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29. ハミルの庭で

 ハミルの暗かった庭が、ぽっと薄いピンク色に変わった。


「金星」


 玄関が立ち上がって、空を仰いだ。


 この星のことを教えてくれたのは工房の親方だった。


 でも、そのずっと前に、この星を知っていたことを思い出した。


「島では、夏に星祭りがあったなぁ。空中が星で、みんなで自分の好きな星を探したんだよ」

 とハミルが懐かしそうに言った。


「ハミル、わたし、祭りのこと、覚えている」


「思い出したのかい」


「祭りの夜には、星に名前をつけて遊んだよね」


「そうだよ。思い出したんだね」


「ハミルの話を聞いているうちに、昔のことがだんだんと見えてきたの。あの裁判のことも思い出してきた」


「あの時はありがとう。牢屋にいれられた時、ぼくのうさぎが窓からはいってきて、エヴァからのメモをくわえていた。弁護士が行くまでは、何も話すなと書いてあった。だからおっかない刑事にどんなに脅されても、何もしゃべらなかったんだよ」


「わたしは裁判についてはよく知っていたわけではないけれど、そのくらいの知識はあった。3人とも気が強いほうじゃないから、大声で脅されたら、あることないこと何でも認めてしまうんじゃないかって、とても心配だった」


 玄関は壁に寄りかかり膝を丸めて座っているハミルのそばに腰を下ろした。


「子供たちが有罪になってフクロウに変えられたら、3人に他人の恋の現場を見つけることなんてまずは不可能だから、一生フクロウのままだろうって、島の大人がみんな泣いていたわ。わたしは3人を信じていてけど、でも、頭を抱えたわ。裁判は初めてだったし」


「うん」


「島の弁護士は負ける裁判だと思っていたし、女神に嫌われたくなかったから、誰も弁護を引き受けてはくれなかった。だからわたしが弁護人になってがんばらなくてはと思って、羊の世話を父さんにまかせて、図書館に2週間泊まり込んで、法律と弁護の勉強をしたの」


「弁護人が来たというので面会室に言ったら、エヴァがそこにいたので驚いたよ。でも第一声が余計なことは何も言うな、だっただろう。自分の質問にだけ答えなさいと言った。そして、天気とか場所のことだけで、他のことは何にも訊かなかったよね」


「そう。有名な弁護士の本に、そういうやり方が書いてあったの。裁判の勉強をしていたらはまっちゃって、羊飼いより向いているかなと思ったくらい」


「うん。すごく向いている。エヴァはほんものの弁護士みたいだったよ。いや、それ以上だ」


「ゲンカン、あの裁判では、勝てると思っていたのかい」


「ハミル達のほうは勝てるチャンスはあると思っていた。3人の陪審員の中のひとりでも、目をなめてもらった経験がありますようにと願っていたわ。そのことを述べた時、ひとりの陪審員が目をこすったので、これはいけるかもしれないと思って、そちらを見て、お母さんのことをつけ加えてみたの」


「そうなのか。かしこいね、ゲンカンは」


「裁判には勝てたけれど、あれで白旗がひとつだったから、ジャミルのほうがどうなるのか、とても心配だった。だって、あちらのケースは何倍も難しいのだから。年上の女性があることないことを証言して後、島から姿を消してしまった。検察側と何かの取引があって逃がしたかなと思ったけれど、それはわたし達にとって悪いことでもなかった。最初ジャミルは『暴行・寝台崩壊事件』、暴行罪でも起訴されるところだった。でも、女性が告訴をしないでいなくなったから、刑事事件ではなく、風紀違反罪だけで戦うことになったのだから」


 蝋燭の火が消えかかり、いつもはやるせなさというものが顔を出す時刻なのに、今夜は悲しみが訪れない。


 ハミルが玄関を見つめて、ほっとした顔で微笑んだ。


「ハミルは第二王子のことをどう思っているの?」


「ルシアンは心の深いよい人間だし、ぼくをこんなに大切に思ってくれている。そういう人は、他にはいないと思っている。でも、」


「王子はわたしに結婚式をあげてほしいと頼んだわ。世間の視線をそらすために。ハミルと海の見えるところに行って住むためにね」


「うん、知っている。今度、海を見に行こうと言われている」


「そこが気にいったら、彼と住むつもりなの?」


「わからない。ぼくは笛を吹くこと以外、何もできないのだから」


「それは違う。でも、ハミルは豪奢ごうしゃな生活に慣れてしまっているよね」

 

 部屋には果物や、お菓子が山のように盛られた皿があった。


 玄関はハミルに鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。


「何もかも、高級な匂いがする。こういう生活に慣れてしまったら、もう昔には戻れないよね」


「ゲンカン、ぼくはね、贅沢ぜいたくな暮らしが好きなわけではないんだよ。こういう生活に、慣れてなんか、いない」


「そうだね。ハミルは島で、アテナの宮殿に笛吹きとして雇われるまで、ボロを着て臭かった。それでも楽しくやっていたよね」


「ボロは着ていたけど、臭かったって、それはないだろ」


「ハミルはうちの羊の糞よりも、臭かった」


 ハミルはくすっと笑ったが、「羊のクソよりか」と繰り返して、腹を抱えて大笑いした。


「ハミルはいつもお腹をすかしていた。わたしがベリーのクッキーを焼いてもっていったら、途中からやって来たサナシスに取られちゃって、本気で喧嘩したこともあったね」


「うん。あったね。喧嘩しても、楽しい日々だったまぁ。サナシスはどうしているのだろうか。生きているのかな」


「サナシスとはどこで別れたの?」


「エヴァを追いかけていく時に、ぼくをかばって海に落ちてしまったんだ」


「漁師だもの。海には強いでしょ」


「3歳児に転生された後だったから、だめだよ、きっと」


「キセキは起こる。わたし達がこうやって生きて再会できたのだから」


 玄関がハミルの頭をぽんぽんした。

「ハミルはここまでよく頑張ってきました」


「ぼく、なにもしていない。ただジャミルが戻ってくるのを待っていただけだよ」


「ただ待つのって、とてもつらいことだよ。わたしにはわかる」


 ハミルの灰色の瞳からみるみる涙があふれて、白く長い指で顔を覆った。

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