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15. ゲンカンの決心

「玄関は結婚が何かわかっているのですか」

 地震が詰め寄るように言った。


「わかっているつもりだけれど」

「学校に行けることばかり考えているのではないですか」

「それはいけないことなのかい」


「結婚のことを考えていないでしょう。蜂おじさんは親切で、悪い人ではありません。でも、おじさんは奥さんとの間に女の子しかいないから、玄関と結婚して、男の子を産んでほしいのですよ。そんなこと、考えたみたことありますか」

「子供」

 と玄関が上を見ながら考えた。自分が子供を産むなんて、考えたことがない。


「子供はどうやって作るんだろうか」

「そんなことも知らないんですか」

 と地震が驚いて、目を白黒させた。


「そう言えば、子供はどうやって作るんだべ。にわとりみたいに、自然に生まれてくるんじゃないのか」

 と散歩が言った。


「にわとりだって、自然に生まれてはきませんよっ」

 地震が、これじゃどうしようもないとあきれるほかがなかった。


「お姉さん方は、動物や虫が子供を作る様子とか、見たとこないのですか」

 ん?

 玄関の目の奥を何かが走って、両手をじっと見つめた。


 この手で、羊の赤ちゃんをとりあげたことあったような気がした。

 そんなはずはないのに。

 

 でも、遠い昔、秋に雌羊たちの柵の中に雄羊をいれてやり、春に出産させことがあったような気がした。

 そんな絵が浮かんできて、身体が冷たくなった蝋のように固まった。そうか、子供はああやって生まれるんだ。


「おじさんの子供を産むことは、考えられん。いやだいやだ」

 と玄関が頭を振った。

「そう思っていました。玄関は本や学校に気がとられて、結婚というものをちゃんと考えていなかったのですよ」


「どうしよう」

「どうしようって、結納は明日なんですよ。どんな方法がありますか。ここから逃げますか」

 

 玄関はしばらく黙って考えていたが、突然、言った。

「わたし、逃げる」

 

「そういうつもりで言ったわけではないです。明日が結納なので、他に方法がないと言いたかっただけです」

 と地震が焦った。


「セレザール、わたしが自分で決めたことだよ。誰の責任でもないからね」

 玄関は突然、がばっと起き上がった。

 

「今になって、親方に結婚をやめるとは言えない。親方はおじさんと仕事の契約をしているし、結納は明日行われる。もう伸ばせない。だから、わたしは今夜のうちに逃げる。いなくなる」

「今夜ですか」


「明日では遅い」 

「身体は大丈夫なんですか」


「わたしは、やる」

「玄関は外をひとりで歩いたこともないのに、女子がどうしてひとりで、夜道を逃げることができますか」

  

「女子では危険なら、男になって逃げる」

 玄関はジャミルの仕事箱からハサミを取り出して、じょきじょきと髪を切り始めた。


「大変だぁ。玄関が、おかしくなってしまったぁ」

 散歩がアーニャを呼びに行った。


 アーニャは散歩にひっぱられて部屋に来て、玄関の短くなった髪を見て驚いたが、その髪を撫でながら、強く抱きしめた。

「玄関がこんな決心をするのだから、よっぽどのことじゃな」


 ここに座りなさいとアーニャは玄関をその膝にのせた。

「ごめんな、玄関。わしがちゃんと結婚についてちゃんと話をすればよかった。それが、なかなかできなかったんじゃ。許してくれ」


「いいえ。アーニャのせいじゃないよ。アーニャは何度も断っていいと言ってくれた。でも、わたしがよく考えていなかった」

「逃げてどこへ行くんじゃ」

「西に行きます」

「そうか」

「はい。ジャミルのいる方角に行きます」


「夜は危険だ。だから、今夜はしっかり支度をして、明日の朝、早くに行きなさい。それまでに、男の子の服と、お金を用意しておくから」

「行っていいのかい」

「行きなさい」


「ひとりで行くなんて、あぶなくないのか」

 と散歩が言った。

「そりゃ、あぶないさ。あぶないに決まってる」

 アーニャが涙をこらえた。


 アーニャは言葉につまったが、思い切って言った。

「相手がいくらいい人でも、好きでもない男と結婚して、安全でも空しい日々を送るより、たとえ苦しい道でも、大好きな人を追っかけていくほうが幸せなんじゃないか。たった一度の人生だ。玄関が好きなように生きるのがいいんだ」


「ありがとう、アーニャ」

「玄関は生まれた時からわしが育てた大事大事な生命なんだ。だけど、行くんだ、ゲンカン。行って、その手で幸せをつかむんだ」

    

 翌朝まだ少し暗い時刻に、玄関はアーニャに見送られて旅立った。


 アーニャが渡してくれた男子の服は、アーニャが徹夜をして作ってくれたものだ。工房の作業着、部屋着、浴衣も全部アーシャの手作りで、玄関もよく一緒に作っていたから、そのしっかりとした縫い方はよく知っている。


「元気でな。別れだけど、泣かないからな」

 アーニャはそう言いながら、玄関を抱きしめて泣いた。


「これまで、いつもありがとうございました」

「玄関はわしの希望だったよ。いつか会いに行くから……」

「ぜったいに来てね。アーニャ、大好き。約束して」

「玄関、いつか会いに行くから、元気で生きるんだよ」

「はい」


 そうやって、玄関はジュマ村を出発したのだった。




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