表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/15

第五話 祝・ファンクラブ爆誕の日


ギルド登録から数日後。


手工業ギルド・ソレエスビアージャ支部長が、離宮に滞在中の皇太子マリシスに謁見を求めてきた。


――朝の執務室。



「マリシス殿下、本日はギルドの支部長から謁見の求めが入っております」


侍従のレオナルドが、皇太子マリシスに茶をすすめながら報告する。


「……ギルドが?」


「はい。なんでも“非常に前向きな”ご相談があるとか」


「前向き、ね……その言葉、自分で使うものなのか? 詳しい内容は聞いているのだろう?」


「ええ。実はですね、用件は『皇族ファンクラブの結成について』だそうで」


マリシスは、額を押さえて小さく呻いた。


「……なあレオナルド。お前なら、そういうの……嬉しいか?」


「なんのことでございましょう?」


「いや、その……“推される”ってやつだ。女性たちから。そうなったら、の話だ」


「もちろん! 坊ちゃん、いえ、殿下も素直にお喜びになればよろしいかと!」


「い、いや……俺は……喜んでなど……そんなの、ウィルが好きそうなだけだろ……」


寡黙な皇太子は、顔を赤らめながら椅子の向きをくるりと窓の方へ向けた。




午後になると――


手工業ギルド・ソレエスピアージャ支部長ジョージ・アキンド3世と、その後ろに隠れるように受付嬢ニコラが応接室へと通された。


その直後。


「……な、なぜ俺の誕生日にクッキーなど……売らねばならんのだ……恥ずかしいではないか……」


静かな一室に、マリシスの悲痛な声が響いた。


「なにを仰ってるんですか!? これは私たちが“推し”に贈る、ファンクラブ結成記念の最初の一手ですよ!!」


マリシスの言葉を遮って、ニコラが勢いよく畳みかける。

不敬の極みだが、もはやそんなことはどうでもいい。


「い、いや……ファンクラブ? そんなもの、俺はまだ許可した覚えは……」


侍従レオナルドが、にこやかに笑って言った。


「坊ちゃんは、こういうの初体験ですから。どうぞよろしくお願いしますね」


「レオナルド! 聞いているのか!? 俺はもう、この謁見をまとめる自信が――」


「殿下、民の声に耳を傾け、幸せに向き合う。いつもそう仰せではありませんか?」


レオナルドはにっこり微笑んだ。


「今、帝国の一市民であるニコラ嬢が、たくさんの帝国女子を幸せにしようとしております。それを支えることこそ――殿下のお役目ではございませんか?」


レオナルドは、さらに続けるべく、

いくつもの茶葉の缶を載せたトレーをすっと差し出した。


「こちらはおすすめのフレーバーティーでございます。クッキーとご一緒にいかがでしょう。……ちなみに殿下は焼きりんごのフレーバーがお好みで。焼き菓子との相性も抜群でございます」


「……ほう。これは……なかなか市場に出回らぬ、幻の逸品では?」


ここで支部長ジョージが食いつく。

かつて何度も交渉に挑んでは断られてきたその茶葉が、今まさに目の前に。


「マリシス殿下のご評判を、帝国一へと押し上げて差し上げてくださるのですから。そのお礼代わりに一つ、ご提案を。クッキーと茶葉、セットにしての限定販売など、いかがでしょう?」


「いやはや、まいりましたな。しかしながら、残念! この茶葉……我々の中央本部が何度も交渉を試みましたが、栽培元のシュヒテル侯爵家が首を縦に振ってはくれんのです。別案を探すしか――」


「ふふ……そこは、私にお任せを」


レオナルドが自信たっぷりに微笑む隣で、マリシスがぼそりと呟いた。


「ああ、任せてやれ。あそこはレオナルドの実家だ。自分の懐が潤うとなれば、全力で動くだろう」


「えっ!? ということは……つまり、結成に同意してくださったということで、よろしいんですね!?」


「……か、勝手にしろ……」


マリシスは顔を逸らしながら、小さく頷いた。


こうして無事に、ニコラと皇太子による記念すべき第一回の謁見は幕を下ろした。


――そしてこの日は、のちに『ファンクラブ結成決定記念日』として語り継がれることとなる。



そうしてニコラはこの日、脳内でこっそり“接客マニュアル草案”なるものを完成させたのだった。



◇◆ ◇◆ ◇◆



【ルヴェルディ帝国ギルド支部 極秘マニュアル】

 ――受付嬢ニコラ脳内・速記版 


《皇族:皇太子・マリシス殿下 編》

・推奨距離:最低1m(至近距離での突然の照れ顔は破壊力『高』)

・笑顔の頻度:レア。出たら勝ち。第一目撃者はニコラ。

・言葉の重み:「……勝手にしたらいい」は承認のサイン(※公式認定)

・不意打ち注意:

 例:「俺は……喜んでなど……」→破壊力SS級

 対処法:慌てない・騒がない・取り乱さない


《周辺人物:侍従レオナルド 編》

・注意:笑顔とお茶のコンボに油断すべからず

・特徴:殿下を丸め込みがち。事実上の実務責任者

・裏技:茶葉の話を振ると話が通りやすくなる(?)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ