深夜の密談
午後十時。俺は指定された喫茶店の前に立っていた。
『ミラージュ』。駅から少し離れた、古びた喫茶店だ。学生はほとんど来ない。
店内に入ると、奥の席に高橋さんがいた。
「先輩」
近づくと、高橋さんが「座れ」と小さく言った。
俺は向かいの席に座った。
「先輩、一体何が――」
「声を落とせ」
高橋さんが、周囲を警戒するように見回した。
「いいか、ケンジ。俺たちは、とんでもないものを見つけてしまった」
「とんでもないもの、って」
「あの石だよ」
高橋さんが、テーブルの下から小さなUSBメモリを取り出した。
「あの日、俺は石のデータを全部記録した。写真、動画、紋様のスキャンデータ、全部だ」
「それ、没収されたんじゃ――」
「表向きはな。でも、バックアップは残してた」
高橋さんが、USBメモリを俺の手に握らせた。
「これを持っていろ。そして、絶対に誰にも渡すな」
「先輩、何を――」
「俺は、もうすぐ消される」
「消される?」
高橋さんの言葉の意味が、理解できなかった。
「大袈裟な、何を言って――」
「大袈裟じゃない」
高橋さんの目が、真剣だった。
「あの石は、ただの遺物じゃない。国家レベル、いや、それ以上の何かが関わってる。俺は、それを嗅ぎつけられた」
「先輩……」
「ケンジ、お前は若い。まだやり直せる。だから、このデータを持って逃げろ。そして、真実を暴け」
「逃げろって、俺に何をしろって――」
その時だった。
喫茶店の入口が開いた。
黒いスーツの男が、三人入ってきた。
「高橋さん」
男の一人が、低い声で呼びかけた。
「お話があります。ご同行願えますか」
高橋さんが、小さく笑った。
「やっぱり、来たか」
「先輩!」
俺が立ち上がろうとすると、高橋さんが手で制した。
「ケンジ、お前は動くな。これは、俺の問題だ」
「でも――」
「いいか、よく聞け」
高橋さんが、俺の目をまっすぐ見た。
「お前は、俺の分まで生きろ。そして、真実を明らかにしろ。それが、考古学者の使命だ」
高橋さんが立ち上がった。
男たちに囲まれて、店を出て行く。
「先輩!」
俺は叫んだ。でも、高橋さんは振り返らなかった。
店内に、俺一人が残された。
手の中のUSBメモリが、ずっしりと重かった。




