新宿の夜
新宿駅の雑踏に紛れて、俺は黒木との待ち合わせ場所に向かった。
歌舞伎町の裏路地。ネオンの光が届かない、薄暗い場所だ。
「篠原君」
暗がりから、黒木が現れた。
「無事だったか」
「なんとか。でも、もうアパートには戻れません」
「当然だ。今頃、部屋は家捜しされているだろう」
黒木が、タバコに火をつけた。
「ここもまずい。移動するぞ」
黒木に連れられて着いたのは、新宿から少し離れたビジネスホテルだった。
「ここなら、しばらくは安全だ」
部屋に入ると、黒木はノートパソコンを開いた。
「座れ。これから、本格的な作戦会議だ」
俺は、ベッドに腰を下ろした。
「黒木さん、あなたは一体何者なんですか。元政府職員って言ってましたけど」
「ああ。正確には、内閣情報調査室の元職員だ」
黒木が、画面から目を離さずに答えた。
「五年前まで、国家機密に関わる仕事をしていた。でも、ある事件をきっかけに辞めた」
「ある事件?」
「石に関する事件だ」
黒木が、初めて俺を見た。
「当時、俺は石の存在を知った。そして、それを隠蔽しようとする組織の存在も知った」
「それで、辞めたんですか」
「いや、辞めさせられたんだ。口封じのために」
黒木が、苦笑した。
「でも、俺は諦めなかった。独自に調査を続けて、今に至る」
「なぜ、そこまでするんですか」
「真実を知りたいからだ」
黒木が、タバコを消した。
「この世界には、表に出ない秘密が多すぎる。それが、俺は許せない」
その目には、強い意志があった。
「さて、本題に入ろう」
黒木が、画面を俺に向けた。
そこには、高橋さんが残した座標が表示されていた。
「沖縄県、八重山諸島の無人島。正確な位置は、ここだ」
地図が拡大される。小さな島が表示された。
「この島、名前もないんですか」
「地元の漁師は『禁忌の島』と呼んでいる」
黒木が、別の資料を開いた。
「古くから、この島には近づいてはいけないという伝承がある。上陸した者は、二度と戻ってこないと」
「まさか、そんな……」
「迷信だと思うか? でも、実際に何人も行方不明になっている」
黒木が、新聞記事を見せた。
『漁師、謎の失踪』
『調査隊、消息不明』
全て、その島に関連した事件だった。
「でも、高橋さんは、そこに石があると」
「ああ。おそらく、島の中心部に遺跡がある」
黒木が、立ち上がった。
「明日、そこに向かう。準備はいいか」
「え、もう?」
「時間がない。敵は、既に君の行動パターンを掴んでいる。ここも、長くは持たない」
黒木が、バッグから何かを取り出した。
偽造パスポートだった。
「これを使え。篠原ケンジという名前は、もう使えない」
パスポートを開くと、俺の写真が貼られていた。でも、名前は違う。
『田中康平』
「いつの間に、こんなものを……」
「俺の仕事は、情報と偽造だ」
黒木が、ニヤリと笑った。
「明朝六時、羽田空港で落ち合う。遅れるな」




