第三話 二人目の皇子、降臨
マリシス殿下の後ろから、もう一人の青年が静かに現れた。
「……書類が上下逆ですよ、兄上」
ふんわりと、優しくツッコミが混じる。
「あっ、またか……ありがとう、ウィル!」
第二皇子、ウィルフレッド殿下だ。
彼は制服の上にローブを無造作に羽織り、手には重要そうな魔封筒を持っている。
軽く私に一礼をして、証明書を丁寧に差し出した。
「登録者二名分の書類です。署名と捺印は済んでいます。補足条文に基づき、特例の適用も明記されています」
彼の落ち着いた物腰に、私はつい息を飲む。
そして、周囲の女子たちの反応もまた、激しかった。
平民女子、壊れるの巻——。
「えっ、ウィル様!? 兄弟揃って来るなんて……!」
「ローブのひらめきがすごい……物理法則超えてない?」
「控えめ王子なのに爆イケすぎる……」
「マリシス様も捨てがたいけど、ウィル様も推せる……!」
「推しが増えすぎて困る!」
二派に分かれたファンたちは熱く語り合い、受付嬢の私は、思わず机の下で深呼吸した。
「はあ……無理……呼吸が浅くなる……」
その時、男子からも声が上がった。
「あの剣……聖剣じゃないか?」
「本物かよ、マジで!?」
男女問わず、推し活は確実に盛り上がりを見せた。
私はただ、押し寄せる興奮を目の前にしながら、心のなかで呟いた。
(また死にそう……いや、生きるためにがんばろう……!)
「妹たちが無事に登録できるようにって……書類揃えたんだけど、これで合ってるかな」
マリシス殿下は照れ臭そうに笑って、カウンター越しにそっと歩み寄ってくる。
私の目の前、ほとんど息がかかりそうな距離で——ふっと、微笑んだ。
「……大丈夫、緊張しなくていいよ」
(ちょ……近っ……無理……推し至近距離は無理……!)
声が出なくなりそうで、私はうなずくことしかできなかった。
(皇子が、私に直接話しかけてる……!?)
すっかり緊張の極みで、まるでモブキャラの気分。
「これで年齢要件はクリアです。登録、お願いします」
騎士様の言葉が美しく響いて、私は震える手で書類を受け取った。
「は、はいっ! 承知しました!」
声が裏返りそうになりながらも、スタンプを押す。
勢い余って、二重に押してしまった。
「あ……しまった……」
マリシス殿下が微笑みながら、軽くクスリと笑う。
(えっ、殿下が笑った!?)
その瞬間、ギルド内のざわめきが一層大きくなる。
「マリシス様が笑ったぞ!」
「微笑みが近距離で直撃って、即死じゃん!」
「この“微笑み王子”属性はズルい!」
——「妹たちを、よろしく頼む。バッグ作り、きっと上手になるから」
「“妹”って言った!? 公式で!? やばい、推せる……」
「身内に優しい王子、最高です!」
受付嬢の私は、溢れる熱気に圧倒されながらも、確かな喜びを感じていた。
(本当に……夢みたい)
マリシス殿下が、私の方をちらりと見て──
片目だけ、そっと閉じて微笑む。
(え……今、ウインク!?)
その瞬間、胸の鼓動が一段と跳ね上がった。
「じゃ、登録、できるよね?」
「は、はいっ!! 特例適用、確認しました……!」
私は何度もうなずいて、ようやく声を絞り出す。
「お、おおおおっけーです!! これ正式に登録通ります!! ギルド長にも報告します!!」
ついに、双子の皇女殿下にギルド職印が手渡されたのだった。
ほんとにこの時、空気が一瞬で変わったんだよね。
「やったぁ……!」
二人の殿下が手を取り合って跳ねるように喜ぶ。
なんだこの可愛さは。
「これで、“バッグ屋”として堂々と活動できるんだな」
「うん。でも、私たちの本業は『死なないバッグ』を作ること。だからね」
「……そのセリフ、重役みたいでかっけぇな、姫さん」
片時もアナスタシア殿下から離れなかった黒髪の超絶美青年がつぶやいた。
やがてギルド内に、ぱらぱらと拍手が起こる。
それが徐々に広がり、祝福と称賛の波になっていった。
──こうして、双子の皇女によるバッグ工房『想布の工房』は、
ギルド登録というかたちで、正式にデビューを果たしたのだった。