第3話
「アイドルになるだって?」
祐樹は思わぬ春菜の返答に少しばかり面食らってしまった。それでも先に進むには利用できる話かもしれない。それにいきなりの質問にそれなりに自信をもった様子で答えたのだ。聞いてみる価値はある、そう判断して先を促がした。
「島田さん、それっていったいどういうこと?」
「アイドルになる、そのままの意味ですよ。まあもう少し詳しく言うと、アイドル活動をしてその学校の評判を高めるんです。最近のアイドルブームはすごいんですから。きっとその学校から人気のアイドルグループなんかが出れば、廃校を阻止できるくらい生徒を呼び寄せることが出来ますよ。」
祐樹は思った。なるほど、確かにそれなりに筋の通った意見だ。アイドルが今世間で人気であることは知っていたし、それに便乗するのも悪くない気がした。
「でも、人気なのは一部のアイドルグループだけだろ。それにただの高校生がアイドルになるなんて可能なのか?」
それを聞いて春菜ははっと目を見開いた。
「えっ、相葉さん知らないですか? 今は素人がアイドルグループを自主的に作って参加する大会があるんですよ。それに参加すればいいんですよ。」
「そんなのがあるのか!? 知らなかった・・・・・・。なるほど、じゃあそれに畑工代表として参加して注目を浴びれば・・・・・・。」
「はい! 畑工を救えるかもしれません!」
その瞬間だった。ビュンッ!! 突然の音。風! いや違う!?
「面白そうじゃないか! その話!!」
そんな声とともに教室に突如人影が現れたかと思うと、それはすぐさま祐樹に接近、ぐいっと顔を近付けてこう言った。
「僕にも一枚噛ませてくれよ、その話にさ。」
「だっ誰だよお前!?」
祐樹はあまりに突然のことに思わず腰を抜かしそうになって、すっとんきょうな声を出してしまった。どこから出てきた? どうやって現れた? いつから存在していた? そんなあたりまえの疑問すら吹っ飛んでしまった彼に、男は容赦なく捲し立てた。
「誰だお前!? はー悲しいなー。実に悲しいことだ。久々に会ったというのにそれはないんじゃないかなー。いやーほんと悲しくてここで泣いてしまいたいくらいだ。いや、それは嘘。高校生にもなって本気で泣いちゃうなんてやっぱり恥ずかしいもんねえ。それくらいは僕にもわかる。いやー僕も立派に成長した。実に健康的に、それでいてかっこよく! ほれぼれしちゃうよ。はははははは! あー今のは言い過ぎた。人は謙虚であることが大切だっていうのも知っている。知っているよー。だから前言撤回だ。僕は普通くらいに、それなりに、成長した。これでどうだろうか。いいんじゃないかなー。なあ、いいだろう。祐樹君。」
祐樹は何も答えられなかった。黒のジャケットを羽織った目の前の男は、なんだかおかしな言動とそのホストのような胡散臭い危険な相貌で祐樹を圧倒していた。それでも必死で冷静になろうと言葉を紡ぎだした。男女二人の教室に突然姿を現したそいつに島田さんも相当おどろいているはず。こんな時は男がなんとかするべきなんじゃないかと感じる、そんなちっぽけな正義感も後押しとなった。
「突然現れてなんだ? 何がお前の望むところだ?」
そういわれた謎の男は急に目をまん丸にさせるとわずかに悲しそうな、それでいてその真逆、とても嬉しそうな、そんなおよそ普通の人間ではありえないような不思議な表情でこう返答した。
「あーもういいよ。なんだか冷めちゃったよ。久しぶりだったから驚かせようと思ったらこれってなあ。あんまりだよもう。いいよ、いいよ。悪かったね。仲良く女の子と話しているところに首つっこんじゃったのが悪かったかな。まあいいや。また今度来るよ。じゃあね。」
男はそう言うや否や先に同じように突如として姿を消してしまった。突然現れて、突然消える。そんな超常現象を前にして、祐樹は頭がおかしくなりそうだった。
「いったいなんだったんだ? 今のは・・・・・・。」
祐樹は平静を取り戻そうと春菜の方へ向き直った。
「大丈夫? 島田さん?」
祐樹はそんな当たり前のことを聞いた。しかしそれは、祐樹にとっての当たり前に過ぎなかったのだと次の瞬間気付くこととなった。突然の出来事に対する心配の言葉は、思わぬ現実を祐樹に突きつけた。
「相葉さんこそ大丈夫ですか? 突然ひとりで怒鳴りだすなんて。」
何が・・・・・・起きた・・・・・・。
祐樹の頭の中に無数のハテナが浮かび上がった。何かおかしなことを俺は言っただろうか? 間違っているのは俺の方だろうか? 現実を正しく認識できていないのは紛れもない俺自身なのだろうか? 祐樹は少しずつ頭を整理しようとするも、それは叶わなかった。思わず春菜につっかかるように問いかけた。
「たった今、突然男が現れたじゃないか! 島田さんもびっくりしただろう!?」
当然のことを言ったつもりだった。しかし、春菜はなおも不審な様子で祐樹を見つめたまま返答する。
「いったい何を言っているんですか? 相葉さんが突然大きな声を出すから私そっちにびっくりしましたよ。」
「変なことを言わないでくれ。たった今確かにいたじゃないか。黒い服を着たイかれた風貌の男が! そうだ! イかれていたんだよ! そいつはずっとわけの分からないことを言い続けていた! なんだか少し・・・・・・いや、少しどころじゃない、明らかにおかしな男がいたじゃないか!?」
「そんなの・・・・・・全く感じなかったですけど・・・・・・。」
「!?」
祐樹は自分と春菜の間に決定的な感覚の違いを再度確認した。それは彼をより深い思考の渦に貶めていった。
「そんなこと・・・・・・おかしい。俺がおかしいのか? 分からない。全然、何も分からない。」
祐樹は、完全に余裕を失った様子だった。
「それじゃまるで・・・・・・幽霊じゃないか・・・・・・。」