バロンダンスをやめさせたい
「メリッサ。あなたに、《学園》から入学のお許しが出ました」
教会に呼ばれた少女に、場の主たる教師は厳かに宣うた。
「《勇者バロン》の力となるために、日々精進することを《神》は望んでおられます。頑張ってください、メリッサ」
「ありがとうございます。頑張ります!」
十六歳、ことによってはそろそろ嫁の貰い手を探す年齢だ。その年になった灰色の髪の少女は、自身の思惑はかけらも表に見せずに満面の笑顔で答えた。
これよりほんの四年ほど前。
「お父さん、お母さん。私、《学園》に行きたい」
突然の娘の発言に、両親は「は?」と目を丸くした。だがすぐに、彼らの表情は喜びへと変わる。
魔法使いの村を襲った、魔物の軍団。魔法使いたちは力を合わせて対抗し、どうにか撃退することができた。
ただ1人、目覚めてはいないものの突出した素質を持つが故に守られていたこの娘だけは、違った。
結界を張った祠に押し寄せた魔物たちを吹き飛ばしたのは、剣を持たぬ青年だったという。
世界を救うために選ばれた勇者、魔王を倒すために選ばれたその名はバロン。
そして、勇者と戦い世界と戦うために魔王となった者、その名はランダ。
彼らの思いをほんの僅か垣間見た少女は、自身の将来を決めたようだ。それまでは、特に何も考えずに普通の子供として育っていたのだから。
「いいよ、メリッサ。でも、今すぐには無理だ」
「どうして?」
「お前には魔術の素質がある。だけど、素質があるだけじゃあ《学園》は認めてくれない」
まず娘の願いに頷き、そして父親は彼女に示唆する。何もしなければ、その願いは叶わないものだと。
「魔術の基本を勉強して、それを使いこなせるようになる。そうすれば《教会》を通じて《学園》も、いますぐ来てくださいお願いしますって言ってくれるわ」
母親は少し意地が悪い笑顔になり、娘に教える。まずは己の素質を開花させることだと。
「勉強して魔術師になれるようにすれば、《学園》に行けるのね?」
「そうだ、メリッサ」
「そうよ、メリッサ」
「分かった。私、やるわ」
ひどく力強い宣言。
自分たちの娘が突然やる気になった理由を両親は、《勇者バロン》に救われたからだと完全に信じ切っている。
それは間違いではないのだが、ほんの少しメリッサの思考はズレていた。
「いや、あのさ」
「何? ミュレカ」
灰色の髪を丁寧にお下げに編みながら、メリッサは幼馴染の少女に視線を向ける。
ミュレカと呼ばれた彼女は、明るい茶色のポニーテールを揺らしながら肩をすくめる。
「勇者様をお助けするのはいいわよ。でも何で、魔王まで助けなきゃいけないのよ」
「だって勇者と魔王、ホントは戦いたくて戦ってるわけじゃないかもしれないじゃないの」
そのミュレカが提示したのは、メリッサの本当の願いというかほぼ野望、を聞いた者ならばまず誰もが持つ疑問である。
それに対してメリッサが出した答えは、本来この世界の人間であれば考えるはずがないものであった。
《勇者バロン》と《魔王ランダ》、この二者は戦って当然の存在、なのだから。
「いやいやいや、しかしそれでもねえ……」
「とにかく、私はそう決めたんだから。ミュレカ、協力してくれるんでしょ?」
「協力しないと何されるかわかんないし」
思わず、ミュレカは遠い目になる。なお、この場合の『何されるか』というのはフリフリひらひらド派手ドレスをまとわされたり、一緒にとてつもなく高い空の上まで飛ぶ羽目になったりする、という傍目には可愛らしいものである。後者の場合『一緒に』がポイントだ。
「というか。いい? メリッサ」
それはともかく、幼馴染の言動にいつからか持病になった軽い頭痛を覚えながらミュレカは、何とか言葉を絞り出した。ここで言っておかないと、きっと面倒なことになるから。
「《学園》では、あんまりそういうこと言っちゃだめよ」
「え、何で?」
「何でって、そりゃそうでしょ。《学園》ってのは、《魔王ランダ》を倒すための力をつけるところなんだから」
前言撤回。きっとではなく、絶対面倒になる。そうなったらその面倒を押し付けられるのは、周囲にいる人間だ。
そのような事態になるなど幼馴染として冗談ではないので、彼女はメリッサに頑張って言い聞かせた。
「そこに勇者も魔王も助けるぞー、なんて言って入ったら何されるかわかったもんじゃないじゃん。特に新入りの頃は」
「勝負して勝つ自信あるけど」
「相手が魔法無効化してきたらどうすんの。あんた、腕っぷしはさっぱりでしょうが」
メリッサ唯一、と言っても良い弱点を突くと彼女はさすがに黙り込む。これだけはどうしても、誰かのフォローを得なければならない。ミュレカにも出来ないことを、何とかするためには。
「だから、せめて基礎を覚えるまでは黙っちゃってなさい」
ある程度実力をつけるまでは、周囲をだまくらかせ。
「……それでさ、ミュレカ。何であんたまで一緒に来るのよ」
「あたしも入学OKもらった。それに、メリッサの野望を知ってるのはご両親除いたらあたしくらいでしょ」
「まあねえ。味方はいた方がいいもんね」
メリッサが呆れ顔になったのを、ミュレカは満足そうに眺める。少女もまた、《学園》への入学を許された一人だった。