業務連絡いたします!
「レイチェル・ベルモンド、聖女シャローナを害したお前との婚約を破棄する。そして、国外追放を言い渡す!」
「はあ……」
なんだかもう呆れてしまってまともに返事もできない。
目の前には金髪の男とそれにぴったりくっつく桃色の長い髪をした女。彼らはそれぞれ私の婚約者のこの国の第一王子と奇跡だといわれる傷や病気を癒すことができる治癒術を使える聖女だ。
どちらも学校の同級生であり、私と同じく卒業パーティーに参加していた。そう、ここは卒業パーティーの会場。断じて断罪ショーをやる場所ではない。
王太子と聖女は童話の勇者とお姫様と言わんばかりの善良そうな外面の美男美女で、私も部外者だったら黒目黒髪に真っ赤な口紅の似合う悪役面の私が悪いことをしたのかな?と決めつけていたのかもしれない。実際、何も知らない人間は私の方を見てヒソヒソしている。
だが、冤罪である。
目立ちたがりの王子がやりそうなことではあるけれど、無関係の、しかも大勢の人間がいる前でこんな事をされて、こちらが名誉毀損で訴えたいくらいだ。
王子は先ほどから私が嫉妬に狂って浮気相手の聖女を虐めたと主張しているのだけど、こちらは毎日学校の授業に加えて、王妃教育に家業にと寝る間もないくらい忙しかったのだ。いったいどれだけ自分が魅力的な男性だと思っているのだろうか。どう考えても自意識過剰だ。
聖女を虐める暇があったら仮眠するし、むしろ聖女がこの面倒くさい王子の相手をしてくれるなら時給を払ってもいいくらいだったのに。
「一応聞きますが、私がシャローナ様に何をしたのでしょうか?まあ、まったく、ちっとも心当たりはありませんが、参考までにお聞かせ願いたいです」
「しらばっくれるとは面の皮が厚い女だな。いいだろう、説明してやる!」
鼻息荒い王子の説明によると、聖女の制服を汚した、人を雇って襲わせた、階段で押した……などなど。
私だったらもっと頭を使ってやるわ!……とか、言いたいことはたくさんあるけれど、なにより頭が痛くなるのがそのどれもが聖女の『レイチェル様にやられました!』っていう証言だけしか証拠がないこと。王子が自信満々に言う割にあまりに杜撰過ぎて、この国の将来を思うと目眩がしてくる。
「国外追放なんて酷すぎます。私は謝ってもらえさえすれば、それでいいんです!レイチェル様、どうか罪を認めて謝ってください!」
痛む頭を押さえていると、甘ったるい声がした。潤んだ瞳でこちらに向けるのは件の聖女、シャローナ。なんとなく勝ち誇った雰囲気を放っているのはきっと私の気のせいではないのだろう。
「シャローナは優しいな。この女とは大違いだ。
おい、慈悲だ。ここで土下座して謝れば、国外追放はやめておいてやろう」
王子が床を指さす。私は斜め後ろに立つ従者のロイドに話しかけた。中性的な美貌を持つロイドは正真正銘の男なのだけど、男装の麗人のようで学生の頃は人気が凄まじかった。
そうそう、あの聖女は聖女と言う割に異性関係はそれらしくないらしい。ロイドも何度か擦り寄られていたと聞いている。
「ねえ、ロイド。お父様とお母様はこの事をご存知かしら」
この学校の卒業パーティーは生徒だけで楽しむものとなっているので、基本保護者は出席していない。私の親はもちろん、王子の親である王もだ。
「魔法でリアルタイムで中継しております。レイチェルの好きにしていいという伝達を受け取っておりますよ」
「そう。なら、話が早いわね。……殿下、国外追放の件お受けします。もし、私についていきたいという者がいれば連れて行っても構いませんこと?」
「謝るよりそちらか。プライドが高すぎるのも困りものだな。お前についていきたいという人間が、もし、万が一にもいるのなら、いくらでも連れていけばいいさ」
「ありがとうございます……。それと、その前に一言だけよろしいですか?」
「最後だからな。恨み言のひとつくらい聞いてやろうじゃないか」
顎を反らした王子が嘲って笑う。聖女ももはやニヤニヤとした笑いを隠していなかった。
……嫌だわ、ここからが面白いのに。
また、ロイドに目配せをする。すると、私の顔の前に手のひらほどの魔法陣が浮かんだ。
「業務連絡いたします」
拡声魔法である。私の声は国中に響き渡っていた。
「レイベル商会会長、レイチェル・ベルモンドの国外追放に伴いまして、本社、およびに関係施設のすべてを国外に移動します。社員の皆様につきましては、前もってお配りしていた転送用魔法陣で新しい職場へ移動の方をお願いします。また、社宅はすでに準備しておりますので、今から移住していただいても構いません。繰り返します……」
さて、業務連絡を三回ほど繰り返すと、王子の顔色が真っ白になっていた。
当然だろう。レイベル商会といえば、この国一番の大商会。国どころか世界でもレイベル商会が扱った商品を使ったことがない人間はいないと言われていて、従業員はこの国の国民の六割、その家族を含めたら八割にも及ぶといわれている。
ちなみに、なんで私が会長なのかというと、私が子どもの頃から『これがあったら便利なのにな』という考えでいろいろ発明し続けていたら、それを使ってお父様が商会を始めて、いつの間にかこんなにも大きく成長していたからだ。お父様は働きを正当に評価してくれるタイプなのである。
「私、殿下が私と婚約破棄をして国から追い出そうとしていたの、知っていましたの。ロイドが偶然聞いたと教えてくれて」
「か、会長がお前だと……?」
「ええ。昔、殿下に目立ちたがり屋の女は嫌いだと言われましたから、黙っていました。ほら、会長なんて目立ちまくるでしょう?」
「……移転、というのは?」
「前々から移転を考えていましたから、殿下の申し出は渡りに船でしたわ。ありがとうございます。移転予定の隣国も、国民の流出が続いていたらしくて喜んで受け入れてくださいましたのよ。もちろん、公爵家は全員であちらへ行くつもりです」
隣国は自然が豊か……というか、豊かすぎて人の住める場所が少ない土地だ。そこを開墾してうちの移転先にした。
そもそも、流出の原因はうちの商会へ働き口を求めてだったので、今回の移転で里帰りする者も少なくない。そして、世界的大企業の会長及びにその重役がいっせいに隣国に移り住むと聞いて、隣国の上層部は目玉を飛び出させそうになりながら大興奮だった。だって、軒並みとんでもない高額納税者たちだ。財務部は特に盛り上がっていた。
「こ、国外追放の件はなかったことにする!婚約破棄もだ!」
「ちょっと!?」
このままいけば、国民が激減する上に国の収入もがくんと下がる。焦って撤回を言い出した王子に、可愛こぶるのも忘れて聖女が声を荒げる。
でも、そんなこと言われてももう遅い。
「嫌です。私、結婚するので」
「誰と!」
「ロイドとです。王家との縁談がなければ、私は彼と結婚するつもりだったんですから」
ロイドは隣国の伯爵の次男坊で、幼い頃から面識のあった私たちはお互いの両親公認の許嫁で、将来を誓い合う仲だった。
しかし、それをぶち壊したのがレイベル商会に目をつけた王家だ。つまり、今回は復讐と脱出を兼ねたものだったってわけ。
あー、王子が馬鹿でよかった!