Midnight Cafe
夢の中で彼女に殺し屋である、という秘密を打ち明けられた僕は現実の喫茶店で彼女に会う。
「私ね、男の人と話していると何故だかすごく退屈になってしまうの」
殺し屋の彼女は言った。
「だって、きっとこの人は私じゃない他の女の子に興味があって、今私と話している時間は単なる日常生活の一部に過ぎないんじゃないかって、そう思ってしまうのよ。悪く言えば…そう、単なる暇つぶしなんじゃないかって。分かるかしら、この気持ち。いや…きっとあなたには分からないでしょうね」彼女はあきれたように言う。僕は肯くことも首を横に振ることもしなかった。しかし無反応ではあったものの、話はしっかりと聞いていた。
「もちろん私だって子どもの頃からひねくれていたわけじゃないの。そうね…高校生くらいからだったかしら。そう思うようになったのは、姉が原因なの」彼女はぽつり、と話し始めた。
「私の姉は私の一つ違いで、小中高同じ学校に通ってた。姉は容姿も整っていて、性格も私みたいに擦り切れてなかったし、勉強もスポーツもできて、料理もうまかったし、思いやりがあって、誰にでも好かれるような人だったの。才色兼備とはまさに姉のためにあるような言葉ね。陰のような私とは対照的に姉は光のような存在だった。誰にだってそう見えていたのよ。だから私はそれを感じるたびにますます卑屈になっていったわ」
「君にお姉さんがいたなんて聞いたことがなかったけれど」と僕は口をはさんだ。
「話していなかっただけよ」と彼女は続ける。
「自慢ではないんだけれどね、私って実はよく男子に話しかけられる女の子だったの。だから、最初は私って結構もてるんだ、私も捨てたものじゃないな、なんて呑気に考えてた。でもね、彼らは私を相手に話してなんていなかったの。私なんてどうでもよかったのよ」彼女は注文したカフェオレを口にする。
「彼らは私の姉に近づくために、私という媒体を利用していたの。彼らが本当に話したかったのは、私なんかじゃなく私の姉だったの。バカみたいよね。でも、バカな私がそのことに気が付いたのはずっと後のことだった。勝手に期待して、死ぬほどショックを受けて。本当にバカ。でもね、こんなのってないと思わない?だって私、本気で話しかけてくる男子に対してドキドキしたりしてたのよ?どうしてこの人はこんなに私に優しく話しかけてくれるんだろう、もしかして私に少し気があるのかも…?とかね。彼らが見ていたのは、私に映った姉の像だったということにも気づかずに」
「すべてを知ってからは世界が180°違って見えたの。あらゆるものの見え方が変わった気がした。でもね…すごく悲しくて、悔しくて、自分の運命も呪ったけど、結局は諦めるしかなかったわ。私の人生はきっとこの程度のものなんだ、ってね。それからよ、男の人と話しているとすごく退屈に思えるようになってしまったのは」
「今でもそれは変わらないの?話し相手の男が君に、君自身に好意を持っていたとしても?」僕は彼女の言葉の形をなぞるように、丁寧に訊いた。
「…そうね、もうこれは一種の条件反射みたいなものなのよ。ちょうど、パブロフの犬みたいな。相手が私に本当に好意を持ってくれているのかどうかはもう関係なくて、男の人と話す=退屈と思うように躾けられてしまったのね。私」
「それでね、高校を卒業してから姉と同じコミュニティーに属することはなくなってからは、男子から話しかけられる頻度も減ったの。普通だったら嘆かわしいことではあるんだけど、私は逆に安堵していたの。やっと姉の陰から抜け出して、自分の足で人生を歩んでいけるんだって。もう私とお姉ちゃんは関係ないんだって」彼女は少し苦しそうになって話を途切れさせた。またカフェオレを口にする。手には冷や汗のようなものをかいていた。
「でもね。そんな簡単にはいかなかったわ。腕を切断した人が接合手術を受けて、はい元通りとはいかないみたいにね。その姉の陰はそれからずっと私の傍に居座り続けたの。姉のいない大学生活にも、姉を知らないボーイフレンドと過ごす時間にも、家で一人夜寝るときにもそれは私の傍に居続けた。…いいえ。少し違うわね。そう、それは私の中にいたの。私が私の中に作り上げた姉の像、それが正体だったの。_____それで全て悟った。一生この陰から逃げることはできないんだってね。姉を殺したとしても無駄、だってその陰は自分自身であって分離することなんて到底できないんだもの。分離できるとしたら_____」
彼女はそこまで言い終えると髪をぐいっと上げて、一つ大きなため息をついた。それから、黙ったままカフェオレを続けて三杯注文し、全部飲み干した。僕はひどく驚いたが、彼女は何でもない風だった。
「君の最後の仕事は君自身を殺すことだね?」僕は長い沈黙を破り、彼女に尋ねる。彼女はじっと僕の目を見て何か考える素振りを見せたが、やがて目を逸らしてからゆっくりと頷いた。
「あなたも手伝ってくれるんでしょう?」少し経ってから彼女は期待を込めるように僕に呟く。
「まさか」僕は驚く。
「そんなわけないだろう? そんなことしたら僕は刑務所行きじゃないか。冗談じゃない」
「…そうよね。冗談よ。本気にしないでよね」彼女の目は遠くを見ていた。それから俯いて、もう話さなかった。彼女は少し泣いているようにも見えたが、今となってはもう分からない。彼女は黙ったままカフェオレ四杯分より少し多い代金を置いて、席を立った。
そして次に僕が彼女と会ったのは、彼女がもう彼女でなくなってしまってからだった。そういえばあのカフェの料金、税抜き表示だったから彼女が置いて行ってくれた分じゃ少し足りなかったな、なんて思いながら僕は彼女の早すぎる死を僕は悼んだ。




