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41. 丘の上の神殿

 アテナイは輝く文明の都だった。


 アクロポリスの丘があり、その上には白大理石で作られたパルテノン神殿が青い空を背景に立っていた。

 46本の石の円柱をもつ神殿は、壮大すぎた。


玄関は転生させられる前は地中海の孤島で、その後は小村の塀の中で育ったから、こんなスケールの大きな光景は見たことがなかった。

 すごすぎる。

 あまりにも壮大で、息を呑んだ。


 本を読めば何でもわかるように思っていたけれど、世界には本で見ただけではわからないものがあるのだ。

 玄関は目の前に広がる風景に圧倒されて、足が動かない。


「この神殿に、女神が住んでいるの?」

 玄関の声が小さい。


「そうだよ。あの神殿からは、アテナイの町が全部見えるんだよ」

 ハミルが太陽のまぶしさに顔をしかめて、神殿を見上げる。


「ハミルはここで演奏したことあるんだよね」

「そうだよ。4回くらいね。一度は女神の誕生日だった」

「どきどきしなかった?」

「したよ、ものすごく。最初の時は唇が固まっちゃって、わなわなした。音が出ないんだよ」


「で、どうしたの?」

「深呼吸をして、神経を集中させる。この場所がどこか忘れるくらいに」

「えらい。ハミルは馬鹿じゃないね」

 あはははとハミルが笑った。


「ぼくはいつだって馬鹿だよ」

「馬鹿なのは、わたし」

 ジャミルとハミルが玄関のあたまをぽんぼんした。


「大丈夫だよ。玄関はいつもの調子でやればいいんだ」

 今日のふたりはすごく頼もしいと玄関はお兄ちゃん達の顔を見上げると、心の大波が、凪いできた。

 

「じゃ、いいかい。そろそろ始めるよ」

 ハミルが笛を取り出して、静かに吹き始めた。

 芸に集中している人の姿は美しい。


「黄金の太陽の下、アドリアの海原しずか

 オリーブの実がみのる時」

 

 笛音が流れると、空気が洗浄されたようになった。

 玄関とジャミルは息をこらして、階段の上を見つめていた。


 アテナイの空は青く、まぶしい太陽に緊張しているかのように、はりつめている。

 丘の階段から誰かが下りてくるのが見えた。


 赤い甲冑にスカートのような緑の草摺、金のベルトをつけている。その若い姿が階段の途中で止まったかと思うと、美しい声で歌い始めた。

 

「青い匂いは風に乗り、アテナの女神が空を行く

 オリーブの島は永遠なり」

 この兵士はなぜ故郷の歌を知っているのだろうか。


「あれ、サナシスじゃないか」

 とジャミルが叫んだ。


「サナシス」

 と玄関も叫んだ。


 ハミルは唇を噛んで、何も言わないが、灰色の瞳が濡れている。

 サナシスは歌い終えるとは急いで階段を下りてきた。

「ジャミル、エヴァンネリ、ハミル、みんなそろって、どうしたんだい。驚かせるなぁ」

「サナシスは生きていたんだ。こんな所で会えるなんて、奇跡じゃないか」

 ジャミルが唇を一文字にした。そうしないと唇が震えてしまうのだ。


 サナシスはハミルの前に行って、肩をくくっと押した。

「おまえ、どうしたんだい、その恰好?王子みたいじゃないか」

「生きていたんだね、サナシス」

「うん。生きているさ。おまえ、痩せたんじゃないか」

「ぼくは痩せていない。痩せちゃったのは、ジャミルだよ」


「どうなっているんだい、みんなそろっちゃって。これは夢なのかい」

「夢じゃないよ」

 と玄関が言った。「頬をぶってあげようか」

「うん。思いきり、なぐってくれ」

「やめたほうがいい。玄関は本気でやるから」

「玄関?」

「エヴァの新しい名前だよ」

「変な名前だな。エヴァのほうがかわいいのに」


「みんなそう言うけど、わたしはゲンカン」

「その話はあとでするから」

 とジャミルが肩を組んだ。


 4人は円を組んで抱き合い、子供の時のように飛び上がった。

「逞しくなったね」

 ジャミルが言うと、サナシスが力こぶを見せた。


「おれ、海賊だったからな」

「海賊って、あの海の海賊?」

 とジャミルが驚いた。


「ほかにどんな海賊がいるんだよ」

「海賊なの。すごい」

 と玄関がはしゃいだ。


「ぼくは飴細工をやっていただけど、サナシスは海賊だったんだ」

「わたしは織子。サナシスはなんだかとてもおもしろいことやっていたんだね」

 玄関が羨ましそうな顔をした。


「おもしろいじゃなくて、危険な仕事だよ」

 とジャミルが言った。


「ハミルは何をやってたんだい」

 サナシスがハミルを見た。

 

 三人がハミルを見たが、彼は何も言わない。


「ハミルはなにもやってなかったんだよ」

 と玄関が言って、ハミルを見た。何も言わない。


「宮廷で、ひとりだけのんびりと優雅な生活をしていたんだよ」

 と玄関がいくら水をかけても、ハミルに一向に何も言わない。

 

「ハミルはね、ぼくが来るのを待っていてくれたんだ。そういう約束をしたからね」

 とジャミルが言った。

「待つのって、すごくつらいことだわ。わたしはジャミルが帰ってくるのが待てなくて、村から出てきちゃったの」

 と玄関が言った。

 

「ハミルはジャミルを待ちながら、ずっと笛の練習をしていたのよ」

「ああ、わかる。ずいぶん練習したのだろうな。だから、あんなにすばらしい音が出るんだ。ここでは、毎日のように音楽が奏でられているけど、あんなきれいな音は聴いたことがない」

 サナシスはハミルに言った。


「ありがとう」

「その笛の音を聴いたら、女神がさぞ感激することだろう」

「今、女神はここにいるのかい。ぼく達は女神に会いにきたんだよ。訴えたいことがあるんだ」

 とジャミルが言った。


「うん、神殿におられる。最近は戦争も多いし、問題が山積みで、女神は大変なんだ。女神も、周囲も、みんなぴりぴりしている」

「そうか。でも、どうしても会いたいんだ。女神のところに、案内してくれるかい」

「もちろんだよ」




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