26. 第二王子の想い
第二王子は部屋に戻り、机の前に座って、煌煌と燃える灯の下で、筆を手に取って振ってみたり、自分の指を眺めたりした。
今夜のハミルは別人のようだった。
玄関をからかったり、声をだして笑ったり、しゃべり続けたり、彼のそうい姿を目にしたことがなかった。
自分の知らないハミルがそこにいた。
ああ、13年以上もともに暮らしているというのに、ハミルは自己を出さずにいたのだろうか。
出せずにいたのだろうか。
私がそうさせていたのだろうか。彼のいやがることは何ひとつしていないつもりだったけれど。
第二王子は灯が届かない大きなほうの椅子に移り、疲れたように腰を深く下ろして、目をしばたいた。
あの事件の前に、あのようなことがあったとは知らなかった。
第二王子は涙を流している自分を情けなく思い、拳を噛みながら、かぼそく笑ってしまった。
ハミルの行動が悲しくて泣いているのか、サナシスという友達に嫉妬をしているのか、転生する前のハミルが愛しいのか、自分でもよくわからなかった。
王子はため息をついた後、椅子の肘置きに手をついて立ち上がり、戸棚をゆっくりとあけて、金と黒の漆の木箱を取り出した。
それはゴーシャン王国がアテナアの国と和平協定を結んだ時に、交換条件のひとつとして贈られたものだ。
その和平交渉には兄の王太子と外務大臣が出かけたのだが、第二王子は兄の王太子に懇望して、この書類の譲渡を条件のひとつに加えてもらった。
このために、アテナイにはどれほどの資金が流れたことか。
それほどまでして手いれた書類とは、
「オリーブの島の少年の事件簿」だった。
ハミルは「オリーブの島」から転生させられてゴーシャン王国に来たことは話してくれたのだが、なぜ転生させられたのかは決して語ろうとしなかった。
「そのことは訊かないで」
ハミルがそう言ったから、そのことには触れずにいた。
数年前、アテナイとの和平協定を結ぶことになった時、
「アテナイって、女神アテナの国のこと?」
とハミルが怯えるように反応を示したことがあった。
「そうだよ。女神アテナのことを知っているのかい」
「ぼくが住んでいたオリーブの島は女神アテナのものだから」
「アテナって、どんな女神なんだい」
「島にいた時のことは、思い出せない」
とハミルは固い表情で言った。
彼が思い出せないのではない。思い出したくないのだというだと王子は感じてはいた。
その島で、ハミルに何か重大なことが起きたことは察していた。
そのことをどうしても知りたいと思った。
和平交渉の時、女神アテナは極秘文書なぜそんなものがほしいのかと不審がったそうだが、「お抱えの才能ある抒情詩人が、恋を禁じられた島の子供たちについて興味をもち、それを詠いたいと望んでいる。そのためには資料が必要なのだ」
と王太子が説明してくれた。
アテナは文芸の女神でもあったから詩作には理解を示して、その部外持ち出し禁止の書類を渡してくれたのだった。
漆の箱の中には4冊の小冊子がはいっており、
ひとつは、「サナシスとハミル ― 浜辺のキス事件」の調書と裁判記録、
もうひとつは「ジャミルとスピロサ ― 寝台崩壊事件」の調書と裁判記録である。




