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47. エリクトニオスの号泣

 玄関は頑丈な戦闘服と柔らかな寝間着を1枚ずつ縫いあげた。

  3人で絞ったオリーブオイルもできあがった。それから1週間かけて、玄関はあることを実行した。

 

「よく乾いたわ。うまくいきますように」

 と玄関が服を見せた。

 

 4人は女神アテナの用意してくれた馬車に乗り、オリーブの木の島に飛んだ。

 地中海の青い海の上に、小さな島が見えてくると、玄関のなつかしさでいっぱいになった。胸がひとりでに躍って、この島が好きなのだと自分で感じる。


 ハミルが笛を吹き、3人が歌った。

「黄金の太陽の下、アドリアの海原しずか

 オリーブの実がみのる時」


「それにしても、玄関は音痴だね」

 笛が終わった時、ハミルが言った。


「ほんと?」

「前にも、言っただろう」

「からかっているんじゃなくて?」

「本当だよ。第二王子の書庫からあの歌が聞こえた時、びっくりしたよ。エヴァがいるってことにも驚いたけど、その音程の悪さにも驚いた」

 3人が笑った。


「わたしの歌って、そんなにひどい?」

 玄関がジャミルのほうを見た。

「そんなことないよ。特別に上手とは言えないけど……、でも玄関はほかにいろんなことができるから、ひとつくらい下手なものがあって、かえっていいよ」

 ジャミルがこういう言い方をするのだから、本当に下手なんだわと玄関はがっかりした。


「玄関の歌は、音程が外れていても、味があるよ。おれは好きだな」

 運転席にいたサナシスが振り返った。

「ありがとう。サナシスはやさしいね」

「いよいよ到着だ。島に美しい姿に戻すために、がんばろう」


 一行が宮殿の入口で女神アテナからの贈りものを届けにきたと告げると、すぐにエリクトニオスに面会することができた。

 サナシスが戦闘服と絹の寝間着の贈り物を差し出した。


「母上がこのおれにくださったのか」 

 エリクトニオスは感激して、服を頬に擦り当てて喜んだ。


「どうだ」

 彼は笑顔で、戦闘服を胸に当てて見せた。


「よくお似合いです」

「そうか。サナシス、おまえは猛者だと聞いているが、チャリオットは得意なのか」

「おれは海で戦っていたので、陸の戦いは得意ではないです。陸に上がってからは、毎日練習してはいますが、まだまだ」

「では、ひとつ、手合わせをしないか。相手になってやるぞ」


「よろしいのですか。ありがとうございます。お手柔らかに、お願いします」

「よしよし」

 エリクトニオスは家来に命じて、サナシス用のチャリオットを用意するように命じた。


 エリクトニオスはすぐに新しい戦闘服に着替えて、サナシスとチャリオットを競うことになった。

 最初はサナシスに差をつけて勝っていたから気分も快適で、笑い声が青い空に響き渡ったが、汗をかくにつれて首や腰のあたりがかゆくなった。


 ぼりぼりと首をかきながら乗っているとチャリオットから落下した。

 すぐに家来が5人駆けつけたが、腹をたてていたエリクトニオスが蛇足で彼らを蹴り飛ばした。


「ああいう性格が問題なのよね」

 と玄関が呟いた。

 

 サナシスがチャリオットから下りて、そばに走って行った。

「エリクトニオスさま、痛いのはわかりますが、家来にこんな仕打ちをしてはいけません」

「何だと」

 エリクトニオスがサナシスを憎々しげな目で睨みつけた。

「おれさまを誰だと思って言っているのだ。おまえ、女神の側近になったからって、調子にのるな」


 エリクトニオスはそう叫んで、蛇足でサナシスの顔を叩いたから、頬が切れて血が流れた。

「調子に乗っているのはどっちだ」

 ハミルが叫びながら走っていき、エリクトニオスに飛びかかろうとした。


「やめろ」

 ジャミルが後ろから抱きかかえた。

「わたし達はなぜここ来たのか考えてみて」

 玄関がハミルに言った。


 すると、ハミルは我に返り、

「ごめん」

 いつものクールな姿に戻った。


「さあ、エレクト二オスを宮殿に連れ帰り、医者を呼びましょう」

 と玄関が言った。


 家来たちはご主人の顔を見て恐怖の色を浮かべた。エリクトニオスの顔が紫色に腫れあがっていたからだ。

 担架に乗せて宮殿に運び医者を呼ぶと、オリーブの蕁麻疹だと診断された。どこかに切り忘れたオリーブの木があるらしい。


「木はすべて伐採せよと言ったではないか」

「全部切ったはずですが」

「島中を探せ。1本も残すな。残っていたら、むち打ち100回だぞ」


 エリクトニオスはとにかく風呂に入り、医者がくれた薬をべたべた塗らせて、新しい絹の寝間着に着替えて休むことにした。

 けれど体調は悪くなるばかりで、呼吸するのが難しくなってきた。

 

 夜が明ける頃には目も見えなくなってきて、おれの人生もここまでかという気さえして、エリクトニオスはただひとり愛してくれた母上を思い涙ぐんだ。


 その時、伝令の神ヘルメスが手紙を届けにきた。

「女神アテナさまからの手紙です」


「母上から」

 エリクトニオスは抑えようとしても震えが止まらない手で、その手紙を広げた。


「愛する息子エリクトニオスよ、贈り物は気にいりましたか。


日々にチャリオットの練習に励んでいると聞いて、胸を打たれている。


ついては、あの島では狭いであろうと案じる。母の支配下に、綿の実る広い島があるのだが、移住してみてはいかがなものかと思うが、そなたにも事情があるであろう。


母も歳を取った。

そなたが一日も早く戦いに参戦し、母の力になってくれる日を待っている。                         

               

愛する息子へ 母より」



 エリクトニオスは母からの手紙を読んで号泣し、大声で家来を呼んだ。

 彼はこの島を出ることを決断したのだった。


 彼の服にオリーブオイルをしみ込ませるという玄関の作戦は、大成功したのだった。


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