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42. 面会

「サナシスは海賊だったと言っていたけど、それが、どうしてここにいるの?」

「いい質問だ。おれのことは、誰も知りたくないのかと思ったよ」

「みんな知りたくて、じりじりしていたのよ」

 サナシスはハミルを横眼で見て、玄関の頭をぽんぽんした。


「あの時海に落ちて漂流しているところを、偶然に海賊船が通りかかって、助けられたんだ」

 サナシスは13歳までは海賊として育ったのだった。

 途中で何度もの戦いがあったのだけれど、その戦いぶりを女神アテナが聞いて、警護として雇われたのだった。


 そして、つい最近、側近として抜擢されたのだった。

「女神の側近なんて、すごい出世じゃないか」

 とジャミルが感心した。

    

「女神はサナシスの過去のことを知っているの?」

「知っていると思う。だから、17歳になるのを待って、側近に指名されたのだと思う」

「あの呪いが解けたということね」

「うん。そうだと思う」

「わかったわ。ちょうどいい」

 と玄関がこれでいこうと頷いた。

「何がわかったんだい」

「挨拶の仕方よ」


 サナシスが3人を女神アテナの神殿に案内した。

「ジャミル、ハミル、元エヴァンネリ、今は玄関、島の親友たちです」

 サナシスが女神に3人を紹介した。


「13年間の呪いが解けましたので、ご挨拶に参りました」

 と玄関が代表して挨拶した。 


「そうか」

 女神は3人を眺め、昔のこと思い出して、感慨深いものがあった。


 私は13も歳を重ねて老けたというのに、この子供たちは地中海の波のように輝いていて、ここから新しい出発ということか。羨ましい思いが、胸に押し寄せてきた。


「では、この13年の間、ジャミルは何をしていたのだ?」

 と女神が尋ねた。

 

 ジャミルは仕事箱をあけて材料を取り出し、鶴の細工飴を作って見せた。女神が子供のように、じっと見つめていた。

「こういうものは、見たことがない。おもしろい。みごとなものだのう」

 と女神が感心した。


 次にハミルが前に出た。

 横笛を口にあてると、静かに息を吹きいれた。


 なに。

 これは昔に聴いた音ではないぞ、と女神は耳を集中させた。

 

 鳥が飛ぶのを、魚が泳ぐのを、虫が鳴くのを忘れてしまうような音色ではないか。

 どこで覚えたというのだ?

 深淵の闇に紫の光が走ったのが見えたように思えて、女神は震えた。

 

 玄関は女神の瞳の涙に気がついた。

 女神には悩んでいることが多くあるのではないか。だから、このような美しい笛を聴いて、心が緩んだということなのだろうか。


「実にみごとであった。一日中、聴いていたいものだ」

「ありがとうございます」

「ところで、どこかの王宮の奥に美しい魔物がいて、月夜には笛を吹いているという話を聞いたことがあったが、それはおまえなのか」

 ハミルはいいえと首を振って、黙って頭を下げた。唇の端に、かすかな笑みが見えた。



「エヴァ、いや玄関はどうしていた?」

「わたしは僻地の工房で、絹の絨毯を織っておりました」

「そうか」

 しばしの沈黙があった。


「玄関は、赤子に転生した私のことを恨んでいるのか」

「いいえ。あの頃に戻りたいとは思いませんが、女神を恨んではおりません」

「本当か」

「はい。この13年間で、たくさんのことを学ばせていただきました」


「そうか。もう一度訊くが、おまえを転生させて遠くに飛ばした私を恨んではいないと言うのか」

「恨んではおりません。あの時の私は裁判で勝ち、有頂天になっておりました。もっと謙虚であるべきでした。ディランスという先生から『実るほど頭の下がる稲穂かな』を学びました。わたしが二度と驕ることはありません」

「そうか、学んだというのか」


 この子供たちはみんな、この時の流れの中で、時間を無駄にはしてこなかった。

 女神アテナは感激を覚えるとともに、自分は戦争には勝ち続けてきたが、はたして日々を丁寧に生きてきたのだろうかと忸怩じくじたる思いが沸き上がってきた。


「私は織子でしたから、これを持って参りました」

 玄関がタペストリーを広げて見せた。

 オリーブの島が巧みに織られている。

「おまえが織ったのか」

「はい」

「なんと美しい。ああ、私の愛する島。私は織物の女神でもあるのだが、なんと完璧な出来、私以上の腕ではないか」


「そんなことはございません。わたしはいまだ未熟者でございます」

 ひっかからなかったな、と女神が笑った。


「では、こちらをご覧ください」

 ジャミルが布に描いた絵を広げて見せた。

「この荒廃している島は、どこなのだ。なんとも悲惨なところだ」


「これが、現在のオリーブの島です」

「なんと言った?」

 

 今はエリクトニオスが島の支配をまかされているが、オリーブアレルギー症のためオリーブの木をすべて伐採し、村をチャリオットの練習場にしていることをジャミルが説明した。


「ぼくはその島に行き、捕まり、洞窟に入れられました。この目で、島の現状を見てきました」

 女神アテナは顔を青くしてしばらく声がなかったが、立ち上がり、テーブル上の地図を開いた。


 女神がそのことを全く知らなかったというのではない。

 エレクトニオスのよくない噂ははいってきていた。

 しかし、最初は誰でもそういうものだ。そのうちにエレクトニオスも統治の仕方を覚え、島民もそれのやり方に慣れることを願い、島のことは考えないようにしていた。


 しかし、現実を見せられた今、このままでよいわけがない。

「ここに3倍も広い大きな島がある。綿の島で、オリーブの木はない。そこにエレクトニオスを移住させよう」

 ここまで早口に言うと、ばんと両手でテーブルを叩いて頭を抱えた。


「いや、それはよい考えではない。エリクトニオスは母親思いの子ではあるのだが、父親と同じで、下半身が蛇なのだ。そのせいで劣等感があり、自尊心も強くて、とても扱いが難しいのだ。一度へそを曲げると意固地になり、手がつけられなくなる」


 女神がいらいらしながら部屋を歩き回った。

「島のことはすべてを任せると言ってから、まだ1年余り。ここでこの母が口を挟んだから干渉したと誤解をし、どんな修羅場になることか。おお、可哀そうな島人たちよ」


 女神はくやしさで涙目になり、天を仰いだ。

「ああ、何かよい方法はないものか」

 

「よい考えがあります」

 と玄関が言った。


「そうか、あるのか」

 女神がすがりつくような目をした。


「はい、あります」

 女神は玄関の自信のある返事を聞いて、気持ちがすっと軽くなっていくのを感じていた。この子が味方についてくれたら、こんなに心強いことはない。


「計画がうまく進めば、エレクトニオスさまは、すこやかに、島を移ってくださるかと思います」

「そんな計画があるというのか」




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