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転生者の俺に転移者が絡んできたら

作者: 梨花

 生まれ変わりってのは、本当にあるらしい。

 友人と話してて、「昔これに似たようなことあったな」って思って、そのまま伝えたら誰と間違えてるんだって笑われて。

 家族に対して「家族ってこの人達だったっけ?」と思って、そのまま伝えたら泣きそうな顔されて。

 そうやって何度も確認して現実との齟齬を埋める内に、あの記憶は前世なんだと受け入れられるようになった。


 こことは全く違う世界だ。

 国じゃなくて世界が違うと思う理由は、髪や目の色の多彩さとか、顔付きとか、道具とか、何もかも違う。

 何より、魔力が無いようで、何をするにも手作業が付き物なのだ。

 絶対違う。


 記憶を受け入れてから、それまでは無自覚に悪いことをしては親にブチギレられていた俺はナリを潜め、すっかり良い子なってしまった。親は喜ぶより戸惑っていた。

 成人になった記憶があるとはいえ、子供時代は有り余る体力と気力を発散する為に、目一杯遊びまくって好きに生きた。

 つまり、悪ガキからただの元気一杯のお子様になったってことだ。

 そうなると親は嬉しそうに見守ってくれるようになった。問題児が居なくなったんだ。心の平穏を願う。


 男爵位の我が家は一応貴族ということになる。貴族は10歳になったら入る学校がある。

 ほぼ独学で勉強してきたが、前世の記憶のお陰で授業がチョロい。こんなんでいいのかって思っていたが、当然学年が上がる毎に難しくなっていく。加えて、理論が解ってきたら実践で魔法を習得する。まあ、楽しくて練習しまくったら次々出来るようになったし、勉強もまあまあ出来た。

 元気一杯のお子様時代も過ぎた俺は、いつの間にか優等生と呼ばれるようになっていた。


 優等生なんて柄じゃないのにと思いながら過ごしていたある日、異世界から聖女がやってきたという噂が全校を駆け抜けた。

 何それゲームみたいじゃん、と軽い気持ちで編入してきた聖女を職員室近くまで見物しに行ったら、懐かしい感覚に陥った。

 黒髪に焦げ茶の目、異世界の学校の制服を身に纏った同い年のその女は、俺の前世と同じ世界の同じ国出身ではないかという気がした。既視感が強い。

 なんとなく、関わらない方が良いかもしれないと、距離を置こうと考えた。そいつの周りには王族だの高位貴族だのがわんさか居たからだ。


 そんな事を考えた時もあったよ。


「フェリス、お前が彼女の面倒を見てやってくれ」


 柊木(ひいらぎ)(りん)と名乗った聖女は俺の隣の席に座った。よろしくと挨拶はしたが、あっという間に方針が崩れ去ってしまい悩む。面倒を見なければならないのだから、むしろ積極的に関わりに行かなければならない。

 だが、危惧していた割に、聖女は言語を既に習得しており、魔力もすぐに扱えるようになった。これなら直ぐにお役御免になるかもしれないと希望を見たが、それもある日、夢と散った。



「ねえ、これってなに?」


 食堂のメニューを指差しながら、柊木が聞いてきた。この世界で柊木が一番戸惑っているのが食事だった。

 確かに文字が読めて音がわかっても、それが差す物が解らなければ意味がない。

 日常生活で使う物は王宮に住む彼女にとって侍女がなんでもしてくれる筈だ。言葉の齟齬も丁寧に教えられて直ぐに埋まったのだろう。

 しかし食べ物は教わりきれていないらしい。だから一緒に食堂でご飯を食べて教えていた。だが、これはなんと言おうか。


「これは果物だよ」


 親切に第二王子様が教えていた。


「どんな形?」

「細い茎のような物の先に小さい粒がついてんだよ」


 騎士を目指し荒々しい日々を送るが故に、高位貴族の割に口が悪い公爵家嫡男も教えた。

 それだけじゃ分からんだろうが、俺もうまく説明できる気がしないんだよなと更に頭を悩ませていた。

 すると、聖女がわかったと頷いた。ああ、分かったのかと、俺は油断してしまったんだ。


「『さくらんぼ』ね! 私大好き! これにしようかなあ」

「いや、これは『さくらんぼ』じゃない。似てるのは『ぶどう』なんだよ」

「ああ! そっちかあ! 『ぶどう』……えっ。『ぶどう』!?」


 柊木が目を大きくして俺を見た。

 公爵家嫡男が怪訝そうに目を細めた。

 王子様が新しい獲物を見付けたような目をした。

 当然、そんな目を向けられなくったって、俺も自分の失態に気付いていた。


「あっ、そういえば先生に呼ばれていたのを思い出した。じゃあ、これで――」

「待って!」

「待ちなさい」

「待て」


 3人に両腕を掴まれた俺は動けなくなった。特に同年とは思えない逞しい肉体の公爵家嫡男の掴んでいる所は痛みすらある。逃げられる気がしなかった。

 メニューは適当に近くに居た生徒に四人分持ってくるよう頼み、そのまま食堂の片隅に連れて行かれて洗いざらい吐かされた。だって国家反逆罪の恐れありっていう冤罪で捕まえるぞって脅されたんだ。その目付きから王族ジョークと言い切れないものが伝わってきた。ただの男爵家嫡男の俺にはどうすることも出来なかった。

 それからの柊木は、それまでの淡白とも言える接触から、ベタベタと言える程に俺に付きまとった。


「ねぇねぇ! 『異世界転生チート』ってあるの?」

「なんだそれは。記憶があるだけだから少し勉強で得した程度だ」


「ね! この国に『富士山』みたいなのってないの?」

「象徴という意味か? それとも山か? どちらにしろ思い当たるものは無いな」


「えっ! この国って温泉無いの!?」

「残念ながらな。だが隣の国にはあるぞ。友好国だからいつでも行ける筈だが、柊木はどうだろうな……」


 毎日日にち、思い付いたことは全て聞いて来ているんじゃないかと思う程の質問の数々に、なるほど転移だとそういう疑問が湧くのかと面白さを感じながら答えていた。

 時に、思い出せるが意識していなかったような記憶も質問で思い出せたこともあり、柊木とは同郷であると確信するに至った。


「リン・ヒイラギだけではないよ。セルジオ・フェリスも今や国の保護対象だ。友好国といえど、出国するなら王族の許可印が必要だよ」

「えっ!? 嘘でしょう!?」

「こんなことで騙さないよ」


 柊木と一緒に居ると、たまに思いがけない情報を周囲が教えてくれるが、知らずに居たかった事もある。


「護衛対象が増えて大変なんだ。大人しくしてろよ」


 公爵家嫡男様が威圧してくる。

 貴族といえど一国民相手に何してくれてんだと思うものの、仕事を増やしてしまったのは申し訳なく思う。同じ学年のよしみで王子様を守らされてたら聖女が現れた上に、聖女と同郷の記憶を持つ俺登場だ。てんやわんやだろう。

 俺は聖女と違って異世界チートとやらは持ち合わせていないから、聖女と同郷であることが重要なのだろう。柊木は明らかに、同郷の人間が居ることが分かってからの方が生き生きとしている。

 特に食堂だ。長い休憩でご飯の話をするのが楽しいらしい。女ってのはどこそこの飯が旨いとか、あのカフェのなにやらが流行りだなどの話を必ずする印象は強い。母もそうだ。


「ちょっと飽きてきたなあ。こんな黄色いのじゃなくて、白いご飯が恋しい」

「……ああ、確かに旨かった気がするな」

「忘れちゃってたの!?」

「味覚の記憶が別の体にある方が不気味だろう」

「えっ……あー、確かにそうかも。じ、じゃあさ、自宅で飯テロしてないの?」

「なんだそれは。飯がテロを起こすのか」

「そうよ! 美味しくない異世界のご飯に革命を起こして皆を虜にするの!」

「アホか。十分旨いと思っているものを容易く変えられて堪るか」


 この頃、こうやって馬鹿なことを言ってはショックを受けた顔で黙り込む柊木を見ていると、可愛いなと思えてきている。

 顔は普通に可愛い。飛び抜けて美人という訳ではない所に親しみを感じる。

 バカな言動に呆れつつ笑っていると柊木が首を少し傾げた。その首の角度、良いな。


「フェリスって、口悪いよね」

「……ああ、悪い。なるべく外では出ないようにしてるんだが、気が抜けると出てしまう」


 口の悪さが嫌だと言われている訳ではないと分かっているが、貴族としては直さなければならない致命的欠陥だ。

 だが、柊木は満面の笑みを浮かべた。


「それって、私に気を許してるってことよね! 嬉しい!」


 笑顔が太陽のようだ、というのは、俺がコイツに惚れてしまったから思うことだろうか。

 聖女でなければなと、思う日が増えた。

 恐らく柊木は王子と婚姻を結ぶだろう。聖女と呼ぶからには特別な力がある筈だ。王族が囲うに違いない。俺のような低い爵位しか持たない男のところに来る筈がない。悔しく思うが、こればっかりは仕方がない。

 そんな俺を、よく王子が見ていることにも気付いた。警戒されているのかもしれない。これ以上親しくするのは危険だ。適度な距離を保たなければならない。


「ところでフェリス、進路はどのように考えているのかな?」


 王子が何かの探りを入れてくる。どう答えるのが正解かわからない。普通に希望することを述べれば良いだろうか。


「祖父も父も元気に領地運営をしておりますので、先ずは官僚となって国について学ぼうかと考えています」


 社長に面接されている気分で回答してしまった。あまりスラスラと答えるのもどうかと思ったので口を止める。可愛げは必要だ。上司には可愛がって貰いたい。


「ふうん。では、城に勤める気がある、ということだね?」

「はい。今のところは、ですが」

「ああ、そうだろう。フェリス男爵が元気である内は、という条件であることはわかっている」


 王子が手を振って説明不要とされた。

 その日から、王子の対応が変わった。まるで俺を臣下のように扱う。どこかへ行く時は共に連れて行かれるし、俺の欠点を見付けては指摘し直すよう命令された。

 もしかして引き抜かれようとしているのだろうか。忘れがちだが、一応俺は優等生だ。側近候補の条件に合致するのかもしれない。

 しかし、当然周囲は高位貴族だ。好意的でない目で見られることもあるし、側近になりたいが近付けない奴らに睨まれるようになった。

 友人も何人か減った。


 そんなある日、魔法実演の授業で、トーナメント戦をやることになった。柊木と組んで、良いところを見せようと張り切ったら順当に勝ち上がった。当然、対戦相手も強くなっていく。

 対戦相手と交差した時、何か甘くて嫌な匂いがした。変な香水でも付けているのかと思って始めは気にしなかったが、何度か接近して嗅いでいる内に体が少しずつ痺れていって、思うように動かせなくなった。

 まさか神経毒か。側近を狙っていることは知っていたが、まさかこんな手段に出るとは思ってもいなかった。

 足から力が抜けて思わず膝を地に付けた時、狙ったように対戦相手二人の、二人なりの、特大魔法が放たれた。勿論標的は俺だ。


「ジオ!!」


 これはヤバイと焦った瞬間、柊木が間に飛び込んできた。馬鹿なことをするなと怒鳴り付けたかったが口も動かしにくくなっていた。

 目の前で柊木が結界を張ってくれたが不完全で、こんなもの直ぐに壊れてしまうだろう。

 俺だけならまだしも、柊木を巻き込んでしまうなんて嫌だ。向かってきた魔法は熱も放出している。火傷をしたらどうする。女の子なんだから自重しろ。

 絶対に食らうのを阻止しなければならない。方法なんて知らなかったが、そんなことは関係ない。俺の知識、経験の全てを脳内で漁った時、ふと沸き上がった思い付きがあった。

 魔法の無効化。そんな荒唐無稽なことを可能にしている作り話が頭の中央に据えられた。

 魔法を構成する魔力を分散させる。体は動かないが魔力を動かすだけなら出来る。魔法を放つのではなく、魔力をぶつけて分散させるんだ。

 結界が壊れ、柊木が俺を庇おうと抱き付いてきた。俺に出来る動きといえば後は倒れるだけだ。なるべく柊木に多く乗れるように残る力を振り絞った。

 そして、体内にある全ての魔力を魔法にぶつけた。どうなるかなんてわからない。でもこれしかない。


「……っえ!?」


 俺が倒れたことで、結果的に上を向くことになった柊木の声が肩辺りでした。顔を出すなよ。危ないことが分からないのか。

 そう思ったが、いつまで待っても魔法がやって来ない。もしかして、成功したのか。

 辺りが静まり返っているのか、俺の聴力も落ちてきたのか、どんどん何も聞こえなくなっていった。




「君、とんでもないことをしてくれたよね」


 目覚めると病院だった。あのトーナメントの日から数日経過していた。

 その日の内に、王子がわざわざ見舞いにやってきてくれた。と思ったら、にこやかな笑顔で俺の功績を示唆した。


「はあ……。やけくそだったんですが、どうなりましたかね……」


 まだ気力が戻ってなくて不敬にならないギリギリを保てている、と信じたい。

 俺の質問に答えてくれたのは公爵家嫡男だった。

 あの時の俺は、やはり毒でやられていたらしい。死にはしないが一時的に全身の自由がきかなくなるものだった。

 対戦相手は解毒薬を飲んでいたから平気だったらしい。まあ、自分で用意した毒に自分がやられるアホは居ないだろう。

 対戦相手は二人とも伯爵家でそれも中央権力に近い家柄だった。仲も家族ぐるみで良いらしい。そして二人とも、俺が目障りだった。聖女と仲が良く、王子の覚えもめでたい。ここら辺でお灸を据えてやろうと、俺にあんなことを仕出かしたと。

 死んだらどうしてくれる。間抜け共め。

 勿論、国が保護している者を二人も害そうとした罪で投獄されたそうだ。この国に少年保護法は無い。非常にムカつくので酷い刑になれば良い。

  二人は家の地位が高い故に咎め無しと判断されると思い込んでいたとのことらしいが、どこの無法国家に住んでるつもりなのやら。徒党を組むと馬鹿になる奴は居るが、二人はその典型のようだ。

 柊木は擦り傷や打撲程度で済んだらしい。打撲に関しては俺の体重が乗った上で固い地面に倒れたから出来てしまったらしく、悪いことをしたと反省しきりだ。


「さて、ここからは君の扱いについてだ」


 えらく改まった言い方を王子がしてきた。キラキラスマイルは引っ込み、王族らしい本音が見えない不適な笑みをしている。つまり学生同士ではなく王子と男爵家嫡男として会話したいということだろう。

 寝っ転がったままで良いのだろうか。

 しかし起き上がろうとしたら目眩がし、公爵家嫡男に止められた。不敬で申し訳ないが、寝たまま会話することになった。


「そもそも、別世界の記憶があるというだけで君の価値は計り知れなかった。どう扱えば良いか陛下も頭を悩ませていたんだよ」


 イレギュラーな存在で大変申し訳ない。

 国のトップが存在を把握している時点で重要度が判ろうというものだ。


「有り難いことに君は学業が優秀で、優等生だ。私の側近としても申し分無い程の成績だ。爵位が低いことだけがネックだった」


 そうでしょうとも。わざわざ言われなくても自覚している。


「何か功績を上げてくれたら大義名分が立つのにと思っていた矢先のアレだよ。わかるよね」

「……魔法の無効化に成功した、ということでしょうか」

「やはり狙ってやったのか。ああ、見事だったよ。学生とはいえ二人の練られた魔力は相当量だった。それを君は動けない身で、魔力だけで、消し飛ばしちゃったんだよ」

「魔力しか使えませんでしたからね……」


 あんな状況には二度となりたくない。実際は死なない程度の魔法だったんだろうが、食らう方からすれば殺されると本気で思ったのだから。

 俺は戦闘員の立場には絶対にならないし目指さないと心に決めた。


「普段から練習していたのかな」

「いいえ、していません。あの時はなんとかしなければならないと、その一心で試みた結果、成功しただけです」

「やはりあの場で思い付いたということだね」


 王子は頷くと、公爵家嫡男を見た。後を引き取って話し始める。


「お前が魔法を消したのを見て、騎士や魔術師を目指す者達がこぞって真似をしようとした。連日、鍛練場では魔法に魔力をぶつける練習をする者が続出している。生徒だけではない。耳にした大人達も挑戦している」


 とんでもないことになっていた。でも、試してみたくなるのはわかる。色々と使い道もあるだろうしな。


「だが、報告によると誰一人成功していない」

「……えっ?」

「誰一人として、既に発動した魔法に魔力をぶつけても消すことが出来ないのだ」


 歯痒そうな顔を見ると、公爵家嫡男も出来なかったようだ。

 しかし、あれはそんなに難しいだろうか。


「正直なところ、あの時は無我夢中でしたのでよく覚えていません。もしかしたら何か良い条件が重なっただけなのかもしれませんね」


 無難な回答だと思う。でも睨まれた。いや、悔しそうにされただけか。

 たかが次代男爵が次代公爵の自尊心に楔を打ち込んでしまったらしい。

 また王子が話し始める。


「どんなに優秀な魔術師も、騎士も、誰も成功しなかったんだ。恐らく条件があるに違いないと意見が一致している。でも、わかるよね」

「……見せろとおっしゃっておられる?」

「その通り。みんな納得しないんだよね」


 みんな言うこと聞かなくて困ったなあ、という顔をしていらっしゃるが、絶対王子もまた見たいと思っているに違いない。公爵家嫡男の顔も訴えてきている。

 俺は王子や公爵家嫡男とはクラスが違うがトーナメント戦は合同だ。だから遠目では見ていただろう。だが真似したくても成功しないのだから、また見たいと思うのは当然の心理だ。

 絶対見世物になるけど、断る余地はあるのか、これ。


「承りました。体調が万全になるのは待って頂けますか」

「当然だよ! いやあ、良かった。助かるよ。父上に良い報告が出来る。日時は追って連絡する。それまではゆっくり休んでくれ」


 そう言って颯爽と王子は側近達を引き連れて出ていった。不穏な言葉が聞こえたのは気のせいだろう。

 いや、気のせいじゃない。絶対陛下も来る気だ。間違いない。


 数日は入院することになって、暇だから勉強していると柊木がやってきた。すっかり傷は治ったようだ。


「聖女って治癒力が高いんだって。だからお城で個別に訓練を受けてるの。フェリスの傷も私が治したかったのに、まずは自分を治せって言われて止められちゃったの。まだまだ私の治癒ってへなちょこだから」


 そう言って、俺の手を両手で握ってきた。

 温かいものが流れ込んでくる。魔力管を通って全身に回ったら、少し残っていた気分の悪さや打撲等の軽傷も治った。治癒の力を使ってくれたらしい。


「ありがとう。楽になった」

「ううん。助けてくれたのに、遅くなってごめんなさい」


 実際受けてみると凄い力だ。

 皆が柊木自身の治癒を優先するよう言ってくれたのは有り難い。自分を大切にして欲しい。


「助けられたのは俺の方だ。結界を張ってくれて助かった」

「そんな……。あんなのちっとも役に立たなかったのに」

「いや、あの時間がなかったら、この程度の傷で済んでなかっただろう。とはいえ、確かに俺もお前を助けた。おあいこだな」


 罪悪感からか俯いていた顔を上げた柊木の目が潤んでいる。少し興奮状態なのか、顔が赤い。俺の手を握っている手は熱くないので熱は無いだろうが、あんなことがあって精神が不安定なのかもしれない。


「フェリスって優しいね。いつも助けて貰ってばかりで、何も返せてないや」


 柊木の目から涙が溢れ落ちる。俺を思って流してくれたんだなと思うと、手が伸びた。

 頬に触れて、涙を指で拭うと、恥ずかしそうにまた俯いた。

 これは、少しは自惚れても良いのだろうか。


「そういえば、名前を呼んでいたな」

「え?」

「お前が飛び込んできた時だ」


 あっと声に出してから手で口を押さえた。どんどんと顔が赤くなっていく。


「あっ、あの、ごめんなさい。咄嗟に出ちゃって」

「しかも愛称だったな」

「ほ、本当にごめんなさい!」


 頭を低く下げて謝ってくる柊木に少し笑ってしまった。


「俺は嬉しかったから、続けて欲しいんだがどうだ?」


 パッと上げた顔が驚きに満ちていた。表情豊かで楽しい。


「俺も、凛って呼んで良いか」


 柊木が何度も首を縦に振る。揺れる髪すら可愛い。相当参っている自覚がある。

 でも、ここまでだな。これ以上踏み込むと、後々隣に立つことが出来なくなる可能性が高い。仲の良い友達で居れば、近くで見守れるだろう。

 身分って、こんなにも辛いものだったんだな。


 凛が持って来てくれたノートのお陰で学校の進捗に遅れを取らずに済んだ。テストもあったが、変わらず上位に名前があったので一安心する。

 長期休暇まで惰性で学校に行くようになった頃合いで、鍛練場に集められた。生徒だけでなく、参観希望の保護者やその他大勢がやってきて、今までに無い賑わいがある。

 その中の一角に、仰々しい空間があった。陛下が座する椅子が用意されていて、既に何人か騎士が並んでいる。筋肉で押し上げられる騎士服が格好いい。

 俺はそのすぐ近くで立って待っていた。こんなに大勢の前でやることになるとは流石に予想できていなかったので少し胃が痛い。成功しなくても良いとは言われているが、そうなった時の皆の落胆を見たくない。出来るだけ再現したい。

 こんなぶっつけ本番になった理由は、医師に止められたからだ。あの毒と傷だけで何日も目が覚めないほどの昏睡になった原因が魔力の放出にあると推測された。乱発しないようにと釘を刺されている。

 王子にも伝えたが、とっくに医師から聞いていたらしく顔色も変えずに頷かれただけだった。勿論、陛下もご存知だろう。

 だから大丈夫。最悪出来なくても咎められはしない。

 そう自分に言い聞かせていると、陛下がやってきた。軽く挨拶をなさって座った。

 いよいよだ。


「始めよ」


 トーナメントで戦った舞台の上に立つ。対戦相手は、なんと魔導師様だ。相手を決める時に真っ先に手を挙げたと聞いている。仕事熱心なのか、研究バカなのか。

 魔導師がわかりやすく手を上げる。俺への合図だろう。多分出来るとは思うものの、怖いので身体強化を掛けておく。何事も慎重に越したことはない。

 掲げられた手から炎が一つ飛び出し、俺に向かって飛んでくる。意識を集中し、炎に向かって魔力を放った。魔力は視える人と視えない人が居る。俺は前者だが、後者の人の為にわかりやすく手を振ってみたが、どうかな。

 炎に魔力が着弾した瞬間、ぱあっと炎が大量の火花になって散った。すぐに火花も消え失せる。

 魔導師がそれならと様々な魔法を繰り出してきた。流石に多彩過ぎて死ぬんじゃないかと思う魔法もあったが、漏れなく魔力をぶつければ分散し、俺に被害はなかった。

 乱発しちゃいけなかった筈なんだが、今のところ平気だな。


「す……、素晴らしい!!!」


 魔導師が震えながら近付いてくる。怖すぎる。まだ何かあるかもしれないと警戒を怠らずに居ると、陛下からお声が掛かった。


「そこまでだ」


 低くて渋い声なのに辺りに響く。人の上に立つ方々は声に力があるけど、やはり陛下は別格だ。魔導師の震えも止まってる。良かった。


「見事であった」


 お褒めの言葉を頂き、膝を付いて深く礼をする。


「ここに居る者全てが証人だ。フェリス家嫡男セルジオは新たな魔力の使い道を示したと」


 いや、大袈裟だ。そう否定出来たらどんなに気が楽だろう。練り上げて魔法として放つ事にばかり皆が注力してきただけで、元々皆が持っている魔力をただ投げているだけだ。一番原始的と言える。

 陛下はこれからも励むよう声をかけてくださった後、鍛練場から出て行った。


 それから暫くは日常が戻ってきた。

 長期休暇中は凛とはなかなか会えない。会う理由がない。凛からは会いたいという手紙が送られてくるが、王族に睨まれたくないし、凛も立場が悪くなってしまうだろう。用事があると断り続けるのも限度がある。

 さて、どうしようか。

 そうやって悩んでいると、城に呼び出された。城だ。たかが男爵家の俺が登城するなんて信じられないが、魔力の話で間違いないだろう。

 母も実家は同じ男爵位で父とは気儘な低位貴族ライフを送っていたので泡を食っていた。何をどうして良いやらわからなかったらしく、店でアドバイスを聞きながら失礼にならない最低限で一式を揃えて事なきを得た。どれも高過ぎる。

 父には失礼の無いようにと何度も言われた。

 そんな両親のちょっと情けなくも可愛いところを見せられたら、何をやったところで付け焼き刃にしかならないのだからと開き直れた。そもそもこちらが低位貴族だというのは陛下だってわかってるんだ。気にせず行こう。


 馬車も用意できない家だと思われてるのか、それとも丁寧なもてなしの一つなのか、城の馬車で召使いが迎えにやって来た。馬車を見れば金銀が嫌みにならない配分で美しく使われており、うちにも馬車はあるが恥ずかしかったであろうことは簡単に想像できた。

 召使いの服も普段の俺の服より遥かに上品な服だ。ただの召使いだと初見で思ったものの、この方の爵位が気になるところだ。

 高価な馬車の乗り心地を堪能しながら着いた城では丁寧なもてなしを受けた。立派な部屋で高い菓子と紅茶が出てきたし、カトラリーの美しさと言ったら筆舌に尽くし難い。

 とはいえ、幾分図々しいところがある俺は、しっかり食べて飲んだ。旨い。

 おかわり欲しいなと思ったところでノック音がした。ナイスタイミングだなと思っていたら、部屋の扉が開いて入ってきたのは凛だった。

 学内に居る時と違い、ドレスを身に纏っている。城に居る割には落ち着いた、言葉を選ばずに表現するなら男爵家でも用意できそうなレベルの素朴なものだった。でも、それがよく似合っていた。


「もう謁見できるよ。行こう」


 呼びに来てくれたらしい。エスコートして良いのだろうか。凛のドレスなら俺の装いでもおかしくはないと思うけれど。

 迷いつつ手を差し出すと乗せてくれた。凛が照れながら乗せるから、釣られて照れてしまって、結局慣れない互いを見て二人で笑った。

 腕に添えられた小さな手の存在を感じながら、謁見の間へ入る。そこにはお偉いさん方がズラリと並んでいた。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 一通りの堅苦しい挨拶が終わっても凛は俺の隣に居た。よくわからないが、誰も何も言わないので予定通りなのだろう。


「さて、セルジオよ、実はそなたに教えを乞いたいと申す者達が居るのだ」

「教え、ですか」


 陛下が頷くと、スッと前に出てきた人が居た。あの魔導師だ。魔術協会トップに長年君臨する英才と聞いている。

 まさか。


「君の技術は素晴らしい。是非、我が魔術協会に寄与して貰えないだろうか。後進も育てていきたい――」

「まずは説明をしなさい」

「あ、はい」


 研究バカの方の気配がプンプンする人だ。一番陛下の近くに立つ人――おそらく宰相――に指摘されて、それまで目を輝かせながら誘いの言葉を発していたのに真顔になって説明を始めた。

 どうも異世界人は魔力操作が得意ということが、異世界人が現れる度に行われてきた研究によりわかっているらしい。凛はまだ慣れておらず思うように操れないから同じことは出来ないが、魂が異世界出身の俺は既に魔力操作を習得済みの上で更に特性として操作が長けているから、魔法を打ち消す事が可能なのではないかという議論がなされているらしい。

 更に、魂の概念が無かったこの国で、魔力は魂に属するのではないかという新たな思想による議題も上がって紛糾していて収まりがつかないそうだ。

 そこで本人である俺に白羽の矢が立った。本人に証明して貰おうじゃないかと。

 なんだそれは。出来る気がしないが、断れそうもない。困った。

 そもそもどうやって魔力と魂の因果関係を研究するっていうんだ。そこからもうわからない。小難しいことは魔導師達が考えてくれるとしても、実験台は俺だ。実験台のイメージは良くない。むしろ悪い。何が待ち受けてるのかわからない状態で引き受けるのは悪手だ。

 返事を考えている間に、陛下がなんでもないことのように言い添えた。


「この話を受けてくれたら、褒美をやろう」


 褒美、そんなものは望んでいない。俺が実験台になっても証明が出来なかった時のリスクに見合う褒美なんてそうそう無い……。

 ハッとして隣に立つ凛を見た。特に何か含みがあるような印象は受けない。凛は感情をそのまま表に出してしまうタイプの人間だ。この話については何も聞かされていなさそうだ。

 王子に目を向ける。相変わらず何を考えているのかわからない表情をしている。だが、チラリと凛を見た。そしてまた俺と目を合わせる。

 やはりそれが狙いか。凛をちらつかせて頷かせようとしている。王族め。


「セイジオくん、何も小難しく考えることはない。我々は人道的かつ合理的に研究を進める予定だ。君の生命や尊厳を脅かさないことを誓う」


 魔導師が引き受けて貰えないのかと焦り出したようだ。実際引き受けたくはない。


「柊木様も、実験台になるのでしょうか」


 魔導師がギョッと目を剥いて、あたふたと手足を動かす。


「そんな! 実験台だなんて……。そりゃあ仮説が合っているか試験をやって貰わなければならないことはある。でも君達に危害を加えるつもりはない!」


 そう言い切る魔導師、宰相、王子、陛下。それぞれの顔を確認する。

 腹の底が見えない連中ばかりだが、この魔導師だけは本心で言ってくれていると判断した。


「ふむ。我々は信用が無いようだ。であれば、君が納得いくまで話し合いの場を設け、契約書を作成することにしよう。それならば文句はあるまい」


 宰相が言いにくいことを汲んでくれたようだが、そうハッキリと言われると座りが悪くなる。

 しかし、ここでハッキリさせないといけないことがある。


「凛」

「え? 何?」


 本当に何もわかっていない表情で見返してくる。少し間が抜けているが、それも凛の魅力の一つに感じる程に、俺は落ちていた。

 凛の手を取り、口許に近付ける。この国でこの仕草は、『今この瞬間だけはあなたに正直に話す』という意だ。凛に通じるかはわからないが、パフォーマンスにはなるだろう。


「私、セルジオ・フェリスは、柊木凛を慕っております。この想い、受け取って頂けるでしょうか」


 言った後、目を閉じて凛の指を額に付ける。『どうかこの場で返事を聞かせて欲しい。貴方の返事がどんなものでも受け入れる』の意だが、通じるかは賭けだ。故郷のあの国なら、わざわざ言葉に出して「返事教えて」なんて言わなくても伝わる気がしている。

 この人生、初告白だ。しかもギャラリーが沢山居る。皆の前でフラれたらカッコ悪いが、それはそれでこの想いに踏ん切りがつく。

 目を開け、凛を見る。

 真っ赤な顔をしながら、目に涙を浮かべている。


「手紙で誘っても、全然応えてくれなかったのは何故?」

「私では爵位が低く、貴方の傍に居るには足りないものが多かったのです。この想いは告げずに、ずっと胸の中に秘めるつもりで居ました。だから、お断りするしかなかったのです」


 グスッと凛が鼻を鳴らす。涙が溢れる。


「そんなの……貴族とかそんなの……私にはわからないってわかってる癖に」

「……はい。よく存知ています」

「言ってくれなきゃわからない。ジオは私の事何とも思ってないんだって、でも一緒に居たいと思って……それでわたしは……わたし……。わ、私も!」


 懸命に言葉を紡ぐ凛を見つめる。

 一生に一回だけだ。この凛を見れるのは。

 凛は意を決したようにグッと俺の手を強く握り締めてきた。


「私、柊木凛も、セルジオ・フェリスを慕っております! 貴方の想いを受け取って、そして同じだけ、いえ、もっと強い想いを返すから、どうか受け取ってください」


 そして俺の手を凛の額に付ける。おそらくこの国の流儀に合わせようとしてくれたんだろうな。懸命で可愛い。


「勿論、受け取らせて頂きます」


 一世一代のつもりでやった告白が成功して良かった。そうホッと安心したら、凛が腕の中に飛び込んできた。体が震えている。

 凛にしたら、異世界で唯一故郷の話が通じる俺と離れて、長期休暇中は辛かったのかもしれない。そこへこの告白タイムだ。色々とキャパオーバーしていそうだ。


「えー。コホン」


 わかりやすく咳をしてくれたオジサンこと魔導師を見る。


「それで、返事が貰えるのかな?」


 その質問に、ニコリと貴族らしい笑みを返し、凛をギュッと抱き締める。褒美はこの子だと知らしめて。


「勿論、お受け致します」





 それからは忙しい日々を送るのだろうと思ったが、本当に人道的に進めてくれるらしい。学生の間は研究を進めず、俺達の学業や私事を最優先にして貰うことになった。

 母に聞いては流行りの店に凛を連れて行って、何が好みなのか探っては観劇しに行ったり公園でのんびりしたりして、凛との思い出をどんどんと作っていく。

 両親に会わせてみたら、すっかり仲良くなって、母が早く嫁に来て欲しいなんてぼやいている。ただ、凛に俺の悪ガキ時代の話をするのだけは勘弁して欲しい。黒歴史だ。消してしまいたい。凛が楽しそうに笑ってるから怒りきれない俺が悪いんだろうけど、父さんも母さんも喋り過ぎだと思う。


 そうやって幸せに過ごしていると、あっという間に時は過ぎる。学校を卒業したら、俺は王子の側近となり、魔力研究所という新しくできた施設の外部協力者として寄与することになっている。

 卒業式を終えて、皆と、学生時代と別れを告げたうららかな春の日、フェリス邸の小さな庭で俺は凛を泣かせた。

 この国では、婚約する時に渡すのはピアスだ。色は自分の髪や目の色にする。でも、凛が欲しいのはこれだろうと、指輪を用意した。見せた時の凛は嬉しそうに微笑んで静かに涙を溢した。そして、二つ返事で、左手の薬指につけてさせてくれた。

 俺を見て、幸せそうに凛が笑う。


「私ね、ジオのその顔、大好き」

「ん?」


 咄嗟に自分の頬をさする。


「どんな顔?」

「ふふっ。私の事が大好きって顔」


 それなら問題ないから頷いた。


「つまり、今の凛と同じ顔ってことだな。これからもずっと、凛がそうやって笑ってくれるように努力するから見ていてくれ」

「うん。私も、ジオが私を好きでいてくれるように頑張る」


 互いを見つめ合って、また、どちらからともなく笑った。

 それから俺達は半年後に結婚した。大した式場で挙げないからと恐縮したにも関わらず王子とその護衛達がやって来たのは誤算だったが、皆に祝われて最高に幸せな式になった。








─────────────────────


「やれやれ、やっとだよ。恋愛とはこうも焦れったいものなのか?」

「お言葉ですが、多少の障害がありましたのも原因のひとつかと思われます」

「私の事かな? ふふ。恋のスパイスというやつだね。光栄じゃないか」

「娯楽小説の読みすぎでは?」

「さてね。それにしても、あの二人はとても勉強になったよ。想いが通じ合ってからの彼らを見ていると、私も早く恋がしてみたくなった」

「隣国の姫はいかがですか」

「あの3人目の子か。そうだねえ。一緒に居れば育まれる愛があると実際この目で見たからね。よし。訪ねてみようかな?」

「ついていきます」

「勿論来てくれ。あ、君も誰かいい人が居たら教えてね。近くで勉強させて貰うよ」

「……勘弁してください」

「あははっ。ま、のんびりいこうか。民の平和を見守りながら、ね」

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