追跡者
その夜、俺はアパートに戻った。
データをバックアップして、必要最低限の荷物をまとめる。明日には、この部屋を出なければならない。
「考古学者になりたかっただけなのに……」
自嘲気味に呟いた。
その時、ドアがノックされた。
「誰だ」
返事はない。
嫌な予感がした。
ドアスコープから外を覗く。黒いスーツの男が、二人立っていた。
「篠原ケンジ君、開けてもらえますか」
低い声が、ドア越しに響いた。
「国家安全保障局の者です。少し、お話を伺いたい」
「令状は?」
「必要ありません。任意の聴取です」
任意。でも、拒否すれば強制的に連れて行かれるだろう。
「今、着替えます。少し待ってください」
「急いでください」
俺は、素早くバックパックを背負った。パソコンとUSBメモリを詰め込む。
窓を開けた。ここは二階だが、下は駐車場だ。飛び降りられない距離じゃない。
「篠原君、まだですか」
ドアを叩く音が、激しくなった。
「今、開けます」
俺は、窓から飛び降りた。
着地の瞬間、足首に鈍い痛みが走った。でも、構っている暇はない。
「待て!」
背後から、怒声が響いた。
俺は、走った。
駐車場を抜け、路地に入る。後ろから、足音が追ってくる。
「くそっ」
息が切れる。足が痛い。でも、止まれない。
路地を曲がり、商店街に出た。まだ店が開いている。人がいる。
「すみません」
通行人を押しのけながら、走り続けた。
後ろを振り返る。黒いスーツの男たちが、まだ追ってくる。
駅が見えた。
改札に飛び込み、Suicaをタッチする。ホームに駆け上がった。
ちょうど、電車が入ってくるところだった。
「間に合った……」
ドアが開く。俺は、飛び乗った。
ドアが閉まる直前、黒いスーツの男の一人が、ホームで立ち止まった。その目が、俺を睨んでいた。
電車が動き出した。
俺は、座席に崩れ込んだ。
「はあ、はあ……」
息が荒い。心臓が、破裂しそうだ。
でも、逃げ切った。
スマホを取り出して、黒木に電話をかけた。
「もしもし」
『篠原君か。どうした』
「追われました。今、電車で逃げてます」
『そうか。やはり、動き出したな』
黒木の声が、緊張していた。
『いいか、今すぐ新宿に来い。そこで落ち合おう』
「分かりました」
電話を切った。
窓の外を見る。夜の街が、流れていく。
「もう、後戻りできないな……」
小さく呟いた。
俺の日常は、完全に崩壊した。
でも、不思議と後悔はなかった。
これが、俺が選んだ道だ。
真実を追い求める、考古学者としての道だ。
「高橋さん、見ててください」
窓に映る自分の顔を見つめた。
「俺、絶対に真実を暴きます」
電車は、夜の闇の中を走り続けた。
俺の戦いは、まだ始まったばかりだった。




