37. 小舟の少年
玄関とハミルが正気を失ったかのように、小舟に向かって手を激しく振っている。
「何があったのでしょうか」
第三王子が兄を見る。
兄の目は、海岸のほうをじっと見ている。
こんなハミルは見たことがない。第二王子は、何か特別なことが起きたことを察して、懐の短刀をそっと確認してから、海辺へ下りていった。
「ジャミル、ジャミル」
海岸では、玄関が大声で泣いている。ハミルも泣きながら、玄関の肩を抱いている。
「小舟に揺られていたのはジャミルだったのか」
と第三王子が呟いた。
「ジャミル?」
「ハミルの友達だよ」
「ハミルに友達なんか、いたのですか」
「昔、地中海の島にいた時の幼馴染だ」
「昔?」
第三王子には、話の意味がかわらない。
舟が浜に近づくと、
「ジャミル―」
玄関とハミルが駆けて行った。
まずふたりは舟を引き上げるのを手伝った。その間も、玄関の目はジャミルに向けられている。
これは夢ではないけど、少しでも目を離したら、ジャミルが消えてしまうような気がしてこわい。
舟がしっかりと着岸すると、ジャミルがふたりを見て笑った。
あのジャミルが、ここにいる。
玄関はぶつかるようにして、ジャミルに抱きついた。
「ジャミル、どこに行ってたの。ずいぶん痩せちゃったね」
「ど、どうして」
ジャミルが驚きすぎて、どもった。
「玄関、どうしたんだい。えっ、どうして、ハミルがここにいるんだい」
ジャミルの顔は褐色だが、歯だけが白い。
「ジャミルはどうして、急にいなくなってしまったの。お祭りが過ぎても、どうして村に帰ってみなかったの?どうしてして舟に乗っているの?元気だったの?」
玄関の言葉が雪崩のように止まらない。
ハミルがその背中をとんとんと叩いた。
「玄関、落ち着こう。話は少しずつね。まずはジャミルに話すチャンスをあげなくっちゃだめだろ」
「うん、そうだね」
玄関が大きく息を吐いた。息を吸うのを忘れていたらしい。
「ただいま、玄関、ハミル」
とジャミルが言った。
「ジャミル、おかえりなさい」
「また会えたね、ジャミル。待っていたんだよ」
「ハミルも大きくなったね」
「でも、どうしてこんなに、痩せているの。ジャミル、すごくくさい。でも、くさくてもいい」
玄関の言葉を聞いて、ハミルがはははと笑った。
「ハミルって、臭いにすごく反応する人だよね」
と玄関。
「どっちがだよ」
「ふたりとも、元気だったかい」
「げんき、げんき」
「島の大ニュースがあるんだ」
「なに」
「オリーブの島に着いたら、ぼくたちの島はもう女神の島ではなくなっていた」
「どういうこと?女神が戦争で負けてしまったの?」
「いいや」
「じゃ、誰の島なの?」
「エリクトニオス、女神の息子だ」
「どういうこと?女神は男嫌いなのに、結婚したの?」
「いいや。その話は後でするけど、そのエリクトニオスのせいで、島の人達は洞窟の牢屋にいれられて、みんな、苦しんでいる」
「ちょっと待って。ジャミル、はじめから聞かせてくれるかい。まずはみんなで、深呼吸をしよう」
とハミルが落ち着いて言った。
今日のハミルは冷静である。一方が興奮しすぎていると、他方が冷静になるというあれだろう。
「うん」
「わかった」
玄関とジャミルが頷いた。
第二王子はそんなシャミルの姿を見ても、表情は少しも変えなかったが、内心は動揺していた。
ハミルにはこんなリーダー的なところがあったのか。自分はこの少年を育ててきたけれど、彼の何を知っていたというのだろう。




