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36. 海へ

 ゴーシャン王国のハミルの部屋で、玄関は自分がエヴァンネリだった時の話を聞いた。


 女神の怒りにふれて飛ばされたことを思い出し、3人が赤子に転生させられた自分の後を追いかけてくれたことを知った。


 ハミル、ジャミル、セナシス、わたしを救おうとしてくれて、ありがとう。


「だから、ハミルはここにいたんだね。ジャミルが戻ってくるのをずうっと待っていた」


「うん。月夜になると笛を吹いて、ジャミルに居所を知らせていたんだ」


「門番のマルキおじさんは、笛を吹いているのは幽霊だろうって言っていた」


「ぼくが幽霊かい」

 とハミルが笑った。


「それにしても、ジャミルはどこに行ったのだろうか。行くとしたらオリーブの島としか考えられないけど。なぜ、突然姿を消して、いまだに玄関のところに戻ってこないのだろうか」


「わたし、オリーブの島に行ってみます」


「ぼくも、行くよ」


「そんなことが、できるの?王子が許してくれると思う?」


「近く話してみようと思っているんだ」


 それから数日して、ルシアン第二王時子はハミルと玄関を連れて、海に見に行くことにした。玄関が、海が懐かしいと言ったからである。


弟のロニロイ第三王子が、馬車の御者役を引き受けてくれることになった。もちろん護衛はいたが、彼らは離れてついて来た。


 ちょっとした会話や動作から噂が生まれ、それが山火事のように広がっていくものなので、第二王子は細心の気配りをしているのだ。

 

 玄関には、赤に地に花柄のついた美しい衣装が届けられた。それを着て現れると、

「玄関にはじめて会った時には、馬糞の臭いがしたものだけれど、今はどこかの国の姫に見える」

 と第三王子がからかった。


「玄関が馬糞の臭いだって」

 とハミルが腹をかかえて笑った。


 第三王子はハミルの笑顔だって見たことがなかったのに、ころげるようにして笑うハミルを見て別人のようだと驚いた。


「そんな臭いなんか、してない」

 玄関が口をとがらせた。


「臭かったのは、そっち。ハミルのほう」


 ハミルは昼間に外に出ることがほとんどなかったので、やはり外に出るのはうれしいのだろう。

 それに今日は幼馴染みの玄関がいる。


 第二王子はハミルの明るい顔を見て、自身の心も晴れていくのを感じていた。


 3時間ほど馬車を走らせると、地中海の青が見えた。空に繋がっているような青だ。

 

  ハミルは笛を片手に元気に馬車から飛び出して、海を見ながら笛を吹き始めた。


「黄金の太陽の下、アドリアの海原しずか

オリーブの実がみのる時」

 

玄関が歌い出すと、ハミルが笛を吹くのをやめた。


「やめろ、って言っただろう」

 

「いい気持ちで歌っているのだから、いいじゃない?」


「玄関が歌うと調子が狂う。笛がかわいそうだ」


 でも玄関は何を言うかと睨みつけて、ますます大きな声で歌うのだった。


「ハミルがあんなに楽しいやつだとは知らなかった」

 と第三王子が兄に言った。


「玄関が来たら、急に明るくなった」


「あのふたり、すっかり子供に戻ってしまいましたね」


「そのようだな」


 第三王子はハミルがあの半分の笑顔でも兄に見せてくれたらよかったのにと思うと、心が痛んだ。


「兄上、生涯のパートナーは彼でよいのですか。ここに宮殿を建てて、ともに住まれたいのですか」


「それが私の願いだけれど、そうはならないだろう」

 第二王子が弟を見て、ふっと笑った。


 実は第二王子は年齢的には二番目だが、彼だけが正妃の嫡男で、第一王子と第三王子は側室の息子なのだった。第二王子は自分が王太子になれるところを自ら固辞して、異腹兄の第一王子にその座を譲ったのだ。


 自分は政治には関心も、能力もなく、詩作に没頭したいというのがその理由だった。


 そのことには第一王子も第三王子も感謝している。


 しかし、第二王子の能力を評価している国々から縁談の話が次々と舞い込んでくるのだが、彼はそれにも耳を貸さない。


 ある時、第二王子はハミルに関するある書類を手にいれるために、王太子になった兄に頭を下げていたことがあった。


 第三王子はそれほどまでにこの少年に慈しみを感じている兄をかわいそうに思うことがある。今日、自分が御者を買って出たのも、そういう気持ちからだった。


 第三王子はハミルのどこがそんなによいのか、わからない。

 美しいだけなら、もっとほかにもいるし、この少年にはこの境遇をありがたがっている様子は見られない。それが腹立たしく感じる時がある。


「兄上はハミルには随分尽くしましたよね。なんてラッキーな少年なんだ」

 第二王子は何も答えずに、微笑した。


 あの少年からは、いくら尽しても、愛が手にはいるというものではないということを教えられた。

 生涯で、どんなに尽くしもかまわないという相手に出会うということは、稀有なことなのだ。

 しかし、私は出会えたのだよ。だから、ラッキーなのは私だ。


 私がすべてを捧げられるのはハミルではなく、創作なのだろう。彼はそのインスピレーションをくれることのできる美の女神なのかもしれない。


 ハミルと会うまではここに宮殿を建てるなどとは思ったこともなかった。


 しかし、それも悪くないアイデアだと今は思う。

 ひとりでここに住んで、読書と創作に没頭するのも、悪くない。


「こんな場所に住んで、さみしくはないのだろうか」

 と弟が訊いた。


「この世で、さみしくない場所があるというのかい。私はハミルと暮らしていた時も、さみしかった。だから、物語の世界に生きて、物語を書いたのだ。もっとさみしくなったら、もっとましなものが書けるかもしれない」

       

「舟がくるー」

 という玄関の大きな声が聞こえた。


 海を指さし、飛び上がって両手を振っている。

 ふたりは何やら呼びながら、海に向かって駆け下りて行った。



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