第2話
島田春菜は教室に入る手前、すでに誰かが存在していることに気が付いた。
(こんな早い時間にいるのは誰だろう? )
春菜はそう疑問に思った。いつも教室に一番にたどり着くのは基本的には彼女であった。特に理由はないけれど、彼女は学校に着くのがとても早かった。だから先に来ていた子とこの時間どう過ごすべきか、若干考えてしまった。教室にはおそらく二人だけである。その中で沈黙しているのはなんとなく居心地がよくないであろう。そこで彼女はあることを閃いた。
「おはようございまーす。」
春菜はそーっと、教室の扉を開け、ほとんど聞こえない程度の大きさでそう挨拶した。教室内にいたのは相葉祐樹であった。教室の窓側、彼女の入った方からちょうど対角線に当たる場所にいる彼は、なにか考え事をしているようで、誰かが入ってきたことにすら気がついていないようであった。
(ちょっと、びっくりさせてみましょう。ふふふ。)
春菜は、祐樹にそっと近よってふいに驚かせようと考えた。別段二人は仲の良い間柄ではなかったが、これを機会に距離を縮めてみよう、彼女はそう考えたのであった。島田春菜という人間は、そういったところでは社交的で、明るいタイプの人間のようである。
「あーいーばーさーんーって、うわあ!?」
そう言って近寄った矢先、彼女は前のめりになって盛大に足を滑らせた。
(えっ、嘘!? なんで寄りにもよってこんなところにプリントが落ちてるんですか!? 転ぶ! 驚かせようとか思ったらこんなことってありですか!? えっ、もしかして私馬鹿すぎ・・・・・・る!?)
「っぶほあ!!?」
しかし、彼女はそんななんとも間抜けな様子で転ぶ、そんな事態にはならなかった。彼女は転ぶぎりぎり手前、振り向きざまの祐樹に顔面をぎっちりホールドされて踏みとどまった。
「だ、大丈夫か? 島田?」
「は、はい、大丈夫です、あははは。見事なまでのアイアンクローキャッチどうもです。えへへへ。」
祐樹は苦笑いするしかなかったが、それでも一応は春菜の危機を救ったのだった。
なんやかんやで春菜の身を挺しての豪快なボケは良い話種となり、二人の会話は弾んだ。そんな折、祐樹は一つ、質問を投げかけた。
「ところで、廃校の危機に見舞われている学校を救いたいんだけど、何か良い方法ってあったりする?」
「はい?」
春菜は相手の意図を読みきれず、聞き返した。
「いや、だから少子化が原因でなくなってしまいそうな、というかほとんどそれで決定みたいな学校があるんだけど、それをなんとか阻止できないかと思ってね。俺はその学校に友達がたくさんいるから助けてあげたいんだよ。ほら、自分の学校がなくなっちゃうなんて誰でも嫌だろやっぱり。」
なんだかずいぶん大きな話だな、春菜はそう思ったが、すぐに返答した。
「それならその学校のイメージアップに努めてみたらどうですか? ほら、そうすればその学校が有名になって生徒が集まりますよ。少子化なんて関係なくなりますよきっと!」
祐樹は若干のタイムラグののち、反応した。
「その具体的な方法は?」
普通ならばそれほどぱっと思いつくものではないかもしれない。しかし、春菜には思い当たる方法があった。そうして思わずにんまりとしてこう告げた。
「アイドルになればいいんですよ。アイドル。」
「なんだかとっても楽しいことがおこりそうだな。」
一人、ベランダでつぶやく男がいた。教室内にいる二人の男女の会話を外で盗み聞きしていたその男は、この世の幸せを本気で謳歌しているかのような表情でさらに言葉を紡いだ。
「あー楽しみだ。楽しみだ。楽しみだ。楽しみだ。楽しみだーーーー。・・・・・・祐樹君・・・・・・。」