第四話 推し活講義、開講です!
鳴り止まぬ拍手のなか、
アナスタシア殿下が小さく笑いながら言った。
「ニコラさん、さっきスタンプを二回おしてましたね?」
「えっ!? そ、そんな……!」
周囲の空気が一気に和らぎ、ギルドのメンバーたちも笑い声を上げた。
「ふふっ、推しの前でやらかすなんて可愛いですね」
アナスタシア殿下の無邪気な笑顔に、私は救われた気持ちになった。
(これからの毎日、少しだけ楽しみかもしれない……)
そう思った瞬間、鐘の音がまた心の奥で鳴り響いた。
――あぁ……私の新しい物語、いま始まったな。
◇
なおもギルド支部では、黄色い歓声が響いている。
「なんだか……すごいことになってるね」
「うん……推しって何だろう……」
隣で首をかしげるトリアージェに、アナスタシアは小さく息を吐いた。
「……推しっていうのはね、簡単に言うと、“全力で応援したい存在”のこと」
「存在……?」
「前世の世界では、芸能人とかアイドル、キャラクター、時にはパン屋の看板娘まで……何でも“推せる”って言って、好きになる対象に全力投資する文化があったの」
「キャラクター……?全力投資……!?」
「うん。応援して、会いに行って、グッズ買って、人生かけて……お金もたくさん使う」
「……人生!?」
「そう。“推しは命”って言葉もあったくらい」
「ひ、ひえぇ……」
アナスタシアは、あの狂熱のリリイベ(※リリースイベント)会場を思い出して、遠い目になる。
「……ここ、今まさにそれ。たぶん“皇族推し”の総選挙、始まってる」
トリアージェはなおも不思議そうな顔。
「えっと……じゃあ、わたしたちの“推し”って……?」
「うーん、レイモンドとアベルじゃない?……あ、アージェの場合、セシルか?」
「……なんか、わかった」
この時……きっと、
アナスタシアの守護精霊アベルはギルドの馬車寄せで、トリアージェの護衛騎士セシルは城の一室で、揃ってくしゃみをしたに違いない。
そうして渦中の二人——
マリシスは騎士志望の若者たちに囲まれ、なぜか人生相談を受けており、
ウィルフレッドの前には握手を求める列ができていた。
——姉妹はますます、置き去りにされていくのである。
「……それにしてもあの人たち、私たちの登録に来たんだよね?」
「……来たよ。たぶん……」
「……ま、結果オーライか」
静かにうなずき合うふたり。
騎士レイモンドだけが彼女たちの横にそっと並んで、ひとこと。
「お疲れ様でした。では、職人ギルドの許可証を受け取りに行きましょうか?」
「うん。私たちのギルド生活、ここから始まるんだもんね」
喧騒の中、三人だけが、静かにその場を後にした。
《ニコラのひとこと日記》
アナスタシア殿下、なんで「推し」の定義を知ってるんだろ?
え……もしかして、転生者の先輩? ……なんてことある??