表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/65

8話

8.章 赤憶(せきおく)古竜(こりゅう)退治



アルドリア国の北東。一年中金色の落葉樹に囲まれ、霧に包まれる湖がある。


その湖に続く薄暗い森の道を、深くフードをかぶり、ランプを片手に歩く少女がひとり。


ある試練を与えられ、その少女、カリナ・オルデウスは心細く歩いていた。



───



「試練ですか?」



カリナは魔王の言葉を繰り返す。



──この国の東の森、その湖畔の水底に、古竜(こりゅう)が住んでいるのは知っているか?



確かに、アルドリア国には古くより伝えられた伝承、古竜伝説がある。しかし、今の時代に本当にいるとは考えられていなかった。



「はい、でも……。古竜伝説は、お伽話(とぎばなし)なのだと思っておりました。」



──人間共には目に見えない、まして、確かめようのないほどの昔の事など、信じないのも無理はない……。しかし、古竜は、湖の底深くで、今も深い眠りについている。



この東の森に住む、赤憶(せきおく)の古竜を倒して、喉元にある竜の急所、【逆鱗(げきりん)】というウロコを取ってこい。それをもって、花嫁の資格とする。



「魔力ゼロのわたしが……竜退治を……。」



──なるほど、ならばいい事を教えてやろう。この古竜は美しい音楽で、眠るとされている。


そして、相手の心を読む事が出来る。


お前が、【逆鱗】を狙っていると分かれば、死にものぐるいでお前を殺すだろう。



「……美しい音楽…。そして、相手の心を読む……。」



カリナは魔王に言われた事を反芻する。



──これが、我から与えられる最大の譲歩だ。まあ、せいぜい頑張ることだ……。




───



金色の落葉樹で縁取られた、湖畔にカリナは立ち尽くしていた。



「古竜伝説なんて……。本当とは思えないけど」



『そもそも魔力も無いわたしに竜退治なんて、絶対不可能……。魔王様は、わたしに死ねと言っているのだわ。』


「どうしよう、あと3日しかないのに……」


それでも、美しい水面を見ていると、カリナは次第に元気になってくる。


『どうせ死ぬなら処刑されるより、竜のご飯になる方が、きっと竜の役に立ってずっといい。


でも、ただ死ぬより、やれるだけの事は頑張らなきゃ!』

 


カリナは、いつ古竜が襲って来てもいいように、大切な思い出のオルゴールを取り出す。



『このオルゴールは、ずっと赤ちゃんの頃から育ててくれた、乳母がくれた物。わたしが唯一持っている、美しい音色を奏でる物。


たとえ、安物だとしても、わたしにとってこれより美しい音楽は存在しない。』



ずいぶん待っても、なにも起こらない。相変わらず湖畔に金色の落葉がふわふわと、落ちて沈んでいくだけだった。


『なんだ、やっぱり古竜伝説なんて嘘だったんだ。』


きっと魔王様に担がれたんだと、カリナは思い、くるりと帰り道の方を向き直った。



「やっぱり古竜なんて……。いな…──」



──カリナは、突然。


暴力的な何かのチカラで、弾き飛ばされた。


手にしていたオルゴールを取り落とし、不協和音がボーンと鳴った。どうやら、オルゴールは壊れてしまったようだ。


太陽を背にした、赤黒い影。二つの光る目玉。赤くとぐろを巻いた、棘付きの尾はカリナを狙っている。


どんな、鈍い人間でも分かる、巨大な竜がそこに(そび)えていた。



「……嘘。伝説は本当だったんだ……」



カリナは古竜を仰ぎ見ながら、死を覚悟していた。



『ああ…オルゴールが壊れてしまった。大事な大事な物だったのに。


ずっと、育ててくれた乳母の…。きっと高くないお給金から、わたしに買ってくれた、思い出の品だったのに。』



「でも、もう終わり……。わたし死ぬんだわ。」



赤黒い古竜がカリナを前に、鋭い牙をむき出しにして、今襲い掛からんとしている。


カリナは思わず、目を瞑る。



《……ポーン♫…ポーン♪ポー…ン…♬…》



微かに、ほんとうに微かに、だった。



カリナを守るように、最後の気力を振り絞るように、オルゴールの(おと)が鳴った。



それはよく、乳母が歌ってくれた子守唄だった。


『懐かしい、懐かしい響き……。』


カリナはその乳母を思い出し、昔歌ってもらったその子守唄を歌い出す。


声は乾き、掠れた声で、カリナは囁くように唄う。



愛する我が子を想うような、その子守唄の歌詞に、おもわず涙が出てくる。



どれほど時がたったのか、それとも殆ど時間は経っていないのか、ずっと古竜とカリナは対峙している。


カリナは覚悟して、再び瞳を閉じる。



──なんだ、お前は(わし)を殺しに来たんじゃ無いのか?



カリナはハッとして顔を上げる。



──【逆鱗】が欲しいんじゃろう?



どうやら、目の前の赤黒い古竜が話しているようだ。



「……は…はい。でも、そんな大それた事は、諦めました。お慈悲を頂けるのであれば、このまま立ち去ります。」



そう言ってカリナは平伏する。



───まあ、まて。魔王の差金なのは、心を読めば分かる。お主が、抜き差しならない事情なのも………な。



古竜はそう言うと、この世ならざる咆哮(ほうこう)をあげる。


《ギィアァァァ!!!!》


あまりの大音量の鳴き声におもわず、カリナは耳を塞ぐ。


そして、赤黒い古竜は七色に輝くウロコ【逆鱗】を投げてよこした。



──人間。持っていけ。そして、魔王に会ったら伝えろ。2度と(わし)に、人を試させる様なマネをするな、もししたら八つ裂きにしてやるぞとな。



カリナは、あまりの事に声も出ない。



──あと、人間。お前は奴を、魔王をどう思ったか分からんが、奴は正しい事は正しいし、間違いは間違いと言える者だ。魔の者とて、道理を弁える者もいるという事を、覚えておくといい。



「……はっ…はい!」



カリナは【逆鱗】のウロコを手のひらに乗せ、あまりの美しさに驚いた。



──分かったら、気が変わらぬ内にとっとと行け。



そう言われて、カリナは走り出す。


どうして、古竜さんはわたしに【逆鱗】のウロコをくれたのだろう。不思議に思いながらも、大切な壊れたオルゴールにそれを入れる。


オルゴールを胸に抱くとほのかに温かく、きっと乳母からの愛情が、命を守ってくれたのだと感じた。



そうして一刻も早く魔王の元、家路に着くのだった。



────



そうして、オルデウス家の地下13階層の下、古代の魔王が封印された祭壇に、カリナは再び訪れる。


魔王を前にして、カリナは【逆鱗】のウロコを差し出した。



──ほう…。古竜に信用されたのか……。ならば、お前は信ずるに値する人間なのだろう。



「……はい。なぜか幸運にも頂けました。」



『どうやら、あの老耄(おいぼれ)は、この女の生い立ちに同情したのだろう……。』



───幸運などではない。【逆鱗】を引きちぎるのはとてつもない激痛なのだ。



『そう、人間でいえば目玉をくり抜くくらいな……。』



───それを(ろう)ドラゴンから贈られるほど、お前は信用されたのだろう……。



「……信用されたんでしょうか?」



───いいだろう…、我が花嫁にふさわしい。お前を妻に迎えよう。



カリナが逆鱗のウロコを握りしめると、それは指輪に姿を変えた。



「……指輪…?」



──その指輪は、罪の契約の証だ。それを嵌めれば、後戻りは出来ないぞ。




カリナは頷くと、左手左薬に古竜の【逆鱗】で出来た、魔法の指輪をはめる。



───ならば、我と(ちぎ)りを交わすか。 



カリナは、はいと答えた。



それから先の事は分からない。気がついた時にはすでに、全てが終わっていた。



魔王に(そば)によれ、と言われたのは覚えているそれからが全く覚えていなかった。



気がつくと、自室の鏡台の前にぼんやりと座っていた。もう夕方だろうか。あれは夢だったのかもしれない。



そう思って、自分の腹部を触ると、熱く、ねつを帯びている。夜着をまくると、腹部に黒くくっきりと魔王の呪印(じゅいん)が刻まれている。



『これは魔族の証…。』



なぜだろう、感情のようなものがスッと消えているのを感じた。



これで人間の摂理から解き放たれたのだろうか。


そしてなぜかその事に、カリナはホッとしていた。



「これで…」



カリナはそう(つぶや)いた。


あとがき


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら


作品下にある★から、作品の応援お願いいたします。


《お気に入り》をいただけると、大変励みになります。


面白くても、つまらなくても、正直に感じた気持ちを《コメント》していただけると、今後につながってありがたいです。


誤字脱字ありましたら、教えていただけると大変ありがたいです。


《しおり》もいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
息を吞むような展開の連続で引き込まれました 魔王の人知を超えた存在としての超越感、古竜の優しさ、カリナを取り巻く人間たちの醜さに心を揺さぶられました
淫紋が……!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ