第7話
なんともいえない空気に包まれた。やはり少々無茶なお願いであったか、と祐樹は思った。しかし、そんな空気を察してかすぐに春菜がフォローに入った。
「私は良いと思います! 私たちに悪い影響を与えることでもないですし。そ、それに皆さん、学校を救えるかもしれないんですよ! せっかく大会に参加するなら一つ畑工のために頑張ってみるのも悪くないと思うんです。」
再びの沈黙。しかし、今度はすぐにそれは破られた。
「んにゃ、確かにそうかも~。うん、ていうか、わりと僕は春菜ちゃんに賛成かな~。」
「ああ、俺もそれで構わないぜ。俺らの力で助けてやるよ、その学校。」
「賛成だ。」
「いいじゃないっすか! やりましょう! やってやりましょうよ!」
それぞれが賛成の意を示してくれた。真田も優しそうに微笑んで同意した旨を伝えていた。
「皆さん・・・・・・。さすがですわ。それでこそ新条プリンスです!」
「みんな本当にありがとう。感謝するよマジで! ていうか島田、ここのチーム名ってそんなだったのね・・・・・・。」
祐樹は心の底から感謝の気持ちで一杯になった。こんなお願いを聞いてくれるなんて、良い人たちでよかった、そう感じた。
「てか、相葉っち。そんな言い方は良くないっしょ~。」
「そうっすよ。新条プリンスは島田さんが練りに練って完成させた俺たちのチーム名なんすから。」
「ま、俺もこのチーム名には祐樹に同じく苦笑いを隠せないけどな。」
「ええ!? 本間さんそんな風に思ってたんですか!? 私、ショックです・・・・・・。」
はははははははは
はははははははは
館内にそれぞれの笑い声が響いた。新条プリンスのメンバーとなんだかんだ仲良くやっていける、祐樹はそう感じられて嬉しかった。雰囲気も良さそうだと感じていた。
が、しかし。
「盛り上がっているところすみませんが、私は一つ反対意見を出したいと思います。」
不意に放たれた一言。
「えっ!?」
思わず、全員が彼に振り向いた。小林峻。ただ一人、この部のリーダーである彼だけはそう言うと、さらに続けた。
「島田さんの意見、もっともだと思います。相葉さんが友達の学校を救いたいという気持ち、これもよく分かります。しかし、忘れてはいけないことがあるでしょう。そう、それは私たちは紛れもなく新条校生だということです。」
小林は、いつものような柔和な微笑みを消して、真剣な表情で告げた。
「皆さんは、必ずしもそうではないかもしれませんが、少なくとも私はこの学校、新条高校の生徒だということに誇りを持っています。だからこそ、私は嫌なんです。別の学校として参加する、というのは。」
「で、でもでも~、このままじゃ畑工なくなっちゃうし~。」
「智也、それは確かに悲しい話です。けれど、私はそれでも、自分の学校を優先したいと思ってしまうんです。」
小林は疑うべくもなく本気だった。それは祐樹にも感じ取れた。他のメンバーが押し黙ってしまうのも致し方なかった。そんな中でも一人、声を荒げて言う者がいた。
「こ、小林さん! なんでそこまでこだわる必要があるんですか!? そもそもこの部は正式な部として認められてないんです。別に無理に新条校生として参加するのでなくてもいいはずです!」
「そういう問題じゃない!!」
小林はきっぱりと言い放った。直後、当の春菜の肩はびくりと震えた。その言葉には普段では決して感じられないような強さ、否、もはやそこには憎しみに近いようなものまでが込められているようだった。
「そ、それでも私たちは・・・・・・。」
「もう決めたことです。私の意見は変わりません。それとも島田さん、逆にあなたがここにこだわっているのはもしや、何かこの相葉祐樹という男に特別な感情でもあるから、ですか?」
「そ、そんなんじゃ・・・・・・。」
そうして小林は、祐樹をわずかににらめつけるようにして指差した。静寂が訪れた。祐樹は決断するしかなかった。
「分かった。今回の話はあきらめる。無理なお願いをして悪かった。小林、それに他のみんなもありがとう。話を聞いてくれただけでも嬉しかった。」
仕方のないことだ。そもそもはじめからかなり他人任せで、無茶なお願いだったのだ。断られて当然。祐樹はそう考えた。
「でも、畑工はどうすんのさ!」
「そうっすよ! このままじゃ廃校になっちまいますよ!」
「良いのかよ、祐樹。」
「・・・・・・。」
「何か、他の方法で手伝えれば・・・・・・。」
それぞれが心配そうに祐樹に声をかける。しかし、祐樹はすでに決断していた。原点に戻っていた。俺は自分がしたいから、自己満足のためだから、どこまでも自分自身のために、畑工を必ず救ってみせると、そうしたかったはずだ。そのことを今一度はっきりさせていた。
「みんなありがとう。でも大丈夫だ。」
方法は掲示された。祐樹にとってそれだけで十分だった。
「みんなの迷惑にはならないようにするし、畑工も助ける。」
「でも、相葉・・・・・・さん・・・・・・。」
春菜の若干涙ぐんだ顔が見えた気がした。それでも、祐樹は彼らに背を向けると、わずかに踵を返して言った。
「俺もアイドルグループ、つくってやるよ。」
「ぼーくらは、みんなーいーきているー、いきーているから歌うんだー。ぼーくらは、みんなー」
なんとも調子のいい様子で男は歌っていた。しかし、当の本人はあくまで真剣に歌っているのだった。道路に面したブロック塀の上を、男は器用にバランスをとりながら歩んでいた。それは、はたから見ればかなりおかしな光景だった。見た目高校生ほどである彼のその行動は明らかに年不相応で、子供のようだった。けれど、誰もそのことに気がつかない。そもそも認知していなかった。彼は、どこまでも透明で、不確かで、危うかったからだ。
「遊びたいなー、暇だなー、祐樹君まだかなー、今度はびっくりさせないようにしないとなー。」
そう言いながら、男はそろそろ暗くなりそうな気配の空をただ見つめるのだった。