第五話 祝・ファンクラブ爆誕の日
ギルド登録から数日後。
手工業ギルド・ソレエスビアージャ支部長が、離宮に滞在中の皇太子マリシスに謁見を求めてきた。
――朝の執務室。
「マリシス殿下、本日はギルドの支部長から謁見の求めが入っております」
侍従のレオナルドが、皇太子マリシスに茶をすすめながら報告する。
「……ギルドが?」
「はい。なんでも“非常に前向きな”ご相談があるとか」
「前向き、ね……その言葉、自分で使うものなのか? 詳しい内容は聞いているのだろう?」
「ええ。実はですね、用件は『皇族ファンクラブの結成について』だそうで」
マリシスは、額を押さえて小さく呻いた。
「……なあレオナルド。お前なら、そういうの……嬉しいか?」
「なんのことでございましょう?」
「いや、その……“推される”ってやつだ。女性たちから。そうなったら、の話だ」
「もちろん! 坊ちゃん、いえ、殿下も素直にお喜びになればよろしいかと!」
「い、いや……俺は……喜んでなど……そんなの、ウィルが好きそうなだけだろ……」
寡黙な皇太子は、顔を赤らめながら椅子の向きをくるりと窓の方へ向けた。
◇
午後になると――
手工業ギルド・ソレエスピアージャ支部長ジョージ・アキンド3世と、その後ろに隠れるように受付嬢ニコラが応接室へと通された。
その直後。
「……な、なぜ俺の誕生日にクッキーなど……売らねばならんのだ……恥ずかしいではないか……」
静かな一室に、マリシスの悲痛な声が響いた。
「なにを仰ってるんですか!? これは私たちが“推し”に贈る、ファンクラブ結成記念の最初の一手ですよ!!」
マリシスの言葉を遮って、ニコラが勢いよく畳みかける。
不敬の極みだが、もはやそんなことはどうでもいい。
「い、いや……ファンクラブ? そんなもの、俺はまだ許可した覚えは……」
侍従レオナルドが、にこやかに笑って言った。
「坊ちゃんは、こういうの初体験ですから。どうぞよろしくお願いしますね」
「レオナルド! 聞いているのか!? 俺はもう、この謁見をまとめる自信が――」
「殿下、民の声に耳を傾け、幸せに向き合う。いつもそう仰せではありませんか?」
レオナルドはにっこり微笑んだ。
「今、帝国の一市民であるニコラ嬢が、たくさんの帝国女子を幸せにしようとしております。それを支えることこそ――殿下のお役目ではございませんか?」
レオナルドは、さらに続けるべく、
いくつもの茶葉の缶を載せたトレーをすっと差し出した。
「こちらはおすすめのフレーバーティーでございます。クッキーとご一緒にいかがでしょう。……ちなみに殿下は焼きりんごのフレーバーがお好みで。焼き菓子との相性も抜群でございます」
「……ほう。これは……なかなか市場に出回らぬ、幻の逸品では?」
ここで支部長ジョージが食いつく。
かつて何度も交渉に挑んでは断られてきたその茶葉が、今まさに目の前に。
「マリシス殿下のご評判を、帝国一へと押し上げて差し上げてくださるのですから。そのお礼代わりに一つ、ご提案を。クッキーと茶葉、セットにしての限定販売など、いかがでしょう?」
「いやはや、まいりましたな。しかしながら、残念! この茶葉……我々の中央本部が何度も交渉を試みましたが、栽培元のシュヒテル侯爵家が首を縦に振ってはくれんのです。別案を探すしか――」
「ふふ……そこは、私にお任せを」
レオナルドが自信たっぷりに微笑む隣で、マリシスがぼそりと呟いた。
「ああ、任せてやれ。あそこはレオナルドの実家だ。自分の懐が潤うとなれば、全力で動くだろう」
「えっ!? ということは……つまり、結成に同意してくださったということで、よろしいんですね!?」
「……か、勝手にしろ……」
マリシスは顔を逸らしながら、小さく頷いた。
こうして無事に、ニコラと皇太子による記念すべき第一回の謁見は幕を下ろした。
――そしてこの日は、のちに『ファンクラブ結成決定記念日』として語り継がれることとなる。
そうしてニコラはこの日、脳内でこっそり“接客マニュアル草案”なるものを完成させたのだった。
◇◆ ◇◆ ◇◆
【ルヴェルディ帝国ギルド支部 極秘マニュアル】
――受付嬢ニコラ脳内・速記版
《皇族:皇太子・マリシス殿下 編》
・推奨距離:最低1m(至近距離での突然の照れ顔は破壊力『高』)
・笑顔の頻度:レア。出たら勝ち。第一目撃者はニコラ。
・言葉の重み:「……勝手にしたらいい」は承認のサイン(※公式認定)
・不意打ち注意:
例:「俺は……喜んでなど……」→破壊力SS級
対処法:慌てない・騒がない・取り乱さない
《周辺人物:侍従レオナルド 編》
・注意:笑顔とお茶のコンボに油断すべからず
・特徴:殿下を丸め込みがち。事実上の実務責任者
・裏技:茶葉の話を振ると話が通りやすくなる(?)