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裏垢特定の趣味を極めた私、元婚約者の会社を「上場廃止」に追い込む

作者: キュラス
掲載日:2026/05/31

「俺たちの会社、来月ついに東証に上場するんだ。これから役員として表に出る機会も増える。正直言って、事務職で地味な君は、俺の隣に立つ妻として相応しくないんだよ」


都内の高級ホテル、最上階のラウンジ。

淹れたてのダージリンティーの香りが漂う優雅な空間で、私の元婚約者となる男――拓海たくみは、悪びれる様子もなくそう言い放った。

彼の隣には、ゆるふわな巻き髪に、体にぴったりとフィットしたブランド物のワンピースを着た女性が座っている。同じ会社の広報担当、里香りかだ。


「ごめんなさい、結衣ゆいさん。拓海さんとはプロジェクトを一緒に進めるうちに、どうしてもビジネスパートナー以上の関係になっちゃって……。上場企業の役員夫人には、私みたいに社交的なタイプの方が合うって、社長も背中を押してくれたんです」


里香が、申し訳なさそうな顔を作りながら拓海の腕に身を寄せる。

拓海は満足げに頷き、テーブルの上に婚約指輪の入った小箱と、薄っぺらい封筒を置いた。


「手切れ金として、百万包んだ。結婚式場のキャンセル料も俺が持つ。これで綺麗に別れてくれ。俺の上場前という大事な時期に、揉め事を起こして足を引っ張るような真似はしないよな?」


(……なるほど。綺麗に別れてくれ、ね)


私は冷めた紅茶を一口飲み、目の前の二人を観察した。

拓海は自信に満ち溢れた顔をしているが、彼のオーダースーツの袖口には、里香の使っている甘ったるい香水と同じ匂いが染み付いている。里香の左手薬指には、私が選んだ婚約指輪よりも明らかにカラット数の大きなダイヤが光っていた。


「分かりました。婚約破棄、受け入れます。今までお世話になりました」


私が静かに頭を下げると、二人は拍子抜けしたような顔をした。

泣いてすがるか、怒り狂って修羅場になるかと思っていたのだろう。拓海は少し安堵したように「物分かりが良くて助かるよ」と笑い、足早にラウンジを去っていった。


残された私は、テーブルの上の手切れ金をバッグにしまいながら、微かに口角を上げた。


泣く? 怒る?

そんな非効率なことはしない。ただ、少しだけ「趣味」の時間を増やすだけだ。


*****


帰宅した私は、メイクを落とし、スウェットに着替えると、部屋の奥にあるデスクに座った。

そこにあるのは、一人暮らしのOLの部屋には似つかわしくない、高スペックなタワー型PCと、縦横に並べられたトリプルモニターの環境だ。


私の趣味は『OSINT(オシント:Open Source Intelligence)』。

合法的に公開されているオープンソースの情報(SNS、公開データベース、衛星写真、ニュース記事など)から、点と点を繋ぎ合わせ、隠された真実プロファイリングを暴き出すことである。

普段は趣味で、海外のネット特定班に混じって迷子のペットを探したり、フェイクニュースの震源地を特定したりして遊んでいる。


「さて。これから東証に上場しようっていう立派な役員様と、そのお飾りの広報様。ネットリテラシーはどれくらいあるのかしらね」


私はキーボードを叩き始めた。

まずは里香の公式SNSアカウント。広報らしく、キラキラしたオフィスの様子や、社長と拓海と一緒に写った「意識高い系」の投稿ばかりだ。

しかし、こんなものはただの表の顔。人間、承認欲求を満たすためには、必ず「裏の顔」を吐き出す場所を作る。


私は、里香が過去にアップした一枚のカフェの写真に目をつけた。

「週末は一人でゆっくりカフェ活♡」と書かれているが、テーブルに置かれたフォークは二つ。そして、大理石のテーブルの端には、拓海がいつも身につけている特徴的なロレックスの時計のベルトが1ミリだけ写り込んでいる。


私はそのカフェの場所を、窓の外に写る電柱の看板の色と、背景のタイルの目地から特定した。港区にある会員制のラウンジカフェだ。

次に、そのカフェの「位置情報」でインスタグラムとX(旧Twitter)を検索。該当する日時に絞り込み、投稿しているアカウントを片っ端からスクレイピング(自動抽出)していく。


「……ビンゴ」


五分後。私のモニターの一つに、鍵付きのアカウント『@rika_secret_night』が表示された。

フォロワーは数十人程度のクローズドなアカウントだが、プロフィール欄には「次期役員夫人/港区/上場待ち」と、隠す気すらない文字が並んでいる。


「鍵垢だからって、安心しきってるわね」


私は少し前に作成しておいた、彼女の趣味(高級外車とハイブランド)にドンピシャで刺さる架空の富裕層女性アカウントを使い、巧妙なメッセージを添えてフォローリクエストを送信した。数分後、あっさりと承認され、里香の裏垢の中身が私のモニターに溢れ出した。


『地味な事務女からついに彼氏奪還! 慰謝料(笑)の100万で納得して帰ったらしい。チョロすぎw』

『今日のディナーは彼のおごり♡ 上場したらストックオプションで億り人確定だから、今のうちに恩売っとこ』


画面を埋め尽くす、私へのマウントと拓海との匂わせ写真の数々。

普通の元カノなら、これを見て怒りに震え、このスクリーンショットを会社に送りつける程度の「ささやかな復讐」をするだろう。


だが、私はOSINTのプロだ。

こんな痴話喧嘩レベルのコンプライアンス違反(社内不倫)で、彼らにダメージを与えられるとは思っていない。会社側も「私生活のトラブル」として揉み消すのがオチだ。


私が探しているのは、上場企業として絶対に許されない**『致命的な爆弾』**だ。


私は里香の裏垢の画像を全てダウンロードし、専用の解析ツールに放り込んだ。

写真のEXIFデータ(撮影日時や位置情報)はSNS側で削除されているが、写真に写り込んだ「背景情報」までは消せない。


深夜二時。

数百枚の画像を拡大し、コントラストを調整し、影の角度を計算していた私の手が、ピタリと止まった。


「……えっ?」


それは、里香が一ヶ月前に裏垢にアップした『深夜のオフィスで彼とお仕事♡ 上場準備大変だけど頑張る!』という、社長室で撮られた自撮り写真だった。

里香と拓海が、シャンパングラスを持ってピースしている。


私が注目したのは、彼らの顔ではない。

二人の背後にある、全面ガラス張りの窓。そこに薄っすらと反射して写り込んでいる、社長室の『ホワイトボード』の文字だった。


私は画像を切り抜き、左右を反転させ、画質向上アップスケーリングAIにかけてノイズを除去した。

モニターに、ホワイトボードに書かれたマジックの文字が鮮明に浮かび上がる。


『裏金プール分:5000万(※トンネル会社B社経由)』

『監査法人対策:今期売上の前倒し計上+架空売上3億で粉飾』

『証券会社の担当〇〇へのキックバック:未上場株1万株付与』


「……ははっ」


私は思わず、モニターの前で声を出して笑ってしまった。

上場直前のベンチャー企業が絶対にやってはいけないことの満漢全席。粉飾決算、反社(あるいはそれに準ずるダミー会社)への資金流出、そして主幹事証券会社の担当者へのインサイダー的な贈賄。


「拓海。あなた、事務職の私を『地味でつまらない』って言ったわね」


私は冷たいコーヒーを飲み干し、キーボードに手を置いた。


「上場廃止(いや、そもそも上場承認取り消し)どころか、東京地検特捜部が動くレベルの特大エンターテインメント、私がお膳立てしてあげるわ」


私の『特定』は、ここからが本番だ。

私はホワイトボードに書かれた「B社」というダミー会社の特定と、証券会社の担当者「〇〇」の裏の交友関係を洗い出すため、法人登記のデータベースとダークウェブの入り口へとアクセスを開始した。


ホワイトボードに書かれていた『B社』という単語。

私は法務局のオンライン登記情報提供システムにアクセスし、数百円の課金をして「株式会社B」の商業登記簿謄本(履歴事項全部証明書)をダウンロードした。


「本店所在地は……新宿区の雑居ビル。ストリートビューで見ると、どう見てもダミー会社用のレンタルオフィスね」


代表取締役の名前は『鈴木一郎』といういかにもな偽名臭いものだったが、私はその役員欄の下にある「過去の取締役」の履歴に目をつけた。二年前まで取締役に名を連ねていた人物――それは、拓海の会社で現在CFO(最高財務責任者)を務めている男の、実の弟の名前だった。


「身内を使った典型的なトンネル会社。このB社に『業務委託費』などの名目で会社の資金を流し、プールしていた裏金をキックバックとして受け取っていたわけね」


次に、証券会社の担当者「〇〇」だ。

私はビジネス特化型SNSであるLinkedInを開き、主幹事証券会社である大手証券の公開プロファイルから、該当する名前と部署の人間を検索した。

すぐに一人の男のアカウントがヒットする。彼自身の投稿は真面目なビジネス論ばかりだが、私は彼が「いいね」を押している投稿や、タグ付けされている過去の写真を遡った。


「……見つけた。半年前のゴルフコンペの写真」


証券会社の男が笑顔で写っているゴルフコンペの集合写真。その隣で肩を組んでいるのは、拓海の会社の社長と、そして拓海自身だった。

さらに、証券会社の男が身につけている高級腕時計の購入時期と、ホワイトボードに書かれていた『未上場株1万株付与』の時期がピタリと一致する。裏金の一部が現金や時計として流れたか、あるいは上場後の値上がりを見越したインサイダー的な癒着の証拠だ。


「完璧だわ。ホワイトボードの記述、登記簿上の繋がり、そしてSNSに散らばった点と点。全てが一本の線で繋がった」


私は徹夜でこれらの情報を一つのPDFファイルにまとめ上げた。

タイトルは『株式会社〇〇の上場審査における重大なコンプライアンス違反および粉飾決算の告発について』。


証拠画像はすべて、いつ、どのURLから取得したかというタイムスタンプ付きのウェブ魚拓アーカイブのリンクを添えている。里香の裏垢の投稿画像も、EXIF情報の解析結果と、窓ガラスの反射を鮮明化したプロセスを技術レポートのように詳細に記載した。

誰がどう見ても「言い逃れ不可能な完全な証拠デジタル・タトゥー」の完成である。


「さて、これをどこに送るか、だけど」


会社のお問い合わせ窓口に送るなどという三流の真似はしない。

私は秘匿性の高い暗号化メールサービス(ProtonMail)を開き、三つの宛先を入力した。


一つ目は、東京証券取引所の上場審査部。

二つ目は、金融庁の証券取引等監視委員会(SESC)。

そして三つ目は、企業のスキャンダルを徹底的に暴くことで有名な、大手週刊誌のリーク窓口だ。


「送信、っと」


カチッ、とマウスをクリックする。

私の指先から放たれたデータが、彼らの栄光の未来を焼き尽くす業火となる。

私は伸びをし、冷めきったコーヒーを一気に飲み干すと、満足感とともにベッドへ倒れ込んだ。


*****


それから二週間後。

彼らの会社が東証グロース市場に上場する、まさにその前日の朝だった。


『――速報です。明日上場予定だったITベンチャー企業〇〇に対し、証券取引等監視委員会が強制調査に入りました。架空売上の計上による数億円規模の粉飾決算、およびインサイダー取引の疑いが持たれており、東京地検特捜部も合同で捜査に乗り出しているとのことです』


朝のニュース番組で、アナウンサーが緊迫した声で原稿を読み上げている。

画面には、段ボール箱を抱えたスーツ姿の捜査員たちが、拓海の会社のオフィスに次々と雪崩れ込んでいく様子が中継されていた。


「あらら。想像以上に展開が早かったわね」


私は焼きたてのトーストにバターを塗りながら、呑気にテレビを眺めていた。

東京証券取引所はすでに上場承認の取り消しを発表。主幹事証券会社も担当者の不正関与を認め、社長は辞任を表明する大惨事となっていた。当然、上場直前のベンチャー企業の株価など無価値の紙切れとなり、莫大な負債だけが残る。


ブブブブッ、ブブブブッ!


スマートフォンが狂ったように震え出した。

画面には『拓海』の文字。私はトーストを齧りながら、スピーカーモードにして通話ボタンを押した。


『ゆ、結衣!? 結衣か!? 助けてくれ!!』


電話の向こうから、裏返った情けない悲鳴が響いた。

あの高級ホテルのラウンジで見せた、自信に満ちたエリートの面影は微塵もない。


「どうしたの? 明日は待ちに待った上場日でしょ? 今頃、シャンパンでも開けてお祝いしてるのかと思ったけど」

『違うんだ! 全部、全部里香のせいなんだ! あいつが裏垢なんて作って、社長室で余計な写真を撮ったせいで……!』


どうやら、週刊誌のネットニュース版が『役員の愛人がSNSで不正を自爆!』というセンセーショナルな見出しで記事を出したらしく、里香の裏垢の存在はすでに社内外で完全に特定されているらしい。


『俺は知らなかったんだ! 会社が粉飾してるなんて! なのに、検察は俺まで共犯扱いしてきて……口座も凍結されて、会社の借金まで役員で被らされるかもしれないんだ!』


拓海は泣き喚いていた。

『なぁ、結衣! お前、実家がそこそこ太かったよな!? 弁護士費用を貸してくれ! いや、もう一度やり直そう! 俺にはお前みたいな堅実な女が必要だったんだ! 里香なんてただの遊びで……!』


「……拓海」


私は、テレビの音量を少し下げて、冷ややかに言い放った。


「私みたいな『地味でつまらない事務女』が、上場企業の役員様に相応しいわけないじゃない。それに私、あなたの裏垢も特定してるのよ?」

『……えっ?』

「『事務のバカ女騙して手切れ金100万でポイ捨て完了。これからは港区で港区女子と遊びまくるぜ』……だっけ? 一昨日まであんなにイキってたのに、ずいぶんとダサくなったわね」


『な、なんでそれを……!?』

「じゃあね。せいぜい、東京拘置所の冷たいご飯の味でも楽しんできなさい」


『ま、待ってくれ結衣! 頼む、結衣ィィィィ――!』


私は通話を切り、拓海の番号を完全にブロックした。里香の連絡先も、当然すでに着信拒否済みだ。

彼らはこれから、刑事罰と、株主からの巨額の損害賠償請求という、一生かけても払いきれない十字架を背負って生きていくことになる。

自らの承認欲求が招いた、自業自得の結末だ。


「さて、と」


私はスマートフォンをテーブルに置き、テレビを消した。

スッキリと晴れ渡った空が、窓の外に広がっている。


「今日は有給も取ってるし……新しいPCのモニターでも買いに行こうかな」


私の『OSINT』は、あくまで趣味だ。

世の中にはまだまだ、表の顔を取り繕いながら裏で悪事を働く人間が山のようにいる。彼らがSNSに落とした一滴のデジタルな痕跡ゴミを見つけ出し、パズルを解くように暴き出す快感。

それは、どんな高級なランチよりも、どんなブランド物の指輪よりも、私の心を最高に満たしてくれるのだ。


紅茶の最後の一滴を飲み干し、私は軽やかな足取りで部屋を後にした。

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