サクラノハ 前半部
はじめに
こんな風に小説ともいえない駄文を書いてみた理由なんですが、友人二人のアドバイスがあってのことでした。一人は、僕のことを物知りというように言ってくれ、知っていることで本を書いてみたら?と。もう一人は、ちょっとした妄想文や送ったメッセージを見て、心が温かくなると言ってくれたのでした。
この二人の友人の言ってくれたことを無駄にしたくないのと同時に、自分の世界の可能性ではありませんが、何かしら残るようなことをしておきたいわけです。一方、時間を掛けたわりに、恥ずかしい内容である事には違いありません。ですので、はじめに公開するのは、きっかけとなったふたりにします。もしも、人に見せても恥ずかしくないものであれば、このような物書きの世界を知っている人に見せてもらえたらなーとか考えていたり(笑)
実は僕自身も、どうやって結末に導くのか、これを書いているうちにはわかっていなかったりします。目指したいのは、読む人の気持が温かくなる物語です。このつまらない文章が、届いた人の心を一瞬でも暖めることができたら。それを願って、一文字一句を大事につづっていきたいと考えています。
平成26年10月
笠原 祐人
【舞台設定】
主人公・吉野幸介はいたって得意なものや学力・容姿も中の下の高校二年生。唯一ともいえる趣味が読書。通学中の電車でいつものように読書をして、いつもの朝が日常が過ぎていくはずだった。そこに現れたのは、その「いつも」だった縁もなかったであろう彼女からのメッセージだった。
【登場人部】
○吉野幸介 よしの こうすけ
物語の主人公。公立高校の二年生。165センチ・60キロ。趣味は読書。得意科目は生物と日本史の理系。両親と三人暮らし。
○桜葉 りさ さくらば りさ
ヒロイン。yとなり駅の公立女子高の三年生。160センチ。趣味は読書、料理。得意科目は生物、化学、英語。両親と三人暮らし。実家は開業医。
○佐竹祐次 さたけ ゆうじ
幸介のクラスメート。ユージ。帰宅部時々パソコン部。170センチ・55キロ。建築系を志望。りさの自宅近くに在住。雑学が好きで、実は物知りで情報通。
○河村幸範 かわむら ゆきのり
幸介のクラスメート。ユキノリ。パソコン部。お調子者。168センチ・60キロ。薬学刑大学を志望。
○高橋遥 たかはし はるか
隣のクラスだが、ある一件で幸介達と一緒にいることが多い。155センチ。文芸部。人懐っこい。
○苑田優子 そのだ ゆうこ
りさのクラスメート。弓道部部長。160センチ。りさの幼なじみ。ゆうゆう。
○折原楓 おりはら かえで
りさのクラスメート。ソフトボール部、キャッチャー。158センチ。かえで
【舞台について】
舞台は首都圏に隣接する、地方都市とその周辺。主人公はその都市出身で、各種鉄道のほか、新幹線も停車する、大型の駅を抱える。一方で、駅より二キロも離れれば田園風景も多く残る、緑豊かな町でもある。ちなみに、都内へのアクセスもよく、ベッドタウンとしての面も見られる
サクラノハ
この想いを君へ…。
僕はペンを取り、ただひたすらきれいとは決していえない文字を書き連ねた。今時、手書きの文字でやり取りをするなんて、そんなに多くないと思う。みんなメールやメッセージアプリを使って気軽にやり取りをしている。でも、僕はこれを選んだ。いや、かのじゃから始まったのだ。例えば、友達とメールをしないわけじゃない。けど、このメッセージは特別な人に届けたいから。そしてちゃんと届けたいから、今も手書きにしてるんだ。
彼女とのこのやり取りが始まったのは、二ヶ月前のいつもの電車からだった。中間テストも終わって、落ち着つきを取り戻した休み明けのことだった。お互いいつもの同じ車両に乗る。多分、いつもどおり乗ってるなと思うくらい…。彼女は黒髪を肩まで伸ばし、前は左目の上あたりで分け、額をあらわにしている。都市伝説的な話で、額を惜しげな区見せることができる女の子は…と聞くが、そういうことだろうか。そして学生である彼女は、セーラー服を着ていた。身長は僕よりもわずかに低い。目が細めだが、長いまつげが印象的だ。鼻筋は通り、うっすらルージュを塗ったかのような淡いピンク、色っぽさを引き出すには十分の整った形と厚み、つまるところ、いわゆる目鼻立ちが整っていて、一見すると雑誌のモデルを引っ張ってきたかのようだ。髪はつややかな黒髪を肩甲骨にかかるほどに伸ばし、特に結ったりはしていなかった。ま、僕には一生縁が無いだろうという美人だ。彼女はおそらく、僕の降りる駅の先にあるお嬢様高校に通ってるようだ。この電車でセーラー服といえばそこくらいしか考えられなかった。
今日もいつもの時間の電車に乗る。僕はラッシュが嫌いなので、登校時間よりも早く着くように家を出る。そうすると大体席に座ることができるからだ。高校までは20分程度の乗車。単線区間あり、田園風景ありの路線だ。いつものお決まりの車両に、ドア空はいる。座れた。僕はバッグから文庫本を取り出して読み始めた。高二になって、理系を選択したものの、読む本はたいてい歴史や文学だった。
電車が走り出す。間もなくすると僕は顔を上げる。電光掲示板に天気やニュースが流れる。それを確認するのが日課になっていた。そのときに、ドアの前に立っている例の彼女が視界に入る。目の保養、そんなつもりで彼女をチラ見していた。しかし、今日はいつもと違った。視線に気付いたか、彼女はこちらを向き、視線が合う。予想しなった展開に僕はあわてて視線を下げ、ひざに置いた文庫本の続き読むべく、すばやく両手出持ち上げた。当然内容は頭に入ってこない。ただ胸の鼓動が高鳴っていくばかりだった。一つ目の停車駅に着いた。
気持ちは切り替わらぬまま、しばらくして二つ目の駅に着く。田園風景が流れていき、駅の周りには住宅や商店が駅周辺に集まっている程度の駅だ。ここでこっそりともいえないが、再び視線を彼女のいるドアのほうに向ける。彼女の後方には太陽が。まぶしい。日差しの中に見えた彼女の表情は・・・。笑みを浮かべていた。今日は、なんだかうれしそうだ。僕はまたバレてしまう前にと、すぐに読みかけの文庫本に視線を落とした。視線を落としたのを確認するように、彼女も僕の方に視線を送っていた。
「次の駅は~」
その後、本の世界の虜となった僕は、夢の時間から現実に引き戻され、その現実はあっという間に僕の高校の最寄り駅という状態だ。文庫本をしまい、定期券を確認する。降りるときは、彼女のいるドアからだった。もちろん、意識をしていることもあったが。早い時間帯の電車なので、僕の高校の人間は朝練らしき野球部がちらほらみらっれるだけだった。
僕は少し早めに席を立った。ドアの一番前へ。そうすると、彼女の目の前に立てる。その時に香るシャンプー?の香りが胸をくすぐる。心地よかった。
席を立ち、ドアのほうへ。すると、彼女は僕に視線を向け、バッグの外ポケットに差し込んでいた紙片を取り出し、ドアの前に立とうとする僕に差し出した。そして彼女は心地よい声で僕yに話しかける。
「おはよう、はじめましてになるね。後で読んでもらえるかな?」
僕は何が起きたのか分からず、僕はとりあえず彼女の表情を確かめていた。短い言葉ながらも、表現するなら月明かりをそのまま声色にしたかのような、優しい声を発し、そして僕の目を見つめていた。そんな彼女は朝日を受けて、よりまぶしく感じた。笑顔だった。
「あっ、えと、はい」
まともな受け答えができなかった。とりあえず紙片・・・よく見れば便箋だったが、それを受け取り、直後に開いたドアより降車した。降車後、すうほ。立ち止まって振り返る。彼女もこちらを見ていた。目と目が合う。そして電車は走り去っていった。右手の便箋にありもしないぬくもりを感じていた。
駅からは徒歩15分。改札を抜け、正面に日差しを受けながら進む。この時期はちょうどいい。街路樹のケヤキは新芽が程よく伸び、日差しを和らげる。駅に向かうサラリーマンや学生が駅へと向かい、すれ違う。小さいながらも、市名を冠した駅だけということもあり、この時間帯ともなると道路も歩道も混雑し始めていた。
僕は今朝あったことを思い出しながら一歩一歩高校へと向かっていった。
(手紙?だよな。でも、こんな彼女とは一生無縁な僕に??わからない。)
当然答えは出なかった。そうこうするうちに校門に到着した。校門をくぐり、下駄箱へ。上履きに履き替え、二階の教室へ。
教室にはまだ誰もいない。僕は黒板から二列後方・真ん中の席だ。そこに座り、もう一度文庫本を…。手を伸ばした先には便箋があった。誰もいないから。そう思い、中の手紙を取り出す。一枚だった。そして、中身に目を通す。
びっくりした?いつも朝の電車、一緒だね。
突然だけど、私と文通しない?
君の都合でいいよ。
朝、電車で手紙を渡してくれないかな?
返事、まってます
春日野女子高校 三年 サクラバ リサ
これは?夢?初めて遭遇する事態に混乱していた。なんで手渡しの文通?というか、彼女が?僕に??もう一度穴が開くかのように読み返してみても、彼女が僕と文通をしたいということが書かれているだけだった。
彼女の字は優しげな、品のある字だった。きっと書道や硬筆などの習い事をしたのだろう。もちろんこれは勝手な妄想なのだが。
それにしても不可解だった。しかし夢でもなかった。
(これは…ラノベ展開??ギャルゲ?エロゲ?)
現実だった。一生縁が無いであろう美人の彼女と話すだけでなく、文通まで。奇跡としか思えなかった。
僕は理解できずに、しばらく手紙を見つめていたのだろう。不意に背後から明るいような、能天気な声が僕の世界を現実に引き戻す。
「おはよ…。おい、幸介!なんだそれ?あ!!ラブレターってやつか!!!」
「ちっ、ちげーよ!」
同じクラスのユキノリ。クラスでもトップクラスのお調子者だ。裏表の無い性格なので、クラスの誰とでも話をしていた。
しかし、今この手紙を見つけられたのは正直まずかった。
「見せろよ~。あっ!隠すなんて怪しいな。」
僕はとっさに文庫本に挟み込んだ。しかし、
「へー。サクラバさん。俺らと同じ下り線だよね?」
ユキノリとは違う、低めの落ち着いた声。
「ちょっ!お前!!」
僕はユキノリに気をとられていた。メガネをかけた声の主はユージ。どうでもいいことをよく知っていて、僕とユキノリと三人でよくつるんでいる。ユージは一瞬の隙を突いて、手紙を抜き取っていた。
「あのお嬢様高校の一個先輩ね。あ、もしかして。近所のサクラバさんって、確か俺らと同じ年頃の娘さんいるって。小児科なんだけどさ。ということは!?」
「ふむふむ」
事を大きくしたユキノリがうなずく。お前、少し黙れよ。
「そう、なのか?」
僕は聞き返す。
「そうなんだよ。あ、だけど・・・。」
「なに?」
「いや、、、なんでも」
ユージはいいにくそうにしていた。僕はあえて聞かないことにした。
朝から色々ありすぎた。今朝の文庫本は楽しみにしていた戦国モノだったのに、ろくに頭に入っていなかった。そして今も。
ガラガラガラ。教室前側のドアが開く。
「さー、ホームルームはじめるぞー。」
今日も学校が始まる。
今日は午前中が数学、日本史、生物、化学だった。数学以外は好きなんだけど、時々自分が理系だというのを忘れるくらい、数学嫌いで日本史、古典好きという変わり者な好みだった。
「なー、幸介。学食で何食べる?」
「購買行くなら、焼きそばパン頼むわ!」
あっという間に昼休みになった。僕は例のユキノリ、ユージといつも一緒に食べていた。しかし。
「ごめん、朝の見ただろ?返信を書かなきゃいけないから、一人で中庭行ってくる。」
「マジかよ!?」
とユキノリ。
「友情より愛情かぁ。まぁ、いいんじゃない?」
ユージは一応の理解をしてくれた。
「わりぃ。あとでな。」
僕は中庭へと向かった。階段を下りて、革靴に履き替える。この中庭は正直居心地が悪い。というのも、ベンチにはカップルばかり。一応、不順異性交遊禁止と校則には書かれているが、異性が気になる頃だから、誰と誰が付き合っているとかm、クラス内でも噂があったりする。まあ、今日はクラスの人間はいないようだ。
ベンチは埋まっていたので、花壇の際のレンガの土留めに腰掛ける。僕は弁当のほかに手紙とルーズリーフ、筆箱を持ってきていた。
(とりあえず、これでもいいかな)
ルーズリーフなら、明日にも返信できると考えたからだ。それにしても、手紙なんていつ以来だろうか。しかも異性なんて。初めてかもしれない。
(食べながら考えよう)
今日はおにぎり。いつもなら具材は、梅干、昆布、たらこの三つだった。、
(えーと、はじめまして、手紙驚いてますでいいか?)
一つ目のおにぎりはまさかの鳥そぼろだった。最近親がハマっていて、食卓に上ることもあった。これはこれで好きだった。
(次は自己紹介で…次は…)
大体の流れができそうだったその時、正面から良からぬ訪問者の影が。
「こーちゃん、何してんの?」
カテゴリー化するなら、アニメ声とでも言おうか。好き嫌いが分かれそうな、高めで幼くも感じられる声がかかる。文芸部のハルだった。彼女は背は女子では平均的ではないかと思う背丈で、僕より視線はわずかに下に来ていた。肩に届くかどうかというナチュラルウェーブのかかった髪、気持たれ目であり、えくぼがチャーミングポイントだ。ハルはたまに遊びに行くコンピューター部の隣で顔見知りだった。以前、ゴキブリホイホイが片付けられないというので、ちょっと顔を出して片付けて以来、よく会話するようになった。というのも、文芸部は女子ばかりで、当然ともいえるのか、昆虫やその類の生き物に対してはあまり得意ではないようで、
一ヶ月ほど前だったろうか、あの時は文芸部のイメージには無いような騒がしさだった。あまりに騒々しかったので、様子を見にいくと、ハルが部室入り口までやってきた僕に助けを求めてきた。
「ね、ねねねねねね、、ねずみ!!!」
ゴキブリどころではなく、ねずみが捕まったらしい。部室の一番奥、本棚の隙間にあるゴキブリホイホイ。どうもそれが原因のようだ。他の女子部員二人も入り口で怯えるように部屋の奥を見つめるだけだ。
「ちょっと廊下で待ってな」
僕はそういうと、部屋の奥にある問題の紙箱をとる。ただし、中は見たくないし噛み付かれても嫌なので、端のほうをつまんで文芸部の部室を出た。そして、そのままゴミ箱に捨てることはできないなと考え、ごみ置き場に向かった。とりあえず可燃ごみの袋を見渡し、まだ入りそうな一つの口を解き、押し込んだ。そしてパソコン部の部室に戻ろうとした時、ハル達に再び遭遇し、感謝の言葉を言われたのだった。ま、たいした粉としたつもりは無いんだけど。
ハルとの交流はここから始まった。さて、その目の前にいる彼女だが、何をしにやってきたのか?まあ、ユキノリほど面倒ではないが、正直今はあまり遭遇したくなかったかもしれない。
「お、お前こそなんだよ」
僕は焦りながら聞く。
「こーちゃんがココに来るなんて珍しいから。勉強でも読書でもないね。うーん、分かった、恋だね!」
「ええ!?なんで」
「フフフ、女のカンよ。それにしても、今日はいい収穫があったわ。」
「なんだよ、収穫って?まさか、次の文化祭発表用にネタ探しか?」
「ご明察!!カップル見てて、恋愛モノ考えてたけど、ウブな恋心を書くのもいいわ!」
まじかよ。こっちはくそまじめなのに。さっさと追い払おう。
「じゃあ、教室戻れば?昼飯いいのか?」
彼女は僕の期待を裏切る返答をした。
「私、それよりも次の文化祭のことを考えてると昼ご飯なんてどうでもいいの。昨日も夜食食べちゃったし、いいの。」
(早く帰れよ)
僕はがっかりしながらも、二つ目のおにぎりをほおばる。すっぱい。梅干だった。その間、彼女は無言だったが、こちらをニヤニヤしながら見ていることだけは分かった。僕はおにぎりを飲み込んだ。それを見計らってハルが言った。
「手伝おうか?」
僕はおにぎりが詰まりそうになり、むせた。何を考えてるんだよ。一人にさせてくれ。
「わたし、ラブレターはわからないけど、何を書いたらいいかは大体分かる気がするよ」
ラブレターなんて決め付けて。
「あー、悪いけど、もう教室戻るわ。」
「いいじゃないの、よっと!」
不覚だった。またしても手紙を奪われる。レンガの上においてしまい、おにぎりに気をとられるというアンラッキー。悔やまれる。
「ほーほー、通学の電車でね。ふむふむ。」
この一連のやり取りは下手をすればカップル扱いされかねないかもな。それはしおれで面倒だった。腰を上げようとした時、ハルは言った。
「あのね、この人、軽い気持ちでは書いてないよ。だから、しっかり書いてあげなよ。向うも名前と学校は書いてるんだし、最低そこはね。あと、ケータイのあどれすくらいかいておいたら?何かのときに使えるしね!」
うーん、簡単に言うけど、間違ってはいない。参考にしてしまおう。そして彼女は言った。
「昼休み終わりそうだし、もういくねー。またね!」
「えっ!もうそんな時間?あ、誰もいない!」
時計を見れば、午後の始業五分前。仕方ない、帰ってからにしよう。最後のおにぎりをほおばる。昆布の塩辛さがしみた。
午後一番の授業は物理のはずだったが、先生が体調不良で休んだそうで、自習となった。
(チャンス!)
僕は手紙の返事を書く準備をはじめた。自習の中身はユージがやってくれるから、後で見せてもらえばいい。
ちょうどユージもユキノリも席は離れているし、別の友達と話している。やるしかない。
こんにちは、 鷲尾高校二年の吉野幸介です。
お手紙、ビックリしました。
いつも電車で同じ車両ですね。
ところで、何で文通なんですか?メールやアプリだってあるじゃないですか。
しかも手渡し。僕は構わないですけど、サクラバさんは大丈夫なんですか?
例えば友達とか…
なんだかよく分からない文章だ。途中まで書いて手が止まる。普通、異性との文通なら、もっとどこに住んでるの?趣味は?そういうことを聞くようなものだろうが。しかも字は汚い。どうにかならないものだろうか。
ルーズリーフに短い文章を書き、四つに折ってかばんにしまった。もちろん、文庫本にはさんで。
ふう、時間はどうだろう。時計を見る。起こり時間15分になっていた。改めて教室を見渡すと、案外みんなまじめにやっていた。やばいな。教科書とルーズリーフを机に広げた。間に合うわけがなかった。物理はさっぱりだったからだ。
物理の後は化学があり、理系な一日だった。
今日はパソコン部も活動はないので、まっすぐ帰ることにした。駅前の古本屋、寄ろうかな?いいや、帰りくらい集中して文庫本を読まないと!
「じゃあ!」
「また明日」
クラスに別れの挨拶の声が聞こえる。また、帰りににどこに行こうとか、そんな会話も聞こえてきた。僕はユキノリやユージとよく一緒に帰るのだが、今日は一人で帰ることにした。というのも、二人は掃除当番でもあったからだ。
駅前まで景色を見ながら歩く。もともとは田園地帯だったのだろう、近場に、交差点の先に田んぼや畑が見える。駅と学校のちょうど中間あたりにコンビニがある。空腹という名の誘惑に負けそうになったが、まっすぐ帰ることにした。ちょうどよい気温。散歩ではないが、軽い運動くらいにはなるだろう。
駅に着く。上り線は八番ホーム。次の列車は五分後だった。特に急ぐわけでもなく、ホームへの階段を上っていく。この駅はそこそこの大きさがあり、私鉄ではあるが、二種類の路線が乗り込んでいる。快速だけでなく、特急なども停車する駅だった。
僕の乗る電車は普通電車しかない。それでも、なかなか台風などでもとまることはなかったので、便利ではあった。
文庫本を取り出す。ほんの主人公は、アニメやパチンコなどでも扱われているようで、近年は知名度が高まっているようだ。まあ、そんなことは関係なく読むことにしたのだが。
話は京都での逸話。破天荒すぎるが、憧れもしてしまう。うん、京都に行きたくなる。まだまだ日本らしさがたくさん生きている気がして、機会さえあれば行ってみたいところのトップだった。
そうこうしている内に、電車がまいりますとのアナウンスが流れた。白いボディに青いラインが二つ。なかなか新型車量が見られないが、かえって落ち着いた感じがして好きだった。
ドアが開く、帰りも座ることができた。さあ、読み進めよう。
「ただいま」
「おかえり」
専業主婦をしている母からの返答だった。僕はすぐに二階の自室に向かい、通学バッグを置き、部屋着に着替え始めた。とりあえず、明日の準備と軽く予習と宿題に手をつける。本当は駅前に買い物に行こうかと考えていた。彼女との文通がどれほど続くのか・・・。そこが問題であったが、せっかくのことだし、ついでに本屋で本も物色したかったという目的もあった。
僕は宿題と予習を済ませると、恥ずかしくない程度の服装に着替え、財布、肩掛けバッグ,自転車の鍵を準備した。そして玄関へ向かう。まだ日は沈んでいなかった
「ちょっと行ってきます」
「幸介!帰りは?」と母。
「夕飯までにはもどるよ」
僕は自転車を出し、駅前に向かう。元々、徒歩でも10分程度だが、基本的には自転車で向かっていた。
駅前には小さいながらもショッピングモールがあり、たいていのものは揃う規模のもだった。僕は二階にある、雑貨や生活用品等を揃えた、若者向けの店を目指した。そこには文具類も多数あったため、手紙等を探すのに問題ないと感じたからだ。
モールのその店舗は、奥行きこそなかったが、他店舗より間口が広く、店外からも、大まかにどのような商品が棚に並べられているのかが分かりやすかった。また、キャラクターグッズなども豊富なため、小学生くらいの利用者も多く見られるのだった。
僕は店舗の文具エリアに向かい、ノート・手紙の棚に目を配った。
(結構、あるもんなんだな)
想像以上に豊富な品揃えで、レターセットや一筆餞、ポストカードセットなども売られていた。悩む。簡単に決まればいいのだが、レターセットだけでもいわゆる王道の白、和風の柄の入ったもの、クローバーなどの、動物、話題のゆるキャラなどの豊富さ。そして、手紙の封に使うシールも多数あった。彼女のことを思い出しながら、決めることにした。スクールバッグには確か・・・。小さなぬいぐるみのキーホルダーが。熊??のようにも見えた。そうするとだいぶ絞れる。レターセットは子犬と子猫のもの、ポストカードも動物園のものが2つ。同じ動物園の春夏と秋冬編だった。値段はわずかにポス著カードのほうが高いが、10枚で一冊。レターセットは半分の5セット。答えは出ていた。
(宛名も要らない。これでも十分気持ちは伝わるはず!)
ポストカードを手にし、レジへ。会計を済ませると、駐輪場に。そして自宅に向かった。
帰宅して、中身を確かめる。とある有名な動物園のもの。ここは陸上の動物だけでなく、アザラシやホッキョクグマ、ペンギンなども多く飼育しており、地方都市の動物園とは思えない規模、人気だった。喜んでくれる、きっと。そして、僕は今の時期より少し前、桜の咲き乱れる中をペンギンが行進するという絵柄のものを選んだ。授業中のルーズリーフは、後で書き直そう。帰宅時も分かったが、夕食のにおいがしていた。今日はカレーだ。
翌日、僕はいつもどおりの朝を迎えた。一枚のポストカードを用意した以外は。昨日よりはきれいな字のはず!朝食を済ませ、投稿の準備をする。制服に着替え再びリビングへ。母はいつも弁当を夭死してくれている。その包みをバッグに詰めた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
家を出る。この時間はまだ町は静かだ。駅へと向かい、改札へ。少しずつ緊張が高まっていく。胸の鼓動が高まる。いや、まだ早いって。
間もなく乗り換えの駅に。降車し、改札へと歩を進める。階段をくだり、改札に定期をかざす。いつもの時刻発車の電車。いつもの二両目・二番目のドアへ・・・。彼女は、、、いてくれた!いつものように外を見つめながら、片手には僕のように本を。ブックカバーそしているので、どのような本かはわからなかった。いつもどおり、きれい。意や神々しいとも言えた。
僕の緊張は最高潮に達し、焦ってもいた。僕は彼女の前に立っていた。
「あ、あのっ!昨日の・・・」
「あせんないでよ!」
彼女は優しい声で僕の言葉をさえぎる、いやたしなめるように話しかけた。
「ほら、これ」
彼女は昨日と同じ手紙を差し出す。
「大切なこと、忘れてたの。読んで!あ、話しかけてくれたってことは、返事書いてくれたのね。ありがとう」
お見通しだった。僕はバッグからポストカードを取り出し、渡す。渡した表面は例の桜とペンギン。彼女は微笑む。
「かわいい」
よかった。それだけでも昨日のちっぽけな悩みが無駄ではなかったと感じた。
「じゃあ、読んでください」
僕はそう言うのが精一杯だった。そして振り返り、いつも座る席へ…。視線を送ったが、すでに埋まっていた。いつもは空席があるのに、どこもだめだった。
「ね、よかったら向かい側は?」彼女は指を刺した。ドアの脇、彼女の向かい側は開いていた。
「あ、はい」
「でもね、今日だけだよ」
彼女はいつもの距離感がよかったのか、そう付け加えた。僕はとりあえず文庫本を取り出し、読み始めた。
視線が問題だった。文庫本を読んではいるが、彼女・サクラバさんとは向かい合っている。どうしても視界に彼女が入ってくる。彼女も本を読んでいる。さすがに顔を上げた瞬間にお互い視線が合うことはなさそうだったが、こちらの視線は見抜かれていそうだった。
(今朝の手紙は何だろう?読みたい。でも、だめだ。)
いつも降車の時に隣を通ると髪の香りがする。細い首筋、すらりとしたシルエット。しかし、スタイルが悪いというわけではない。こんな彼女とこうやっていることができたら・・・。
至福でありながら落ち着かぬ時間を過ごし、電車は僕の降車駅に到着した。
「じゃあね」
彼女は声をかけてくれた。小さく手を振る。
「はい」
僕はまだ精一杯だった。電車を降り、振り返る。彼女の乗った電車の扉が閉まる。彼女と視線が合った。微笑む。いつもとは違う朝の続きだった。
僕は階段を上り、改札を出る。少し足早に学校へと向かっていた。
(中庭。あそこなら)
手紙の中身を確認したい。ただそれだけだった。心地よく感じていた景色も、今日はそれほど感じられなかった。
高校に着く。下駄箱で上履きに履き替え、教室へ。机にバッグを慌しく置くと、中から彼女の手紙を取り出す。チャックも閉めることなく中庭へ。おっと!アリバイ作りに文庫本も持っておこうか。どの教室にも生徒は着ていないようだった。
中庭の一角、今は開いているベンチに座り、封筒から中身を取り出す。一枚。外も中も新緑の森をイメージするような柄のものだった。封筒を開いた時、彼女の髪の匂いがしたような気がした。
ごめんね、忘れてたことがあるの。
これはね、約束。守ってくれるなら、文通は続けるよ。
一つ目は、文通以外のやり取り。メールやメッセージアプリはナシ!理由は、今度はなそうかな。
二つ目は、お互いが家に会いに行ったりしないこと。きっと、近くに私の学校の生徒がいると思うの。多分君もね。
三つ目、私からの手紙は火曜日、キミからの手紙は木曜日にしてほしいんだ。毎日文通は大変だと思うから。
私からのワガママ、いいかな?今度
の返事待ってるから。
サクラバ リサ
(完全に見抜かれている!)
女って怖い、すごい。今日聞きたかったことがもう書かれていた。情けなくもあったが、安心した。毎日手紙を交換し合うような状態ではお互いしんどくなってしまうこともあったろう。僕は手紙をもう一度さらっと読み返し、返事をどうするか考えた。
(木曜日…。明日か)
返事の内容を考えつつ、教室へと戻るのだった。
教室に入る手前、向うからユキノリがやってきた。
「おはよっ!」
相変わらずの元気さだ。
「おはよう」
いつも通りに返答する。
「珍しいなー。どこ?中庭か!?なにしてたんだよ?」
ああ、めんどくさいな。適当に返事しよう。
「今日読んでた本の場面がさ、外の空気吸いながら読みたかったんだよ」
「そっか!例のラブレターの返事でも書いてたんだな?」
ちょっと違うけど。そこはあえて答えずに教室の自分の机へ。
「なー、なー。あたりだろ??」
「うるさいなぁ。少し本読ませてくれよ」
ユキノリは悪いやつではないが、しつこいのが困りどころだ。
僕は自分の席に着くと、かばんから教科書、ルーズリーフ、筆記用具を取り出した。そしてそれらを机にしまった。今日は日本史がある。まだ古墳時代だが、どんどん面白くなってくる。今日一日は割と楽しめるかもしれない。
昼休みになり、僕は再び中庭へ。文庫本に手紙を挟みながら、弁当を食べに来た。
まあ、良くない予感はするが、教室よりは安全だし。
中庭はある意味いつもどおりだった。みなさんの邪魔にならないよう、昨日と同じ場所に向かおうとしたとき。
ドンッ!
背中に何かが激突した。といっても、衝撃はそれほどではない。むしろ、何が追い請ったか理解した時、僕は真っ赤になった。
「今日もここなんだー」
ハルだった。彼女は後ろから僕に抱きつき、覆いかぶさるようにしてきた。それだけ密着されればいやでも背中にやわらかい感触が。
「ちょ!おまえ!はなれろよ!」
こういうのに慣れていなかっただけに、動揺し、とりあえず背中をそらせた。しかし、ハルはお構いナシで身体を密着させてきた。
「いいじゃない?みんなカップルなんだし。これなら不自然じゃないでしょ?」
いいや、不自然だ。そんなことしているカップルは一組としていない。むしろ浮いている。
「邪魔するなよ!」
僕は一喝した。しかしハルは引かない。
「いいじゃん、減るもんじゃないし。あ、もしかして、こういうの無理??」
その通りです。やめてください。どこに行ってもまともに手紙や休憩も取れないのだろうか?僕は無理やり教室に戻ろうとやってきた方向へ身体の向きを変えた。ハルが言う。
「帰っちゃうの?けちー。いっしょにごはんたべようよ?」
そんな気にはなれなかった。僕は「ごめん」とだけ言い、校舎に戻っていった。
「…バカ」
ハルの悲しげな声が僕の耳に届くことはなかった。
すべての授業が終わった。僕は今日も一人で帰ることに決め、帰りの支度をはじめた。
「おーい、帰ろうぜ」
ユキノリだ。ユージもいる。今日は掃除がないので、声をかけたようだ。
「わりぃ。今日は急いでるんだ」
すべて言い終える前にユキノリが言う。
「お前さ、付き合い悪いよな。そりゃ昨日の手紙でウキウキしてるんだろうけど。今日は付き合えよ!」
確かに、三人で帰ることは最近なかったし、僕も手紙のことであとのことはどうでもいいように考えてしまっていた。そうだな、今日くらいは…。
「わかった、一緒に帰ろう」
「了解した!」とユキノリ。
「ほんと、久々だね」ユージも続く。
それぞれが帰る支度をはじめ、そろって下駄箱へ向かう。その間はあの先生のうわさやクラスの女子の話などをしていた。階段を下りる。そして下駄箱へ。と、ここでユージが気付く。
「あれ?隣のクラスの・・・。」
ユージが指差すほうを見る。ハルだ。誰かを待っているようだ。すると、こちらに気付いたハルがこちらを向き、僕のほうに歩み寄る。そして高言い放つ。
「ねえ!一緒に帰ろうよ!話したいことがあるの!」
ハルの目は真剣そのものだった。僕はひるんだ。言葉こそ普通だったが、こんな表情の彼女を見るのはのは初めてだった。
「んー、いいんじゃない。なあ、ユージ?」ユキノリはたずねる。
「そうだね。にぎやかなほうがいいしね」
ここにいる四人は面識があった。例のゴキブリホイホイの件の時に二人も同席していたからだ。以降、時々僕らのクラスにも着ていたので、四人で話をすることも多かった。
僕は焦った。昼休みに彼女に対して冷たく接したからだ。ああいう場面になれていないこともあったのだが。
「ハル、あのさ・・・」僕は言う。しかしそれをさえぎるようにハルが言う。
「雨、降るかもしれないから急ごう!」
確かに雲行きが怪しくなってきていた。季節は少しずつ移ろうとしていた。
「でさー、あと一歩で焼きそばパンが買えなくてさ。仕方なくサラダパンにしたわけよ。好きじゃないのにそれしかないとか最悪だわ」
ユキノリが先日の昼休みのことを話す。そういえば、お茶で流し込むようにしてたっけ。
しかし僕は笑えなかった。なんとなくいやな予感がする。僕のほうに話題がこないでほしい。特にハルから・・・。
「ところでさ、昼休みの話なんだけど・・・。いいかな?」急にハルが僕に話しかける。僕はいやな汗が流れるのを感じた。ハルは続ける。
「私、あの時やり過ぎたと思ったの。でもね、これを逃したらもういえないと思う」春は立ち止まる。僕たち三人も立ち止まり振り返る。ハルは僕を見て続ける。
「私、幸介を好きなの。好きだったから、昼休みにああいうことしたの。だめだよ、黙ってなんていられないよ。」彼女はうつむき、小さなしずくを流した。言葉こそいつもどおりだが、声が小さくなっていくのが分かった。
「ちょっと待ってよ。いきなりすぎるよ。」僕は言う。しかしハルは答えない。しばらくしてユキノリがいう。
「お前さ、どうすんだよ?」
「俺も驚いたけど、でもハルは本気だぜ?すごい勇気だよ。」
確かにそうだ。女の子二人うち一人が付き添いというのはあるが・・・。こちらは三人。それに対して一人で想いを伝えようとしたのだ。当然、ユキノリとユージの視線は僕に集まる。そして、同情というよりも尊敬にも似た想い、二人はエールを見えないながらも彼女に送るかのようだった。
「・・・」
僕は何もいえなかった。重い空気が流れる。二人は僕の回答を待つかのようだった。
この空気を打ち破ったのはハルだった。
「ごめん、ね。私、どんな答えでも良かったの。でも伝えたかった。それができたから言いの。良かった、言えて。だから、どうか今までと同じようにしてもらえないかな?それだけでいいから」
僕は言わなければならない。残酷でそれでもここからまた始まる友情のために。
「・・・。ごめん。気持には答えられない。ここで曖昧にして、手紙の人とうまくいかない場合にハルを選ぶことは君に失礼だし・・・。許してくれるなら、また今までのようにいてほしいんだ。」精一杯で出た言葉がこれだ。ずるいよな。心の中でつぶやく。
ハルは一度上げた顔を下げて言った。
「いい、よ。うん。」彼女もやはり精一杯の返事をした。きっと。「さ、帰ろう」ハルが続けて言う。ユキノリとユージの二人に視線を送る。二人は僕の視線に気づくと再び歩き始めた。
重い、重い。空からは雨粒が降りはじめていた。
帰宅後、僕は机に向かった。何を書こうか…。悩む。それでもとりあえずペンを執って書いてみる。今回はペンギンの泳いでいる姿を撮影したポストカードだ。
こんにちは。サクラバ三のルールでは、はじめましての手紙になりますね。
えっと、僕は吉野幸介といいます。高二です。
ところで、サクラバさんの趣味は何ですか?僕は読書が唯一かもしれません。
でも、きっかけは面白いかもしれませんよ。
中学の時に好きだったアニメがあったんです。それが幕末明治の頃が舞台だったんです。そこから日本史が好きになって、歴史小説を読むようになったんです。なかなか面白いですね。逆に夏目漱石とかそういう文学は弱かったりします。サクラバさんのお勧めがあったら教えてください。
吉野幸介
ここまで書いてふと、先日の帰り道のことを思い出した。
それはハルのことだった。けれどそれをサクラバさんに聞くことはできなかった。
ーーー好きって言われたんだけど、断ったんだ。それは・・・。
僕はペンを走らせようとしてやめた。しかし、ハルの、彼女の気持ちを確かめたかった。でも、ハルのことを話してしまうなんて汚いマネもできなかったからだ。第一、ハルとはぎこちない関係になってしまって、学校でもほとんど顔をあわせることがなくなってしまった。あの時一緒だったユキノリとユージとも少しギクシャクしてしまった。
(どうしてこうなってしまったんだろう)
今までどおりの関係が続くと思ったのに。あの時そう言ってくれたのに。僕のペンは止まっていた。
(返事、あともう少しだけ書こう。)
僕の日常は変わりつつあった。
まず、世界が明るく華やかに感じられるようになった。週に二日、しかも一瞬だけ彼女ーーーサクラバさんとやり取りできる。あこがれていたといってもいい女性と共有できる時間。そして文通。
(これが友達以上恋人未満かな)
僕は色々なことを考えていた。知れは文通の内容もあったが、それ以上に彼女をどう喜ばせることができるか、この関係をより深めるためには。そんなことばかりだった。当然ながら、勉強は手につかなくなっていた。今度のテスト、やばい事になりそうだ。
昨日も帰りに駅前のモール内にある書店で恋愛に関する本や手紙の書き方についての本を立ち読みした。理解できるところもあればそうでないこともある。鵜呑みにする必要もないのだろうけど・・・。
そしていつもの朝を迎えた。今日は火曜日。彼女からの手紙の日だ!
いつにも増して、幸せな朝だった。早く、会いたい。
僕は車内の読書どころではなく、ぼんやりサクラバさんのことを考えながら乗り換えの駅まで向かっていた。日々同じように通っているからか、自然とたどり着けるようだ。
改札を抜けて、いつもの車両へ。彼女は…。いた!いつものドアの前に。
乗車すると、彼女も僕に気付いた。小さく僕に手を振り、微笑んだ。相変わらず太陽のようにきれいで温かい。僕は胸がぽかぽかするのを感じた。
(この人と本当に文通できるんだ。できるなんて)
やはりまだ信じられない。とはいえ、彼女の態度は昨日そして一昨日のことが夢でないというのを証明している。
僕も照れながら、手のひらを見せ、返事のつもりをした。気付いてくれたかな?とりあえず座席に座る。とりあえず文庫本をかばんから取り出す。その隣にはちゃんとポストカードがある。忘れるわけがない。
彼女はいつもの場所にいた。僕は彼女に視線を送ってみる。しかし、彼女は気付いていなかった。彼女はドアの外の景色を眺めていた。
僕は文庫本を取り出す。そして、さりげなく手紙を確認した。
電車が走り出す。今日は曇り空だった。湿度も高めなようで、乗車してすぐは熱気と湿気でなんとなく居心地が良くなかった。ただしばらくすると、ホーム側から外の空気が流れて、だいぶマシにはなったが。
ふと、視線を感じて彼女のいるドアのほうに顔を向けた。視線は彼女だった。彼女は微笑んで手を振る」。僕もぎこちなく笑って返答する。朝のじめじめも吹き飛ぶようだった。この笑顔だけで僕は一日頑張れそうだった。しかも今日は、彼女に手紙を渡す日!つまり、話もできるし、手が触れ合うかもしれないチャンスでもあった。中学時代に好きな女の子はいたが、ここまでやり取りするなんてことははじめてだった。挨拶をして、文庫本に戻った僕は、なんとなく集中できないままに電車での時間を過ごした。
二駅ほど過ぎた頃だろうか、視線を感じた気がして彼女のほうを見る。
やはり彼女だった。いつものように右手で小さく手を振ってくれた。僕も遅れまいと同じように小さく左手を振った。
(かわいい。いや、素敵だ)
色白で細く、長い可憐ともいいたくなる彼女の手。やはりいつかは握ってみたいと思うのが普通だろう。この関係はどこまで進み、どのような展開を見せるのだろうか?きっと、手紙次第。焦らずに行かねば。僕は挨拶をすると、視線を本へと向けた。朝の幸せな時間はあっという間に過ぎてしまう。
僕は本に夢中だった。ふと顔を上げ、視界に入った景色で次の駅が降車駅と理解した。僕はあわてて本をしまい、バッグを右肩に掛けて立ち上がる。
(そうだ、返事の手紙!)
僕はかばんの中を探り、ポストカードを取り出した。間もなく降車ドアの前に立ち、彼女のほうを向いた。
「これ、書いてきました」相変わらず単純明快だがかざりっけの無い言葉だ。もう少しいい言葉を選ばないと。
「ありがと!それじゃまた読んで返事書くからね」
そう言うと、僕もそれじゃあと返す。
「いってらっしゃい」
サクラバさんから返事があった。
声を掛けてくれたタイミングがまさに降車時。僕は何の返事もできずに降車してしまった。
(と、とりあえず見送ろう)
彼女はいつもの温かな笑顔で手を振ってくれていた。そして電車は次の駅へと向かった。毎日の朝が輝きを増すようだった。
彼女はいつもどおりに電車で手紙を渡してくれた。いつもよりも彼女はにこやかだった気がした。僕は早足で高校を目指し歩いた。登校して教室で手紙を読み始めた。待ってなんていられない。場所なんて関係ない。
高校に着いた僕は、教室へと向かった。教室で読もう。一度目を通すだけなら、誰かに見られたり、何かを言われることもないだろう。僕はかばんから彼女の手紙を取り出した。薄いピンクのグラデーションがかかった封筒。小桜の模様が散りばめられ、いかにも女の子といったものだった。すぐ見ることを予感してか、シールなどの封はされていなかった。僕は便箋を取り出して読んでみる。
お手紙ありがとう。
吉野君、幸介君。なんて呼ぼうかなぁ。考えとく!
そっか、お互い趣味は似てるんだね。どんな本読んでるのか気になってたよ。
そうそう、来週日曜日なんだけど、実は文化祭があるんだ。ほら、うちは進学校だからかな?早めに学校行事が来るの。運動会もこの間済んじゃったしね。
文化祭はね、メイドカフェをするの。恥ずかしいけど、メイドさんの格好をするよ。
でもね、うちは入場券がないと校内に入れないの。厳しいよね(笑)
また文化祭のことは手紙に書くね。それじゃあね。
サクラバ リサ
僕は読み終えた手紙をしまう。
文化祭かぁ。楽しそうだけどこれってつまり行けないってことだし。
(仕方ないか、日曜日はまた本屋でもうろつこう)
そう思って便箋ををしまおうとしたが、うまく封筒に収まらなかった。
「あ、れ??」
封筒の中にもう一枚紙切れが。二つ折りにされた名刺サイズの紙片がある。これが引っかかっていたのか。しかし、これは??僕は紙片を開き、中の文字を読む。
春日野女子高校第47回文化祭入場券
確かにそう書いてある。あれ?どういうことかまた理解できず硬直した。まさか、去年余った券でからかっているのでは?僕はスマホを取り出し、彼女の女子高の文化祭について調べてみた。
すると、最新の公開情報にこのような一文があった。
春日野女子高第47回文化祭が開催されます。詳しくはコチラ
スマホと招待券を交互に見た。今年の招待券だ。でも、いいのかな?僕はスマホ詳細ページへと進む。そこには昨年の開催状況の写真が掲載され、昨年の最優秀店などの紹介がされていた。そしてご注意にはこのような一文が見られた。
本稿は招待券をお持ちの方のみ入場が可能です。校門で招待券の確認をさせていただきます。なお、本校では招待券の配布範囲は家族または中学校までのご友人までを原則とさせていただいております。
僕は春日野女子高に縁もなければ、彼女の後輩でもなんでもない。そんな僕が彼女の文化祭に行ってしまっていいのか?そんなことよりも期待のほうが勝っていた。この招待券さえあれば入れるということ。兄弟やいとこに女の子のいない僕には女子高という空間が秘密の花園であるかのように考えている。このあたりの妄想は年頃の男子だから仕方ないのだろうか。僕はこのところ妄想で頭がいっぱいになっていた。この調子のため、最近は勉強に身が入らなくなっていた。実は期末テストが不安でならなかった。
どれだけ時間が経っただろうか。僕は不安になり、教室の時計を見る。
間もなく八時二十分になろうとしていた。この時間ともなると、少しずつではあるが、生徒の登校がピークを迎える。このクラスは数名部活の朝練にでているが、そちらはもう少ししてからクラスにやってくる。万一を避けるなら、この手紙であったり、返信を書いているところを見られないようにしたほうがよさそうだ。僕は招待券と手紙をバックにしまおうとした。その時に招待券裏の黄色い付箋に気付く。
13~14時にいるから遊びにきてね
付箋の余白にはかわいらしい猫の絵が書かれていた。どこをどう考えても不思議な人。小悪魔な人なのかとも考えるが、そんな暇は無かった。僕はすぐに招待券と便箋をしまった。
そして直後に教室の後方から入ってくる人物がいたが、僕は目の前のことに夢中で気付かなかった。
トントン
僕は急に左肩をたたかれて振り返る。ほほに指が刺さる。
ユキノリ、ユージ、ハルだった。
「な、なんだよ。三人そろって」
僕はうろたえた。この三人がそろうことが久々だったし、しかも揃ったとなれば、何かを考えているに違いないと予想できたからだ。
肩を叩いての定番なイタズラをしたハルが一番に「おはよう」と言う。
「おはよーさん!」とユキノリ。
「おはよう」ユージも続く。
「あ、ああ、おはよう」
僕は三人に向かって返答した。
(ちょっと気まずいな)
あのハルの告白以来の四人だった。いったいこれからどのような展開になるのだろうか?そう考えているとハルが口を開く。
「…やっぱりね、いつもみたいにみんなで話したいよ」
ハルは本心を語ってくれた。「でさ、二人にも来てもらったんだ」となんともいえない笑みで話す。ハルは続けた。
「私も考えて、色々苦しみもしたけどさ。せっかく仲良くなったのに・・・。もったいないもん!」
ハルは真剣な表情になっていた。
「そんなワケだからさ」
ユキノリが続いて言う。
「ま、また仲良くやろうよ。ハルもそうしたいって言ってるしさ」
ユージも続く。そういうことか。でも、悪いことではないと思う。ギクシャクしたままの学園生活というのは避けたくもあった。僕は答える。
「そっか、みんな、ごめん。またよろしく頼むよ」
三人の顔に笑みが浮かぶ。待ってましたとばかりに間髪入れずにユキノリがいう。
「よかったな!ハル。俺もうれしいよ。そうだ、幸介!お詫びにってことで日曜日に駅前のモールに新しくできた…」
「それはごめん!!」
ともあれ、ハル、ユキノリ、ユージと今までのようにいわゆる友達らしい付き合いの生活が戻りつつあった。そして今はもう帰りの電車だった。今日は四人で駅まで向かい、同じ上り列車のユージと一緒の電車に乗車した。それにしてもこういうのが本当の友達なのかもな。三人に感謝しよう。
「ユージ、ありがとな」僕は感謝の言葉を告げる。
「いいって。多分みんな同じように悩んだし、どうにかしたいって考えたから」
そうかもな。僕はそう言って物理の授業の難解だったところについてのことを聞こうとした時だった。
「あのさ、例のサクラバさんだけど」
「えっ!?」
僕は思い出した」。以前ユキノリとユージに手紙を見られた時のことを。ユージは言葉を続けた。
「あのさ、近所のうわさってレベルなんだけど。彼女引っ越すとか何とかって」
僕は彼の言うことが理解できなかった。引越し??
「何言ってんだよ。詳しくは話してないけどさ、彼女とは毎日会って、別に落ち込んだ様子もないし。またおかしな噂だな」
僕はユージ野言うことに耳を貸そうとはしなかった。文通だって、お互い手渡しで会えるからこそできるわけで、引越しが迫っているのにわざわざ手渡しのみの文通などはしないだろう。僕にはそういえるだけの根拠があった。
「そっか、信じるかどうかは幸介に任せるよ。」
ユージはそう言って話題を切り上げた。そのまま重い空気に包まれて電車は僕たちの乗り換える駅へと向かった。
「じゃあ」
「また明日!」
僕はユージに別れを告げた。今日は一駅分歩いて帰ろうと考えた。このように乗換駅で降りてしまい、駅前を歩き回ったり、買い物をしてみたりということはたまにしていた。今日はユージの言った噂が頭から離れず、気を紛らわせるために歩くことにしたのだ。
(そんなことはないはず。でも、なんだかひっかかる)
虫の知らせや第六感というものだろうか。実は、正夢や既視感、デジャヴというものを年に何度か経験しているので、もしかしたらという想いは拭い去れなかった。
(手紙に書くか?いや、いっそ文化祭で聞いてみよう)
そんなことを考えて自宅までの道を歩いていた。帰り道はいくつかあったのだが、少し遠回りをして、立派な街路樹のある通りを行こうと決めた。少しは気持ちを落ち着かせて考えられるだろう。そんな考えからだった。そう決めると、僕は駅前通りをまっすぐ歩き出した。片側二車線の広い通り。道の両側には主に飲食店が並ぶが、楽器店や文具店、いずれも古くからの店舗といった雰囲気を醸し出している。その街路樹の通りは駅前通りを五分ほど歩いてから右に折れる。僕は店を眺めながら歩いていたが、最近オープンしたらしいアクセサリーショップの前で足が止まった。そこにはシルバーのオリジナルアクセサリーが並べられており、それが見せの売りとなっているようだった。ショーウィンドウの一番目立つところにペアネックレスがあった。鳥の風切羽をモチーフとしたペンダント。小さなタグのようなものもついており、二つを並べると一枚のプレートになるというものだった。僕は告白すらもしていないのにペアのアクセサリーなどを持ち、サクラバさんにプレゼントしたいと思った。値札を見て断念してしまったが、それでも彼女には招待状のお礼という意味でも何かを渡したいと考えた。そう視線を落とした先に皮製の動物のシルエットを肩抜きしたキーホルダーがあった。値段も今の財布事情からも理想的なものだった。僕は店に入り、小さな平たい木箱にいくつも入った皮の動物たち。ウサギ、イヌ、クマ、ネコ・・・。10種類ほどあっただろうか。僕はどれにするか悩んでいた。
「いらっしゃいませ」
店の二十台前半だろうか、茶髪でショートヘア、うっすら化粧をしているらしい女性店員が話しかけてきた。
「プレゼントですか?彼女さん、」うらやましいな。結構女の子に人気みたいなんですよ」
「いや、あの、彼女とか、そんなのじゃなくて」
僕はうろたえた。自分自身に意識が無くても、僕の行動や持ち物などのさまざまな要因がその結論に導く。仕方ないかもしれない。彼女いない暦が年齢である僕は、女性店員ともまともに話すことすらできずにいた。
「迷っちゃいますよね。私は家にイヌがいるから、イヌのが二つほしいかな!一つはイヌのリードに、もう一つは家の鍵に。渡す人って、好きな動物あるんですか?」
店員さんは聞いてもいないことを話した。
「えっと、その・・・」僕はやはりまともに言葉を発せずにいた。考えもしなかった店員の問いかけ。きっと顔は赤くなっていただろう。何だ?何かあったか?僕は記憶をたどる。
ふと、今朝の手紙を思い出す。文化祭招待状裏の付箋。猫の絵が描かれていた。そうだ、僕の返事もネコにすれば。短絡的な考えではあるが、そんなことにも気付かず、木箱からネコのキーホルダーを取り出す。それを定員さんに渡す。すると。
「ありがとうございますっ!へー、彼女さんはネコちゃんを飼ってるんですね!」
彼女としては自分の話が続いていることになっているようだ。天然なのかもしれない。しかし、不思議とそこまで不快というわけでもない。その彼女は言葉を続ける。
「ネコちゃんは人気なんですよ。もうこれが最後かも。じゃあ、プレゼントのラッピングしちゃいますね!えっと、包装紙と小袋とどっちも無料と有料とがあります。リボンはお好きな色をどうぞ!」
(うーん、また悩ませるなぁ)
そもそも、彼女・サクラバさんの好みなどもほとんど知らないのだ。個々はお得意の想像というか妄想でどうにかするしかない。
「そのブルーの小袋にシルバーのリボンっておかしいですか?」
そういうセンスは無いので聞いてみることにした。
「わるくないとおもいますよ。お代はお預かりしましたので、それでは少々お待ちくださいね」
女性店員はテキパキとラッピングをはじめた。その間、どうしようかと再び羽のアクセサリーを眺めはじめた。他にもいくつかのペアアクセサリーがあった。どれも簡単に購入できるものではなかった。しかし、僕の心は決まりつつあった。いつかはこんなアクセサリーを・・・。
「お待たせしました!ラッピング、できましたよ。あ!ペアアクセサリーですか?うちのはオリジナルだからちょっと高めなんですけど、きっと喜んでもらえますよ。これ、もって言ってください」
店員さんはレジ脇にあった二つ折りの紙片二枚を渡してくれた。ペアアクセサリーの一覧のようだ。二人で見てねってことか?
「あ、ありがとうございます」
僕は変わらぬ調子のままそういい、店をあとにした。文化祭で手渡ししよう。僕は歩きながら彼女の喜ぶ顔を想像する。あの目をさらに細くして喜ぶに違いない。僕はそんな想像というより妄想を膨らませながら店を出た。店を出て間もなく交差点に差し掛かる。そこを右に折れ、例の街路樹の通りに出た。僕は歩きつつ、今日の手紙の返事を考えることにした。この通りは正確には街路樹の通りというよりも、神社の参道である。そのため、道は少々狭く、基本的には一方通行、社殿そばは自転車以外の車両進入禁止となっている。ちなみに僕は社殿を背に歩いている。数種類の落葉樹の大木が緑のトンネルを作り出し、夏の強い日差しを和らげ、わずかな雨ならしのげることもあった。ここは車道のある部分で、車道と歩道が半々に分かれていた。いずれは歩道のみになるという噂もある。
(手紙と、招待状ありがとう。それと…)
僕は彼女への感謝の言葉と今回の話題について考えた。元々が口下手で女子には露骨に表れる。さらに無愛想な僕には話題というものが悩みの種となっていた。だから彼女いない歴と年齢が一致しているのだろう。こうなってくると、いつまでも悩んでしまいそうだ。僕は単純に今回サクラバさんからもらった手紙について触れるだけにしようと決めた。日曜日には会える。話も色々できるだろう。僕は多くの期待を込めて、あとわずかとなった自宅まで一歩また一歩と進んでいった。
火曜日の手紙、ありがとう。びっくりしたよ。
まさか文化祭のお誘いが入ってるなんて
ネットで見たら、最近の女子高は入場券制にしてるところが多いみたいだね、
でもいいの?基本的には親や兄弟、小中学校の友達くらいなのに。
あ、もちろんうれしいよ。ちょっとビックリしただけです。
日曜日、その時間にいけるから模擬店楽しみにしてます!
吉野 幸介
帰宅した僕は手紙を書き終えた。こんなところであろうか。今回はシロクマが展示室内にあるプールにダイブしたその瞬間を撮影したポストカードを選んだ。季節としてhもう少し先のことなのだろうが。僕はたまには復習もしなければと考え、苦手な数学の教科書とノートを取り出し、今日の授業範囲を振り返ろうとする。しかし数学は僕には難解で、今すぐにでも投げ出したくなった。得意分野は誰でも興味を持っているから楽しめるし、理解もできる。しかし、興味が薄かったり無いともなれば、ただの苦痛でしかなくなってしまう。すべてが得意分野であるか、得意不得意を作らないようにできれば、まもなく現実となってくる大学受験も様相が変わってくるだろう。より上へと…。しかし、僕には偏差値や有名大学という問題よりも、やりたいことをやって生きたいという気持が強かった。
(自然、人、歴史。このあたりについてもっと知ってみたい)
あまりにも漠然としていた。将来設計が無いと言われれば確かにそうだが、自分を偽りたくも無かった。単純で真っ直ぐすぎるかもしれないが、ただこのままできることをやっていこう。
どれだけ時間が過ぎただろうか。僕の部屋のドアをノックする音がした。
「ご飯よ」母はそう告げた。食事を済ませ、風呂に入り、気が向けば勉強。そうでなければ読書。まだ高二進級してすぐだ。もう少しこの時間を楽しんでみよう。そう思いながら食卓へと向かった。
食事を済ませ、直後に入浴をした僕は今、布団の中にいた。時刻は午後十時半。眠りに着くのには早かったが、右手には充電中のスマホ。ちょっとした検索などをしていた。まず、彼女の文化祭当日の天気。快晴で、この時期らしく爽やかな一日になりそうだった。一安心した僕は、続いて彼女の高校のアクセスについて調べた。幸い、駅前すぐということで、交通費や時間はそれほどかからずにたどり着けそうだった。僕の駅から二駅目先が彼女の通う高校だ。定期が使えるというのは本当にありがたい。とりあえず、僕はそれらの情報についてスクリーンショットとして画像で保存していった。とりあえず気になっていたことは調べ終えた。僕は、ユージが電車で話していた、彼女の引越しについてのうわさを思い出していた。ユージの家の近所、南区か・・・。僕は検索条件に「サクラバ 病院 南区」の文字列を入力し、検索する。直後、検索結果に出てきた内容について確認していく。主に口コミ内容で、そして全国に存在するであろう、サクラバ医院や病院、そしてこれまた全国にある南区の病院や医院が検索結果として表示されていた。とりあえず僕は検索結果の一番上のものを閲覧することにした。ページを読み込む。ここも口コミサイトであり、このサクラバ小児医院にも評価が下されていた。最高5つ星で4.5。所在地からおそらく彼女の実家に違いなかった。しかし、所在地や住所が分かっても、直接手紙を送らない約束だった。僕は所在地を見なかったことにし、口コミの中に引越しの話題があるかどうか一つ一つ確認していった。
ー先生や看護婦さんは優しくて、説明も丁寧です。
ー絵本やDVDも豊富で、子どもが退屈しなくて快適でした。
ほとんどが好意的な書き込みであった。一番最近の書き込みは四月だった。
幼稚園のママ友からうわさを聞いてやってきました。古くからやっている印ということで、外観から入りにくそうとか、待合室などが古臭かったりしたら嫌だなと考えていましたが、外観とは真逆に室内は清潔で、細やかな配慮を感じました。次回以降も小kでお世話になるつもりです。
閉院等の情報は無かった。そうなんだ、引越しはただのうわさ。あるとしても、きっと建て直しであるとかの一時休業だろう。僕は他の可能性としてそのように考えた。そう思うと、少し気楽になったか、眠気が襲ってきた。スマホ右上の時刻を見る。午後十一時半だった。明日は眠い英語の授業と物理が連続だ。どちらも苦手なだけに、授業中に意識を失うわけには行かなかった。僕は目を閉じて明日に備えることにした。
翌日、僕はいつも通りの朝を迎えた。眠気は今のところは無い。熟睡できた。僕は洗面台に向かい、顔を洗う。そして母におはよう、いただきますと告げて朝食を済ませる。いつもの学生服に着替え、家を出た。…雨だ。傘無しではびしょびしょに濡れてしまうだろう梅雨入りはもう少し先なのだが、このところ曇りや雨が野日が多かった。僕は黒の雨傘を差し、液へと向かった。
僕は駅までの道改札を抜け、電車に乗ったが、うれしい反面で学校でのこのところの重い空気が気になっていた。地元から少し離れた高校、楽しい学園生活を期待していたのに。
電車が乗換駅に着く。そうだ、乗り換えた電車には彼女がいる。今日もサクラバさんに手紙を渡すんだ。僕は気持を切り替え、学校へと向かう電車の改札へ向かった。いつもの電車に間に合い、そして、僕と彼女のいつもの車両へ。
彼女はいなかった。もうすぐ発車なのに。今日は手紙交換の日ではないので、このやり取りが途切れる心配は無かったが。そう思った時だった。彼女が後方・改札方向の車両から息を切らせてやってきた。肩とカバンが少しぬれていた。水色の傘を持ってはいたが、よほど急いでいたのかもしれない。彼女が座席に座った僕の前を通過する時、微笑んだのが分かった。その笑顔はやはり香るようにきれいだった。そして、いつものドア前に立った彼女は、カバンから本を取り出す。今日は新しい本のようだ。前回の文庫本の倍厚がある本だった。様子を見ていた僕は視線を上げた。彼女と目が合う。胸になんともいえない感覚があった。ほのかに温かく、胸の鼓動が早くなる。お互い微笑みあったろう。何もかも忘れられる、二人の世界があった。他の乗客はどう思っているだろうか。そんなことは考えもしなかったが。
電車は田園の中をいつも通りに走っていった。今日は僕も新しい本だ。ずぼらかな?漫画で国内外の名作が分かるというシリーズだった。お互い新しい本なんて、波長が合う。僕たちはそんなところだったのかもしれない。もちろん、妄想でしかないが。
僕は夢中になって本を読んでいた。武士道、今までしっくり来なかったが、古い五千円札の人が書いた本だそうだ。漫画なのですでに半分以上読み終えていた。その時車内アナウンスが僕の降りる駅を告げていた。席を立ち、自動扉の前へ。いや、彼女の前というべきだった。「ハイ」僕は手紙を渡した。
「ありがと。じゃ、これね」サクラバさんも手紙を渡してくれた。そして一言高告げた。
「あれ?今日は僕の番ですよね?」僕は戸惑った。
「いいのよ。だって、大切なイベントの前じゃない。たまにはね」
彼女は微笑んだ。同時に、彼女の髪が香る。
電車は駅に到着した。
「じゃあね」
彼女は手を振る。僕もおそらくにやけたまま手を振り、降車する。僕は彼女の電車が行くのを見送ることにした。
発車のベルがホームに響き、ドアが間もなく閉まる。もう一度僕たちは手を振った。さ、行こうか。僕は改札へ向かった。
相変わらず雨は降っていた。むしろ家を出た頃より強くなっているかもしれない。僕は傘をさし、高校へと向かった。もうすぐ梅雨。ちょっと憂鬱だけど、梅雨が明ければ僕の好きな夏がやってくる。誕生日に夏休み…。楽しみは尽きない。夏休み前半なら、サクラバさんも…。いやいや、彼女は受験生だ。しかも、文通の条件に会わないってあったんだから。
しかし幸介は考えた。
(どうして文化祭はいいんだ?)
会ってはいけないのに、文化祭はいい。しかも、メイドカフェなんて、身内が見たら恥ずかしくないのかな?メイドカフェは地元にあることはあるが、テレビで見たり噂で聞く程度であり、あの「お帰りなさいませ、ご主人様」というお決まりの挨拶がどのように聞こえてくるのか楽しみだった。ここで幸介は一つ疑問を感じた。女子高で、メイドカフェというのはどの程度の集客が見込めるのだろうか?どう考えても、男子の割合は非常に少なくなってくる。つまり、ターゲットは少ないのだ。しかし、企画が通っているということは、担任含め、やる価値があるからということなのだろう。どうこうと考えるのではなくとりあえず行ってみれ場分かることなのだろう。そんなことを考えながら布団にもぐりこむ。明日は、僕が手紙を渡す日だ。どんな会話をするのだろうか、どんな返事が来るのか。楽しみは尽きなかった。
そして、幸介はりさの引越しの噂などはすっかり忘れていたのだった
改札を抜けた僕は、傘をさし、学校へと向かっていった。雨はまだ降り続けていた。僕は歩き出したが、あっという間にかばんが濡れてしまう。こういうあたりが雨の日嫌いの一つでもあったりした。まあ、かばんの中身まで濡れることは無いだろう。僕は足早に歩き始めた。
いつもの教室に着いた僕は、残りわずかな武士道を今日中に読破しようとかばんから文庫を取り出した。手紙は読みたかったが、あえて帰宅してからの楽しみにしよう、と。花は桜木、人は武士。美しい日本語だと感じた。ふと、どのような意味なのか気になり、スマ穂を取り出して検索をはじめる。検索結果にはそれに続く言葉があることも知ることができた。とんちで有名な一休さんのことばらしく、こういうものならこれが一番だよということを言っているそうだ。この一連の最後にくる言葉は「花はみよしの」とされている。花ではじまり、花に終わる。一休さんは風流な人だったのだろうと
思いを馳せる。人という生き物は、地球の歴史から考えれば短命な生き物だろう。しかし、歴史というものでつながり続けるのだろうとロマンチックなことを想像した。同時に歴史上の偉人も案外身近の存在になるかもなと思った。日本人なんだし、日本史は知っておきたいというような思いも存在しているのは確かだ。この今だって、いつかは千年前になっていくのだろう。
「おーい、大丈夫か?」
そんな歴史妄想を繰り返していると、後ろから声がかかった。ビックリして振り返ると、ユキノリだった。と、いうことは…。
「おはよう!」ユージだった。かれこれ15分ほど自分の世界にワープしていたようだ。
「お、おはよう。あれ、もうそんな時間??」
二人にたずねる。
「そうだよ。びっくりしたなー、一人でボーっとしてさ。どんな妄想してたんだか」
ユキノリは言う。そしてかれは、あっ!と何かに気付いたらしく、僕に質問を放つ。
「なあ、幸介。想像ってもしかして例のラブレターの人だろ?そーいや、日曜日は文化祭って話だもんな」
推理はかなり間違っているが、文化祭があるという情報は入手していたようだ。そしてユージがユキノリの発言に補足、いやむしろ余計な一言を付け加えた。
「あそこさ、不審者対策かな?招待券持参者しか入れないんだってさ。あ、でも、一枚あれば五人まで入れるとかって…」
余計なことを!そう思った瞬間にユージの言葉をさえぎってユキノリが叫んだ。
「幸介!連れてけ!!!」
「ちょっと待てよ。誰が招待券持ってると言ったよ??」
僕は焦って反論する。やばい、火曜日の手紙と招待券、見られていたか?
「春日野女子の誰かさんと文通してるんだろー?絶対招待券もらってるよ、絶対!」
ユキノリは確信したかのように言う。何十回に一度、奴は神が降臨したこのように見抜くことがある。それが久々にやってきたようだ。僕は悩んだ。本当のことを話すかシラを切るか。後々のことを考えれば正直に言うべきだろう。僕の選んだ答えはこうだった。
「よ、よくわかったな。たしかにもらったぜ。でも連れていくワケが…おわっと」
僕は正直にしかしすべての言葉を口にすることができなかった。あと一人そろっていなかった。彼女が僕の背後から抱きついてきたのだ。
「お・は・よ」
ハルの言葉が後頭部から聞こえる。もう抱きつかれることは無いだろうと考えていただけに、不意打ちの効果は抜群だ。背中を通して温かくやわらかい感触が伝わるようだ。ふと、クラスメートに視線を運んでみる。最早、この四人の、いや、ハルの行為を気にする
人間は誰一人いなかった。実は、ハルがクラスにやってきた当初は、男女問わずさまざまな視線が飛び交った。羨望の眼差しもあったろうが、冷やかしや嘲笑うかのような視線とつぶやきも無くは無かった。それでもまあ、四人で無視を決め込んでいたら、日常の一こまのようになってしまったようだった。まあ、ユキノリがあとでふらっとクラスメートのところに言ってなにやら話していたようだった。多分、彼のおかげでクラスから孤立しないで済んでいるようだった。そんなユキノリが僕らを気にしてくれているのはありがたいことだった。
さて、そんな過去のことは気にも留めないハル。告白をされて断ったにもかかわらずの態度だ。やはり女子の気持などは分からない。
「びっくりした?」
ハルは背後から僕の右側に移動し、そう言った。その表情はしてやったりという笑みが浮かんでいた。そりゃそうさ。
「なんだよ。そんなことしても何もでないぞ」
僕は意味不明なことを言っていた。ちょっと冷たかっただろうか?僕はしまったなともう一度ハルの表情を確かめる。ハルは表情を変えずに言う。
「知ってるよ。いいじゃん、友達なんだし。男同士は不審な目で見られるだろうけど、男女だったら、まあ勘違いはされるけど見られても別にいいでしょ?」
少しぶっ飛んだハルの理論だが、納得しないところが無いわけでもない。いや、でもそうじゃなくて!
「うーん、ハル。幸介はちょっと困ってるかもよ」
意外なところでユージが口を挟む。
「幸介、単純な性格じゃん。だからある程度はっきりさせたいところはあると思うよ。だからさ…」
ユージが言い終わるのを待たず、むくれ気味のハルが反撃する。
「じゃあ、ユージに抱きつくのはいいの??」
「あ、いや、それはちょっと」
ユージもこういう展開や雰囲気には慣れていないようで、まともな返事をできずにいた。一方でハルはコロリと表情を変え「冗談だけどね」と一言。なかなか小悪魔なところがあるようだ。しかし、こんな僕らの反応や表情も文芸部の…ハルの執筆活動内に取り込まれ、一つの作品になっていくのかもしれない。そう思うと、文芸部というのも面白そうだと感じるのだった。
「あ、いけない!もうこんな時間。私、クラスに戻るね」
ハルは教室の時計を見て、あわてて隣のクラスに戻っていった。もうすぐホームルームが始まる。
「じゃ、休み時間にな」ユキノリがいう。
「そんじゃね」ユージも自席につく。
ふと、僕は今日の時間割を眺めて少しがっかりした。そうだ持久走。分かってはいたが、ちょっとしんどくなりそうだ。
体育の授業を終えた僕は、かなりグロッキーになっていた。体育は二クラス合同の男女別で、男女とも持久走。男子は五キロ、女子は三キロだった。正直体育はあまり得意ではなく、順位としては、後ろから数えたほうが早いくらいだった。ちなみに、ユキノリは前から6番目と運動部と変わらない、いや時に凌駕するほどの実力を見せた。中学時代に陸上部だったというだけあって、見事だった。ちなみに、ユージは僕と変わらないくらいだった。
そんなわけでグロッキーなままで昼食を迎える。食欲は微妙だが、胃袋は素直だ。とりあえず、弁当を食べよう。今日は一人で食べることにした。場所はベランダだ。教室側の壁を背もたれ代わりにし、床へ腰を下ろす。コンクリートの上ではあるが、季節は夏に向かっている。不快な冷たさは感じなかった。南向きのベランダからは校庭が見え、さらにその先には田園風景が広がっている。田んぼの稲は真っ青なじゅうたんのようで、風が吹き抜けるたびに美しい波模様が広がっていった。肝心な今日の弁当だが・・・。包みを開き、ふたを取る。鶏と卵のそぼろご飯。今の気分でも何とか口にできそうだった。僕は一口、また一口と箸を進めていった。鶏と卵のそれぞれのそぼろがほどよく食欲を誘う。なんとなく元気が戻ってきたようだ。さっきまであのあたりを走っていたのだろう。今と同じ空気のはずなのに、今の空気のほうがずっと心地よく感じられた。弁当を完食した僕は教室を見る。クラスメートはそれぞれに昼食を摂っていた。ユキノリ、ユージ、ハルは一緒に食べていた。またユキノリが馬鹿な話でもしているようで、三人とも笑顔だった。僕は時々一人になる時間を求めることがあるので、こんな風に一人の時間が取れるのはありがたかった。一人ぼっちといえば、なんと無きイメージが悪いが、読書も好きなくらいなので、そんなに苦ではなかった。こうやって、季節の移ろいや四季のにおいのようなものを感じるのは好きだった。
食事を終え、小休止の後に僕は立ち上がり、教室へ戻る。教室からは談笑や携帯型ゲーム、スマホゲームをしているなど、それぞれの昼休みの様子が見られた。教室に戻った僕をユキノリが見つけ、三人ははこちらに顔を向けた。僕も三人の元へ向かう。
「すこしはましになった?」
ハルが一番に声を掛けてきた。
「ハル、ほっときゃいいんだよ。すぐ元気になるって」
続いてユキノリが言う。
「顔色も良くなってるし、大丈夫なんじゃないかな。そういえば、うちは
次が生物の授業だよね。そろそろ準備しなきゃじゃ内?実験じゃないっけ?」
それを聞いてハルは「じゃ、私はいくねー」と隣の教室へ弁当の包みを持って戻っていった。今日は簡単な実験だとかで移動教室だった。変な薬品とかにおいで気分が悪くならなければいいが。好きな科目ではあるはずなのだが、ちょっと不安になってしまった。
生物の授業を終え、廊下に出て教室に向かう」。さっき昼食で親子の鶏が出て、授業では鳥のささ身。この繊維を取り出し、酢酸につけ・・・。そんな内容の実験だったが、生肉や酢酸のにおいにやられてしまい、気分はあまりよくなかった。とりあえず、次の授業で終わりだ。何とか持ちこたえよう。今日の最後の授業はなんだったか?教室に戻った僕は時間割を確認する。日本史・世界史だった。選択教科になっており、僕は日本史の用意をする。また移動教室というのが億劫ではあったが、気晴らしにはなるだろうと前向きに次の教室へと向かった。確か、今日は聖徳太子だとか奈良の大仏が~というあたりだったと思う。科学的にこの時代をみると、気候は温暖で安定した時期に入っていく辺りでもあるらしい。まだまだ中国の影響を受けた文化や社会的構造。国宝でも渡来渡来した仏像やその影響を大きく受けたであろうという宝物が多いように感じる。遷都やひらがな、カタカナの誕生などの日本らしさが徐々に出てくると、もっと身近な世界として感じられるのかもしれない。そして為政者のみの物語だけでなく、被支配層である庶民の生活はどうであったのか?理系や文系だからと、何かに縛られて生きていくというのはあまり好きではない。自分の興味がある世界、好きで入られる何かを大事にしながらこれからも、進学すrつにしても考えていきたかった。
移動先の教室に着く。、日本史選択者は少なく、ユキノリもユージもここにはいなかった。クラスの三分の一ほどで、女子が過半数を占めている。一つの国の歴史を詳しく扱うのだから、自己満足だとしても意味のある科目だと考えている。暇があれば資料集を開くが、飽きることなくゆったりとした充実した時間を過ごすことができる。
そんなこんなで、間もなく授業が始まる。ちょっと微妙だった一日のいい締めくくりになるだろうか?僕はいつもの席で授業の開始を待った。
就業のチャイムが鳴った。今日の授業はこれで終わりだ。
「よーし、今日はこれで終わり」
メガネの日本史担当の教師が言う。数学や生物のような理系の必修科目ではないため、ほとんど復習しろ、予習しろということは無い。少々寂しさを感じてはいるが、割り切るなりしないといけないのだろう、。…そんなことをぼんやり考えながら僕は教室へと戻るべく教室を後にした。廊下には教室に戻る生徒の姿だけでなく、早くも帰宅の途につこうと、支度を終えた生徒の姿も見られた。今日はパソコン部に顔を出してもいいかもと思ったが、半ば幽霊部員になりつつあったし、部自体が活動実績がかなり微妙で、ほとんどゲームで遊んでいたので、席の奪い合いなどで面白みを感じないこともいくらかあった。
(帰ろう)
僕はいつものようにまっすぐ帰宅することにした。ただ、掃除当番でなおかつ担当の日のため、居残りせずにというわけにはいかない。
教室に戻り、帰り支度をしていると、クラスの担任がやってくる。起立、礼。ホームルームが始まる。いつものようにたいした連絡も無く終わる。もう一度日直から号令がかかり、今日一日が終わる。僕は大きく伸びをして、一呼吸置く。
「今日、そうじだっけ?」背後からユキノリが声を掛ける
「そうなんだよ。先に帰っていいよ。悪いし」僕は答える。
「じゃ、ユージとハルとで先に帰るわ。悪ぃな」そう言ってユキノリはユージに声を掛け、教室から出ていった。掃除当番といっても、三十分かかるかどうかだった。それでも三人を待たせるのは心苦しかったし、実は駅に向かうまでの間に気になっている店があって、そこを様子見だけでもしたかったのだった。僕は教室に残った他の掃除当番四名と協力して、教室を掃き清めていく。大して何もしていないのに、どこからかホコリが沸いて出てくる。机とイスを教室の前半分に、それが終われば後ろ半分に移動するという具合だ。そして同時進行で黒板と黒板消しの掃除に入る。コチラは他の担当に任せておいた。そして、教室全体を清めた後、すべての机を元の位置に戻す。掃除がすべて終わると、僕は掃除担当に挨拶をし、下駄箱へ。靴に履き替え、学校を後にする。
帰宅した僕は、週末のことを考えていた。すでに食事も風呂も済ませ、さっきまで今日の復習を簡単にではあるが不安なところもあったので、軽くではあるが済ませておいた。
(そうだ!手紙!)
のんびり、ゆっくりしてしまい、手紙のことをすっかり忘れていた。僕はあわててかばんから手紙を取り出す。今日の封筒は夏らしい涼しげなものだった。便箋の表面の右半分に風鈴と天の川であろうか、青の曲線は筆で描かれた柔らかな線で、赤や黄色といった小さな星が散りばめられていた。中から便箋を取り出す。同様の絵柄のものだった。僕は二つ折りになった便箋を開く。
日曜日は文化祭だね。この間の招待券はビックリした?笑
あの券ね、五人までは入れるんだ。ほら、家族で来る人もいるじゃない。
こうちゃんはどうするのかなー?男子の友達と来るのかな??
そうそう!ふせんも見たよね?どうしてあの時間にしたかなんだけど…
その時間帯がベストメンバーなんだ!
私の友達、紹介するね!
サクラバ リサ
僕は彼女の柔らかな字の「こうちゃん」のところを何度も読み返した。脳内であの声が再生され続ける。こうちゃん…。おそらく鼻の下を伸ばしきった、他人にはお見せできない表情をしていただろう。僕は緩みきった自分の顔を想像して、一気に現実へと戻る。本当に楽しみで仕方が無かった。しかも友達というのはどういうことだろうか?僕にも紹介するということは、並の友達ではなさそうだ。彼女の友達はどんな人たちなのだろうか?クラスメートなのは間違いない。未だに謎というか、彼女について分からないことが多い。本当は二人きりで会って、お互いのことをじっくり話してみたい。けれど、通学時意外に会うことはできない。この文化祭が通学時以外の特例なのだ。できれば文化祭内で…。僕は淡い期待を胸に、布団にもぐりこんだ。そして間もなく僕は眠りについた。
翌朝、僕は平日と同じ時間に目覚める。土曜も日曜日も関係なく、大体決まった時間に起床する。今日は休日なワケだが、たいした予定も無い。たいていはウィンドウショッピングや読書などをして、一日を過ごす。今日はしばらく行っていなかった、、地元の神社にお参りでもしてみようと考える。しかし、今日は朝食が遅い。両親も朝はゆっくりするため、かえって朝は時間に余裕があるのだ。
(そうだ、これから行ってみよう)
僕はそう決めると、タンスから適当に服を取り出す。ポロシャツにジーパン、着替え終わると財布も取り出す。さすがに空腹なので、近所のコンビニで軽食でもと考えてのことだ。足元は…。時期的にいいだろうから、サンダルを履いていこう。僕は階段を降り、キッチンでこれから朝食の準備をはじめようかという場面の母に声を掛ける。
「おはよう!ちょっと神社に行ってくるよ」
「おはよう。こうちゃん!朝ごはんは?」
「帰ってきてから食べる!いってきます!」
決めてしまえばそれはまさに、疾きこと風の如し。僕は慌ただしく家を飛び出す。そうだ、自転車を出して行こう。僕は母がキッチンに立っていたということを考え、往復三十分弱で済む自転車での参拝を選択した。
自転車を漕ぎ出した僕は、参道を軽快に走り抜けていく。朝六時を回り、休日のこの時間帯のため、まだまだ人はまばらだった。散歩やランニングに精を出す人影とすれ違い、追い越していった。この参道だが、三つの大鳥居を有している。その大きさは、参道の樹木の高さの半分以上で、周辺の住宅三回に届くほどの高さを輸している。その一番最初の鳥居が僕の家の目の前にあり、そこから二キロほど北に向かうと目的の神社がある。この近辺ではかなり古い神社ということで、江戸時代築とも言われる建物も見ることができる。幼少の頃からこの景色を見ているため、それほどすごいとは思わないのだが、参道については日本一長く、全国あるヒカワを冠する神社はすべてここが発祥だということだ。それを証明するかのように、市指定の天然記念物である大木が多数確認できた。信号のある交差点を二つ過ぎ、さらにもう一つの交差点を超えると二番目の鳥居が見えてきた。ここまで来ると、神社は目の前だ。小学校のある時期、この二番目の鳥居の脇に自転車を置いて、マラソンを次の三番目の鳥居までマラソンをし、神社にお参りをする。そんなことを毎朝日課にしていた時期もあったもので、この参道と周辺の変化は四季ばかりでなく、多くのことを感じ、見てきた。そのほとんどが、参道の樹木が伐採されたことや、古くて味のある民家が取り壊されたといった、僕にとっては少々残念なものがほとんどだったが。中には、有名な作家が訪れたという銭湯もあったりする。こういう価値ある建物のたとえ一部でも残すという話は聞かなかったので、そう思うと新しくなっていくことの便利さや美しさなどの裏側で、失われていく歴史や町のシンボルといえる存在を失ってしまうことがある。僕の住む地域は、城址などはあるものの、発掘等による調査及び復元・整備がされておらず、また川向こうの町のような江戸時代の街並みを生かした街づくりも無い。たとえ、親世代が知る昭和の名残でも、いつかは百年前にもなる。そういったことを考えていくことも大切なのではないか。日本史が好きな僕はそう考えることがある。
あれこれ考えているうちに、二番目の鳥居から延びる敷石の参道の終わりが見えた。三番目の鳥居だ。ここから先は神社の境内となる。僕は、鳥居脇にある建物の参拝者世ぷ駐輪場に自転車を止め、鳥居の前で一礼をして境内に足を踏み入れる。社殿まで延びる敷石の周りには砂利がしかれており、視線を奥に配ると、右手にはいかにも古そうな木造の建築物が見られ、左手にもこちらは新しく見えるが、木造建築物が見られる。さらに正面に改めて視線を移す。敷石の一番奥に朱色の楼門が見える。そのわずか手前には池があり、太鼓橋が架かっている。僕は敷石の上を歩き、さらに太鼓橋を過ぎる。すると、左手には手水舎があり、僕は手と口の清め方の看板にあるように、手と口をすすぎ、清める。目の前には立派な楼門。その目の前で再び一礼。楼門をくぐると、正面には神楽や脳を奉納する舞台、その奥に本殿がある。敷地内には先ほどよりも細かい砂利が敷き詰められており、三本の大きなクスノキ。今日もそのクスノキにてをあて、その生命力にあやかろうと、
幹に手を当てて瞑想する参拝客の姿が見られた。その姿を横目にまっすぐ進むと、神社の本殿が見える。木造で、屋根は銅板葺きで緑青の緑が美しい。楼門と比べると落ち着いたつくりとなっている。僕は本殿と賽銭箱の中央に立ち、さい銭に五円玉の投げ入れる。そして二礼二拍一礼。お参りを済ませた僕は本殿を背に帰途に着く。その時左手にお守り当の授与所が目に留まる。この神社は例えば学問や恋愛に特にご利益があるという神社ではないが、そのためか一通りのお守りは用意されている。しかし、僕の目的はお守りではなく、おみくじにあった。一回百円と一般的なものを選ぶ。あまりくじ引きの良くない僕のことだ、まあ、吉程度だろう。そう思いながら、木箱の中にあるおみくじの群れから一つを選ぶ。折りたたまれた小さな紙片を一つ取り、開いていく。飛び込んできた文字はやはり吉。そして僕は一番気になっている、詳細のところに視線を移す。特に気になるのは恋愛のところだ。順番から行くと、後半のほうに恋愛は書かれていたはず。一応気になるところは確認していこうと思う。学問は後々良くなる。方角は北東…。他に出産や商売などがあったが、関係ないので飛ばした。そして一番気になっていた恋愛!…ここでは待ち人となっている。その項目を高くなる期待と鼓動の中で確認する。
待ち人 来ず
単純明快にして残酷な二文字。無慈悲な結果だった。
(ちょっと冷たすぎないか、神様)
そんんことを心の中でつぶやき、僕はおみくじを財布にしまって帰途につくことにした。途中のコンビニでも寄って、軽く水分補給でもしよう。爽やかな初夏の風が夏の訪れを告げるようだった。
神社を後にした僕は、自宅との中間地点のあたりにあるコンビニに立ち寄った。胃袋は空腹に支配されており、パン類、おにぎりといった主食系の食品やホットスナックの誘惑が相当のものだったが、ここで食べてしまうと朝食が胃袋に収まるかどうかが怪しくなる。今は三大欲求の一つを押さえ込み、朝から何も口にしていないのでせめて水分補給をとパックの野菜ジュースを購入する。コンビ二の外に出て、買ったばかりの野菜ジュースのパックにストローを刺す。それをほとんど一気に吸い出し、胃袋へと注ぎ込む。水分と等分が体中に染み渡るようで、わずかに感じていた眠気を振り払うようだった。そして僕は再び自転車の上へ。ゆっくりと自宅へ向かってこぎ出す。参道を抜ける風がやはり爽やかで、おそらく一年でも心地よい時期となるであろう。天井の高い緑のトンネルを走り抜けていく。すると、前方に小さくも大鳥居が見える。自宅まではもうすぐだ。
最後の交差点を渡り、まもなく自宅への路地に入る。もうとっくにちょうしょくはできているだろう。僕は玄関の扉の鍵を開け、リビングに向かう。
「ただいま」僕は帰宅の言葉を発すると、「おかえり」と台所から返答がする。僕は母がテキパキと用意した朝食を食べ始めた。トーストにスクランブルエッグ、ハムを添えた生野菜のサラダに野菜たっぷりのコンソメスープ。パンにはバターとイチゴジャム、黒ゴマペーストが用意されていた。平日はご飯や和食が中心の朝食だ。しかし、休日は朝食が遅めな上に、母には重ねて申し訳ないが、割と簡単なパン食となる。僕は食卓に並んだ一人前の朝食手をつける。トーストの心地良い香りが空腹を誘う。僕はバターを塗りほおばる。その間、母は紅茶を淹れてくれており、一口すする。普段は緑茶を飲んでいるが、休日になると朝はコーヒーか紅茶。たまにはいいものである。それから僕は流し込むようにという表現が正しいほどに、一気に食事を済ませた。食後、母の手製・りんごジャムを添えたヨーグルトが出る。再び、僕は流し込むようにして食事を済ませた。
「ごちそうさま」
「お粗末さま」
短い言葉を交わし、僕は自室に戻ろうとする。すると母が尋ねてくる。
「今日はどうするの?」
僕は悩んだ。特にこれといった予定は無い。家事を手伝えということは無いだろうが、なんとなく恥ずかしくなる。言い訳をしてしまおうか。
「えっと、外には行かないで予習復習と読書でもするよ」
いわゆる、言い訳としては百点満点もらえそうな返答だった。が、たいていウソだと見抜かれてもしまいがちだろう。言ってしまってから、少し後悔をしたが、母は信用してくれたようで、「そう、わかった」と一言。僕は胸をなでおろし、自室へ向かう。父には会わなかったが、きっといつもの総長登山や写真撮影といったところだろう。
僕は自室に戻ると、横になった。
(待ち人は来ないのか…)
言うまでも無いが、かなりショックで、今日一日もう外に出て過ごしたいと思わなくなっていた。一回のくじ程度で何かが決まったりするわけではないが、明日が彼女・サクラバさんとゆっくり話のできるしかも文化祭という特別なチャンスを目の前にしての出来事であり、気分は上向きにならなかった。いつもなら…一度は自転車をこいで駅前に行き、気ままにあちこち徘徊する。本屋、古本屋、電器店…。本屋と一言に言っても、最低二件。そうのんびりしているわけではないのだが、二時間くらいはあっという間に過ぎていく。とはいえ、無駄に時間を過ごしたという感覚は無い。大体はこうだ。フロア内を歩き回り、さまざまなジャンルの本が並んでいるのを確認したり、新刊本や話題の本にどういったものがあるのか見て回るという、暇つぶしとも取れる時間の使い方をする。たまに立読みをし、いわゆる、最新のアイテムとでも言うものをチェックする。それがプラモデルの時もあれば、男性誌のときもあり、気の向くまま手にとっては読む。電器店に行く前に新作のスマホをチェックして、展示品を試してみるということも多い。ただ、購入するメーカーは決めてしまっているので、冷やかしでしかないが。
こんないわゆる、ウインドウショッピングが趣味とも言える僕だが、そこにサクラバさんがついてきてくれるかどうか。彼女と趣味が合うかどうかは未知数であり、非常に不安だった。いっそ、彼女の望むようにすればいいとも考えてはいるが…。そんなことを考えながら、僕はいつの間にか満腹感で眠りについていた。
僕はハッとして目を覚ました。あわてて壁に掛けられた時計を探す。時刻は…十時半過ぎ。三時間近く眠っていたようだ。僕は大きなあくびを一つし、半身を起こす。そして机の上にある本棚に目を移した。マンガも何冊かあるが、すべて歴史モノ。その他には、歴史小説、歴史上の人物にスポットを当てた解説本とでもいうものなどが並び、読みかけやまだ手をつけていない本が机上にいくつか山積みになっている。僕は立ち上がって、一番手前の山積みになった一番上の本を手にする。少し前に読んでいた、三国志の本だ。これも漫画で読めてしまう本だった。僕はお決まりのように、魏呉蜀の三国では蜀が一番好きだった。日本人が源義経に抱く、いわゆる判官びいきにも似た、滅びいくものを愛でるような感覚。それだけではなく、どのような苦境にあっても、名将達が血路を切り開き、乗り越えていく。これは蜀の劉備が持つ人徳そして人くささが強い引力となり、数多の名将という星々を引き寄せたのだろうと考える。好きな場面はいくつもあるのだが、やはり劉備・関羽・張飛がそろった、桃園の誓いだろう。義兄弟となり、死ぬ時は一緒だという、イマドキの僕たちには理解の難しいところかもしれないが、運動部で県大会行くぞ!とかそんな感覚と同じようなにおいを感じる。あるいは、俺らの友情は絶対無くならない!というような、どちらも現実よりは漫画の世界で出てきそうなものだろう。現実と非現実のギャップを感じてしまう。現実では、こういう熱い関係や展開は苦手なのに、少し離れた世界では大歓迎する。これは自分だけだろうかと気にもなったが、そうではないと思う自分もいた。中国の三国志や、日本なら戦国時代などは、信念が無ければ為政者や将、人として生き残れない時代。当然、情熱は信念に比例する。正義と正義がぶつかり合い、時には騙し騙され、残酷さが付きまとう時もある。そうかと思えば、敵同士にもかかわらず褒め称えたり、あえて見逃すなどの友情に似た行動を見せることもある。やはり今の時代の感覚では理解しにくいところも多いだろう。僕は、文庫をペラペラとめくりつつ、そんなことを考える。やっぱり、理系なのに歴史が好きというのは揺るがない。もっとも、三国志と戦国時代、幕末明治に興味関心があるという、日本史全体から見れば、偏食気味であるということは隠しようが無かった。ただ、ここから広げていく努力をすればいいのではないかとも考えている。時間はかなり必要かもしれないが、それも楽しんでしまえばいい。時間は少しずつでも作っていこう!僕はそう心に決めて本を元に戻した。
そんなこんなで、半日はあっという間に終わった。階下より、母の呼ぶ声がし、昼食を済ませた。桜海老を散らした焼きそば。さらに僕は焼海苔を散らし、大満足だった。そして速やかに自室へ。昼寝でもというところだったが、睡魔が襲い掛かる隙は一切無い。どうするか…。ぼんやりとした時だった。机の充電器に置きっぱなしだったスマホのお知らせランプが光っているのを確認した。僕は手を伸ばしてスマホを取ろうとした。その時、バイブレーターが起動し、ランプが七色に明滅する。
(これは、あいつらか?)
僕はある予感を抱いて、新着情報を確認する。メッセージアプリのグループトークに数件のメッセージがあるようだった。確認をしている間にもさらに一件やってきたようだ。
僕はさらにメッセージがたまるのを回避すべく、アプリを起動した。予感は的中した。ユキノリ、ハル、ユージだった。そして内容も。内容はこうだ。
ユキノリ うーす
ハル こんにちは♪
ユキノリ みんないる?
ハル お昼、早めだったからいるよ!
ユキノリ 幸介いる??
ユージ 残念だったかな(笑)こんにちは
ハル ユージ!
ユキノリ はよこい
ハル はよはよ
ユージ お!きたっぽい
三人はとっくに合流して、僕のオンラインを待っていたようだ。早速書き込まねば。
幸介 遅れた!ごめん!で、どーした?
僕は遅れないようにと書き込んだが、あまりにのん気すぎたことを後悔する羽目になる。
ユキノリ 明日、
ハル 文化祭行こうぜ!
(はぁ?)
幸介 待て待て!
僕は書き込んだが、後の祭りだった。
ユキノリ 女子高の文化祭♪
ハル 私、あそこの受験したの。落ちちゃったけどね。改めて行ってみるのも楽しそう!
ユージ お!なにそれいいね!明日ちょうど空いてたんだ!
幸介 おい!
ユキノリ じゃあ
ハル そーゆーことで!
ユージ 決まりかな!?
このやり取りは一分半ほどのやり取りだった。どう考えても、ユキノリとハルが事前に打ち合わせていて、ユージはそれに乗っかったような形だろう。ハメられた。僕はちょっと考えて、返事をすることにした。
幸介 確かに入れるけどさ。って、来るなって言っても駅まで来るだろ?しょうがない。明日、昼少し前に豊島駅。条件は別行動!!以上!
ほとんどやけくそで返事を出す。そして三人からはお決まりのように「了解」「ありがと☆」「悪いね」と返事。はぁ、どうなるやら。僕はスマホを机の上にほとんど放り投げるように置いた。
ああ、悪いよ!僕はやさぐれ、どうにでもなれとふてくされる。ごろりと横になり、天井を見つめる。何の変哲も無い白い天井。昔、立て直す前の祖父母の家の天井の木目が怖かったことを思い出す。三人を信用していないわけではない。でも、気持の問題というのがあるわけで、心の準備というものをした上で、決戦に臨むといった覚悟で彼女・サクラバリサに会おうとしていた。ヘリウムガスの抜けた風船のような僕の気持二度と浮かぶことは無いだろう。それでも、彼女に会いに行くというのは、秘密の約束のようなもの。行くという選択肢以外は元々無い。少し予定が変わっただけだ。それに、変な意味ではなく、サクラバさんの友達にも会ってみたかった。ほとんどが分からない彼女の一面どころか、さまざまな表情を知ることができるからだ。普段どんな喜怒哀楽の表情を見せるのか。紹介するってことは、その友達も僕のことを認識していることは間違いない。友達の目に僕はどう映るのか?よき理解者になってくれればそれでいい。僕はもう付き合っているくらいの気持になっていた。
(あのキーホルダー、喜んでくれるかな?)
それは僕の机の最上段にしまい込んだプレゼント。喜んでくれるかどうかより、受け取ってくれさえすればii.
hこの間立ち読みした、ハウツー本には、お菓子であるとか、簡単に消費できるもの、つまり手元に残らないもののほうが良いと書いてあった。つまり残らないし安価に入手可能だ。でも、彼女が甘党か辛党かは見当もつかなかった。そこで持ち物で判断して、あのキーホルダーにしたのだった。焦っては、いた。でも、気持を隠したり押し殺すのは辛い。僕の気持ちは強く、相手が望むより上の想いを含んだ片想いとなっていたかもしれない。彼女が好きだ。彼女いない暦=年齢を終わらせ、精神年齢を背伸びしてでも、彼女に手を届かせたかった。心音と血流が高まり、おそらく僕は頬を赤らめてもいたかもしれない。僕は気を紛らわそうと思考を変える努力に移る。このままでは、よく言われる、健全な中学高校くらいの男子なら特に盛んな第三欲求の一つ…それに支配されかねない。今その欲求を処理し、後悔にも似た疲労とうつろな時間を過ごすより、雑念を振り払い、本当に読書と予習復習をするほうがよっぽどマシだ。僕は部屋の窓を開け、大きく二つ深呼吸をし、主に気持ちを整えた。机の本棚から、ムックを取り出す。戦国武将の甲冑一覧だ。主に有名武将の所用した甲冑に時々刀剣、槍の類も記載されている、肖像画もあり、その他所用の品々も記載されており、もはや資料集的な一冊だ。どうも、今日の予習復習は東アジアの偏った歴史のようだ。まだ戦国史は習っていないので、予習といえる。そして、複数回読んでいるということで考えれば、復習になる。つまり朝言ったことは間違っていない。その一方で苦手な数学や物理を放置し続けるのだから、本当のところは趣味でしかないだろう。
こうして僕は、土曜日を比較的のんびりと過ごし、運命の…となろうか、日曜日を迎えることになる。