第1.1話:運命の再会とPC-88の記憶
多摩川の夕焼けが、土手をオレンジ色に焼き尽くそうとしていた。 俺の名前はゾロ。ゾロ・銀座・アスターだ。 かつて大森建設戸塚技術センターで、成美菩薩と共に宇宙の理を演算し、1.3兆階の塔の基礎を築いた男。だが、今日の俺はただ、川面を見つめて立ち尽くしていた。
「……成美様に一言も告げずに行くのですか」
背後から響いたのは、鈴の音のように澄んだ、しかし芯の強い声だった。 振り向くと、そこには**波**が立っていた。俺の妻であり、最高の理解者。そして、俺の技術をすべて継承した第一の弟子でもある。
彼女の胸元で、夕日を反射して鈍く光る小さな金属板があった。そこには、かつての栄光の刻印が刻まれている。 ――PC-8801FR。 旅と経験の果てに、人々はいつか彼女を「アルキメデス」と呼ぶだろう。呼び名は日常を、名は運命を語る。今の彼女は、その古びた、しかし強靭な演算回路を心臓の隣に宿していた。
「あいつには、まだ言う時じゃない。成美の考えはこうだ。『自分が真理を見つけられなくても、誰かが見つけてくれればいい。真理を見つける者はそれを独占しない。見つかった真理は次元を越え、人々を幸福へ導く光になる』……。奴なら喜んで協力してくれるだろうが、今はまだ、俺一人の力で試したいことがあるんだ」
俺は肩をすくめ、軽く笑った。 波は静かに、しかし真剣な眼差しを崩さない。 「奴と俺は究極の縛りプレイマニアだからな。今回の切り札は“究極扇”――いや、言っても笑われるだけだな。山田君、円楽さんに座布団三枚だ」
「また遠回りをするのですね。確かに“THE END おぶ まけまけ 準惑星アンフィニテー”は強力な技ですが……」
波は呆れたように眉を上げるが、その瞳には信頼の色が宿っていた。 「俺が作った“THE END おぶ まけまけ”は伊達じゃない。勝てるさ」
俺は得意げに胸を張った。これから向かうのは、全宇宙の「権利」を独占しようとする利権公爵との、因果律を賭けた戦いだ。 ふと、波が思い出したように口を開く。
「ところで、猫は何匹連れてきたの?」
俺の問いに、波は誇らしげに答えた。 「劇団『四つの季節』とテーマパーク『ZOOらしいや』の協力で、二十万一匹です。二十万一匹、猫ちゃん大行進。餌代が高いので、今日のおやつはビッグかっちゃん一枚にしてもらいました」
俺は目を丸くしてから、ふっと吹き出した。二十万一匹の猫が、この河原を、そしてマントルの底を埋め尽くす光景。 「あんだースタンドだ。最高じゃないか」
短い沈黙の後、俺は柔らかい声で付け加えた。 「この戦いが終わったら、成美を誘って駅ビル八階の銀座アスターへ行こう。エビチリとエビマヨ、料理長自慢のゴマ団子で祝杯だ。食べ放題はなくなったが、味は変わらない」
舞台の回転が始まる。文字がスクリーンに浮かび、観客の視線が一点に集まる。 俺は一歩前に出て、低く、しかし確かな声で言った。
「説明を求めるのは、そちらだ」
回転劇場は回り続ける。幕は下りない。 物語は、この一歩から動き出す。




