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40. ハミルの進む道

 ハミルがアテナイに行きたいと告げた時、第二王子は引き止めることはしないで、

「気をつけて行ってきなさい」

 と静かに言った。

 けれど、王子は知っている、ハミルが一度出ていったら、もうゴ―ドン王国に戻ることはないことを。


 アテナイでは何が起こるかわからない。行くことを許可しないでハミルをここに縛りつけたとしたら、彼は安全には暮らせるはずだ。しかし、それは幸せではない。

 そして、それは自分の願うところではないと王子は思う。


 自分はほしいものはすべて手にいれてきたが、ひとつだけどうしても手にはいらないものがあった。それはハミルの心だ。

 それでも、ハミルがそばにいてくれることを願ってやまないのだが、彼を大切に思うなら、快く送りだしてやろう。それが、この13年間の私の愛と感謝の気持ちだ。



「ルシアン第二王子、これまでありがとうございました」

 出発の朝、ハミルが深く頭を下げた。ああ、今朝のハミルは一段と美しいと王子は思った。その彼が、ここから去っていくのだ。


「ハミル、私達の間で、固くるしい挨拶はなしだろ」

「うん。ルシアン……」

「幼馴染に、再会できてよかったな」


「ぼくがいなくなったら、ルシアンはどうするの」

「気にしなくていい。きみのことをいちいち心配しないですむから、文豪になるために励むことにするよ。きっと仕事がはかどることだろう。元気でいなさい。うさぎのことは、まかせなさい」

「そのことは気になっていたんです。ぼくの子供たちだから」

「心配しなくていい。きみはいつ帰ってくるのだろうか。その時は、きみの子供たちは何匹になっているのかな」

 

 そこに、玄関が挨拶にやってきた。

「ハミルは支度があるのだろう。行きなさい」

 第二王子がハミルの背中を叩いた。


 ハミルはじっと王子を見つめていたが、その整った顔が急にゆがんだかと思うと、ペッと舌を出した。

 

 王子はこいつという具合に髪をくしゃくしゃにしたから、彼は手を払って王子に抱きついた。

 王子がいいから行きなさいと背中を押すと、ハミルは振り返らずに足早で去った。


「すみません、馬鹿なんです」

 玄関が頭を下げた。

あれがハミルなんだよ、と王子は笑いながら、目の端で後ろ姿を追った。


 ハミルが第二王子の宮殿に来た頃、疲れすぎて食事をしながら眠ってしまったことが何度かあった。どうしても眠たくて、頭を傾けて目を閉じてしまうのだ。

 第二王子がじっと見ていることに気がついて、ハミルが舌を出した。ハミルは恥ずかしくなると、ああいう行動ことをするのだ。かわいかったな。



「玄関、ハミルのことをよろしく頼みます」

 と第二王子が言った。

「ハミルは苦労するとは思うけれど、自分が選んだ道だから、仕方ないです」

 ええっ、と王子が驚いた。


「玄関よ、こういう時は大丈夫ですとか、まかせてくださいとか言うものじゃないのかい」

「ああ、そうでした。すみません」


「ハミルには援助をしたいと言ったのに、断られたよ。笛と本を数冊だけをくださいと言った。これから、どうやって生きていくのだろう」

「ハミルは島にいた時は貧しい暮らしをしていたし、いじめられてもいたんです。いつか悪ガキにいじめられていると聞いて、3人で助けに駆けつけたことがありました。ハミルは泥水に顔をつっこまれていたけれど、それを見て泣いたのはサナシスのほうで、ハミルはけっこう平気な顔でした。神経は太い子なんです」


「私が思うより、ずっと強い人間なのだね。ずっと才能もある。きっと、そうだ」

 第二王子はそう信じたいのだと玄関は思った。


「昨日、ハミルが自分で作曲した30曲を書いた冊子をくれたよ。少々難しいから、音楽隊に練習させようと思うが、とても美しく哀しい曲で感動した。ハミルにはこんな才能があったのかと驚いたよ」

「ハミルは作曲もできるのですか」

「そうなのだよ。この年月は、寂しい日々だったのだろう、ハミルにとって。そして、私にとっても。でも、それが不幸だという意味ではない。かけがいのない日々だった。わかるかな」


「全部はわかりませんが、少しはわかるような気がします」

「正直に言うと、私も解放された気持ちなんだよ」

 と第二王子が苦笑した。

「解放ですか?」


「この13年間余りは幸せな日々ではあったけれどね、苦しい日々でもあったのだよ」

「ハミルが迷惑をかけていましたか。すみません」

「いいや、そういうことではない」

 第二王子が眉をしかめて、広すぎる空を見上げた


「考えてみると、心から楽しかったのは、玄関とともに本を読んだあの6ヶ月だったかもしれない。午後になるのが待ち遠しかったものだ。玄関がどんでもない質問をしてくるからね、愉快でたまらなかったよ。こういう女性が、ずうっとそばにいてくれないかと本気で思ったよ」

「わたしって、もてますね」

 と玄関が首をすくめたので、第二王子が笑った。


「助けが必要な時は言ってほしい。私は今、よい作品が書けるような気がしている。出来上がったら、読みに来てくれるかい」

「必ず。わたしも、第二王子と本を読んでいた日々は楽しくて、夢みたいでした。ぜひ後世に残る名作を書いてください」


「ハミルとの日々は、このためのものだったのかもしれないな」

「その物語に、わたしは出てきますか」

「考えてはいなかったけれど、それもいいなあ」

「その時は、超美人にお願いします」


「わかった。玄関は楽しくていいなぁ。これから、寂しくなる。落ち着いたらその場所を教えてほしい」

「はい。手紙を書きます」

「私は最高級の絹絨毯がほしいから、そのうちにジュマ村を訪れたいと思っている。その時は、アーニャに玄関の居所を教えておこう」


「うれしいです」

「アーニャがきみに会いに行く時には、必要なら馬車を用意してあげよう」

「ありがとうございます」

 

 玄関が抱きついて、第二王子の頬にチュッとした。

 おおっと第二王子が驚いて、笑った。




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