第1話
何か人の役に立つことをしたい、良いことをしたい、こういうのはおおよそたくさ
んの人に支持されるとっても分かりやすい感情だ。こういった感情があるから社会
は、世の中はそれなりに上手く回っている。でも、少し捻くれた人もいる。例えば
こんな風に考えてしまう人のことだ。良いことをしたい、そんなのは結局良いこと
をした自分が好きなだけじゃないか、と。人のためになることをするのが本気で好
きな人間なんていない、人のために何か良いことをするのは詰まる所、その見返りを期待しているだけに過ぎないのだと。ゆえに、そんな人間のうちの一人である彼
が今回出した答えは少々意外なものだった。
とある高校の一室。そこに彼はいた。相葉祐樹。登校時間から一時間以上も早
い、そんな時間帯に教室は静まり返っていた。しかし、祐樹は別段気にすることも
無く、自分の席に着くとすぐさまメールをチェックした。昨晩送られてきた一通の
メール。それは小学校、中学校を共に過ごした友人、吉永健吾からのものだった。
祐樹はそれを昨夜から何度も反芻した。それは確実に、しっかりと彼の心を惑わせ
るものだった。
“俺の高校、廃校になっちまうって。”
驚いた。祐樹は確かに驚いた。けれどそれは、彼の人生の中で順番をつけるなら
きっとぎりぎり忘れることのない程度、そんなレベルの話だった。なんとなくは予
想していた。祐樹の友人、吉永健吾の通う畑山工業高校は近年少子化の影響もあっ
て生徒数の減少がかなり大きな問題となっていた。そんな煽りを受けての廃校の決
定である。祐樹はそんな実情も察してか、中高一貫、エスカレーター式に進める畑
工への進学を蹴り、受験勉強を経て、県内有数の進学校、ここ新条高校への入学を
決めたのだから。
“そいつはまあ、仕方ないよ。”
祐樹はひとまずそう返信するにとどめた。確かに友人の不幸は悲しかったが、ど
うこう出来るわけでもない。それに今は新条高校生だ、畑工のことは関係ない。祐
樹はそう判断したのだった。ところがどうしたことだろう。朝目覚めるとなんとも
もやっとした気分に襲われた。どうだっていいはずなのに、自分には関係ないはず
なのに・・・・・・。
本当にそうか?
祐樹は考えた。畑工には中学一緒だった友達がたくさんいる。たまにはいざこざ
や喧嘩もあったけどみんな良い奴だったじゃないか。彼らを見捨てていいのだろう
か? 彼らを救うために何かしてみてもいいんじゃないだろうか?
俺は人の役に立つことをしたい。
結論は出ていた。祐樹はいつも心のどこかでそんなことを否定し続けてきたが、
行き着く結論は同じだった。良い事をして、それで褒められたくて、そんな自己満
足な人たち・・・・・・。それのどこが悪いのだろうか? 否、それは構わない。
そう決めた瞬間、祐樹はなんだか晴れやかな気分になった気がした。人のためにな
ること、良いことを全力でするのだ。善意を己の武器、アイデンティティとして振
りかざすのだ。そうと決まれば後は行動を、自身のプライドをもって起こすのみで
ある。祐樹は送った。簡潔に、分かりやすく、それでいて明確な意志のこもった一
言を。
“畑工を救いたい。”