんけど。
「………てか、間違いないな」
何、あの子と佐藤さんてなんかあんの?と、思ったら今度は俺の方を睨んできた。
え、なんで睨んでんの?幻術にでも掛ける気?慌てて目を逸らすと、男子の試合が終わった。よし、良いタイミングで試合になってくれた。さて、試合に戻ろう。
〜20分後〜
授業が終わり、後片付け。次はお昼休みである。
「……と、いうわけで、じゃあ今日はここまで。バスケ部、片付け終わったら、体育倉庫の鍵返せよ」
先生からの講評を終わり、生徒達は教室に戻り始めた。
本当に部活やってると、こういう事させられるから大変だなぁ、とも思ったが、バスケの後片付けなんてボールと、ゴールを支える部分の折り畳みくらいなので、すぐに終わるだろうと思い、ここは同情しないでおく。
「ごめん、トイレ行って来るわ」
金田はそう言ってトイレに向かった。うん、あれ逃げたな。
村木がゴールを畳み、八木がボールをしまってるのを眺めながら、俺は教室に戻ろうとした。
その途中、村木が畳んでるゴールの近くにボールが落ちているのに気付いた。
「……………」
鍵閉めてからボールしまうの面倒だよなぁ。こちらからバスケ部の中に、短い時間でも残るのは危険な気しかしないが、それとこれとは話が別だ。
俺はボールを持って体育倉庫で片付けをしている八木の方へ歩いた。
「おい。一個ボール落ちてたよ」
俺から先生以外の誰かに話しかけるなんて珍しいな………。いや、今回は不可抗力なんですけどね。
「ああ、悪い。あそこのカゴの中な」
八木は体育倉庫の中を指差した。俺が入れんのかよ………。
まぁ、こんな事で一々ゴネるつもりもない。俺は言われるがまま、ボールを持って体育倉庫に入った。
その直後、後ろの体育倉庫の扉は閉ざされ、ガチャッと鍵の締められる無情な音が響いた。
○○○
お昼休み。私はさっさとお昼を食べると、松崎先生のいる職員室に入った。
「失礼しまーす」
………あれ、でもなんて話そう。先生は私と佐川君が付き合ってることは知ってるけど、セクハラ防止のお付き合いである事は知らないよね。
相談すれば、男子達は私の身体をベタベタ触ってたことが高校側にバレて最悪退学………退学されて校則による拘束がなくなった男子達のセクハラはエスカレーター………。
「し、失礼しました………」
やめておこう。何もせずに職員室に入っただけになっちゃったけど、下手な事は言えないし。
それより、やっぱり佐川君に問い正そう。直接話せば、簡単に諦めてくれるだろうし。
教室に戻って、佐川君に屋上に来るよう、メールを送ろうとした。
だが、佐川君の席の上に、制服が未だに綺麗に畳まれていることに気付いた。おかしい、体育が終わって、もう10分以上経っている。制服があるということは、少なくとも着替えてないって事だ。
速攻で教室に戻って、お昼を食べてそうな佐川君がいないのは、どう考えてもおかしい。
私は教室を出て、とりあえず体育館に向かった。
廊下を出て、渡り廊下から体育館に入る。幸い、入り口は施錠されていなかった。
体育館の中には誰もいない。一応、調べて見た。と、言っても男子トイレは入れないし、調べる場所なんてステージ傍か体育倉庫しかない。
まずは、体育倉庫に向かった。施錠されている。
「………さすがに、いないよね?」
念の為、ノックをしてみた。すると、
「入ってまーす」
「ブッ!」
聞き覚えのあるトイレみたいな返事に、私は思わず噴き出してしまった。
「佐川君⁉︎何してんの⁉︎」
「誰?いや、誰でも良いから助けて下さい」
「私だよ!佐藤!」
「………げっ、佐藤さん」
「げっ、て何よ。げっ、て」
佐川お前本当に………。それでも彼氏か。
「ちょっと待ってて。体育倉庫の鍵持って来るから」
「あー………うん」
「…………後で、しっかり事情聞くから」
自分でも少し驚くほど、低い声が出た。
×××
五分後くらいだろうか。体育倉庫の扉が開いた。佐藤さんの表情はすごく怖かったので、とりあえずお礼を言うことにした。
「………あ、来た。どうもどうも」
「ねぇ、はぐらかさないでちゃんと答えて。なんで閉じ込められてたの?」
………あー、やっぱそう来るかー……。助けてくれたのはマジ助かるけど、その後はどう説明したら良いのか。
佐藤さんを巻き込まないためには、偶然を装うしかない。幸い、女子は更衣時間が掛かると思われるため、教室ではなく更衣室で着替えるから、男子より早く授業は終わるから、俺が閉じ込められる所は見られてないはずだ。
なら、いくらでも誤魔化しようはある。
「あー……ボールの片付けとかしてたらさ、気付かりぇなくて閉じ込められただけだよ。相変わらずの存在感の無さにマジで泣けて来るわ」
「気付かれなくて閉じ込められたわけじゃないんだ?」
………ピンポイントで噛んでしまった……。嘘が上手くつけるようになりたいぜ。
「誰?バスケ部だよね。体育の跡片付けは基本的に種目の部活の生徒がやるよね。答えて」
「誰だろうな。分からん」
「金田、村木、八木、どれ?」
なんかすごく怒ってんな………。怒ってる奴に教えられるわけねーだろ。何しでかすか分からんし。
「落ち着けよ。別に俺は気にしてないから」
「私が気にするの‼︎分かんないの⁉︎」
佐藤さんは急に怒鳴りだした。今にも泣き出しそうな顔で、俺を睨みつけている。
「…………なんでそんなに怒ってんの?佐藤さんが閉じ込められたわけじゃないじゃん」
問題はこれだ。怒り方が明らかに普通ではない。今にもあいつらに文句を言いに行きそうな勢いだ。
「そんなのっ……!怒るに、決まってんじゃん!」
「好きでもない彼氏がどんな目に遭おうと関係ないだろ。後は俺に任せてくれれば、犯人は特定できてるし、佐藤さん的にも出来るだけノータッチのが良いだろ」
「そういう問題じゃない‼︎確かに、好きじゃない彼氏だけどッ……!それでも、友達くらいには、思ってるから………!」
「………じゃあ、仮に俺が佐藤さんと友達として、それで佐藤さんが怒る理由はなんだ?」
「そ、そんなの………!」
「本人が気にしてないのに、他の奴が怒るのは空回りって奴なんじゃねぇの」
つい、強い口調になってしまった。昔の嫌な思い出が蘇ってきてしまったようだ。それを出来るだけ思い出さないようにする為に、俺は矢継ぎ早に言葉を並べた。
「とにかく、佐藤さんは何も心配しなくていいから。後は、犯人と俺が決着をつけるだけだから。佐藤さんは気にしないで、いつもみたいに過ごしてくれれば」
「もう、いいよ」
俺の言葉は、佐藤さんに遮られた。
「別れよう、私達」
「……………は?」
「友達がこれからもこんな目に遭うくらいなら、私が被害に遭った方がマシだから」
「いや待て。なんでそうなるんだよ。もう犯人は分かってるって言ってんだろ。それさえ終われば」
「今度はまた他の男子と揉めるかもしれないじゃん」
それは、そうだな………。
「これはそもそも私の問題だし、巻き込んだ私が言うのもアレだけど、佐川君がそんな目に遭うのはおかしいよ」
うん。それもその通り。だけど、それの対策も俺の頭の中には出来ている。だから問題はないはずだ。
「だーかーらー、他の男子の対策だって、今回の件で全部できてるんだってば。別に別れる必要なんかない」
「じゃあ、話してよ……」
「あ?」
「全部、話してよ。なんで、何でもかんでも全部一人で片付けようとするの?そんなの、おかしいよ」
「一人でできる範囲内だからだよ」
「できない範囲だから、閉じ込められたんじゃないの?」
それに至っては正論だった。この後、どうするからは閉じ込められて初めて立てられた作戦だし、今回閉じ込められるようなこ事態に至ってしまったのは、俺の思考範囲から外れていた手を向こうが打ってきたからだ。
まさか、向こうが自分から正体をばらして来るとは思わなかった。
「でも、そうなったら別の方法を考えれば良いだけだ」
「じゃあ、もし今回私が助けに来なかったらどうするの?私が来る前に、体育館の鍵が閉まってたら?」
「それでも、五、六時間目の体育の時とか部活の生徒達がここに来る。どの道助かってた」
「それが無かったら⁉︎」
「明日まで待機、かな」
「それはもう、一人でなんとかできるの範囲を超えてるよ」
…………確かに、それはそうかも。閉じ込められた時点で、俺の負けだったかもな。
「でも、佐藤さんに相談するのは違うだろ。佐藤さんに下手なこと言うと」
「違くないよ。私は佐川君を巻き込んだ側なんだから。私に気を使ってるのかもしれないけど、私に気を使われて、佐川君が酷い目に遭ってる事の方が私はキツイ」
「………じゃあなんで俺を巻き込んだし」
「こんな事になると思わなかったんだよ!たかだか可愛い女の子一人のためになんでこんな殺伐とするかな!」
今、自分でしれっと可愛いって言いましたよ。いや、実際かわいいし、女一人のためになんでこうなるってのも分かるが。
軽く引いてると、佐藤さんはまとめるように私を見て言った。
「とにかく!ちゃんと私に言って!今までの事もだよ。三日くらい前からなんか様子も変だったし、その辺から全部!じゃないと別れるから!良い?」
別れるのは困るな。せっかく、奴らを追い詰めるカードは揃ったのに。だけど、この人割と頑固だし、どうせ俺が折れるしかなくなるんだろうなぁ。
「あーもうっ、分かったよ。だけど、犯人を追い詰める時は俺の指示に従ってもらうからな」
「それはどうかなー。変な作戦考えてるようなら、従えないからね」
「え、マジ………?」
「どんな作戦のつもりだったのよ………。あ、その前に三日前に何があったか話してよ。まずはそこからだから」
まぁいい。どうせ、これで佐藤さんと付き合ってる間は俺は安全になる。逆に、これで安全にならなかったらうちの男子は馬鹿しかいない。
俺を閉じ込めてくれた借りは返してやる。




